Alter Record   作:遠名 彬

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#8

 美樹さやかが魔法少女になった。キュゥべえからそう聞かされたほむらは、しばらく部屋の中で立ち尽くしていた。

 ほむらはさやかのことが昔から苦手だった。引っ込み思案だった自分に対して声をかけてくれるのは嬉しかったけれど、正直その積極性は面倒でもあったし、快活だと表現されるその明るさが鬱陶しいと感じることも少なくなかった。決して頭がいい方でもない上に思い込みが激しくて、一度こうだと思い込んだら止まらない、それに反する相手を排除しようとする過激さも、ほむらには愚かだとしか思えなかった。魔法少女を正義の味方だと思い込んでやまない巴マミとの相性は最悪で、二人が組むと正義感を振りかざしながら暴走を始めてしまうのが、ほむらにとっては何度も厄介に働いたことがあった。最悪な事にそんな彼女はまどかの唯一無二の親友であり、まどかが契約してしまう結末には大抵彼女の余計な行動が絡んできていたから、ほむらにとってさやかは重大な悩みの種であった。ほむらが神浜市に気を取られている間に、そんなさやかが魔法少女になり、十中八九マミと共に行動を始めたのだという事実に、ほむらは大きく溜息を吐いた。

 

 それと同じ溜息を吐いたのは、翌日の放課後にほむらが帰ろうとしていた時だった。校門の前に特徴的な髪型の少女が見えて、さらに後ろからその名前を呼ぶ声が聞こえてきて、ほむらはうんざりした。

「や、転校生。これから魔法少女仲間として、よろしくね」

「暁美さん、美樹さんとも仲良くしてあげてね」

「……ええ、そうするわ」

 そうできる気は全くしなかったが、来たるワルプルギスの夜に向けて戦力はどれだけあっても足りないのだから、苦手な相手であっても表面上はウマを合わせておく必要があった。ほむらはなにやら話し始めた二人の声を聞き流しながら、鬱陶しく絡みつく長髪を手で払った。そう遠くないはずの見滝原の駅までの道のりは、三人で歩くと気が遠くなるほど遠くに思えた。駅に着いたほむらは妙な疲れを感じたまま自動改札を通ると、後ろで券売機に苦戦していたさやかがマミと共に小走りでついてきていた。

「神浜市って意外と近いんですね、もっと遠いかと思ってました」

「そうね、私もそれは思ったわ。そういえば、暁美さんとは神浜の駅のホームで出会ったのよね」

「そうなの? てっきり見滝原で一緒になったのかと思ってましたよ」

「電車を降りたら見滝原の制服が見えたから、びっくりしちゃって。ね、暁美さん」

「……そんなこともあったわね」

「美樹さんがこっちに来て、鹿目さんは大丈夫なのかしら?」

「まどかなら、仁美と一緒に帰りましたよ。キュゥべえも一緒だったし、大丈夫だと思います」

 キュゥべえと一緒に。その言葉にほむらはつい反応してしまったが、それを悟られないように一つ咳払いをした。

「まあ、まどかは契約する気ないみたいですけどね。やっぱ命を懸ける、ってところが引っかかっちゃってるみたいで」

 少し残念そうな雰囲気になる二人の横で、ほむらはほっと胸を撫でおろした。プラットホームに滑り込んできた電車の起こした風が黒髪を揺らしていた。

 

 神浜の駅に着いた途端に顔を青くしてトイレに駆け込んださやかを待っている間、ほむらは手持無沙汰に髪を弄っていると、ソウルジェムを触っていたマミがちらりとほむらの方を見た。

「ねえ、暁美さん」

「……何かしら」

「"ドッペル"って、知ってるかしら」

 一瞬息が止まった。昨日ほむらが見たあの異形の姿が頭をよぎった。

「何故?」

「この間ね、神浜の魔法少女と一緒に魔女を倒したの。その時に、彼女が口にしていたのよ。……ドッペルがあれば、って」

「そう……」

 ドッペルがあれば。あの圧倒的な力を見た後では、確かにドッペルがあれば、と思ってしまうのも仕方がないのだと、そう思えた。そして相変わらず魔女の瘴気が蔓延する神浜市の空気は魔法少女にとっては最悪と言ってよかったから、一度も魔女の結界に入ったことがないさやかが潰れてしまうのもまた、仕方がないことだった。げっそりした顔でトイレから出てきたさやかは指で丸を作っていた。

「魔女の瘴気に慣れないうちからこれは、つらいでしょうね……」

「魔女を倒すには神浜に来るしかない。彼女にも慣れてもらわないと」

「そうね……。美樹さんにも、いずれ調整は受けてもらいましょう」

 言葉を発する余裕もなさそうなさやかを連れて、三人は神浜の街へと繰り出した。駅舎の裏へと少し歩を進めるだけで強い結界の反応に当たるのだから、つくづくこの街で魔女を探すのだけは苦労しないのだと、ほむらはまた溜息を吐いた。

「美樹さん。ここに魔女の結界があるのだけど、何か感じる?」

「さっきから、変な感覚ばっかりで……」

「でしょうね。行くわよ」

 ほむらが魔法少女へと変身し、その手の甲に嵌ったソウルジェムを煌めかせると、フェンスに囲まれた空き地の中に魔女の結界が現れる。そこから漏れ出した魔力の波に、またさやかが具合の悪そうな顔をした。それを無視してほむらは結界の中に足を踏み入れる。境界線を越えた瞬間、周囲の光景は崩壊していく。液晶画面のような青い空間が延々と続く中に、人形劇の人形のような姿の魔女の手下が、片方だけ生えた翼を振りながら飛び回っている。メリーゴーランドを模した装飾が廻り続ける中で、ほむらは透明な地面に足を付けた。映画のフィルムのようなコマ割りされた液晶が、認識できない何かを映し出しながら揺れていた。

「……なるほど、こいつもこっちに来ていたのね」

 ほむらはこの魔女を知っている。ハコの魔女。その性質は憧憬。キュゥべえがいつか話していたその内容を、ほむらは頭の中で繰り返した。いままでは見滝原にいた魔女だった。ここまで魔力が強くなっているのは初めて見たが、しかし神浜ではこの程度の魔女は特に珍しくもなかったから、ほむらは冷静に盾の中から自動拳銃を取り出した。遅れて結界に入ってきたマミとさやかも魔法少女に変身し、すぐに臨戦態勢になっているようだった。

「美樹さんは初陣だから、私たちの戦いを見ているだけでもいいわ」

「いや、あたしも戦います。こいつが魔女、なんですよね」

 少し震えていたさやかの剣を握る手に、マミは優しく手を重ねた。

「……怖い? わかるわ。私もそうだったから……。無理はしないでね。約束よ」

「さあ、行くわよ」

 結界の中は、そう複雑なものではなかった。まるで水中を潜っているかのような感覚を覚えながら、ほむらたちは結界を上から下に降りて行った。

「襲ってこないんだ」

「まだ気付いていないのよ。バレると厄介だから、早めに魔女の所までたどり着きたいけれど」

「……そうも言ってられないわね」

 ほむらが空中へと銃口を向ける。手をつないだ手下が、上層からゆっくりとこちらに向けて降りてきていた。ふらりふらりと不規則に動きながら、それはほむらたちを見ていたから、ほむらは躊躇なく引き金を引く。破裂音と共に発射された銃弾は、しかし使い魔に当たることはなかった。まるで軌跡が見えているかのように無駄のない動きで弾丸を避けると、不快な嗤い声を上げながらほむらに襲い掛かってきた。動きそれそのものはゆらゆらとしたものだったが、ほむらの狙いを定めた銃撃ははまるでかすりもせず、その両の手をほむらに向かって振り下ろす。しかしそこにいたはずのほむらは次の瞬間にはその場から消えていて、代わりに手下が殴りつけたのは、短くカットされたパイプに火薬の詰められたパイプ爆弾だった。轟音。閃光に目を覆ったさやかが次に見たものは、紙のように吹き飛んだ手下が空中に霧散していく姿だった。

「まだ来るわ、構えなさい」

 前にいたはずのほむらがいつの間にかさやかの隣に立っていたから、さやかは驚いて情けない声を上げてしまう。それに釣られたのか、手下の発する不快な音が、どんどんと近付いてくるのだ。ほむらは上を見やった。数えるのを諦めるほどの同じ姿をした手下たちが、耳障りな声を出しながらこちらに向かってきていた。

「なんて数だよ……」

「美樹さん、落ち着いて。倒せそうな敵から倒していきましょう。大丈夫、しっかり援護するから」

「前半分は私がやる。巻き込まれないように気を付けなさい」

 ほむらは拳銃を盾にしまいこみ、次に取り出したのは弾帯の付いた機銃だった。少女の身体には不釣り合いなほど巨大なそれを、ほむらは軽々と振り回す。

「さあ、美樹さん。行くわよ!」

 マミが手を振ると、リボンの束がうねり出す。開戦の狼煙は、マミの銃声だった。次々と生み出されるマスケット銃を掴み、狙いを定め、撃つ。一秒にも満たない流れるような一連の動作が何度も続く。持つ、狙う、撃つ。夥しい数の手下たちはそれを避ける。しかし弾丸が手下の近くへと到達した瞬間、弾丸が、弾けた。爆風で吹き飛ばされた手下たちは、次々と黒い靄となって消えていく。狙う、撃つ。直撃こそしないものの、近接信管の要領で起爆する弾丸は、確実に手下の数を減らしていく。

「あたしだって!」

 マミの弾幕を潜り抜けた手下がマミの背後を取った瞬間、その手下は袈裟に切り捨てられる。さやかは両手で剣を持ち、近づいてくる手下を切り伏せた。

「次っ!」

 振り向いて、剣を振る。がきん、と硬質な手ごたえがあった。手下が、その手で剣を受け止めていた。

「嘘っ!?」

 その後ろから、もう一体。さやかは剣をもう一本作り出し、新手に向けて左手で突き出す。ふわり、と手下が横にずれ、さやかの突きは空を切る。伸びきった手に向けて、手下の腕が振り下ろされる。

「やばっ……」

 銃声。今まさに腕を振り下ろさんと構えた手下の細長い顔が吹き飛ぶ。ほむらだった。右手で機銃を上空に向けながら、こちらの事を見もせずに左手に持った拳銃で手下の頭を撃ちぬいたのだ。さやかは左手の剣を振りかざし、右手の剣を受け止めていた手下に切りかかる。距離を取ろうと剣を弾いて揺れた手下の、その一瞬の隙を見逃さない。

「くたばれ!」

 咄嗟に一歩踏み出して、左手の剣で胴を突き刺し、返す右手で首を斬る。手下は金切声を上げながら、蒸発するように消えていった。

「はあ、はあ……」

 息を切らしたさやかが周囲を見回すと、あれだけいた手下たちはすっかり掃討され、いまや数体の残党を残すだけだった。散り散りになって逃げていく手下を眺めていると、機銃を盾にしまったほむらがくるりとこちらを向いた。

「無事のようね」

「なんとかね……」

「お疲れ様、美樹さん。初めてにしては上手くやった方だと思うわよ」

 マミは余裕綽々といった風にくすりと笑うのだ。ほむらは汗ひとつかいていないように、長い髪をはらりと払っていた。

「……魔女との戦いでは、隠れていた方が良さそうね」

「え、今の魔女じゃないの?」

「今のはただの手下ね。本命は別にいるわ」

「そういう事よ。手下に苦戦しているようじゃ、魔女には手も足も出ないでしょうね」

 なにおう、と反論しかけて、しかしこのスカした転校生に今さっき救われたのだという事実が、さやかの心中を複雑にしていた。

「あ、えっと、転校生。じゃなくて……」

「ほむら、でいいわ」

「ほむら。……ありがと」

「気にしないで。目の前で死なれても、寝覚めが悪いもの」

「一言多いっての、まったく……」

 深部へと降りていく。ほむらは後ろについてくる少女をちらりと見た。苦手だが、決して悪い人間ではないのだ。それは分かっているつもりだったし、こうして誰かと共闘していると、ほむらも昔の記憶が呼び覚まされてくるような気がして、悪い気はしないのだった。

 深いところへ降りていくにつれて、段々と周囲の青い光は暗い色になっていく。さやかが興味深そうに周囲を見回していると、どん、と何かにぶつかった。前を歩くほむらの、止まるように伸ばした腕だった。

「魔女ね」

「ええ、そうね。美樹さんは、少し離れていて」

 いっそう強い魔力を感じて、ほむらとマミは臨戦態勢を取る。階段のようになった足場を進んだ先に、何かが()()。アニメの中で見たことのある大きなディスプレイと、その両側に生えた黒い翼。魔女、というには少しハイテクな風に見えて、しかしそれが纏っている雰囲気の異様さは、まさしく魔女と呼ぶべきものだった。

 ほむらは魔女に対して容赦はしない。さやかが瞬きをしたその瞬間だった。目を開いたさやかは、魔女の目の前に()()()()()爆弾の発する赤い人工の光が、一瞬だけ光るのを見た。

 派手な爆発音。ほむらは一歩も動いていないように見えるその場所で、爆風で靡いた髪に手櫛を入れた。それが、油断だった。爆炎の中から突撃する魔女の姿に一瞬反応が遅れたほむらは咄嗟に左手の盾を構えた。魔女の体躯がほむらに激突する。凄まじい勢いで吹き飛ばされたほむらは、結界の壁に激突し、派手な音を立てた。

「ほむら!」

 マミはすぐに銃を一挺出現させると、すばしっこく動き回る魔女に向かって打つ。同時に首元のリボンを解くと、それをほむらに向かって投げる。しゅるしゅると意思を持つように動くリボンは、ほむらの足元に橋を作った。すぐに体勢を立て直したほむらはリボンに足を掛けると、盾の中から突撃銃を取り出しながら橋を駆けた。脇に構えた突撃銃を指切り射撃しながら、ほむらは跳んだ。魔女はその弾丸をすいすいと避けながら、その画面から大量の手下を生み出し始めた。

「悪いわね、出場禁止よ」

 マミの銃弾が着弾した壁から一気にリボンが吹きだし、魔女の死角からその身体を抑え込んだ。画面がリボンに拘束された魔女は手下を出すこともできないまま、空中でリボンに雁字搦めにされてしまう。

「暁美さん!」

 空中でくるんと回ったほむらの肩には、先端に弾頭を持った無反動砲が担がれていて、その照準は正確に魔女を向いていた。

「終わりよ」

 バックブラストと共に発射された大口径のロケット砲が魔女に直撃し、何度目かもわからない大爆発を起こした。この世のものとは思えない断末魔を上げながら灰燼と化していく魔女を、さやかはただじっと見つめていた。

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