空っぽ転生ウマ娘は無敵のテイオー様をわからせたい。 作:テイオーのリボンの結び目
前世も今世も、私は元来、好き嫌いの多い人種だった。
そして、何も食べ物とかに限った話ではない。ヒトも然りだ。
例えるなら、トウカイテイオー。
一方的に絡んできて、常にテンションが高くて、ついでに、そういった相手にありがちな光を、瞳に湛えていて。
ああいうタイプは本当に苦手だ。関わっていてどうしようもなく疲れる。
そして今——私は学園生活を送るにあたっての岐路に立っているといっても、差し支えがないだろう。
割り当てられた部屋の前に立ち、そんなことを考える。
この先、どう身を振っていくか——正直、今はまだ考えあぐねている節がある。
とはいえ、学園生活に関してはまた別だ。共に生活をする相手が、どんなウマ娘か。
こればっかしはどうしようもない上、生活の質に大きく影響してくる。
寮長曰く、もう同室の子は入室を終えているらしい。ドアを開けたらすぐに対面というわけだ。
気持ちの準備は、しっかりしなければなるまい。
深く息を吸って、吐く。
あとはもう、ドアを開けるだけだ。少々躊躇われるが、長引かせるだけ不安は募る。さっさと終わらせてしまおう。
「……よし」
一通り、気持ちの準備を終えて、ようやくドアノブに手を伸ばした時だった。
——ガチャリ
内側から、ドアノブは回された。
反応が一瞬遅れて、どうするべきか考える間もなく、大きな音を立て、ドアが開く。
「うぎゃあっ!?」
直後、私を襲ったのは激しい衝撃と——耳元で発された、大袈裟すぎる悲鳴だった。
◇ ◇ ◇
◇ ◇
◇
「えっへへ……えーと……」
「……アケノヨダカ」
「ああ、そうそう、アケノちゃん。ごめんね? その……あたし、急いでて……」
あまり、誠意を感じられないような軽い調子で、目の前の少女——同室のウマ娘は、私に謝罪をしてきた。
それにしても、私より多少背は低い、一般的に小柄と呼べる体躯とはいえど、私の体を倒すには十分なくらいには凄まじい勢いだった。もちろん、直後の悲鳴も含めて。
何が、あそこまで彼女を急がせていたのだろう?
かなり気になったので、聞いてみる。
「授業は明日からでしょ?」
「ううん、授業とかじゃないけど、少しでも走ってたくてっ! だってだって……すっごい設備に、整備された芝っ! もう——もうっ! ときめく要素しかないじゃんっ!」
理由は、私が思い描いていたものよりもずっと、しょうもないものだった。
要約すれば、新しい環境で走りたいということだ。
とはいえ、学園のグラウンドは十分に広いもの。別に、一刻を争ってまで向かうほどのものでもないだろう。
「そう……なの……?」
「そうだよっ! 何なら、アケノちゃんも一緒にどう? 絶対に楽しいよ?」
はっきり言って、そんなものはごめんだった。
というよりも、走る以前に目の前の相手と話すことに、私は疲れ果てていた。
ほとんど一方的に絡んできて、テンションの高いヤツ——今のところ彼女は、見事なまでにその条件を満たしている。
それに、入学式やらオリエンテーションやら荷物の運び込みやらで、今日のところ、身体は十分に疲弊している。
正直、さっさと彼女には出かけてもらって、私は一人、部屋で休んでいたい。
「……私は結構疲れてるから、やめとく。学園の芝、堪能してきたら? 遅くなりそうだったら、ベッドのセッティングとかもしてあげるし」
「ホントっ!? アケノちゃん、優しいっ! それじゃあ、お言葉に甘えまして……行ってきますっ!」
ほとんど嫌味混じりな私の返答にも彼女は満面の笑みを浮かべ、目立つ赤毛を靡かせながら去っていく。その勢いも相当なものだ。
よく言えば素直。悪く言えば、あまり思慮深くないタイプなのだろう。
彼女が去ってすぐ、どっと湧いてきた疲れに答えるように、重い身体をベッドに転がし、天井を見上げる。
はっきり言って、彼女は私の苦手なタイプだ。
これから先も一緒に過ごしていかなければならない……と思うと、若干気が重くなる。
瞼を閉じ、今後について考える。
しかし、やはりというべきか——今後のビジョンなんてものは、到底見えてこなかった。学園に入学するまでに持っていた目標も含めて、だ。
ここ最近でトウカイテイオーの顔を見たのなんて、寮もクラスも違ったわけだし、それこそ入学試験の日くらいだったが——あの時の姿は鮮烈に焼き付いている。
届きそうにないほど開いた距離、さほど乱れていなかった呼吸、一点に注がれた周囲の視線。
——ほんっとうに、思い出すだけで嫌になる。
学園に入学するまでずっと私を突き動かしていた目的は、覚えてこそいれど、どこか現実味を帯びておらず、今の私ではその輪郭すら掴めそうにない。
ずっと私を満たしていた活力は、どこかに零してしまった。
少なくとも今は、何をする気にもならない。
だから、もう何も考えなくたっていい。
全身の力を抜き、できるだけ頭を空っぽにしようと努力して。時には寝返りも打ってみて。
しかし、ちっとも意識が沈んでいく様子はない。
仕方がなかったので、起き上がり、一度水でも飲もうとして——そう言えば、同室の子——まだ名前を覚えちゃいないが、彼女のベッドを整えておく約束があったのを思い出す。
彼女の荷物はそこらに散らばっていて、隣のベッドに向かうだけでも意外と一苦労だ。
シーツのシワを無くしたり、枕の位置を調整したり——簡単にではあるが、ベッドメイキングを終えたのちに自分のところへ戻る。
ただ、何かが引っかかり、脳は中々休まない。
結局、眠れないまま時間は過ぎていき、「アケノちゃん、ありがとね!」なんて。一応寝ているはずの人間にかけるにしては声量の大きすぎる感謝の言葉を頂戴しながらも、私は、何とか眠れるように努力をした。
◇ ◇ ◇
◇ ◇
◇
——ガチャリ
どれだけ眠れたのかはわからないが、昨日もまた、知らず知らずのうちに意識は落ちていた。
というか、最近はそんな入眠の仕方が多い気がする。
そして、眠りも浅かったせいか、同室の子が部屋を出る音で、毎朝目が覚める。
結局、名前は未だ聞けていない。というよりも、ほとんどこちらから話を振ることがないせいで、完全にタイミングを逃してしまっていた。
おかげで、毎度誤魔化すのも面倒なものだ。
彼女が部屋を出る時間は早い。
時計を確認してみれば、いつも5時前だとかそんなもの。それだけ走っていたいというのも、中々に筋金入りだ。
かと言って、普段の起床時間だった6時まで寝ようとしても、なかなか寝付けない。
仕方がないので、しばらく天井を見つめ、その後は特にすることもないので、スマホをいじったり、持ってきた本を読んだりして、適当に時間を潰す。
二週間後に選抜レースが待っているというのに、こんな無為な時間を過ごしても良いものか、なんて考えが一瞬、頭をよぎるが、かと言って、教官から課された量のトレーニングは、きちんと人並みにこなしている。タイムだって、良いものとは言えないけれど、平均的なものは維持できている。
早くトレーナーを見つけることは、確かにそれだけ大きなアドバンテージと言っていいだろう。
デビュー時期も早くなれば、有意義なアドバイスをもらえる機会だって、今の教官から指導を受けるよりずっと多い。
けれど、具体的な目標すらも見えていない中、トレーナーが見つかったところで、ほとんど意味はない。
押し付けられるのもそこまで好きではないし、正直、危機感はそこまで芽生えてこなかった。
そうなると、一日一日なんて、意識せずとも溶けていく。
授業を受け、トレーニングをして、トレーニングから帰ってこない彼女をよそに、一人でご飯を食べて、部屋に戻り、先にベッドに横になる。
彼女が帰ってくるのは、いつも遅い時間帯だ。
必ず大きな物音を立てて部屋に入ってくるので、眠りかけていても、すぐに気づいてしまう。
朝は早くて、夜は遅い。一体、何がそこまで彼女を駆り立てているのかなんて、私は知らない。
そもそも、名前も知らなければ、会話だって、ほとんどしていない——というよりも、こちらから避けているのだ。
むしろ、当然だった。
◇ ◇ ◇
◇ ◇
◇
朝、普段とは違う物音で目が覚めた。
隣のベッドを見ると、既に彼女はいなかった。時計を見ると、普段よりも15分ほど遅い時間だ。
休日だというのに大層なことだと思いつつも、いつものようにまた、天井を見上げる。
時間は、相変わらず意識しないうちにも過ぎていた。
もう、選抜レースの日程が告げられてから三日は経っていたろうか。
まだどこかぼやけた思考で早いものだと思いつつも、起き上がり、机の上のスマホを取ろうとした時だった。
ふと私は、向かい側——彼女の机に、普段とは違うものがあることに気がついた。
ストップウォッチ。
それも、かなり古いものだ。ボタンを押してみれば感触もいいものとは言えないし、液晶も多少くすんでいる。
裏返してみると、「ベラトリクス」と、幼児向けのカラフルなシールに、辿々しい字で記されていた。
恐らく、これが彼女の名前で——普段これを見ないのは、トレーニングのたびに持っていっているからだとか、そんなところだろうか。確かに、こんな朝早い時間からだと、辛うじてグラウンドくらいは使えたとしても、備品までは使えないだろうし。
とは言っても、私には関係のないものだ。
どうせ、すぐに戻ってくるだろうと考えて——ふと、彼女にとって、それがどれほどのタイムロスか考えてみた。
この部屋は、結構玄関からも遠い。軽めに見積もって二十分——いや、三十分はかかるだろうか?
この一週間ちょっと……いや、出会った時からある程度、彼女が一刻一刻を争うようにして生きているのは多少理解していた。
無為に消費される私にとっての三十分なんて大した時間ではないが、彼女にとってはかなり大きいものなのかもしれない。
同情心か、それとも単に恩を売っておきたい、みたいな打算的な考えか——細かいところはわからなかったが、気づけば、私は出かける支度をしていた。
玄関に向かう途中、雨が降っていることに気がついた。どうやら、私を起こしたのは雨音だったらしい。
傘を取ってきて寮から出た時、既に十分ほどが経っていた。
多少急ぐように、小走りで学園へと向かう。
あまり遅いと、すれ違ってしまうかもしれない。そうなってしまえば、大分時間が無駄になってしまうはずだ。
ふと、学園に入ってから初めて、過ぎていく時間を意識していることに気づき、若干の違和感を覚えながらも、脚を進める。
学園のシューズというものは、中々に出来がいい。足元が濡れていても、そこまで滑ることはない。
グラウンドに着いた時、そこには彼女を含めてもほとんど誰もいなかった。
考えてもみれば当然だ。朝早い上、雨も降っている。こんな日に外でトレーニングをすれば、風邪をひくリスクだってあるだろう。
ちょうどベラトリクスは、鞄を漁りながらしかめっ面をしていた。
けれど、肩を叩けば、一瞬身を震わせたのちに振り向いて、すぐに満面の笑みを浮かべた。
「あっ! アケノちゃんも来たんだ。トレーニング?」
軽く首を降って、ポケットのストップウォッチを見せる。
一瞬、彼女は驚いたかのように、目を見開いた。
そりゃそうだ。ほとんどこちらからは関わりを持っていなかったのだから。
「——それ、なんであたしが忘れたってわかったの……?」
「いつも持っていってたでしょ? だから、一応」
そう短く答え、さっさと手渡して帰ろうとした時、彼女は私を呼び止めた。
「アケノちゃんっ! 一回だけでいいからタイム、計ってくれない?」
面倒臭い頼みではあったが、どうせ帰ってもそこまでやることはない。
それに、彼女も彼女で計ってくれる相手がいなくて困っていたのだろうか。
渋々、ストップウォッチを受け取ると、「それじゃ、走るね」という彼女の合図に合わせて、ボタンを押す。
彼女が一歩目を踏み出す時、ふと私は、そのぎこちなさに気がついた。
全体的にフォームが固いとでもいうのだろうか、地を蹴る脚があまり伸びていない。
私の知る走り——トウカイテイオーのものは、もっとしなやかだった。
跳ねるように地を蹴り、先へ、先へ。
ペースだって乱れないものだ。後ろから見ていた分、よくわかる。
それに対して、彼女はかなり体が振れている。
あれでは、スタミナ管理も難しいだろう。
そんな読み通り、帰ってきた彼女は、息を切らしていた。
タイムを見てみると、後半の減速が響いているのか、平均を多少下回っているようなものだった。
「中々、伸びないなあ……あ、ありがとね、アケノちゃん。自分で計ると、どうしてもズレちゃうから……ゴール前でボタン、グッて押さなきゃいけなかったしっ!」
話を聞き、走りを見て、わかったことがあった。
彼女のトレーニングは、あまりにも独りよがりすぎる。
ストップウォッチを自分で押す、だなんて。正確さが相当に欠けるに決まっているのに。
「——もう一回、どう? 少し、アドバイスできそうなこと、あるかもしれないし」
時には実演し、時には短い距離を走ってもらって、問題点を指摘していく。
吸収が早い、とは行かなかった。
何度も走らされたし、何度も走らせた。
「何だか、色々わかってきたかもっ! ごめんね? もう一回、計ってもらってもいい?」
ここまで付き合った以上、断る理由もない。
彼女の合図に合わせて、ボタンを押す。
一歩目、脚は結局そこまで伸びていなかった。まだ、動きのぎこちなさは残っていたかもしれない。もしかして、柔軟性が足りていないのだろうか。
けれど後半、明らかに様子が違った。
先ほどよりも上半身のブレが抑えられていた分、一気にスピードが跳ね上がる。
彼女が走り切ると同時に固いボタンを押し込んだ時、そこに表示されていたのは——。
「これ——自己ベストだよっ! あたし、ほんっとうに嬉しいっ!」
私が入学試験で出したタイムよりも百分の一秒、早いものだった。
「うん! これなら夢にもけっこー近づいたかも、なんてっ!」
「……夢?」
「そうっ! あたしね、
クラシック三冠ウマ娘。
シンボリルドルフが偉業を成し遂げてからというもの、よく聞くようになった夢だ。
とはいえ、その壁はあまりにも険しい。
史実上、それを成し遂げた者は片手で数えられるほど少ない。ちょっと同世代で頭ひとつ抜けていたからといって、なれるものではない。
そんなに厳しい目標を課しているというのなら、ここまで彼女が必死にトレーニングをしている理由もわかる。
選抜レースで勝って、トレーナーと契約する——目標があるのなら、それは早い時期である方がいいからだ。
……とはいえ、彼女の今のタイムはこの学園でいう平均に達したくらいだ。
私とほとんど差はない。
もっと上はいるし——まだ彼女は知らないかもしれないが、トウカイテイオーなんて圧倒的な才能を持ったウマ娘だって同世代にはいる始末。
厳しい……というよりも、叶わないに等しい夢であることに、違いはないだろう。
「それじゃ、私はそろそろ帰るから」
しかし、なぜだろう。
半ば鬱陶しいものを見る目で、私は彼女を見ていたはずなのに。
届かない夢を見るヤツ、と。内心、断定までしていたのに。
「色々ありがとね、アケノちゃんっ! ホント、こんなに優しい子が同室で……あたし、幸せだなぁ」
「う……うん」
ストップウォッチを返す手前、近づいてきて、彼女の手が触れる瞬間。
湿った髪が肌にかかり、冷たい手が一瞬だけ私に触れ、離れていった時——どうしようもないほどの距離を、私は再び、感じてしまった。
それは入学試験の日、トウカイテイオーの背に感じたものと似ていて。
しかし、ベラトリクスと私には、私とトウカイテイオーほど、実力に差があるわけではない。きっと、同じくらいだろう。
……なら、これはあの時のものとはまた別のものであるはず——そうあって、然るべきだ。
私が傘も差さずに思索に耽っている間にも、容赦なく雨は降り続ける。
肌を濡らす、一雫一雫が、冷たい。簡単に凍えてしまいそうだ。
けれど、彼女の背が遠くなってもなお、なぜだか私には——その場を離れることが、できなかった。