空っぽ転生ウマ娘は無敵のテイオー様をわからせたい。   作:テイオーのリボンの結び目

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空っぽ

「——ねえねえっ! キミはなんて言うの?」

 

大抵、私達は生まれた時に啓示と共に名前——自身の受け継いだ魂を知らされる。

遠い世界で刻まれた蹄跡を辿り、栄光を残す種族——ウマ娘。

ウマ娘、というだけあって受け継ぐのは、()()において存在していた“競走馬”の魂だ。

 

そして、私はいわゆる転生者だった。

『ウマ娘』というコンテンツ自体は知っていたし、メディア展開もそこそこ追っていた。だからこそ、物心ついて、自身が前世の記憶を持ちながらもウマ娘という種族に転生していることに気づいた時は、ひどく興奮したことを覚えている。前世が男であった以上、そういったものに多少なりとも憧れていた節はあったし。

何しろ、ウマ娘という種族自体美少女が多い。実際、今世の私も、芦毛にぱっちりとした琥珀色の瞳、と——優れた容姿をもらって生を受けた。

 

また、身体能力もヒトよりずっと高い。未だ小学校低学年とはいえ、ヒトと走って負けることはないだろう。

いわば、神——いや、この世界では三女神だったか。もらった贈り物は、十分すぎるほどだった。

 

ただ一つ、渡しそびれていたものを除いて、ではあったが。

 

「——ない」

 

小学校に入学して早々、絡んできた少女がいた。

明るい茶色の髪の毛——鹿毛に、澄んだ青い瞳。そして、自身の存在を強調するかのようにゆらゆらと揺れるポニーテール。

『トウカイテイオー』と名乗った彼女は、教室に入って早々、真っ直ぐに席までやって来ると、私に名前を聞いてきた。もちろん、仮で名乗っているヒトと同じようなものではなく、ウマ娘としてのものを、だ。

恐らく、ウマ娘という種族自体がそこまで多いものではないから。だからこそ、クラスで唯一同じ種族である私に話しかけてきたのだろう。

しかし、彼女の望む答えを、私は口にすることができなかった。

 

理由は、端的なもの。空っぽ、だったからだ。

 

ある一定の年齢に達して同年代の少女たちが口々に不思議な夢を見た、と。そう口にしていた時期があった。

その辺りからだった。周りが皆、名前を授かったのは。

対して、私はというと、天啓だの名前だの、と。そう言ったものとは一切無縁だった。

見る夢は普段と変わらないものばっかり。名前を書くべき欄は永遠に空っぽのまま。

脚も、普通のヒトと比べれば速い方だけれど、同年代のウマ娘と走ってみれば、おおよそ真ん中あたりと至って平凡。

 

才能とか、そういったものもない。何も持っていやしない。

 

そうして、私は気づいた。

 

 

今世もまた、空っぽなのだと。

 

 

正直、転生して間もない頃は、自身がこの世界に転生したのも何かしらの意味があったからだとか、勝手に想像して調子に乗っていたりもした。

けれど、蓋を開けてみたら理由なんて存在していなかった。そんなものは、魂や名前と同じで、私には与えられていなかった。

 

起こりうることに意味なんかない。

前世の私が無意味に一日一日を食い潰していたのと同じように、そうなったことにはきっと、何の理由も存在していないのだろう。

私が転生したのは偶然、そして、前世と同じく過ぎていく日々に意味がなくて。今世の私も空っぽになったのは、必然。

 

始まってまだ七年しか経っていない人生だったというのに痛感させられた現実を、無垢な少女の質問は、更に突き刺した。

 

◇ ◇ ◇

 

◇ ◇

 

 

夢も、目的もありゃしない。そんな風に無気力に過ごしているうちに、数年が経った。

あと一年もすれば、優秀なウマ娘たちは中央のトレセン学園を目指して、受験に本腰を入れることになるだろう。

そんな時でさえ私は、未だに空欄になったままのウマ娘としての名前を隅にやり、ヒトと同じように名乗って、前世を辿るように淡々と過ごしていた。

友達は、多い方ではないが、できなかった訳でもない。勉強は、前世の記憶の恩恵か、苦労することはない。

言ってみれば、平々凡々と毎日を送っていて——けれど、一つだけ前世ではいなかった存在が、そこにはいた。

 

「ねえねえっ! 昼休み、一緒に走ろうよっ!」

 

——トウカイテイオー。

 

腐れ縁か何かはわからないが、幾度かのクラス替えを経てもなお同じ教室にいる彼女は、隙を見ては私に話しかけてきていた。

根っからの主人公気質とは、このような相手の事を言うのだろう。生まれながらにして才能を授かり、どんな相手ともすぐに仲良くなれて。

前世で彼女を見ていた時は気にならなかったものだが、彼女の気さくさや、甘え方の上手さ——人に愛されるべくして生まれてきたとしか思えないような、対人関係における才。そして——。

 

「むぅ……ホンキ、出してくれてるの?」

 

圧倒的なまでの、()()の才。

同年代のウマ娘がこの学校には少ないからか何度も相手をさせられてはいたが、勝つたびに私の手抜きを疑っては、不貞腐れて帰っていく。

けれど、私が手を抜いている訳でも、弱すぎる訳でもない。人並みには、身体は動かしてきたはずだし。彼女が、飛び抜け過ぎているだけなのだ。

しかし、薄々気づいてはいれども本人にはまだ完全に自覚が芽生えている訳ではない。

 

「……出してるよ。だから、テイオーさんが強いだけって。何度も言ってるでしょ?」

 

相手をさせられている身にもなってみろ。

彼女は、私の持っていないものを何でも持っていて。

それをずっと——本人にその意図がなかったとしても——まざまざと見せつけてくる。

 

気に入らないけれど、無視はできない相手——初めて会った時からずっと、とにかく鬱陶しい。

それが、私にとってのトウカイテイオーだった。

 

◇ ◇ ◇

 

◇ ◇

 

 

それから数日も経たないうちだった。

教室に入ってみると、皆がトウカイテイオーを囲んで、何やら話していた。

何が起きたのか気になって、聞こうと——する前に、先にやってきたのは向こう側からだった。

 

「ねえねえっ! 聞いて聞いて! ボクね、()()“シンボリルドルフ“さんに名前を覚えてもらっちゃったんだっ!」

 

——シンボリルドルフ。

 

名前を知らない人なんて、今となってはほとんどいない。()()でも圧倒的なまでに強かった彼女は、間違いなく、今トゥインクルシリーズで走っている中でも一番の実力を持つウマ娘だ。

そんな相手から名前を覚えてもらえた。そりゃ大層特別なことだ、と。

その時、私は不意にデジャブを覚えた。

 

——ボクは、シンボリルドルフさんみたいな、強くてカッコいいウマ娘になりますっ!

 

……そういえば、私は知っている。彼女が今後掴んでいく栄光は、実に輝かしいものだと。

()()()という媒体でも、()()()という媒体でも、そして——実際の()()という競技でも。

 

受け継いだ名も、今、彼女が持つ才も、どの要素一つとっても、立派なもので。

そして——そんな彼女が、遂に()()という感情まで手に入れた。

 

ただでさえ、遠いのに。

尚更、遠ざかっていく。

 

その距離に気づいた時だった。

 

唐突に芽生えた一種の感情が、私の中にシミを落とした。

 

彼女は才能に溢れていて、今後辿っていく運命は、栄光に彩られている。

ずっと接してきて、鬱陶しいとまで思っていた彼女は、私の持たないものを得て、どんどん満たされて——遠い存在になっていく。

 

落ちたシミは、段々と色濃く広がっていって、私を満たしていく。

 

夢を懸けた大舞台で、今まで幾度も勝ってきた相手に敗北を喫して。

そして、私を凝視したまま瞳を収縮させ、歪んだ表情をあらわにして。

 

醜い感情だというのは、わかっている。彼女は何も悪くない。

そう、わかっているけれど。止まりはしない。

 

嫉妬だの、悔しさだの、知らないうちに芽生えていた醜いものを散々かき集めてごった煮にしたようなソレは、遂に私を満たすと、一つの感情を形作った。

 

 

——彼女を——トウカイテイオーを、歪ませたい。

 

 

彼女の眩しさにあてられたから、とは決して言うまい。

 

これは、ずっと陰鬱で、醜くて、到底トウカイテイオーのもののように、誉められた目標じゃない。

 

けれど、間違いなく、正真正銘、生まれて初めて——私自身が生み出したものだ。

 

ソレをどうにかするなんて、あまりにも勿体無く思えた。

相変わらず魂は空っぽで、自身に名前はなくて。でも、醜いものを抱えたまま、私はようやく走り出した。

 

◇ ◇ ◇

 

◇ ◇

 

 

芝が、重い。

風が、強い。

脚が上手く——前に、進まない。

喉から呼気を吐き出してもなお、荒くなったまま呼吸は安定せず、無理矢理取り込まされた空気は冷めていて、容赦なく肺を刺す。

 

こんなに——こんなに走り辛いのに、遥か前で一束の髪を揺らす少女のペースからは、そんな様子など微塵も感じ取れない。

 

「——トウカイテイオー、そして——“アケノヨダカ”。タイムは——」

 

ゴールの直後、倒れ込んでいる私とは正反対に、肩で息をするトウカイテイオー。

発表されたタイムから察するに、合格圏だ。ようやく目的を得て、名前を自分で与えて。

そうして積み上げてきた日々が無駄になっていなかったことが十分にわかった——はず、なのに。

 

数日経ち、合格発表があって。

家族からも、同級生からも誉められて。

制服に袖を通し、今、こうして中央トレセン学園の校門の前に立てたと言うのに——目標を叶えるためのスタートラインにようやく立てたはずなのに。

 

入学試験の日、見せつけられた差は、あまりにも大きすぎた。

 

私が研鑽を積んでいた間にも、それ以上のスピードで彼女は成長していた。

 

「入学おめでとうございます、アケノヨダカさん」

 

数年間、揺らがぬものとして残っていた感情は、日増しに零れ落ちていっていた。

 

 

今や私は、あいさつにただ会釈して、無気力にその場を凌いでいるだけの、“空っぽなウマ娘“に——再び、戻ってしまっていた。

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