東方Project  ―人生楽じゃなし―   作:ほりぃー

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あらすじ:お空と映姫そして天子と聖の勝負はどうなる。




45話

 彼女は無敵だ。

 お空は体にみなぎるエネルギーを感じている。両手を腰にやって笑う姿は見ている者に元気をくれる。屈託のない笑顔、遠慮のない笑い声と手を振れば返してくれる愛嬌。

 ゆれる黒いポニーテールとその頭にのせた花飾り。胸元のペンダントは赤く太陽の光を反射する。まさに無敵な女の子である。無敵であることに理屈などいらないのである。

 ここにはいないが青髪で最強の女の子も特に理由もなく最強なのだ。

 お空はその大きな瞳をキラキラさせながら、とんだり跳ねたりする。元気が有り余っているかのように彼女は動く。足ではねあげた飛び散る砂を見て笑う。

もしも目の前で箸が転がれば大笑いするだろう。きっとそんなお空を見た人は笑顔になってしまうかもしれない。

 

 事実、周りの観客から漏れる朗らかな笑い声はきっと彼女からの釣られ笑い。

 お空はまっすぐな瞳で相手を見ている。相手のコートにいるのは不機嫌そうな顔でボールを構えているのはいつも笑顔の僧侶。聖白蓮だ。

 彼女も負けずに不敵な顔。お空はその気持ちを言葉でなく心で受け取れる気がした。

 

「さあ、こい!」

 

 張りのある声でお空は腰を落とす。楽しいとそれ以外に興味が行かなくなる。まるで人間の子供のようである。今がずっと続いてほしいという、勝ちだとか負けだとかよりも試合が終わることのほうが「いや」な彼女。

 とくとくなる胸。脈打つ心臓からやってくる熱い気持ち。唇を舐めてみる。

 早くボールを打ってこいと体中が言っている。彼女の目にはもはやスコアボードもなにもないのだ。今の瞬間に全力を尽くすこと、それだけが楽しいのである。

 

「いきますっ」

 

 聖が叫ぶ。必要のないそれをあえてやる。彼女は高くボールを上げた、くるくるとバレーボルが空に上がる、お空はかわいらしく口を開けて空を駆けるボールを見ている。しかし、すぐにボールは落ちてくる。

 聖はわずかに助走をつける。落ちてくるボールに合わせて飛ぶ。弓なりに沿った彼女の体が、渾身の力をもってボールをたたいた。

 勢いよくボールは飛び込んでくる。すさまじい勢いだった。

 

「来たっ!」

 

 嬉しそうに言ってしまうお空。瞳を開けて、のんきに瞬き。一瞬の贅沢。

 ボールは一直線。お空に向かってくる。回転をくわえられたそれが空気を切って音を出す。お空は両手を構えて受け止めようとした。そこで気が付く。

 ちょっとボールが高い。このままではお空の胸に直撃する。

 普通に胸の前でレシーブをすればいいのであるが、お空は両手を組んでしまっている。なぜならそっちの方が格好がいいからだ。お空は一瞬あたふたして、すぐに名案を思い付いた。

 

「飛べばいいんだわっ」

 

 その場でジャンプ。胸元の位置に来たボールを下からたたき上げる。

 

「お、おわ」

 

 がつんと体に来る衝撃。両手に食い込んだボールを背中の力で何とか跳ね返そうとするが力が足りない。お空は不格好に体勢を崩してしまう。受け止めそこなったボールは明後日の方向にたまたまいたアイドルの顔面目掛けて飛んでいく。

 

「あふぁぁ」

 

 妙な声を出してしゃがみ込む妖夢。それを無視して笛を鳴らす河童。

 その一瞬後にお空は背中から地面に落ちた。砂の感触が熱い。青い空が視界いっぱいに広がる。寝そべってみると一瞬お昼寝したくなるような心地よさに襲われた。

 

「大丈夫ですか? お空」

 

 のぞき込んできたのは片方だけ長い髪を手で押さえている閻魔。お空はむっくり元気に体を起き上がらせる。髪についた砂は首を振って払う。

 四季映姫は彼女の手を取ってくれて立ち上がらせてくれる。ちょっとお空よりも目線の下に顔のある彼女を、お空は笑顔で見る。

 

「失敗しましたっ。でも、もっともっと爆発できると思うよ!」

 

 楽しそうに申告するから映姫もくすりする。

彼女はお空の様子を見ている。いつだって優しくである。何が爆発するのかなんてどうでもいい。

とりあえず次にボールを受けるのは映姫である。お空は残念そうに横にずれる。向こうのコートでは聖が天子にガッツポーズをしている。お空はむっと頬を膨らませて息をふうーとはく。こきこき首を鳴らし、その場でジャンプする。胸元でゆれるペンダント。

 映姫は流し目でお空を見ている。お空はそんな映姫と目が合う。にこっと条件反射。太陽が分け隔てないように笑顔に条件はない。映姫は片方だけ長い髪をそっと手でよけた。

 

「監督。髪を切れば?」

「…………それよりも」

「千円カットってあるみたいよ。安いよねー。行ったことないけど、こんどさとり様を連れていったら喜ぶかな?」

「私が千円カットで髪を切ったらいろいろと閻魔としてどうかと思いますが、あとご主人様にそれはやめておきなさい。それよりもお空」

 

 映姫の目がお空に問いかけてくる。任せましたよ、と。

 

「??」

 

 お空は何も言わない映姫に首を傾げた。

目に込めたメッセージは届かないのだ。仕方なく映姫は口で言った。

 

「任せましたよ」

「もちろん、任せてくださいよ!」

 

 よくわからないが任されたのだ。映姫は前を向く。お空も前を向いた。

 コートの向こうに居る僧侶がこくりとうなづく。じっくりと待ってくれていたのだ。彼女はもう一度のサーブを打つために少し下がり、ボールを天空に投げた。

 お空は心が鳴る音を聞いている。映姫が失敗するなんて微塵も考えていない。疑いもない。

 任されたことはよくわからないが、やることは一つである。全身全霊の力を込めて相手を倒すのだ。バレーで相手をKOしても意味がないことはこの際どうでもいいのである。

 

 がっと音がする。お空を呼ぶ映姫の声がする。見れば空にふわりと上がったチャンスボール。映姫はお空の「心配すらしなかった」とおりにやってくれたのだ。

 お空は駆けだしていた。大きな瞳に移る、ビーチバレーボール。全力で走る、全力で飛ぶ。

 目の前に来たのはサーブを放った聖だった。両手を上にあげてのブロック。表情を見れば、お空に片目をつぶった。ウインクである。

 

 お空は口を開ける。少しでも空気がほしい。核エネルギーのような彼女の元気にも空気は必要なのである。

 お空は体を目いっぱいひねった。その胸のペンダントが太陽を受けて光る。聖からはお空が一瞬だけ、輝いたように見える。

 

「アビス・ノヴァ!!」

 

 これまで以上の力でお空は必殺の「スペル」スパイクを繰り出す。聖のブロックにあたる。

 

(抑えきれない)

 

 聖は直感した。だから両手を少し緩めて天子のいる方向へボールを流そうとする。だが、勢いが強すぎた。聖の流しきれなかった力強いボールがアイドルの方向へ飛んでいく。

 

「しまった……抑えきれませんでした」

 

 聖がそういった瞬間、天子がボールを追いかけているのが見えた。青い髪を揺らしながら、妖夢の立っているお立ち台の角を蹴って飛ぶ。一瞬声音がなくなるような、そんな美しい跳躍を、ボールキックで締める天子。

 ありえないような動きに歓声が上がる。天子の蹴ったボールが相手のコートに戻っていく。天子が地面に降り立って、髪を手で跳ねる。そのままとてとてコートに戻る姿はギャップがあった。後に残されたのはビビっていたアイドルだけだった。

 

 聖は立ち上がって天子に「ナイス」とむふーといった顔で言う。天子は「次が来ますよ」というだけである。隣ばかり気にしているくせに意外と負けたくはないのかもしれない。

 そう、まだプレーは終わっていない。天子のボールをレシーブしたのは閻魔である。彼女は胸の前でぽんとボールを上にあげる。天子の動きへの驚きに包まれている会場の中で一人クレバーである。

 

「監督っもう一回、もう一回やるわ」

 

 子供のようなことを言いながらボールを待つお空。映姫に反対する意味はない。

 

「お願いしますよ。お空」

「よーし。今度こそ消し炭にするわ!」

「消し炭にはしなくてもいいですよ」

 

 映姫は楽しそうに呆れるしかない。はあというため息もどこか軽い。

 お空は聖を見る。勝負だという顔だった。今度こそ真正面から打ち破る気だった。お空の動きにフェイントはない。猪突猛進。全速前進。お空の後退のネジは外しているのだ。

 そして、もう一度ブロックに行く僧侶。彼女も赤くなっている手を構える。今度こそは止めると顔に書いてある。

 

「勝負ね」

 

 聖が短く宣戦布告。お空は言葉で答えずにジャンプする。聖もブロックに飛ぶ。

 お空は息を吸う。叫ぶにはこれくらいの空気が必要なのだ。楽しさに何もかもが輝いて見える。お空はただ、体を動かす。引き絞った弓のように体を反らせて、全エネルギーをここに集中させる。

 

「ギガフレアぁああ!!!」

 

 一瞬のことだった。

聖の目にお空の手と太陽が重なった。煌くような輝きに包まれた一撃が視界を包む。聖はやられると直感して、うっすら微笑む。彼女のブロックに強い衝撃が来たのは次の瞬間だった――

 ばしぃ、砂浜に勢いよくボールが突き刺さる。今までにないくらいの砂煙が上がって消える。聖は地面に降りて、後ろを向いた。片手を立てて「ごめん」のポーズを天子にする。聖人としてかなりフランクである。

 

 お空は着地して、膝をついた。なんだかふらふらする。それでも相手のコートに一撃叩き込んだうれしさが心の底から湧いてくる。周りからはわぁあと波のような歓声。

 太陽の下でお空は体を反らして叫んだ。

 

「やったあぁ!! 勝ちました」

 

 流れる汗が顎から滴り落ちて体を流れていく。嬉しさを全身で表す彼女はその場に大の字で寝転がる。はあはあと胸が呼吸に合わせて上気する。お空は満足げに満点の笑顔を空に向けて目をつぶる。

 

「かったぁ」

 

 勝ったのだ、お空は聖とのブロック合戦に勝利した。試合はまだ終わっていない。

 

「お空。やりましたね。ここから……お空?」

 

 駆け寄った映姫の声が少し明るい、隠しきれないうれしさのようなものがある、といえば彼女は否定するかもしれない。しかし、彼女の顔はすぐに困った表情になった。

 お空が笑顔のまま動かない。というよりも目をつぶって「かったぁ」と寝言を言っている。

 

「本当に子どものようですね」

 

 全力で遊んでぱたんとバッテリー切れ。お空は目をつぶってしまった時に意識が切れていた。優しくその顔を撫でる映姫。そう思いきやほっぺたをつねってみたりもする。意外と茶目っ気があるのかもしれない。

 

「どうしたのですか?」

 

 ネットに体を預けながら聖が聞いてくる。映姫は困ったような顔のまま首を静かに振る。その瞬間に聖は火曜日に見ているサスペンスドラマを思い出した、もうこと切れているなんて思ってしまった。

 口元に手をあてて、笑みを隠す聖だがわかってしまった。お空は遊びきったのだろう。少なくともすぐに目を覚ましそうにないし、覚ますのも悪いように可愛らしい寝顔をしている。

 おかっぱ河童も駆け寄ってくる。途中で砂に足を取られてよろけたりしている。その後ろにはアイドルもいた。実況の仕事を全然していない。

 映姫は審判役のおかっぱに言う。

 

 

「しかたありません。勝負はまだ終わってはいませんが、私たちの――」

「私たちが棄権するわ」

 

 いきなりの声は比那名居天子だった。彼女のいきなりの発言に全員がぎょっとした。聖が「え? ええ?」と心底困惑している。そのくせ両手を後ろに組んだままだ。天子はそんな彼女を見て言う。

 

「……この勝負はこいつの気絶で私たちの勝ち。でも、貴方の腕は冷やした方がいいわ」

「……そうですね」

 

 かっくりと肩を落とした聖。二度にわたるお空渾身のアタックをまともにブロックして腕が赤くなっている。楽しい勝負だった証でもあり、ちょっと無理をした証でもある。

 天子は空を見上げてみる。さっきまでずっと彼女は隣のコートに目を奪われていた。だが、いつの間にか足元で転がっている元気烏のことを見ていて、思うところがあった。

 天真爛漫で一直線。天子は顔を上げたまま目を閉じる。

 小さな引っかかりを気にすることなく動き回るお空が目に浮かぶ。

 

「馬鹿みたいですね」

 

 それは誰に言ったのだろうか、天子は誰かに向かって「馬鹿」と言ってみる。

彼女にとってビーチバレーなどもともとどうでもよかった。ちっぽけな意地にような何かがあったのである。それを後で晴らすつもりになっている。

 天子は目を開けて、おかっぱを見る。おかっぱは妖夢を見る。さっさとしろとばかりに天子は妖夢を見る。

 

「え、ええーそれではこの勝負、勝者は」

 

 妖夢の声が会場に響き渡ると、歓声が返ってくる。

 その中で閻魔は鴉のほっぺたをつねっている。運も実力のうちですか、と歓声にかき消されている言葉を放っている。

 

★★★

 

「いいか、アルバイトだからといっても仕事に責任を持たないといけない」

 

 哀れであった。

 精神が完全に汚染されている毘沙門天の使いがいた。その名はナズーリンである。彼女は一人でお店の切り盛りを押し付けられ、すべてを一人で回しきるという神の御業をなしきったのである。

 しかし、個人で優秀なものがリーダーとして優秀になるかというと別である。特に真っ黒な職場にいるものはその傾向が強いかもしれない。

 

「は、はい」

 

 水着の上にエプロンをつけた慧音が頭を下げている。彼女は幻覚を見るくらいに弱っていたナズーリンを憐み、自らブラックな職場に踏み入れてきたのである。聖人の行いと言ってもよい。

 ナズーリンは彼女を見ながらも海の家に入ってくる客を考えている、頭の中には仕事のことしかない。彼女は踵を返すと、焼そばを焼き始める。

 慧音は注文を取りに走り回ることになる。目が回るほどに忙しい、注文を取りながら料理や飲み物を運びつつ、様々な備品の補充を行わなければならない。これに加えて料理をしていたナズーリンはもはや神域の働きをしていたとして言いようがない。

 ただしブラックな職場で報われることなどはないのである。仕事ができるということは人員も補充をしなくてよいと考えられるのだ。

 

「はあはあ、ビール、ラムネ、ラムネ。焼きそば」

 

 呪文を繰り返すように手元のメモを見る慧音。とんでもないところに来たと彼女は心の底から思ってしまう。二人でも手が回らないのである。むしろ目の前のビーチバレーが盛り上がるほどに人が増える。

 ちょうど片方の試合も終わったらしい。そのせいで人がどばっと流れ込んできた。ナズーリンが「ひぃ」と悲鳴を上げているのが慧音にも聞こえた。慧音も心中泣き出したい気分である。

 

 河童たちは完全に手伝わないわけではない。一瞬にとりがやってきて、料理や飲み物の補充を済ませていった。つまり、物資が切れたという理由でこの店が閉まることはない。地獄で炎が尽きぬように、海の家にラムネが尽きることはない。

 

「こ、これが働くということか」

 

 そのくせ慧音は心中でうれしがってもいた。普段無職だというコンプレックスがあるからこそなおさらである。苦しみながら笑っている。だんだんと心が黒く染まっていることに彼女は気が付いていない。

 

 映姫はそんな海の家の横を素通りしていく。ただ足取りはひどく重い。

 頭には相手のつけていた花がかわいく乗っている。月桂冠ではないが、優勝した者はお花の冠が手に入るのだ。

 

「……ぐうぐう」

 

 背中で寝息を立てるのはさっきまで遊びまわっていた地獄鴉である。大柄な彼女を抱っこするのは映姫には大変な作業ではある。映姫は海の家の裏手、日陰になっているところに彼女を下ろした。

 おなかを掻きながらにゃむにゃうと口を動かしているお空。目を覚ましたらまた元気前回で暴れまわるのだろうと思うと、映姫は苦笑するしかない。

 

「監督」

「はい」

 

 寝言に答える映姫。彼女もその場に座ってしばしの休息をとる。いつのまにか、こっくりこっくり頭が揺れる。それでも眠ることはしない。今朝からの能力の使用にしろ、単純な運動からの疲労であるにしろ。体が重い。

 

 それでも映姫はただお空の髪をなでる。くすぐったそうに身をよじるお空を見て映姫のほほが緩む。

 

 

 

 

 




天子たちにも後々出番はあります。
お空書いてて楽しかったです(じこまん)

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