Alter Record   作:遠名 彬

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#3

 まどかにキュゥべえが接触してくるのは、今日で三回目だった。見滝原にほとんど魔女がいない現状では、キュゥべえもまどかたちを魔女の結界に迷い込ませる常套手段を使えないようで、まどかたちもそこまで魔法少女の世界に入り込んではいなさそうだった。しかしキュゥべえは巴マミと引き合わせていたようで、屋上で仲良く四人で昼食をとっている姿をほむらはよく見ていた。それに対して忠告をしようと近付いたこともあったが、魔女の足りない現状ではマミも魔法少女を増やすことには前向きではないようで、結局ほむらは今のところは何もせずに静観することにしていた。

「……そう、貴方も神浜の魔女と戦ったのね」

 夜。ほむらとマミは見滝原市内の公園にいた。近場に住む顔見知りの魔法少女同士として、週に一回は会って話をすることにしていた。お互いに神浜市での活動を定期的にしている以上、自然と話題は神浜市の事ばかりになっていた。

「ええ。正直、思っていた以上に強いわ」

「そうね……。私も、使い魔を倒すのだって大変なのよね」

 あの巴マミをもってしても神浜の魔女は一筋縄ではいかない相手なのだと、ほむらは認識を改めて強くした。

「巴マミ、調整屋、という場所を聞いたことがあるかしら?」

「調整屋……?」

「七海やちよという魔法少女に、調整屋に行けと言われたの」

 マミはしばらく考える素振りを見せてから、しかし首を横に振った。

「聞いたことないわね……。調整って、何を調整するのかしら」

「分からないわ。けれど、神浜市で生き残るためには、行った方がいいという話よ」

「暁美さんは、行くつもりなの?」

「そうね……行くつもりよ」

 七海やちよは圧倒的な魔法少女だった。ほむらは一人ではこれから神浜市でグリーフシードを集めるのは絶望的だということを、嫌というほど思い知ってしまった。だからこそ、調整屋が詳細の分からない怪しい商売だったとしても、それに頼らざるを得ない状況なのだということを、ほむらは自覚していた。

「今の状態だと、私達は神浜市で魔女を狩ることはできないわ。……グリーフシードを稼ぐためにも、私は強くならないと」

「そう……。それなら、私も行くわ」

 マミがほむらの目を見ながらそう言ったから、ほむらは思わず面食らってしまって、半歩下がった。

「……え?」

「二人なら、何かあっても大丈夫でしょう? それに、私も、その……」

 少し言い淀んでから、マミは目線を逸らしながら、呟くように言った。

「少し、心細いから……」

 ほむらは思わず首を傾げた。

「……好きにしなさい」

 

 新西駅に、十二時。ほむらが時間通りに駅に着くと、既に待っていたらしいマミがほむらを見つけて嬉しそうに手を振るから、ほむらはどう反応していいのか困って、結局いつも通りの不愛想な顔でマミの隣に立った。

「時間通りね。私もさっき着いたところだから」

 右手に持ったままのペーパーバックは半分ほどのところに栞が挟まっていて、ほむらは一つ小さな溜息を吐いた。

「調整屋に行きましょう」

「そうね。場所は知ってるのかしら?」

「七海やちよから聞いているわ。こっちよ」

 ほむらは迷いなく歩き出し、マミがその後に続いた。二人は駅前の繁華街を離れ、大通りを外れていく。再開発地域へと入っていくと工事中の看板が主張を強めていき、立ち入り禁止区画の前に立った時、マミは不安そうな顔でほむらを見た。

「ちょっと、ここ、立ち入り禁止よ?」

「この先よ」

 何の躊躇もなく立ち入り禁止区域の中に入っていくほむらを見て、マミは少し躊躇した後に、おずおずと後についていった。

 工事が半端に行われたまま放棄された地域には、解体されかけの建造物がいくつも建ち並んでいて、ほむらはその中から教えられた特徴を持った建物を探していた。ほどなく目を付けた建物には、今にも壊れそうな看板に“調整屋”と書かれていて、ほむらはその扉を遠慮なく引いた。鍵は掛かっていなかった。建物の中は外見よりも小綺麗になっていて、引かれた薄いカーテンの向こう側に一人の人影が見えた。カーテンをくぐると、ソファーに座った魔法少女が、ほむらの顔を見てにこりと笑った。

「いらっしゃぁい。あら、初めて見る顔ね」

 手に持っていたティーカップを優雅に置いて立ち上がった彼女が白手袋を嵌めている間に、マミも同じ空間に入ってきていた。マミは物珍しそうに周りを見回した後に、彼女がテーブルに置いたティーカップを眺めていた。

「わたしは八雲みたま、調整屋さんよぉ。よろしくね。調整希望ってことでいいのかしら?」

「ええ。私は巴マミ、見滝原の魔法少女よ。早速だけど、調整っていうのはどういうものなのかしら?」

「あら、神浜の外からなのねえ。調整っていうのはね、わたしがあなたたちのソウルジェムに触って、魔力の流れを整える施術のことよ」

「……ソウルジェムに触る?」

「ええ。だから慣れないうちはちょっと気持ち悪くなったり、ふわっとしちゃったりすることもあるから、調整直後はあんまり無理はしちゃだめよ」

「そんな施術があるなんて、初めて聞いたわ」

 ほむらも隣で頷いた。みたまはにこにことした笑顔を崩さないまま、部屋の奥にある大きなカバーを外すと、病院で手術の際に使われるような大きなベッドが、埃ひとつない姿を現した。

「そうかしらぁ? 神浜じゃあ調整屋は常識よお」

 決して笑顔を崩さないみたまを、ほむらは胡散臭いものを見る目で眺めていた。横を見ると、マミは興味ありげな顔でほむらを見ていて、偶然二人の目が合った。

「……やるわ」

 ほむらが一歩前に出た。みたまはにこやかな笑顔のまま、白手袋が嵌められた手をすっと出した。

「一回、グリーフシード一個ねぇ」

「……は?」

「タダでやるわけないじゃない。ちゃーんと、対価は払ってもらうわよ?」

 ほむらはマミを見た。マミはびっくりしたように自分を指さした後、ぶんぶんと首を横に振った。

「……貴方に渡している余裕はないわ」

「あらそう? じゃあ調整は無しねえ……残念だわぁ」

「ちょっと待って! 私たちは神浜の魔女を倒すために調整を受けに来たの。魔女を倒せるようになったら、グリーフシードでも何でも渡せるわ」

 マミの言葉に、みたまはにやりと笑ったように見えて、ほむらは一瞬背筋に寒気が走った、気がした。

「そう? それならぁ、ちょっとお願いがあるんだけどぉ……」

「お願い?」

「この近くって、魔女がよく出るのよ。だから、調整したらお礼に、魔女退治してほしいなあって。ね?」

「まあ、それくらいなら……」

「もちろん、グリーフシードもこっちに頂戴ねえ」

 営業スマイルのまま話すみたまに、ほむらは思わず溜息を吐いた。

 

「さ、横になって」

 はじめに調整を受けるのはマミからだった。ほむらは調整屋に置かれた椅子に座って、その様子を眺めていた。手術台に仰向けになったマミの隣には、マミのソウルジェムが置かれていた。マミは少し不安そうな顔のまま天井を見上げていた。

「さあ、ソウルジェムに触るわよ……」

 みたまの手が優しくソウルジェムに触れると、マミが少し呻いて身を捩った。ソウルジェムは魔法少女の魂そのものであることは、ほむらはよく理解していた。それに干渉できる存在は今までインキュベーターしか見たことが無かった。しかし目の前で行われている調整という名の施術は、インキュベーターが行うそれに非常によく似ていた。みたまが手を動かすたびに、ソウルジェムから放たれる魔力の反応が微妙に変化し、それに合わせてマミの体も小さく反応していた。

「……さ、こんなところねえ」

 十分かそこらで、調整は終わった。みたまは少し額に汗が浮かんでいるようだったが、それだけだった。マミはしばらくぼうっと仰向けのまま横たわっていたが、少しするとゆっくりと上体を起こして、ソウルジェムを指輪に戻して指に嵌めた。

「どう? 気持ち悪かったりしないかしら?」

「ええ、大丈夫。……なんか、不思議な感じ」

 少し伸びをして、マミはゆっくりと施術台を降りた。振り向いたみたまとほむらの目が合って、みたまはにこりと笑いかけたが、ほむらは仏頂面のままみたまをじっと見つめていた。

「さ、次はあなたねぇ」

 ほむらは立ち上がって、マミと入れ替わりになるように手ぐすねを引くみたまの下へと歩いて行った。

「……妙な真似はしないことね」

「しないわよぉ」

 ソウルジェムを手渡しながら、ほむらはみたまを軽く牽制したつもりだったが、みたまはいつも通りににこにこするばかりで、まったく効いているようには見えなかった。

「始めるわよ……」

 みたまが、ソウルジェムに触れた。魂に他人が触れた瞬間、自分の心に何かが侵入してくる感覚に、ほむらは思わず身動ぎをした。身体には一切触れられていないのにも関わらず、身体の内面を直接触られているような妙な感覚が沸き起こってきて、どうにも落ち着かない状態の中、段々と内面から温かい何かが溢れてくるような感覚を感じていた。じわじわと性質の違う魔力がほむらの魂に侵食し、自分ではない何かが自分の中に溶けあっていくような、他人が心の中に這入り込み、触れてはならない心の中をかき乱していくような、表現しがたい、けれど許してはならないと感じられる、くすぐったいような、けれど妙な心地よさもある、ほむらにとっては初めて感じる感覚が、いつの間にか閉じていた瞼の裏に広がっていた。

「エビドリア……」

「エビドリア……?」

 不意に聞こえてきた声に思わず反応すると、自分の中に侵食してきていた何かがすっと引いていき、目を開けると少し恥ずかしそうにはにかむみたまの顔があった。

「……聞こえちゃった?」

「……ええ」

「調整してると、たまにわたしの心の声が聞こえちゃうことがあって……。今日はまだ、お昼ご飯食べてなかったから……」

 上体を起こしたほむらは、少し体が火照っていて、額が汗ばんでいるのに気付いた。ちょうど視界に入った置時計を見ると、短針が右側に傾いていた。

「……そう」

「暁美さん、大丈夫?」

「ええ……。でも確かに、妙な感じね」

 何度か手を握りなおすほむらは、自分の中に流れる魔力の質が微妙に変わっていることに気付いていた。調整を受ける前よりもスムーズに、より滑らかに全身に魔力が回っているような、不思議な快適さがあった。

「じゃあ約束通り、魔女を倒してくるわ。その間にご飯を食べておくといいんじゃないかしら?」

「ええ、そうするわ。グリーフシードは、ちゃんと持って帰ってきてねえ」

「わかってるわ。暁美さん、行きましょう?」

 ベッドに座ったままだったほむらは、差し出されたマミの手を取らずに立ち上がった。

 

 魔女の結界があるのは、調整屋のすぐ隣にある解体途中の建物の中だった。快晴の昼間にもかかわらずこんなにすぐに魔女の結界が見つかるのは、明確に神浜市の異常さを表しているようで、ほむらはひとつ溜息を吐いた。

「どうしたの?」

「いえ……何でもないわ」

 呼吸を整えて、変身する。心なしか、変身する際の魔力も今までより軽くなって変身しやすくなっているような、そんな気がした。

「行きましょう」

「ええ」

 マミも倣って変身し、ソウルジェムの輝きで魔女の結界を開いた。二人は何の躊躇もなく、揃って結界の中へと足を踏み入れた。

 結界の中はファンシーな空間だった。ピンク色を基調としたパッチワークのようなかわいらしい床が一面に広がり、足元がふわふわとしていて少し不安定だった。クッションのような巨大な物体が無造作に散らばっていて、どこからか吊るされているシルクのようなカーテンが広がり、女の子の子供部屋のような雰囲気を発していた。ほむらとマミはそんな結界の中を歩いていくと、空中に幾つも浮かんでいた紙屑の集合体のようなものが、がさがさと耳障りな音を立てながら二人の近くへと群がってきた。それが魔女の手下だと気付いた二人は、迷わず臨戦態勢を取ると、間髪入れずに手下の一体が猛スピードで突撃をかけてきた。しかしそれが着弾するよりも前に、マミが咄嗟に抜いたマスケット銃の弾丸が直撃し、手下は空中でばらばらになって散り散りに舞った。

「向こうもやる気ね。いくわよ」

「ええ」

 ほむらも盾の中から突撃銃を抜き、コッキングレバーを引いた。それを合図にして、魔女の手下が様々な方向から襲い掛かってきた。しかし、ほむらは流れるように照準を合わせて、突撃銃のトリガーを引く。狙いも反動制御も、そして高速で動き回る魔女の手下を目で追うことも、これまで以上に快適にこなせているのをほむらは実感していた。それはマミも同じようで、リボンを自在に操りながら自慢の射撃で次々と手下を撃墜していくその動きは今まで見てきた巴マミの動きの中でも相当に好調で、二人の弾丸に貫かれた手下たちは続々とその数を減らしていった。

「……すごいわね、調整って」

「そうね……」

 一通り周囲を殲滅した二人は、それぞれの武器を仕舞って再び歩き出した。結界自体はそこまで広くなく、魔女の潜む深層にはすぐに辿り着く事が出来た。分厚いカーテンをどけた先には、ほむらより二回りは大きいであろう巨大な兎のぬいぐるみのような姿をした魔女が、手下の体に様々に飾られた包装紙や色紙を好き勝手に千切っているところだった。二人の気配に気付いた魔女がその顔を向けた時、既に銃口が向けられていて、そのトリガーに指がかけられていた。

「悪いわね、お洒落さん」

 発砲。高速で飛び出した弾丸が胴体に当たったが、魔女は怯みもせずに咆哮した。可愛らしい兎の顔が中央でぱっくりと割れ、耳には牙のような凶悪な突起物が生成され、その耳を振り回して二人を薙ぎ払う。マミが反応して飛びのいたのと同時にほむらは盾を回し、凶悪な攻撃をすんでの所で停止させた。盾から機関銃を取り出し、バイポッドを立てて銃身を安定させ、その頭部の裂け目へと向かって引き金を引いた。ベルト式の弾帯が次々と銃身に飲まれ、空薬莢として排出されていき、一通りそれが終わると、ほむらは機関銃を仕舞いなおした後、安全な場所へと移動したのちに、再び盾を回した。時が動き出した瞬間、銃弾の雨が魔女の急所めがけて降り注ぎ、魔女は悲鳴を上げながら大きな体を後ろに仰け反らせた。マミはそれを見て一瞬驚いたが、すぐに空中で回転しながらリボンを纏め、自身より巨大な大砲を作り出す。その狙いは正確に、魔女が体勢を立て直す間も与えないまま、ハンマーが銃の後部を叩いた。

「ティロ・フィナーレ!」

 大砲から発射された弾丸が魔女に直撃し、その身体を包み込むほどの爆風の中に消えた。綺麗に着地をしたマミの後ろで、ほむらはじっと魔女の姿を眺めていた。空中から降ってきたグリーフシードがほむらの足元に突き刺さった時、既に結界は崩壊を始めていた。

「暁美さん、お疲れ様。すごいわね、あなたの魔法。何が起こったのか全くわからなかったわ」

 グリーフシードを拾い上げるほむらは、その質問には何も答えないまま、静かに踵を返して調整屋へと歩いて行った。マミはそんなほむらの後姿に溜息を吐いたあとで、ほむらの後に続いていった。

 調整屋に帰ってきた二人がドアを開けると、その中にはみたまの他に、もう一人少女が座っていた。

「あら、おかえりなさい」

「お、お前らが噂の見滝原の子か」

 振り返った少女は、ほむらやマミよりも少し大人びていて、立ち上がると背丈も高かった。

「アタシは、十咎ももこ。この辺で魔法少女やってんだ。よろしくな」

「私は巴マミ、見滝原で魔法少女をやってます。よろしくお願いしますね」

 差し出された手を笑顔で握り返して、それからももこはほむらの方を向いた。

「……暁美ほむら、よ」

「へえ、ほむらか。カッコいい名前だな」

 ぴくりとほむらの眉が動いたのには、ももこは気付かなかった。差し出した手に一切の反応が無いまま少しの間固まっていたが、握手する気が無いのだと気付いてすっと手を下ろした。

「グリーフシード、取ってきてくれた?」

「ええ。どうぞ」

 ほむらが投げたグリーフシードを綺麗にキャッチしたみたまは、それを丁寧に箱の中にしまった。

「ありがとねえ、これで安心だわ」

「調整屋さんは戦わないのかしら?」

「ああ、コイツ、魔女とは戦えないんだよ」

 マミの疑問に答えたのはももこだった。

「魔女と戦えない魔法少女なんて、聞いたことないわね」

「わたしも最初はびっくりしたわ。でも、いまは皆が守ってくれるから、心配ご無用よ。ね、ももこ?」

「はいはい、いつもこき使われてますよ」

「なによお、その言い方」

「……ねえ」

 優しく笑う三人に、ほむらが不意に声をかけたから、その視線が一気に集まった。

「貴方達二人は、こんな話を聞いた事は無い? ……神浜市で、魔法少女が救われる」

 沈黙。最初に口を開いたのはももこだった。

「いや……知らないなあ。なんじゃそりゃ」

「わたしも分からないわねえ……。あ、でも、最近調整にくる子がそういう話を聞いたことがあるって話なら、知ってるわ」

「そう……」

「で、なんでそれを?」

「私が神浜市に来た理由だからよ」

「暁美さんは、変な少女にそうやって言われて、それが気になって神浜市に来たみたいなのよ。私は、あくまで魔女が集まってる調査の為、だけど」

「なるほどなあ……」

 ももこは考える素振りを見せたが、しかし何も思いつかないのかお手上げのポーズをとった。みたまは相変わらずの営業スマイルを崩さないまま、じっとほむらの事を見ていた。

「そのことで何か分かったら、ほむらちゃんに連絡するわ。連絡先、いい?」

「ええ、構わないわ」

「お、じゃあアタシもいいか? これも何かの縁だし」

 ほむらとみたまが連絡先を交換している横で、マミとももこも同じように交換をしていた。一通りそれが終わると、ほむらは携帯電話を鞄にしまい、すぐにくるりと背を向けた。

「じゃあ、また」

「ちょっと、暁美さん……。あ、あの。また来ます」

「ええ、またねえ。待ってるわ」

 ほむらはそんな声を背に受けながら、調整屋を後にした。

 

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