VTuber戦国時代な世の中、多種多様なVTuberが生まれている。動物をモチーフにした者から、幻獣のように空想の中だけの存在の者、悪魔や吸血鬼のように人を襲う怪物を名乗る者と実に様々だ。
だがそれらは設定と呼ばれるもので、実際の所その中身が本当に非日常存在である訳ではない。
配信を続けていく内に日光に弱い吸血鬼設定の者が昼間に遊んだ話をしたり、魔法文明が栄えている所から魔法で配信している設定の者が科学文明のアルバイトの話をするように、キャラや設定と矛盾する話をしだして、リスナーに突っ込まれれば適当な辻褄合わせを言い、そしてそのうちそう言えばそんな設定だったなぐらいの扱いになるなんてよくある事だ。
VTuberのキャラ付けなんて見た目と同じで見てもらう為のフレーバーの一つに過ぎず、本当に非日常な存在であると信じている者などいない。
だからVTuber事務所に運良く受かり、そこで偶然本物の非日常存在がいることを知り、しかも自分以外の演者全員がそれであると知ってしまったとき、私はどうすればいいのかと頭を抱える事になった。
私が所属する事務所の一期生、吸血鬼VTuberのプリシャトさん。彼女は小柄で可愛らしい小動物的な見た目で、背伸びした子供みたいな振る舞いが売りの事務所の稼ぎ頭だ。名前が長いタイプのVTuberでありコアなファンしかフルネームを覚えてない。
顔合わせのときに会った本人もガワのイメージとピッタリで、ほとんど本人をVTuber化したような見た目の小柄な女性だった。
丁寧な物腰で配信の子供っぽい所は無く、見た目は少女だが十分な社会人であることを理解させられる。
そんな彼女だが実際に本物の吸血鬼だ。
ある日配信の打ち合わせのために事務所に向かい、マネージャーとの打ち合わせを終えて帰宅の徒についていた私は、事務所に忘れ物をしてしまっていることに気付いた。
別に直ぐ取りに帰る必要があるようなものではなかったが、次に事務所に来る予定も無かったので忘れ物をしたことを忘れる前に取りに行ってしまう事にした。
既に日が落ちて暗くなっている事務所に着き、忘れ物のある打ち合わせ用のスペースに入ろうとドアノブに手を伸ばした所で、部屋の中から妙な声が聞こえてくる事に気付いた。
最初は心霊現象かと思ったが、よくよく聞けば女性のか細い声で、それも乱れた呼吸と艶かしい喘ぎ声のような苦しむうめき声のようなもの。
え、嘘だろこんなとこで?と邪な想像が頭を過り、好奇心から色々と自分を正当化する言い訳を考えて音をたてないようにそっと扉を開いた。
そこにいたのは椅子に座って頬を赤く染め、息を荒くしている女性社員と、その首筋に噛みつきまさに吸血行為の真っ最中なプリシャトさんだった。
一人しかいないと思って扉を開けた私は二人目の姿に驚き、開けていたドアノブから手を離してしまい、ノブの戻るガチャっという音をたててしまう。
その瞬間に女性社員の首に噛みついていたプリシャトさんが赤く、ルビーのように赤く光る目でこちらを見た。
少しだけ開いた扉から私の姿を見つけると、向こうもこんな時間に誰かが来ると思っていなかったようでその赤い目に驚愕を浮かべる。
そしてプリシャトさんが霧のようになったかと思うと、一瞬で私の目の前に現れ、少しだけ開いていた扉をあけると部屋の中に私を引きずりこみ扉を閉める。
何が起きたか理解できたのはプリシャトさんに床に組伏せられてからで、押さえつけた私の首にプリシャトさんが手をかけてくる。
「見られてしまったからには仕方ありませんね。貴方に恨みはないですが……」
そう言いながらプリシャトさんは私の首にかけた手に力をいれてくる。ヤバい死ぬ、そう思っても全く手足が動かない。
小柄で体重では勝っているはずなのに、まるで地面に縫い付けられたかのように動けない。
無表情で淡々と首を絞めてくるプリシャトさん。薄れていく意識とぼやける視界の中でその赤く光る目だけがはっきり見える。
「それ以上は対象の生命及び配信活動に影響があります。直ちに中止してください」
意識が飛ぶ寸前にそんな声が聞こえ、プリシャトさんが私の首にかけた手をどけて距離を取る。
部屋の入り口には同じ一期生のアリサさんが、その腕を何かの銃器へと変えて立っていた。
アリサさんは宇宙人の作った地球文明調査の為の探査機という設定だ。
白い髪に白い肌、白い服と着色前のフィギュアのような姿をしていて、唯一色が見えるのが目だけという女性VTuberだ。
抑揚の無い機械音声に限りなく近い話し方で終始リアクションが薄く、それだけなら機械音声での実況とほぼ変わらないだろう。
だが彼女はとんでもないエイムでFPSゲームの世界ランカーとして活躍している。
一部でエイムボット等チートツールを使ってると言われアンチも多いが。
「アリサさんでしたか。良かったのですか?彼に秘密を見せても。ここで消してしまったほうが確実と思いますが」
プリシャトさんが何か恐ろしい事を平然と言う。その内容から察するにアリサさんもプリシャトさんも互いの秘密を知っているようだ。
二人が睨み合っている(アリサさんは無表情だが)その間に挟まれ、一般人でしかない私は震えることしかできない。
「疑問にお答えします、問題ありません。計算では抹消後の引退発表やイメージダウンによる損害による影響が大きすぎます。また対象には自己の生命より秘密の公表を優先する度胸があるとは思えません」
「……それもそうですね」
そう言って倒れている私を二人が見下ろす。その目にあるのは仕事仲間に向けるものではなく、ちょっと処分に困る粗大ゴミぐらいの認識しかなさそうだった。
そしてまたプリシャトさんが首に手を掛け、アリサさんが銃器となった腕の銃口を額に押し付けてくる。
「「話したらどうなるかわかりますね?」」
揃って言われた言葉に全力で肯定を示すと、アリサさんは頷いてから腕を戻して事務所から出ていき、プリシャトさんはまだ椅子に座ってぼーっとしていた女性社員の元へ行き吸血を再開した。
倒れたまま放置され数十分後、ようやく動けるようになり立ち上がる。まだいたのかとプリシャトさんから見られ、逃げるようにというか本気で逃げ帰った。当然忘れ物の事などすっかり忘れていた。
翌日、二人から呼び出されまた事務所へ行く事になった。
事務所に着き社員の方に挨拶して打ち合わせスペースへ向かう途中で、一期生の男性VTuberであるシャドさんと会った。
シャドさんは探偵設定のVTuberで、探偵業もVTuberと兼業してやっている細身で背の高い男性だ。
VTuberのガワは真っ黒な人影がよくある探偵帽子を被り、口の辺りにキセルを咥えている見た目をしている。影から影を移動し影の中から物を見て情報を集めているという設定だ。
そんなシャドさんに挨拶して通りすぎようとすると、こう言われた。
「あの二人の秘密を知ってしまったようだね?」
突然投げ掛けられた言葉に驚き硬直する。そして振り返った先にいたのは真っ黒な人影に無数の目が浮かんでいる何かだった。
遠近感の狂うほど輪郭の無い真っ黒な人影はシャドさんの声で言葉を続ける。
「この事務所にいるVTuberで唯一の只人、苦労は多いだろうが安心したまえ、秘密を漏らさない限りこちらからは何もしないさ」
人影に浮かぶ無数の大小様々な目が微笑むように細められる。おそらくは安心させようとしているのだろうが、獲物を前に嗤っているようにしか見えない。
「あの二人は他にバレていないと思っている、君も私について他に不用意な発言をしないよう気を付けたまえよ。ではな」
そして影は紙に燃え広がる炎を逆再生したように消え、細身の男性の姿になった。
私は立ったまま全身から冷や汗を流し、錆び付いた機械のようにゆっくりと頷くと、シャドさんは微笑んでうんうんと頷いてから歩き始める。
ひらひらとこちらに手を振って歩いていくシャドさんが廊下の角に消えるまで見届けてから、シャドさんの言っていた事務所のVTuber唯一の只人という言葉に、同期も後輩も人外だと知った私は廊下で頭を抱える事になった。