紫髪敬語崇拝系ロリがおじさんと出会う話   作:お昼寝サソリ

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※原作(1~5巻)既読推奨
※作者は単行本派です。最新話と設定が食い違っていてもご容赦ください。
※時系列が原作と異なる部分があります。


前編

 俺——高丘敬文(たかおかたかふみ)の叔父は、十七年もの間、異世界『グランバハマル』にいたらしい。本人の口からこんなことを聞かされた当初は、長く続いた昏睡のせいで頭がおかしくなってしまったものだと思ったけれど、そんな疑問はすぐにチリとなって消えた。持参した自立支援の書類と共に。

 

「火よ」

 

 おじさんの言葉に従うように、人差し指の先へマッチ大の火が灯る。それは紛れもないファンタジーで、疑いようもない程におじさんの言葉が真実だと物語っていた。俺は、そんなおじさんの力を金にかえて食って行こうと心に決めた。おじさんと俺の同居生活は、こうして始まったのだった。

 

「仲間を募って共同生活か……フフフ……たかふみが……」

 

 暮らし始めて間もない頃。俺がルームシェアをしていたという話題になった時、おじさんは昼食のテーブルで感慨深げに言った。

 

 正直なところ、俺はおじさんのいたという異世界に並々ならぬ興味があった。小さい時からファンタジーライトノベルは大好きだったし、もし魔法が使えたらなんて妄想をしたのも一度や二度ではない。でも、おじさんのそれは小説でも妄想でもなく、れっきとした事実で現実だ。辛いことも、悲しいことも、人に聞かれたくないことだってあったかもしれない。だから、本人が語り出すまで、直接的に聞き出すことはなんとなく避けようと考えていた。

 

 でも、これはチャンスかもしれない。俺は内心の高揚感を抑えながら、あくまで自然な会話の流れを装っておじさんに尋ねた。

 

「お……おじさんの、異世界での仲間ってどんな人たちだったの?」

「ああ……俺は基本的に十七年間、ペアでしか行動してなかったから。……そんなに色々な人に囲まれていたわけじゃないな」

「へー……」

 

 俺の想像していたような、『パーティー組んでわいわいがやがや』な生活ではなかったようだ。そこで会話が途切れてしまったので、俺が席を立って食べ終えた食器を洗っていると、食事を終えたおじさんが静かな声で語りだした。

 

「……異世界人は容姿が整っていてな、美男美女ぞろいなんだ」

「えっ、いいじゃない」

「醜かったんだろうな」

「?」

「オークの亜種として狩られかけた」

 

 静まり帰った部屋の中で、皿を磨く音だけがキュッと鳴った。え、狩られ……?

 

「おじさん、ちょっと待って……重い!」

「それでな」

「皿洗いしながら聞く話じゃない!」

「まー、万事そんな感じだったんだが。特に攻撃的な奴がいてな」

「ちょっと待ってってば!!」

 

 俺の制止も届かず、おじさんは語り続ける。

 

「毎日まとわりついてきて嫌がらせ……っていうか……。俺が何やっても人格否定とか……罵倒してくるんだよ」

 

 目頭を押さえたおじさんは、本当に辛そうだった。自分は不用意に聞いてはいけないことを聞いてしまったのか、という罪悪感と共に、それまで夢見ていたはずの世界への失望が湧いてくる。

 

「ひどいな……異世界ファンタジーっていっても、結局そんなもんか……」

「初めて会った時も……魔物から助けたのに、礼もなかった」

「うわ……最低だね、そいつ……」

「だろ……? たしか……」

 

 おじさんは、女性らしき口真似(その人の口調なのだろう)をしながら言った。

 

「『誰も助けてなんて頼んでないわ触らないで』とか……」

——うん?

「『あんたのために助けたんじゃないわ勘違いしないで』とか……あの女……。他にも『あんたみたいなオーク顔と一緒にいて、吐かないでいてあげられるのはあたしくらいなものね』とか……『そんな小さい子を侍らせるなんて、このロリコン』とか」

——いや、それって。

「とにかく嫌がらせの言葉がひどいんだ。適当な町でまいて逃げたよ」

 

 その瞬間、俺の脳裏にはいくつもの光景が鮮明に浮かんだ。さっきの言葉を、赤らめた顔で、照れながら言う女性(最後のロリコンは良く分からないが)。つまり。

 

——それって、ツンデレだよおじさん!!

 

 ツンデレ概念の一般化は2004年ごろ。おじさんが旅立った四年後のことだ。

 

 心の中では思いきり叫んだ俺だったが、口に出すのはなんとか踏みとどまった。これ以上は藪蛇(やぶへび)にしかならない気がする。

 

「ひどいよな?」

「うん……。あの、そのあと、その子は……」

「? さあ」

「……」

 

 黙り込んだ俺に、おじさんは椅子にギシリと寄りかかりながら言った。天井に向けられた目は、ぼんやりとして何も映していない。

 

「フー……まあ、そういったわけで。異世界でも、うまくいかなかったのが俺だ。そもそも、俺を『人』として受け入れてくれる人さえ、(ほとん)どいなかったしな」

「殆ど……? ああ、そういえばさっき『ペア』だって」

「……いたんだ。俺を最初から、人として扱ってくれた子が。彼女とは、基本ずっとペアで行動していた」

「彼女……ってことは、女の人?」

「そうだ。ミリアっていうんだが……いや、直接見せた方が早いな」

 

 おじさんは立ち上がると、呪文を唱えた。

 

「イキュラス・エルラン」

「!!」

 

 ブンという音と共に、空中にスクリーンが現れる。まさにファンタジーの結晶、魔法だった。

 

「これは……異世界でのおじさんの記憶……!?」

「ああ。ほら、この子だ」

 

 映し出された光景は、朝焼けが滲む草原のようだった。どうやらおじさんは立ち上がっているようで、視点が若干高い。

 

『……あなたが神様でなくて、なんだというのでしょう』

 

 その足下から鈴を転がすような声がして、視線が向かう。そこにいたのは、簡素な服を纏って正座をした、小学生くらいの小柄な女の子だった。

 

 アメジストのように透き通った紫の長髪は朝日の中でキラキラと輝き、その肌は透き通るように真っ白だ。瞳は何故か閉じられているけれど、その目を瞑ったままの表情が、不思議なほどに彼女の神秘的な雰囲気とマッチしている。

 

「これが、ミリア……ちゃん? 異世界人って、ほんとに美形ぞろいなんだね」

「いや、流石にミリアほどの人は珍しいな。皆美形なことに変わりはないが……あっ」

「ん?」

 

 おじさんが突然あわてて画面を消そうとする。しかしどうやら遅かったようで、次の瞬間、衝撃的な場面が俺の目に飛び込んできた。

 

『不束者ですが、どうかヨウスケ様のお傍に置いてください。お願いいたします』

 

 それは、とても綺麗な土下座だった。いっそ見惚れてしまうほど、優雅な所作。最大級の尊敬がこもった、平伏の姿勢。

 

 そんな光景に一瞬フリーズした俺だったが、すぐに正気に戻って叫んだ。

 

「アウトォォォ!! おじさん、これ完全にアウトだよ!!」

「ま、待ってくれ、たかふみ! 誤解だ、これには深い事情があってだな!」

 

 小学校くらいの少女が、危ないセリフとともに恭しく土下座する犯罪じみた光景は、俺に『集合住宅で叫ぶ』という行為を可能にしたのだった。

 

 

 

 

 

△△△△

 

 

 

 

 

 痛い、痛い。

 

 右も左も分からない異世界に突然転移させられた俺を待っていたのは、無数の暴力だった。年上の、それも明らかに鍛えていると分かる男三人から、一方的に殴られ続ける。痛みが少しずつぼんやりとした感覚に変わっていくのは、多分、意識が朦朧としはじめたからだろう。

 

 「言葉さえ通じれば分かり合えるのに……」と思っていたら、突然彼らの言葉を理解し、話せるようになっていたけれど、それで事態が良い方向へと転がることは無かった。「俺はオークじゃありません(ミルドシャイネザッドイルグ)!!」と叫んだ途端、俺は足と手を縛られたまま、「人語を解する希少オーク」として見世物小屋に売られることとなったからだ。

 

「銅貨三枚って……ここまで運んだのに、それは安すぎだろう!」

「嫌なら他所に持っていくんだな。こんな瀕死の生オーク、使い道がなさすぎる」

「くそ……あっ、さっき拾ったタワシなんだけど、これ値段付くか?」

「……チッ。汚ねぇなあ……銅貨百二十枚だな」

 

 薄っすらとした意識の向こうで、俺を売りさばこうとする人たちと、見世物小屋の主人のやり取りが聞こえてくる。俺はタワシより、よほど安い値段で売り払われたらしい。……今はショックを受ける気力もない。

 

「オイ、ついてこい!」

「……」

 

 主人に引きずられるようにして、見世物小屋の地下へと入っていく。そこにあったのは、無数の見たこともない動物たちを閉じ込めた檻だった。もちろん、平凡な日本人の俺は実物の檻なんて初めて見たし、なによりそこに自分がこれから閉じ込められるというのが、ものすごく怖かった。だけど、ここで抵抗することが無意味だということも、それ以上によく理解していた。

 

「空いてる檻がねぇな……チッ、ここでいいだろ。お互い、大人しくしてろよ」

「……?」

 

 主人はよく分からないことを言うと、俺を檻に放り込んでから鍵をかけて何処かへ行ってしまった。

 

 俺が立ち上がることも出来ず、ただ床に転がっていると、檻の隅からかぼそくてきれいな声がした。

 

「血……血の匂いがします。怪我を、しているのですか?」

「えっ」

 

 俺は痛む体を無理やり起こして、その声の主を見た。薄暗い檻の中でも、神秘的な紫色をたたえる長い髪をもった、幼い少女がそこにはいた。閉じられた瞳の間にはしわが寄っていて、俺を心配している様子だった。

 

 でも、そんな彼女の姿を見てもなお、俺は言葉を発するのを躊躇っていた。なにせ、つい先ほどまで「醜い」という理由で散々痛めつけられ、その結果として此処にいるのだから。彼女も俺の顔を見れば怯えて、オークだのなんのと言い出すかもしれない。こんな幼い少女を、いたずらに怖がらせるようなことはしたくなかった。

 

「……」

「どうして黙っているのですか? その息遣い、先ほど漏れた呟き、この血の匂い……人間の方ですよね?」

「お、俺を、人間だと……?」

「? ええ。今も、人の言葉を喋っているじゃないですか」

 

 彼女はあっけらかんと、何でもないことのように言った。オークではなく、人間と。

 

「そ、その……俺は醜くないか? オークみたいだとか……思わないのか? 君を怖がらせたくは無いんだが……」

「フフッ、面白い方ですね。そんなに言われると、逆にあなたの顔が見たくなってきますよ。……でも、あいにく私は見たくても見られないので」

 

 そのとき俺はやっと、少女が何故ずっと目を閉じたままなのかを理解した。

 

「ご、ごめん!」

「良いんですよ。気にしてませんから。それに……先ほどからの短いやり取りでも、よく分かりました。あなた、とっても優しい人ですね」

 

 彼女はそう言うと、若干よろけながら立ち上がってこちらに手を差し伸べた。

 

「私はミリアと申します。同じ()()()どうし、仲良くしましょう?」

 

 にこりと笑った彼女は、思わず見とれてしまうほどに綺麗だった。

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