空っぽ転生ウマ娘は無敵のテイオー様をわからせたい。   作:テイオーのリボンの結び目

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虚ろな

どうも私は、早起きが苦手だった。

そのために、トレーニングをするのは基本的に放課後。帰る時間が五時の鐘の鳴った後になることも決して少なくはなく、そのことで今世の親には、何度も怒られたものだった。

 

トレセンへの入学を目指してトレーニングをしていた最中、いつも二度、脚を止めることがあった。

 

一度目は、栓を開ける時。

二度目は、空っぽになった缶を捨てる時。

 

私がその公園の前を通る時、決まって()は缶を手にし、ベンチに座っていた。

すぐ近くの自販機で買えるブラックコーヒー。確か、相当に苦いものだったはずで効果は十分。私も何度か世話になった覚えがある。

再び公園の前に戻ってくるまでの15分で、そんなコーヒーを彼は飲み干し、公園から立ち去っていく。

時計代わり——というと人聞きが悪いが、そこまで時計を見る性質(たち)でもなかったために、勝手に目印にして、彼が公園から立ち去るのと同時に、私もトレーニングを切り上げていたものだった。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

——ガチャリ

 

ドアが開く音と共にちょうど目が覚める。時計を確認してみれば、まだ5時だ。

このまま二度寝といくか、スマホだので時間を潰すか少しばかり考えあぐねたのち——結局はジャージに身を包み、私も外に出る。

未だ四月とはいえ、早朝は少々冷える。

その場で軽くステップを踏み、身体を温め、そうしてからようやく一歩踏み出し、走り出す。

 

二日前——ベラトリクスにストップウォッチを届けに行った日から、妙に胸が騒つくようになった。

 

相変わらず、トレーニングを詰める理由も定まっていない——要するに、気分によるものではあったが、それでも朝のトレーニングというのはそこまで気分の悪いものでもない。

急く必要もない中、歩調を整え、脳内で軽くリズムを刻みながらも交互に脚を動かしていく。

道中に広がった桜は既に散ったものばかりで、入学ムードもどこへやら。

新生活に慣れなきゃいけない期間というのは終わっていて、もうそろそろ目標なり何なりを見据えなければいけない時期だというのを、否が応でも教えてくれる。

そんな眺めに少々顔を顰めながらも、しばらくジョギングを続けていて。

 

不意に、私は見慣れたものを道路の向かい側に見とめ、脚を止めた。

 

よくトレーニング中に通っていた小学校近くの公園。

どうやら、少々呆けたまま走っていたせいかそこそこ遠くまで来ていたらしい。

公園というには、遊具もほとんどないし、規模も小さいものだったが、ベンチと蛇口がある、というのは私にとって大きなアドバンテージだった。

トレーニングのルートを固定化してから——おおよそ一年半は来ていなかったが、それ以前はよく休憩場所にしていたものだ。

けれど、それとはまた別に少々気になったことがあって、道路を渡って公園へ向かい、ネット状のゴミ箱を覗き込んでみる。

 

「……うわ」

 

そこには、予想から多少擦れていたものが大量に捨てられていた。

 

——ビール缶、ビール缶、ビール缶。

 

一本なんてものじゃない。何本も放り込まれたそれは、外装を見る限りではそこまで古いものではなくて——つまるところ、相当に新しいものだ。

その時、私は不意に、缶にまつわることを一つ思い出して。

 

思わず公園の奥——ベンチの方を見やった時、それはいた。

 

一見、()()は黒いボロ衣のようだった。

輪郭は潰れていて、ところどころほつれた糸が異物感をさらに強めていて。

けれど、見覚えだけはあるシルエットで。

 

相当近づかなければ——ベンチに横になって……寝ている人間だと認識することは難しいだろう。

 

目の下に刻まれたクマ、はだけ、だらしなく身につけられたスーツ、随分とこけた頬。

 

()は、私の覚えていた姿よりも、ずっとやつれた状態でそこにいた。

 

思わず、その場で何歩かたじろいでしまって。

その時、コツン、と。足元で音が響いた。どうやら、何か硬いもの——それも金属質なものを踏みつけてしまったらしい。

屈んで砂利の中探してみれば、それは案外すぐに見つかった。

 

シンボルとしての蹄鉄に、あしらわれた星——間違いなく、トレーナーバッジだった。

 

落ちていたのは、ベンチから少し離れた場所。

大体、状況は察せた。

 

ベンチに戻り、()の腹の上にトレーナーバッジを置いておく。

一晩中公園のベンチで寝て、吹きっさらしになっていた頭は、もう十分に冷えているだろう、なんて。

これ以上は関わる気もなかったために、その場を立ち去ろうとした時だった。

 

「ぅぅ……っ……ってぇ」

 

ゴロゴロとしゃがれた声が背後で聞こえた。

振り返ってみれば彼は起き上がって、しばらく辺りを見回していた。

まずは、周りの景色を、次に、腹の上に置かれたトレーナーバッジを、そして最後にその双眸は私を捉えた。

 

「……お前、か?」

 

酷く、濁った瞳だった。

 

一瞬、少しでも関わったことを後悔した。

 

歪められた表情と、低い声音はまるで、私を責めているようでもあった。

 

「……そうだけど」

「……そう、か。まあ、悪いが……そいつは今は近くに置きたくないモンで……ってお前——っ!」

 

映る私の姿も濁らせたまま、大きく瞳が開かれた。

 

「……もしかして、“ビッグマウス“、か?」

 

——ビッグマウス、と。

 

私をそう呼ぶ人間なんて、一人しかいなかった。

 

「——やっぱり、アナタだったんだ。()()()()?」

 

 

◆ ◆ ◆

 

◆ ◆

 

 

 

「ちょっとばかし、フォームが乱れてるな」

 

その日も、コーヒーを飲み干した()を節目に、私もトレーニングをやめるつもりだった。

けれど、公園の外——普段、私と逆の道を通るはずの彼は、その日に限って、なぜか話しかけてきた。

 

「……そもそもアナタ、誰?」

「ああ、すまん。俺はこういうモンだ」

 

見せられたトレーナー証と襟についたバッジ。

しかし、それを見せられたところで本物かどうか疑わしいことだってある。

最初は、帰る時間が遅いならせめて——と、親から渡され、腰につけていた防犯ブザーを鳴らすかどうか一瞬検討したものだったが、いざ防犯ブザーを前にしても動揺しない姿勢と、何よりも私自身タイムが伸び悩んでいたこともあって……話だけ聞いてみることにした。

 

 

「——つまるところ、体幹の強化だの何だの言ってもまずはフォーム一つで結構変わるんだよ。お前、自己流か?」

「……大体は、ネットで」

「そいつじゃ、わからないことも確かに多いか……よし。こっちは今、担当を探している最中でね。お前さえよけりゃ、こっちもアウトプットがてら、それまで短い期間だが色々レクチャーしたい。……どうだ? お互い悪い話じゃないだろ?」

 

だいぶ夜遅い時間に、小学生を相手にして何を言ってるんだか。一歩間違えれば不審者だ。こちらにも身の危険があるかもしれないし、彼は彼で社会的な立場とか色々、響いてくる可能性だってあるだろう。かなりリスクは高い。

とはいえ、確かに彼の教え方は上手かった。少し体を起こしただけで、疲弊の度合いはだいぶ落ちた。

彼が本物のトレーナーであることに、違いはないだろう。そして——。

 

「……ん、確かに。だったら、乗らせてもらっても?」

「あんまり可愛い返事じゃないが、了解した」

 

何よりも、握り締めたストップウォッチが示していたタイム——更新された自己ベストは嘘をついてはいなかった。

 

「河瀬だ。まあ、適当に苗字で呼んでくれて構わない」

「私の——名前はまだ、ウマ娘としてはない……から。まあ、私のことも適当に呼んでくれていいよ。……よろしく」

 

ウマ娘のくせして未だ名前が降りてきていない、というのも中々に珍しいことだ。

けれど、彼は軽く頷いただけで、それ以上は詮索してこなかった。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

「そういや、お前の目標はなんだ?」

 

彼とトレーニングをするようになってからおよそ二週間。

解散の手前、河瀬は私にそう聞いてきた。

 

「……ん、そう、だなぁ」

 

トウカイテイオーなんて名前を出してもきっと彼はわからないだろう。

だからこそ、少しだけ噛み砕いて説明した。

 

「——G1ウマ娘を、倒すこと……?」

「……おいおい、大口を叩くじゃねぇか。そいつは中々——そうだ」

 

不意に、彼は私を見とめ、何かブツブツと語感を確認するように口にすると、一つ提案してきた。

 

「——お前の名前……降りてこなかったら“ビッグマウス“とか、どうだ?」

「却下」

 

誰が好んでそんな名前を使うものか。しかも、意味まで違う。それじゃ全然格好がつかない。

……とは言っても、好きに呼ぶように言ったのが私であることには違いがない。

それに、一応は教えてもらってる身だ。名前ぐらいであれば、別に勝手なものでも構わないだろう。

 

「まあ、河瀬さんがそう呼びたいなら、それで構わないけど?」

「へぇ、“ビッグマウス”……”ビッグマウス”、ねえ。じゃあ、個人的にそう呼ばせてもらうよ。“ビッグマウス”」

「……でも、大声で何回も呼ぶのは……やめて」

 

甘んじて受け入れたものの、それは連呼される分には堪らなく恥ずかしいものだった。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

「今日、担当ができたんだ」

 

恥ずかしいニックネームをつけられながらも一緒にトレーニングを続けて一ヶ月。

案外、短い期間だった。

 

「それじゃ、今日で?」

「そう、だな。まあ——忙しくなるから来れなくもなるだろうし……」

 

どこか籠った声で彼がそう口にしてから、すっかりお互い黙り込んでしまう。

けれど、無理矢理その空気を打ち破るように、最後に彼は大声で叫んだ。

 

「大口叩いてるだの何だの言ったけど……その——お前は確実に成長したよ! だから……頑張れ! 応援してるからな——っ!」

 

皮肉ばかり口にする河瀬にしては真っ直ぐな激励の言葉だった。

そして、すぐに頬を紅潮させると、少し恥ずかしげに彼はその場を去っていく。

だから、私も彼の背中に向かって、大声で叫んでやった。

 

「——河瀬さんの教え方、上手かった! だから——その——担当と仲良く——っ! 頑張れ、トレーナー——っ!」

 

振り返った彼の顔は、もっと赤くなっていた。

そして、それはきっと私も変わりなかった。

久々に出した大声のせいで、喉はジンジンしていた。

 

互いに柄にもないことをしたせいで、若干複雑な空気にはなっていたけれど。

 

でも——私たちは笑っていた。

 

 

◆ ◆ ◆

 

◆ ◆

 

 

 

「——そうか。無事にトレセンに?」

「……うん。河瀬さんは?」

 

彼は軽く首を振ると、すぐに話を逸らした。

 

「そういや、名前は決まったのか?」

「——“アケノヨダカ”」

「……ビッグマウスは破棄したか」

「したよ。全然違うのにした」

「いや、そう違ったモンでもないだろ。アレ——ヨダカだって大分口、裂けてるし」

 

容姿が変わっていても、あまりやりとりは変わりない。

ただ一点——声音だけは明らかに無理に出された高いトーン。あまり好ましくないものになっていた。

 

「……それで、結局何があったの?」

「あんまり教えたくねぇな」

 

彼は忌々しげにバッジを見やると、再び視線を背ける。

そして、ただ一言だけ答えた。

 

「——使い果たしたんだよ」

「……使い果たしたって、何を……?」

「青臭い衝動だとか——そういうのを」

 

トレーニングの時は面倒臭く思えるくらい細かく指示してきた彼にしては珍しく、抽象的に、吐き捨てるようにそう口にして、彼は再び話題を逸らす。

 

「……んで、ビ——アケノは……? お前、今はどうなんだ? もう選抜レースの時期だろ。こんな悠長に話し込んでていいのか?」

「……さあ」

 

けれど、いざ返されてみれば私も返答に詰まる。

それに違和感を覚えたのか、彼は私のまだほとんど汚れてすらいないシューズを見やり、次にもう一度、私の瞳を見据えた。

 

「……別にまだ、使い果たしたわけじゃない、か」

 

けれど、彼が口にした言葉は、私の想像していたものとはまた違うものだった。

てっきり、同じみたいだな、なんて。皮肉っぽく言うと思っていたのに。

 

軽く首を振ると、缶を片手に彼は立ち上がる。

 

「……最後に一つ言うとすれば——仕掛けるタイミングに()()()、なんてないんだよ。さっさとしないと先頭なんてすぐ見失うぞ?」

 

その際に一瞬、落ちたトレーナーバッジが照り返したのが見えたが、まるで彼は気づいていないように気怠げに去っていく。

 

意味のわからないことばかり口にして。そのくせして、知ったように説教を垂れて。

 

何となく腹が立って、一度バッジを投げてやった。

 

ウマ娘の腕力だ。そこそこの威力があったらしく、命中した背中をさすりながら屈んでバッジを拾うと、河瀬は酔いのせいか赤くなった顔を向け、最後にこちらを睨み返した。

 

けれど、その瞳の濁り——と言うよりも、底が見えないと言う点では、空虚さとでも言うべきか。

 

それが、私を覗き込んだ。

 

背筋に冷たいものが走ったのを、はっきりと感じた。

 

 

◇ ◇ ◇

 

◇ ◇

 

 

 

「次、ボクの相手、したい人〜!」

 

グラウンドの真ん中の方——目立つところで、次々に手が上がっていく。

 

「トウカイテイオーさん、すっごい人気だよねっ!」

 

そして、私はそんな彼女を尻目に、ベラトリクスと機材を運んでいた。

 

「まあ……強い人と戦いたいっていうのは当然だし」

「そうだっ! あたしも手、挙げようかな?」

 

急いで止めようとした時にはもう、間に合わなかった。

少し離れたところで挙げられた手はかえって目立つらしく、青い瞳はすぐにこちらへ向けられる。

 

「ん、そこの赤毛の娘——の隣——ねぇキミ、———じゃなくて……えーっと、芦毛の……アケノ、だよね?」

 

正しく、瞳はかち合った。

 

「久しぶりっ! よかったらレースしないっ!?」

 

“よかったら”と付けてはいるものの、彼女はすぐ側まで近づいてきていた。

 

……本当に、鬱陶しい。

 

周囲の視線はこちらに注がれ、目の前の瞳は、相変わらず目一杯の輝きを湛えている。

 

不意に、今朝見た瞳を思い出した。とびっきりに——空虚なヤツを。

 

()()()がいつ来るかなんて、わからない。

タイミングがもっと先である可能性だって十分にあって。それどころか、今はまだ先頭の背中を追いかける気にすらなっていないはず——なのに。

 

「……わかった」

 

私は、そう口にしてしまった。

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