Alter Record   作:遠名 彬

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#2

 ほむらが見滝原中学校に転校してから数日が経った。鹿目まどかに契約を迫ろうとするキュゥべえも、まどかの周りを取り巻く少女達もいつも通りで、何度も繰り返した一か月と何も変わらない日々が流れていた。毎回微妙に変わる席順や時間割を確認しながら通う学校生活はほむらにとってはもはや作業となっていて、そこには初めての転校で感じていた期待や不安はどこにもなかった。廊下でばったり巴マミに見つからないように行動することも、まどかに魔法少女にならないように誘導していくのも、やはり何度も繰り返している事象のうちの一つでしかなかった。

 一方魔法少女としてのほむらは、マミが言っていた通りに見滝原から魔女が急激に減少していることをひしひしと実感していた。それまでの行動からの統計で割り出した魔女の位置は悉く外れていて、普段なら一か月後に控えるワルプルギスの夜の襲来に備えて蓄えているはずのグリーフシードも、ほむら自身が魔法少女として活動していくギリギリの数しか確保する事が出来なかった。他の街と比べても割のいい狩場だった見滝原市ですらこの状況なのだから、風見野をはじめとした他の街ではより深刻な被害が出ているのだろうと考えていた。

 ほむらが再び神浜市へと足を向けたのは、そういう意味では必然であった。ほむらにとっては神浜市で起きている異常の原因は興味のない事だったが、グリーフシードを集めるため、そして自身の世界に入り込んできた謎の少女がどうしても気になってしまっていた。“魔法少女が救われる”という言葉の示す意味についてはうっすらと見当がついていたが、その理由や根拠、そしてなにより方法については全く推測できないものだった。

 新西駅の改札を出ると、二度目の神浜市がほむらを迎えた。新興都市というだけあって、神浜市の街並みはどこか歪なもので、背の高い高層ビルや近未来的な建造物が建ち並ぶ一方で、昔ながらの平屋の家やトタンの目立つ建物がすぐ近くに建っていて、その境目にはいくつもの工事中看板が並んでいた。

「……やっぱり、おかしい」

 神浜市に満ちる魔女の魔力の濃度は明らかに異常なままで、やはりそんなものに中てられていると、段々と気分が悪くなってくるようだった。休日の神浜市は人出が多く、駅前の繁華街ともなると歩道を通るのにも難儀するような状態だった。人混みをかき分けながら進むのにうんざりしてきたほむらは、早々に路地へと抜けた。大通りから一本裏道へと入ると一気に人が減り、少し古臭い街並みが顔を出す。少し歩いていくと先ほどまでの喧騒が嘘のように遠くなり、シャッターの閉まった店ばかりの商店街や、錆びた看板のまま暖簾を出す古めかしい食堂なんかが平然と営業しているのだから、神浜という町は見滝原と比べても歪んだ街だった。ほむらは人通りの少ない裏通りを一人、ソウルジェムが反応する方へと歩みを進めた。四方八方から魔女の気配がする状態で、分かりにくいながらも最も近い魔女の結界を見つけると、魔法少女の姿へと変身し、ソウルジェムを煌めかせる、結界の入口が口を開けると、見滝原で倒してきた魔女とは比べ物にならない強さの魔力が、ほむらを覆った。

「こんな魔女が……」

 躊躇していても始まらないと、ほむらは結界へと足を踏み入れた。閾を越えた瞬間、現代の街並みは悪趣味な結界に塗りつぶされていく。足元の舗装されたコンクリートの上にさらさらとした砂が舞ったかと思えば、いつのまにかほむらの足はくるぶし辺りまで砂に埋まり、遠目に見えていた高層ビルは奇怪な形のオブジェクトへと変わっていた。波打っているように見えるのは砂山の稜線で、その間に団子のような何かが幾つも蠢いていた。ほむらは盾の中に仕込んだ拳銃を取り出して、マガジンの中に実弾が詰まっていることを確認し、スライドを引いた。セーフティを解除し、トリガーに指をかけたまま、魔女の反応がある方へと歩き出す。ざら、と砂が崩れる音に、ほむらが反射的に銃口を向けると、崩れた砂の合間から球状の物体が高速で飛び出した。素早く照準を合わせて、撃つ。炸裂音と共に自動拳銃から放たれたパラベラム弾が空を切り、飛翔してきた球と衝突する。しかし、それは硬い金属音と共に軽々と弾かれ、球の勢いは止まることなくほむらへと向かっていた。

「……ちっ」

 小さく舌打ちをしてほむらが後ろに飛びのくと、数瞬前までほむらが立っていた場所に緑色の球体が着弾し、大きな砂埃を巻きあげた。すぐに魔力を放って砂塵を霧散させると、その向こう側には数体の魔女の手下らしき芋虫のような異形が、その連なった球状の頭部をほむらに向けているところだった。

「それなら……!」

 拳銃をしまい、ほむらはより火力のある武器を取り出す。明らかに盾のサイズよりも大きい、長銃身の突撃銃だ。すぐにでも射撃ができるように用意されたそれを訓練通りに構え、トリガーを引く。フルオート射撃によって飛んだ数多の銃弾は、一つ一つにほむらの魔力が込められた特別製である。高速で命中したそれらの弾丸は手下の球体を易々と貫通し、空中で穴だらけになった球体は失速し、ほむらに届く前に砂の地面へと墜落していく。ほむらは右手だけで小刻みに射撃を続けながら、左手で取り出した手榴弾の安全ピンを口で引き抜く。二つ数えて、手下の足元へと放り投げ、真後ろにあった砂丘の陰に退避した。爆発音と共に聞こえてきたのは、悲鳴に似た甲高い金切声で、ほむらが顔を出すと、手下がいた場所は少し砂が削り取られたように凹んでいて、そこにいた手下の影はなかった。

「今のが、手下っていうのね……」

 見滝原であれば、魔女を一体は仕留められていた。それでようやく手下を数体退けるに過ぎない戦果に、ほむらは気を引き締めた。この場所は、明らかに異常である。魔女の密度も、その戦闘力も段違いに高く、ほむら一人で安定的にグリーフシードを確保するのはかなり難しい事のように感じられた。

 それでも。

 まだ魔女の気配は遠かった。ほむらは盾の中にしまい込んだ武器たちの残弾数を頭の中で数えながら、極力戦闘を避けて進んでいった。

 

 魔女の目前に辿り着いた時には、ほむらはこれまでにない精神的な疲労を感じていた。ただの手下にすら苦戦する有様で魔女に挑めば、その結果どうなるかは火を見るよりも明らかだったが、それでもグリーフシードのストックもない今の状態では、魔女に挑まざるを得ないのだった。

 砂ばかりの空間に不自然に設けられた扉をくぐると、その先はまた砂の世界だった。子供向けの意匠に見える巨大なバケツやシャベルが地面に突き刺さり、少し向こう側には石でできた敷居がぐるりと円形になっていて、まるで公園にある砂場のようになっていた。そしてその真ん中には、ほむらの二、三倍はあろうかという巨大な魔女が、その身体に見合う大きさの砂遊び道具を持って、他と何も変わらない砂ばかりの地面をザリザリと削っていた。ほむらは気付かれないように静かに時を止め、盾の中から虎の子の無反動砲をひとつ取り出し、肩に担いだ。

「……これで」

 慎重に狙いを定めて、トリガーを引く。大きな煙の尾を引きながら飛翔した弾頭は、一秒と経たない内に空中でぴたりと動きを止めた。その軌道が魔女へと正確に向かっていることを確認して、ほむらは大きなバケツの陰に隠れ、盾を回した。時間が再び動き出す。静止していた弾頭が急加速し、風切り音と共に魔女へと一直線に飛んだ。

 着弾音は、聞こえなかった。

 物陰から見ていたほむらには、弾頭が魔女の砂の体に到達した瞬間、その体内へと消えていく一部始終がはっきりと見えていた。何の障害物にもぶつからないまま、弾頭は魔女の身体を素通りし、結界の見えない壁に衝突して派手な爆発音を立てた。それで驚いたのか魔女は手に持っていたシャベルを取り落とし、砂場に落ちて大きな音を立てた。それだけだった。

「……攻撃が効かない?」

 当然、無反動砲にもほむらの魔力が込められているから、魔女に対しても火器本来の火力もあって十二分以上の効果が見込めるはずだった。しかし、そもそも命中しなければ何の意味もない。物理的な攻撃が通用しない魔女を相手に取るのは初めてで、ほむらの思考は一瞬固まった。自分の取れる手札を考えた時、この魔女への有効な対抗策が存在しないのではないか、という思考がよぎり、どう倒すべきかを考え始めたその時、ソウルジェムが異なる魔力の波動を感じ取った。それは一度感じたことのあるパターンで、神浜市で唯一出会ったことがある魔法少女のものだった。

「どいてなさい。貴方の手に負える相手じゃないでしょう」

 その魔法少女は蒼い装束を身に纏い、手には三叉の槍を構えていた。魔女の前に堂々と姿を現したその魔法少女に魔女も気付き、ザリザリと砂の擦れる音を立てながらゆっくりと向き直った。そして魔女は髪のように垂れた砂の塊をざわざわと揺らし、その中から砂の竜巻を作り出した。はっきりと形が見えるほどの密度で渦巻く暴風が魔法少女に襲い掛かったその時、彼女は跳んだ。今まで見てきたどんな魔法少女よりも俊敏な動きで攻撃を避けると、虚空に魔力で槍を四本生成し、魔女へ向かって射出した。しかしその槍は無反動砲と同じように魔女の身体を素通りし、地面へと突き刺さっては消えていった。魔女は何のダメージも受けていない様子で、魔法少女の着地へと合わせて砂の弾丸を打ち放った。しかし尋常ではない速度のその弾を槍の一振りで軽々と弾き飛ばすと、彼女は槍を地面へと突き立て、その端を手で支えるように立った。そうして魔力を槍を通して地面へと這わせると、水を吸ったように魔女の足元の砂がじわりじわりと固まりだし、それは魔女の身体を這い上がるように続いていった。逃れようと魔女は身をよじるが、既に足元が固まってしまった魔女はどこにも動く事が出来ずに、ただ眼前に立つ魔法少女が召喚した巨大な槍が自身を狙っているさまを眺めることしかできなくなっていた。

「終わりよ」

 黒い槍が落下して、魔女の脳天を垂直に突き刺す。硬化した身体ごと串刺しにされた魔女は断末魔の悲鳴を上げながら、その身体を崩壊させていく。突き刺さった槍の先端には、グリーフシードがひとつ、転がっていた。徐々に崩壊していく結界の中で、ほむらは彼女がそれを拾い上げる姿を、ただ眺めることしかできなかった。

 圧倒的だった。ほむらがこれまで見てきた魔法少女の戦いが遊戯にしか見えなくなるほどに、その魔法少女と魔女との戦いは圧倒的な力強さがあった。彼女であれば、たった一人でもワルプルギスの夜と戦い合えるのかもしれないと、そう思ってしまうほどに。

「……さて。このあいだぶりね、貴方」

「ええ、そうね」

 結界が崩壊し、建物の影が落ちる裏路地に、二人は立っていた。

「まだ、探しているの?」

「そんなところよ」

 ほむらが再び盾に手を近づけたその時、魔法少女が投擲した槍がほむらの足元に突き刺さり、動きを止めざるを得なかった。

「妙な真似はしないことね。この間はまんまと逃げられたけれど、今日はしっかり話を聞いてもらうわ」

 ほむらが無言で睨みつけても、彼女は全く動じることなく、ほむらを鋭い目で睨み返していた。

「私は七海やちよ、ここ神浜の魔法少女よ。貴方は?」

「……暁美、ほむら」

「暁美さん、ね。貴方の戦いを見ていたけれど、変わった戦いをするのね。あれは軍隊が使う武器でしょう?」

 ほむらは無言のままだったが、やちよはそれを意に介さずに続けた。

「今の貴方の実力じゃ、神浜で生き残ることはできないわ。命が惜しければ、去りなさい」

「……見滝原市には、魔女がいないわ」

「見滝原市……。そう。でも、それは縄張りを侵犯する理由にはならない」

 ほむらはやちよの目を見た。やちよの鋭い目はほむらの盾を見ていた。

「グリーフシードが無いと、困るのよ」

「……そうね、そうでしょうね」

 やちよがすっと目を伏せた。ほむらはそれを見た瞬間、素早く盾を正面に構え、そして右手を盾に添えた瞬間、金属音と共に左手に鋭い衝撃が走った。やちよの槍がほむらの盾に突き刺さり、その回転を阻んでいた。

「余計なことはするなって、言ったわよね」

 時間を止められなくなったほむらは、盾越しにやちよを睨んだ。そして盾の下側から拳銃を滑るように取り出すと、躊躇なくその頭部めがけて発砲した。やちよは銃口が向けられた瞬間、器用に槍を持ったまま体を捻り、その銃弾を避けた。

「そこまでして……!」

 

 やちよは深く溜息を吐いてから、ゆっくりと槍を外した。ほむらは呆気に取られて、ただやちよのことを呆然と見ていた。

「……調整屋に行きなさい」

「調整屋……?」

「神浜で生き残りたいなら、そこで調整してもらうことね。今のままなら、死ぬわ」

 さらりと言われたその言葉は、しかしほむらにとっては痛いほど理解できる言葉だった。魔女の手下に苦戦し、魔女本体には全くダメージを与えられず、やちよがいなければどうなっていたか分からなかった。だからこそ、やちよのその提案に乗る気にもなった。

「……忠告、ありがたく受け取っておくわ」

 やちよから調整屋の場所を聞き出すと、ほむらは盾を回した。

 

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