ある日突然、人類は衰退しました。
謎めくテロリスト【プテリドピュタの影】によって。
世界の人口は全盛期の十分の一以下に減らされ、バイオテロの影響で五大陸のそのほとんどが再起不能に。
そんな折、世界に平和を取り戻さんとする聖女と、彼女率いる超常の力を有する奇跡の子供たちが現れ、みごと世界を救って見せた。

しかし、それから数年後、奇跡の子供たちが惨殺される事件が続発。
事件解決に乗り出す聖女らが真相の果てに出会ったモノとは。

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学校の課題で書いたものです。
いろいろな表現方法や展開を試してみたかった実験小説です。
「実験小説」などと言って言い訳をしたいわけでなく、いろいろご意見・感想をいただきたいのです。
他作同様、たくさんのアドバイスをお願いします。


普段はwordに縦書きで書いているので、それをそのままコピペしてダイレクト投稿していたのですが、それではあまりに読者に失礼だと思い立ったので、郷に入っては郷に従え、ネット小説用のスタイルに編集しましたので、あらためて読んでいただけると嬉しいです。


『THE STUPID HOAX』

 

 

 

One for nonsense!! All for nonsense!!

How about yours?

what do you think about【it】?

 

 

 

 

 

          ⁂   ⁂   ⁂

 

 

 

 

 

雲がながれてる。

 

にわとりみたいな形の雲。

 

びろーんと、くちばしが伸びていく。

 

はちどりみたい。

 

空のあおがうすいなあ。

 

ほとんど白だ。

 

すっかり秋なのかあ。

 

風も凪いでて気持ちいい。

 

寒くもないし、暑くもない。

 

涼しくもないし、暖かくもない。

 

あっ、暗くなった。

 

ああ、たいようが雲に隠れたのか。

 

さっきのにわとりは?

 

どこにっいったんだろう。

 

うーん、もうわかんないや。

 

どれも、雲っぽい雲ばかり。

 

あ、あれは金魚っぽい。

 

しっぽが長くて大きい。

 

あ、明るくなった。

 

大きな雲がながれてく

 

きょうも平和だったなあ。

 

学校にいってた頃とは大違い。

 

気が凄いらくだ。

 

怖いものがなにもない。

 

いつもまわりが怖かったのに。

 

今はなにもこわくない。

 

きもちが凄くはれやかだ。

 

しあわせだなぁ。

 

 

〈プテリドピュタの夢〉より抜粋

 

 

 

 

 

          ⁂   ⁂   ⁂

 

 

 

 

 

「音声記録を開始。

 

二X九五年 十月七日 水曜 午前九時十三分、天候、晴れ。

 

気温、十八度。湿度、64パーセント。

 

対象を確認。観察を開始する。

 

全高約一・六メートル、全幅約〇・九メートル。ヒト型。比較的小型の個体。

 

素体となったのは約十四歳前後、周辺の私物と思われる物から、都内の中学に通う男子生徒と推定される。

 

対象は、エリア49内に現存する雑居ビルの壁面に、投影された(便宜上「投影」と表現している)ヒト型の影(のように見える)。

 

他個体も同様になんらかの無機物表面に投影される形で存在している。

 

目、耳、鼻、舌、皮膚等の感覚器官は確認できず、対象が周辺をどのように認識しているかは不明。

 

ドローンによる接近実験において、対象はドローンを認識せず、それ以外の刺激に関しても反応は示さなかった。

 

それに伴い、世界主要言語五十種による肉声、音楽、可聴域外音、等の音声によるアプローチ、可視光線、赤外線等の電磁波でのアプローチ、振動等の考えうる限りの相互コミュニケーション実験により、一切の意思疎通は不可能と断定。

 

また外部から加えられるあらゆる全ての物理攻撃含む刺激を無効化、または遮断・拒絶しているものと推定される。

 

栄養補給に関しては現在鋭意調査中。

 

観察を開始してから三週間が経過しているが飲食等の動作は見受けられない。

 

「太陽光を遮断する」

「真空に閉じ込める」

「アルミニウム壁で電磁波を遮断する」

 

等の実証可能なエネルギー補給手段を排除し、エネルギー源を特定しようとしたが、目ぼしい成果は得られなかった。

 

行動パターンに関しても、観察開始時点からほぼ動きは無く、対象を発見したビル壁面から、依然として微動だにせず、直立した態勢を維持している。

 

時おり空を見上げる動作を行うが、規則性は無く、目的は不明。

 

 

当該地域内に同様の個体を複数確認、並行して観察を続行。

 

 

〈特定未詳生物【プテリドピュタの影】観察記録№12〉より一部抜粋

 

 

 

 

 

          ⁂   ⁂   ⁂

 

 

 

 

 

時に西暦二X九四年、人類は衰退しました。

 

発端は、とある人物のこんな一言から。

 

 

 

『ジブンの理想郷を実現する』

 

 

 

この宣誓の直後アメリカ合衆国が無くなりました。

 

世界に冠たる、人類の事実上の支配者が、ものの数時間で機能しなくなりました。

 

手段としては、一種所謂処のバイオテロ。

 

ニューヨーク、シカゴ、ロサンゼルスなどをはじめとする、合衆国五十一の州の主要都市に対してほぼ同時に「 何か 」が撒かれ、ぞくにアメリカ人と呼ばれる人々は軒並みこの世からいなくなってしまいました。

 

 

 

厳密には「いなくなった」とは言いきれないのですが?

 

 

その撒かれた「何か」とはウイルスなのか、細菌なのか、はたまたナノマシンなのか? 原因はいま尚、不明なまま。

 

感染経路もまた同様に。

 

接触感染なのか、飛沫感染なのか、空気感染なのか、はたまた動植物等の媒介物感染なのか?

 

まあ原因が不明なのですから、仕方がないといえばないのですが。

 

そして気になるその症状ですが、なんと人間が肉体を失って、影人間になります。

 

え、信じられないって?

 

ええ、お気持ち良く判ります。

 

ワタシもはじめはそうでした。

 

カゲニンゲン? なんそれ。はっはーん。

 

でも無くなったアメリカだけは本物です。

 

余波はすぐにワタシ達にも及びました。

 

世界経済は完全に麻痺。

 

「$」という通貨単価そのものがきえてしまったのですから。

 

軍事的圧力も消え失せました。

 

どんなに優れた兵器であってもそれを使う人がいなくては意味を成しません。

 

その他、あらゆる産業がなんの前触れもなく機能しなくなり、世界中が大混乱に陥りました。

 

 

 

ここで疑問なのは、こんな大事件を引き起こした人騒がせさんは誰なのかという事。

 

影人間だけの世界を称して「理想郷」と呼ぶ、クレイジーさんは誰なのかという事。

 

人間を、何も言わず、何も感じず、ただそこに在るだけで、荒廃した街を目的もなくただ揺蕩うだけの存在にしてしまった、謎のベールに包まれた人はだれなのかという事。

 

そろそろもったいぶるのもしゃらくさいので、ズバリ! 言ってしまいましょう。

 

 

 

【 ユリアノス・プテリドピュタ 】

 

 

 

もし、先に記した『ジブンの理想郷を実現する』という宣誓の時に名乗った名前を信じるのならば。

 

国籍、年齢、人種、性別、その一切が不明。名前の性はおそらく偽名かと思われます。

 

だって性になっている「プテリドピュタ」(スペルは こうです。『Pteridophyta』)とはシダ植物の学名です。

 

カレの、性別が不明なので便宜上そう呼びますが、ユリアノス・プテリドピュタの被害者は「プテリドピュタの影」と呼ばれることになりました。そのまんまですね。

 

そしてカレは、合衆国だけでは飽き足らず、直ぐにカナダや中南米にも、同様のバイオテロを仕掛けました。

 

勿論ワタシたちもなんとか阻止しようとしましたが、あえなく失敗。

 

あまつさえ現場に送られた人員は軒並み「プテリドピュタの影」になりました。

 

……うーーん。

 

あ、失礼。

 

やっぱり「ぷてぇりどぴゅたゃ」って言いづらいですね。

 

なんせラテン語ですから。

 

皆さんもさぞ読みづらいことでしょう。

 

これからは素直に「影人間」で行きましょう!

 

失礼、どうも余談でした。

 

そんでもって。これで事実上カナダ含むアメリカ大陸は、完全に、カレの手中に落ちたわけです。

 

国連は満場一致で、「ユリアノス・“シダ植物 ”」の抹殺を発表。

 

各国は全勢力でもって、カレに対して攻撃を仕掛けました。

 

なんせ、あの合衆国をやっつけた相手です、本気で行かなければ逆に返り討ちに遭う事でしょう。

 

しかし本当の所は、合衆国という旧世界の支配者がリングを下ろされ、チャンピオンの玉座ががら空きの今、カレを打ち倒し次の王様になろうと皆が画策していました。

 

なんならカレを生け捕りにできれば合衆国を滅ぼした戦力を我が物にできるかもしれないし、今現在の軍事力もアピール出来て他国への牽制にもなります。

 

 

 

ああ、言い忘れていましたが、カレの所在についていっていませんでした。失礼。

 

カレは、アメリカにいました。

 

ニューヨークはマンハッタン島。

 

タイムズスクウェアにあるダイナーのカウンターでコーヒーを飲んでいる所が中華政府のドローンで撮影されました。

 

 

 

人類は足並みを合わせず、独断専行で、我先にとカレを攻撃しました。

 

しかし度重なる軍事攻撃も目覚ましい効果はなく、合衆国の大地がミサイルで抉れていくだけでした。

 

カレにはあらゆる物理攻撃が通用しません。

 

ナイフ、銃弾、砲弾、ミサイル、核、あらゆる化学兵器を受け付けません。

 

その手応えの無さは、まるで影を踏みつけているかのよう。

 

もしかしたらカレ自身がもう影人間なのかも?

 

でも他の影人間みたいに壁に張り付いてないし、立体で、色もついてる。コミュニケーションもとれるし……ではなぜ? 

 

どうして攻撃が効かないんだろう?

 

ふうむ…………。

 

おっと! これは失礼。

 

考え込んでしまいました。

 

話を戻しましょう。

 

 

 

それでカレは、しばらくしてから合衆国のダイナーを離れ、欧州とNIS、中華圏と中東諸国へと発ちました。

 

そうです、カレは分裂したのです。

 

同時刻に全く異なる場所に存在していたのです。

 

もう訳が分かりません。

 

しかし、これで合衆国の五十一の州が同時にバイオテロ攻撃された謎が解けました。

 

それはさておき、カレは移動した先でも人々を影にしていきました。

 

世界同時多発バイオテロ。

 

人類はいよいよ焦って手段を問わずカレを殺そうとしましたが、一向に死ぬ気配がありません。

 

もう完全にお手上げ状態。

 

まさに防戦一方。

 

和平交渉に出向いた国のお偉いさんもその場で影人間にされました。

 

一応二、三言話して様ですが。

 

そんな段になっても未だ足並みを合わせようとしない人類は、徐々に仲たがいを始め、共食いによる自滅を待たずして、カレに各個撃破されて行きました。

 

世界の人口は当時の十分の一にも満たない数になって、カナダ含む南北のアメリカ大陸と東南アジア以外のユーラシア大陸、アフリカ大陸がほぼ影人間で埋め尽くされ、その機能を完全に停止。

 

文化水準はみるみる落ち、今や世界は日本で言うと、日露戦争以前まで文化レベルが落ちています。

 

ここまでがわずか3年足らずの出来事。

 

人類はこのまま穏やかな破滅をむかえるかと思いきや、そこへ救世主が。

 

 

 

〈筆者不明 後発本『まどろみラグナロク』第一巻 羊歯の影 序説第三章より抜粋 〉

 

 

 

 

 

          ⁂   ⁂   ⁂

 

 

 

 

 

彼の出現が突発的であったように、彼女らの登場もまた突然であった。

 

【世界教アルトラス】、そこに所属するとされる【聖女(THE HIGH PRIESTESS)カーレ・ド・ニア】。

 

そしてカノジョ率いる、影に対する灯の力、【恩寵(グレイス)】を授かった【奇跡の子供たち】。

 

その少年少女らで構成された【世界教アルトラス第一次特別恩寵少年騎士団】。

 

 

二X九七年、何の前触れもなく現れた彼女らに対して、当時の、最早なんの権限も持っていないに等しい国連政府は、彼女らの行動をただ座して眺めている事しかできなかった。

 

そして彼女は開口一番こういった。

 

「はじめまして、死にかけの皆さん。

 

ボクはアルトラス教の聖女、カーレ・ドニア。

 

ボク達は皆さんを病魔から救って差し上げる為にやってきました」

 

 

この言葉を世界中に発信した後、聖女率いる騎士団は壮大な大冒険の後、一カ月とかからず、ユリアノス・プテリドピュタを討伐し、その勇名をはせることになった。

 

そして今ではキリスト教や仏教を差し置いて、いま世界で最もメジャーな宗教になってしまった。

 

 

ユリアノス・プテリドピュタ発生以前の資料は、ほとんど失われたに等しく、それによって彼女らの存在を完全に規定する事は出来ない。

 

それでも幾ばくかの断片情報を結合させて整理していくと、いくつかの概要を掴むことができた。

 

まず、彼女らの宗教の名前となっている、「アルトラス」とは、ギリシア神話に登場する神の「アントラース」にちなんで、「支える者」の意で名付けられたとされる。

 

次に彼女らが崇拝している神とは、所謂一種の「自然崇拝」に近く、星や月などの天体、風や雨などの気象現象、山や海といった地形などの地球環境そのものを、人類を超越した上位存在として崇めている。

 

そして「聖女」とはそれら自然事物の声を聴き、お告げを得られる、いわゆる巫女・シャーマンのような存在らしい。

 

彼女らの起源に関しては、身に着けているものや儀式、祈りの言葉に一貫性が無く、複数の宗教の要素を含んでおり、特定は難しいと思われる。

 

例えば、カノジョらが首からかけている護符は、エジプト十字と呼ばれるアンク記号を逆向きにしたもので、「逆さ吊りの天使」をかたどっているという。

 

また、纏っている制服はキリスト教の修道服(キャソック)に酷似している。

 

執り行われる儀式や祈りの文句などは、ブードゥー教や一種の悪魔崇拝のような要素を孕んでおり、これらまちまちの装身具や所作によって本宗教の歴史や起源を特定するのは困難を極める。

 

 

以下、聖女カーレ・ド・ニア及び、騎士団主要人の記録。

 

 

 

【聖女カーレ・ドニア】

 

出身、人種、生年月日いずれも非公開。

 

性別に関しては、本人が「聖女」と名乗っている事から「女性」とされるが、小柄な体躯と「ボク」という一人称、発せられる中性的な声色から実際のところは不明。

 

年齢は十五歳前後と推定される。

 

純白の修道服に金飾りを付け、頭には顔の半分以上を覆う「アザミ」の花を模した黄金の仮面を着けている。

 

褐色気味の肌に、煌びやかなブロンドの長髪、瞳の色は仮面を被っているため不明。

 

性格は温厚で慈愛に満ち、まさに聖人君子。不愉快になったり怒っている姿を見た人はいないらしい。

 

感情を表に出さない穏やかな人。

 

 

 

【騎士団団長ナルツ・イース】

 

出身、人種、生年月日いずれも非公開。

 

性別は男。

 

年齢は十二歳前後。

 

服装はテンプル騎士団を思わせる、逆アンクが描かれた白い外套に、軽装甲の銀鎧。

 

聖女とは対極に、北ヨーロッパ系の白人の遺伝子を持っていると思われ、白磁の肌に赤い短髪。

 

「スイセン」の花で編んだ花冠を付けている。

 

非情に自信家で、使命感と正義感に満ちている。

 

それ故にやや強引なところも。

 

聖女の事を尊敬し慕っている様子。

 

 

 

【団長補佐ビリア・ブーゲン】

 

出身、人種、生年月日いずれも非公開。

 

性別は女。

 

年齢は十六歳前後。

 

服装はテンプル騎士団を思わせる、逆アンクが描かれた白い外套に、軽装甲の銀鎧。

 

団長に近しい中央ヨーロッパ系の白人を思わせる白い肌と、黒い長髪、暗褐色の瞳をしている。

 

「ナデシコ」の花を髪飾りにしている。

 

活発で天真爛漫。聖女にべったりで、良い所をみせようと頑張っている。

 

 

 

【作戦参謀ウィン・ベリー】

 

出身、人種、生年月日いずれも非公開。

 

性別は女。年齢は十六歳前後。

 

服装はテンプル騎士団を思わせる、逆アンクが描かれた白い外套に、軽装甲の銀鎧。

 

メガネ。

 

他団員同様、西ヨーロッパ系の白人で、金髪碧眼。

 

「ブルーベリー」の花が彫刻された懐中時計を愛用している。

 

無口で感情の起伏が薄い。

 

普段何を考えているか分からないが、地頭が良く、状況分析能力に長ける。

 

 

 

その他、複数名。

 

 

〈世界教アルトラス及び構成員についてのレポート3番〉より抜粋

 

 

 

 

 

          ⁂   ⁂   ⁂

 

 

 

 

 

親愛なる友へ

 

 

 

決心がついた。

 

ワタシは自分の理想郷を実現することにする。

 

キミがなんというかは大体想像がつく。

 

が、ワタシにこの思想を植え付けたのは、紛れもないキミだという事を忘れないでくれ。

 

キミがワタシに寄越した本は、今でもワタシにとってのバイブル、経典もイコールだ。

 

経典にはこう書いてある。

 

 

 

『世界は 怒りと哀しみを産み続ける。

 

奪い合い 殺し合い。

 

それで当然と言わんばかりに。

 

お互いが自身を正当化しようとしている。

 

誰かを殺していい理由など存在しない。

 

命を奪う行為は等しく悪だ』

 

 

『奪う行為は等しく悪だ。

 

我々は生まれ落ちたその瞬間から何かを奪い続ける。

 

食物 関わり合う人々 肉親からですら。

 

生きる限り屠り 殺し奪い続ける。

 

「命」とは罪を犯し続けるものの事。

 

「命」とは「悪そのもの」

 

私は自覚する私は「悪」だ』*1

 

 

 

この本はワタシの生き方を変えた。

 

周りを見てみれば正にこの通りだった。

 

ワタシがこの残酷な世界に対して抱いていた不信感を、この本は見事に言い表せて見せた。

 

この本を読んで気づいた事だが、あの一見無害そうな植物でさえそうだ。

 

カレらは陽の光を受け、大地から養分を吸って、一見自己完結している──誰の命も奪っていない──ように見えるが、光を受ける為に葉を茂らせ、根を伸ばす。他の植物よりも多くそれらを享受するために。

 

他人がどうなろうとお構いなし。

 

誰も彼もが自分一人では生きていけないくせに、手を取り合う気配もない。

 

「弱肉強食」

 

ワタシはこの言葉が嫌いだ。

 

この星の生き物は、他者から何かを奪わないと生きられないようにデザインされている。

 

ワタシは、こんな残酷なだけの世界にはもう嫌気がさした。

 

誰かを傷つけ、奪い合うのはもうたくさんだ。

 

誰かが傷つき、奪われる様を見るのはもう御免だ。

 

だからこそワタシは自分の理想郷を実現する。

 

他から生きる為のエネルギーを奪わなくても、自分一人でエネルギーを作って消費して、また作る、自己完結した者達だけで構成された理想郷。

 

お互い何の干渉もせず、只々純粋にそこに在るだけの生命。影の世界。

昔の哲学者の言葉を借りるなら『自らゼンマイを巻く機械。永久運動の生きた見本』となるのだ。

 

 

 

気に入らなければ止めに来たまえ。

 

しかし、ワタシは【プテリドピュタ】。

 

「夢」の体現者であればこそ。

 

 

 

願わくば、キミの願いが叶わんことを、ワタシは切に願っているよ。

 

 

いざ、さらば。

 

Julianos Pteridophyta

 

 

 

〈ユリアノス・プテリドピュタの手紙〉より抜粋

 

 

 

 

 

          ⁂   ⁂   ⁂

 

 

 

 

 

【影の徒】が聖女様率いる騎士団に倒されてから、5年が経ち、世界は徐々に回復の兆しを見せていた。

 

無力な旧世界の権力者に代わって世界教アルトラスの陣頭指揮の元、人口は徐々に増加の兆しを見せ今や世界人口は十億人を突破。

 

生き残った人類の大半は、未だ【影人】に侵されていないオセアニア付近で多数のコロニーを作り、人類は多少の繁栄を見せていた。

 

これらは一重に、世界教アルトラスのお陰であり、聖女様のお力の賜物である。

 

前世紀の、救ってくれなかった神など、最早我々には必要ない。

 

世界教万歳。

 

カーレ・ド・ニア様万歳。

 

 

 

〈敬虔な世界教信者の備忘録〉より抜粋

 

 

 

 

 

          ⁂   ⁂   ⁂

 

 

 

 

 

しかし事件は唐突に起きた。

 

各コロニーに派遣されていた少年騎士団の騎士「奇跡の子供たち」が、コロニーの住人ごと虐殺される事件が発生。

 

コロニーの住人は只の一人の例外もなく、老若男女、大人も子供も、男も女も、善人も悪人も関係なく皆殺しにされていた。

 

特に奇跡の子供は殊更惨たらしく、ギロチンにかけられ胴体から頭を切り落とされ、残った体は、曝しものにするかのように断頭台に残されていた。

 

住民も同様に首を刈り取られた状態で発見された。

 

そしてそれらの遺体は、村の広場にご丁寧にも家族、親戚、職場の仲間、友人等の、関係者ごとに、腕に色の違う紐が結ばれた状態で、安置されていたのだ。

 

 

また奇跡的に残った映像記録から、犯人グループの容姿が発覚。

 

犯人グループは世界教アルトラスのカソックローブを着こみ、頭にはにカピロテ(目出し穴のついた三角頭巾)を被った三十人前後の集団と目される。

 

リーダー格と思われる人物は、長身痩躯の白髪を長く伸ばした老人で、カピロテをフードのように背中に垂らし、「パッションフラワー」の描かれたストラを肩からかけている事が分かっている。

 

聖女カーレ・ドニアはすぐさま、復興の為、各地に派遣された騎士団員に招集命令をかけ、事態への対処を指示。

 

犯人グループのリーダー格、件の老人を【虐殺神父】と呼称。

 

騎士団長ナルツ・イース、団長補佐ビリア・ブーゲン、作戦参謀ウィン・ベリーを中心に第二次世界教特別恩寵少年騎士団を設立してこれに対抗。

 

 

 

騎士団結成から二週間。

 

犯人グループの足取りは依然として知れず、少年騎士団のメンバーはまた一人また一人と殺され、それと同時にコロニーも撃滅されていった。

 

 

 

〈NARRATION#01〉

 

 

 

 

 

          ⁂   ⁂   ⁂

 

 

 

 

 

「速報です。

世界教アルトラス少年騎士団「奇跡の子供虐殺事件」調査本部が、何者かの襲撃に遭い「作戦参謀のウィン・ベリー」様が命を落とされていたことがわかりました。

 

現在、「聖女カーレ・ドニア」様、「騎士団長ナルツ・イース」様、「団長補佐ビリア・ブーゲン」様、三名の安否は分かっておりません。

 

映像記録から、下手人は先の「奇跡の子供虐殺事件」の犯人グループ虐殺神父と断定。

 

国連は新たに調査委員会を設立し、全コロニー協力の元、聖女様方と虐殺神父の行方を追っております。

 

ウィン・ベリー様のご葬儀に関しては、聖女様方の行方が分かりしだい……

 

ええッ‼ 

 

緊急速報です! 

 

たった今入った情報によりますと……」

 

〈カーレドニア公共放送 二X〇〇年 九月十八日 午前二時四八分〉分放送より抜粋

 

 

 

 

 

          ⁂   ⁂   ⁂

 

 

 

 

 

例えば。

 

 

例えば、自分にとって欠け替えない存在が居なくなってしまったとして。

 

それが事故ではなく、人為的な物だったとしたならば。

 

ワタシならそいつを殺す。

 

一切の躊躇なく。

 

しかしワタシは、殺したそいつを欠け替えのない存在と思う奴に殺されてしまうだろう。

 

そうするとそいつはワタシを欠け替えのない存在と思っている誰かに殺されてしまうだろう。

 

それが誰かは分からない。両親、兄弟、恋人、友人、仲間。それが誰かは分からない。

 

人間という生き物は協調性がない癖に群れる生き物だから、一人の個人から伸びる関係性の糸に限りがない。

 

では、全ての点を消してしまおうと思った。点と点が繋がっているからこそ、残された点が喪失感に襲われるのだ。であるならば全てを失くしてしまえばいい。

 

誰か一人を殺すのならば、残されて悲しむ人を作るべきではない。

 

殺すなら一族郎党皆殺しに。

 

友人も恋人も仕事仲間も。

 

そしてそれらの家族も殺さなければならない。

 

その家族も。

 

友人も。

 

友人の家族も。

 

恋人の家族も。

 

関係者は一人残らず皆殺しだ。

 

でなければ、残されたみんなが可哀そうではないか。

 

誰かが悲しむのは良くない。

 

では、はじめから殺さなければいいのでは?

 

それにその理論で行くと、多かれ少なかれ人間を根絶やしにしなければならないのでは?

 

でも、カレが人間を減らしてくれたから、だいぶゴールが近くなった。

 

とはいえ、カレのお陰で悲しむ人が増えたのは事実だ。

 

なんというマッチポンプ。

 

悲哀に満ちた人々はあと九億九千七百八十二万五千二百三十五人。

 

そしてあのお方の大願が成就されるまであと少し。

 

 

 

〈虐殺神父「エドゥリアス・カエルレア」の独り言〉より抜粋

 

 

 

 

 

          ⁂   ⁂   ⁂

 

 

 

 

 

「騎士団殺しの犯人の正体が分かった。至急調査本部に戻ってくれ」

 

作戦参謀から、騎士団長に連絡が行ったのは、昨夜の真夜中の話。

 

調査本部は、豪州東北部にある群島の一つに建てられた古い洋館を改装した物で、普段は船で行くところを参謀から「最速で戻ってこい」とのお達しだったので、一度旧ブリスベンを経由してから、教団保有の水上機に乗り換えて、二人は本部へと向かった。

 

 

重たい扉を開けると、そこには、

 

「ようこそおかえり。こんな朝早くからご苦労様です」

 

「オマエはッ‼」

 

そこには、玄関ホールの両階段の中央に立つ長身痩躯の、白髪を伸ばしたキャソック姿の老人の姿が。

 

「お初にお目にかかる。ワタシは、世界教アルトラス特設救済異端審問会筆頭審問官、神父エドゥリアス・カエルレア。どうぞお見知りおきを」

 

慇懃に頭を下げる老神父に対し、騎士団長は作戦参謀の安否を問う。

 

「ああ、カレならここに」

 

そういって、ジャラジャラと音を立てて、鎖につながった首枷ギロチンに捕らえられた作戦参謀が姿を現す。

 

メガネのツルが折れ曲がり、かろうじて顔にひっかかっている状態で、全身に酷い切り傷を負いながら今尚鼻血が床に垂れている。

 

それを見て息巻く団長が剣を抜く所作をするや否や、それよりも早く神父は巨大な鉈を取り出し参謀の頭上で振りかぶる。

 

あからさまな人質に、文字通り手も足も出ない団長。あまりの急展開に事態についていけずわたわたと混乱する補佐官。

 

「さあ、奥へ。【現人神】がお待ちです」

 

神父が鉈を、階段を上った先、作戦参謀の執務室へと向け移動を促す。

 

成す術もなく指示に従うしかない二人。

 

 

「キルシウム」の紋様の描かれた扉を開け、中に入ると、

 

 

「おはよう。待ちかねましたよ」

 

 

凄惨な戦いの果て、荒れ果てた執務室の中央、横たわる事務机の奥の大きなプレジデントチェアに座る人物。

 

褐色気味の肌に、煌びやかなブロンドの長髪。

 

純白の修道服に金飾りを付け、頭には顔の半分以上を覆う「アザミ」を模した黄金の仮面を着けている。

 

その仮面の下で微笑を湛える聖女の姿が、そこにはあった。

 

虐殺神父が深々頭を下げ厳かに後ろへ下がる。

 

 

 かくしてボクは語り出す。

 

 

 

〈NARRATION#02〉

 

 

 

 

 

          ⁂   ⁂   ⁂

 

 

 

 

 

犯人はボクです。全てのね。

 

ボクが奇跡の子供たちとその周りにいる人間を殺すように命令させました。

 

 

「一体どうしてっ? なぜアナタがそんなことを」

 

 

長年の目標を達成させる為に。

 

プテリドピュタの影もその一環。

 

ボクとカレとは共謀(ぐる)だったという訳。

 

 

「影の思想には賛成できないと言っていたじゃないですか。

 

オレもアナタの考えに賛成だった。

 

だからアナタの為に世界を救ったのに。どうしてアナタが……」

 

 

それはボクがそういう役柄だったから。

 

神父ユリアヌスの思想には、ボクも大いに共感するところではあるけれど、ボクはボクの目的を果たすために、カレに対立する必要があったのです。

 

それにカレの理想郷はボクにとっていささか退屈過ぎる。

 

この意見はボクの一側面としてあるのは事実です。

 

進化も進歩もないぼんやりとした停滞。

 

夕暮れのベンチに座って、日陰の中から流れる雲を見ているような、そんな穏やかな世界。

 

心底素敵だが、いささか退屈が過ぎる。そんな世界はつまらない。

 

 

「実際オレ達はアナタにそういって焚きつけられた」

 

 

そうでしたね。懐かしいわ。

 

 

「・・・・・アナタの目的は一体なんなんだ」

 

 

一つは古い友人であるカレの理想郷を確固たるものにすること。

 

優れた物語というものにはテーマとなる一つの思想があり、必ずそれに痛烈な批判を与えるもう一つの思想が登場する。

 

今回は、ボクがその批判を与える役割を買って出たという訳です。

 

しかし、ボクの批判があまりに痛烈だったためか、カレはそのまま敗れ去り、ボクが勝ってしまった。

 

 

「じゃあ、オレたちは捨て駒だったって事ですか!」

 

いえ、厳密にはそうではありません。アナタ達が勝っても良かったし、カレが勝っても良かった。

 

重要なのはボクの状態です。

 

今やボクはこの世界を支配しているに等しい。

 

あらゆる事柄が思いのまま。

 

実に愉快痛快、ですが、ボクのありたい状態とは違う。

 

 

ボクという人間はね、ナルツくん、ビリア。

 

ずうっと、昔から死んでしまいたかったのですよ。

 

 

先のユリアノス君の件でも、ボクの最大の目的は戦いの中で華々しく戦死することだった。

 

いくら死にたいとは言え、ひっそりと誰も知らない場所で、誰にも知られず死ぬのは御免です。

 

なんの面白味もない。

 

だから、ボクは何かしら死ぬための大義名分を欲した。

 

その為の「ユリアノス・プテリドピュタ」、その為の「世界教アルトラス」「聖女カーレ・ド・ニア」。

 

 

「ふざけるなよ! 誰がそんなくだらないことに付き合うってんだ!」

 

付き合いますよ。

 

なぜなら、アナタたちはボクなのだから。

 

 

「なッ⁉」

 

 

アナタたち少年騎士団を含む、世界教アルトラスに名を連ねる人間は皆、ボクのクローンなのです。

 

厳密には「完全な複製」という訳ではありませんが、それでもボクの遺伝子情報を基盤に、少し多様性を持たせた色違いの様な存在です。

 

あの「ユリアノス・プテリドピュタ」も元は教団の人間。

 

この神父エドゥリアス・カエルレアもそう。

 

アナタだってそうだ、ナルツ・イース。

 

この一連の物語に登場する役者は皆が皆、全員がボクなのです。

 

一人何役でしょうね。

 

 

「オレが……オマエのクローン……」

 

 

その通り。

 

土台、この手の目標を一人で達成するのは無理があるのです。

 

実際、アナタの言う通り始めは誰も手伝ってはくれませんでした。

 

故にボクは自分で自分を手伝う事にした。

 

ボクならボクが死ぬのを喜んで手伝ってくれる。

 

さあ、種明かしをしたところで、次のシナリオに移りましょうか。

 

次は前回よりもシンプルな復讐劇です。

 

思想や矜持が一切絡まない、只々純粋な、恨み辛みが動機となる復讐劇。

 

ユリアノス君のはスケールは大きかったですが少々複雑すぎました。

その分役者も多かったし、ボクの手が届かない要素が多すぎです。

 

なにせ世界全体が舞台ですから。

 

役者が足りません。

 

でも次は大丈夫。

 

役者はたったの四人だけ。

 

 

「……四人?」

 

 

悪の親玉とその側近。

 

そしてそれに復讐を誓う主人公とヒロイン。

 

ウィン・ベリー。今までご苦労様。

 

ボクもいずれそっちに行きますよ。

 

 

「La muerte es salvación!!!!」

 

 

──ギロチンにかけられていた作戦参謀の首が、虐殺神父の振り下ろした巨大な鉈で切り落とされる。

 

「ウィン君ッ‼」 ──悲鳴を上げる団長補佐。

 

「ウィンベリーッ‼」 ──激高する騎士団長。

 

 

さあ、これでアナタ達がボクを殺す理由は十分です。

 

今頃は残りの騎士団の子たちも舞台を降りてる頃でしょう。

 

でしょ? 神父カエルレア。

 

「は。既に」

 

実に結構。

 

「カーレドニアァァッッツ‼‼」

 

──抜刀する騎士団長。しかし聖女に斬りかかろうとした瞬間、神父がそれを大鉈で制す。

 

 

ユリアノス君では無理だった。

 

だから、次はキミだ、ナルツくん。

 

世界教アルトラス少年騎士団団長ナルツ・イース。

 

キミがボクを殺すんだ。

 

理由は十分。

 

ボクは裏切り者だ。

 

キミの仲間を大勢殺した。

 

キミの存在を否定した。

 

キミはボクを倒さなければ、本当のキミにはなれない。

 

さあ、殺しにきたまえ。

 

悪役はすぐ目の前だ。

 

とはいえ? ここでじゃない。

 

ラストステージは別に用意してある。

 

世界教の総本山、アイスランドの大聖堂へ。

 

そこをボクの墓場にしようと思う。

 

では、後程♪

 

 

〈聖女カーレ・ド・ニアの自白〉より抜粋

 

 

 

 

 

          ⁂   ⁂   ⁂

 

 

 

 

 

あの後、聖女様と虐殺神父は忽然とその姿を消してしまいました。

 

残されたのはワタシとナルツ君と、えっと、その……殺されてしまったウィン君だけ……

 

状況がすぐには呑み込めなくて、ワタシはしばらくその場に立ち尽くしていまいした。

 

さっきまで聖女様が座っていた椅子を見て、まだそこに聖女様がいるような錯覚がしました。

 

今さっき聖女様がおっしゃった事は全部自分の空想で、たちの悪い夢のような気がしてなりません。

 

自分がここにいる事さえ現実味がなく、ふとすれば自分が今まで何をしていたのか、自分が誰なのかさえぼんやりしてきて、突然記憶喪失にかかったような気がしてきます。

 

それでも……虚ろな目で部屋の隅からワタシを見つめるウィン君を見て、やっぱりこれは現実なのだと思い知らされました。

 

そうしていると、お屋敷の外から飛行機のエンジン音がしました。

いつの間にかナルツ君の姿がありません。

 

外に出ると、ここまで乗って来た水上機にナルツ君が乗っています。

 

どうするのかと聞こうかと思いましたが、それより先に「早く乗れ!」と怒鳴られそのまま乗ってしまいました。

 

何処へ行くのか? 

 

聞くまでもなく予想は尽きます。

 

それでも聞いてしまったら、その答えが、聖女様のいるあの場所だったらと思うと、言葉が喉につかえて思うように出て来ません。

 

水上機が飛び立つとき、お屋敷の方から目が離せませんでした。

 

 

調査本部を経ってからワタシもナルツ君も何も言いませんでした。

 

ナルツ君はずっと怖い顔をして、操縦桿を強く握っていました。

 

東アジアに差し掛かった時、眼下には大都会の摩天楼の成れの果てが見えます。

 

あそこには今もなお「プテリドピュタの影」になって廃墟をさまよう人たちが大勢います。

 

それも全部…………本当に、あの聖女様が……

 

 

 

ワタシ達は聖女様が院長先生をしている孤児院で育ちました。

 

物心ついたころからずっと孤児院暮らしで、聖女様はお母さんの様な存在でした。

 

騎士団のみんなはその時の兄弟たち。

 

あの頃は本当に楽しかった。

 

貧乏だったけど、みんなでなんとか頑張って生きてた。

 

聖女様も本当に優しくって、

 

「生きているのはしんどいだろうけど、それでもせっかく生まれてきたのだから、何かしら自分が生きた証を世界に刻みつけよう」

 

そう言ってみんなを励ましてくれました。

 

でも、そんなワタシたちの生きた証を刻みつけるべき世界は、ある日何の前触れもなく、その三分の一が無くなってしまった。

 

人間が影だけになる病気が流行ってるらしい。

 

それはどんどん世界に蔓延して、ワタシたちの住んでる辺りも危ないってなった時、聖女様が精霊様からお告げを授かりました。

 

「ワタシたちなら影になった虚ろな存在に干渉できる。救世主になれる」

 

それからワタシたちは騎士になりました。

 

(よこしま)なる影から世界を照らす(あかり)の使徒。

 

それまで孤児院のまわりしか知らなかったワタシにとって世界はあまりに広く、鮮やかでした。

 

たった一カ月、しかも世界全体が廃墟も同然だったけど、それでも聖女様やみんなといっしょだったから、とても楽しかった。

 

毎日がキャンプみたいで。ご飯が無くて行った先でお魚釣ったり、山菜獲ったり、そうかと思えば無人の高級ホテルに泊まってみたり。

 

楽しかったな……。

 

もうあの頃のみんなには会えないのかな……

 

……聖女様を……殺さなくちゃいけないのかな…………

 

 

水上飛行機の後部座席で、ワタシが泣いてるのがナルツ君に聞こえていたかもしれません。

 

どちらにせよ、ナルツ君はアイスランドにあるアルトラス大聖堂につくまで一言も話しませんでした。

 

 

 

そしていよいよアイスランドに飛行機はついてしまいました。

 

懐かしの故郷。

 

世界教の総本山。

 

ワタシ達の孤児院があった場所。

 

 

港から大聖堂までの道のりは驚くほど静かで、本当に誰ともすれちがわず、プテリドピュタの影がいないだけで、それ以外は他の街と変わりませんでした。

 

いつの間にこんなことに……

 

 

大聖堂の前には、

 

「ようこそおかえり。さっきぶりですね。長旅ご苦労様です」

 

大聖堂の前には、虐殺神父が待ち構えていました。

 

ウィン君が殺される場面が、頭をよぎってまた悲しくなりました。

 

ナルツ君が、剣を抜き二人は相対します。

 

ナルツ君に、

 

「オマエは先に行ってアイツを見つけ出せ」

 

と言われました。

 

ワタシはすぐには動けず立ちすくんでいると、

 

『どうぞお入りなさい。ボクは一番上の礼拝堂にいるよ』

 

と、外部スピーカーから聖女様の声がしました。

 

 

 

〈ビリア・ブーゲンの独白より抜粋〉

 

 

 

 

 

          ⁂   ⁂   ⁂

 

 

 

 

 

[監視カメラ320  大聖堂3F 特別礼拝堂 扉上]

 

 

木製の扉を開けて補佐官少女が入ってくる。

 

胸の前で手を組んで、おどおどしながら部屋の中を見回している。

 

ロココ調の装飾が施された絢爛豪華な礼拝堂。

 

天井には翼を広げた人間が描かれたステンドグラス。

 

正面には、大量のろうそくが捧げられた祭壇が。

 

そしてキョロキョロと何かを探す少女の視線が一点に止まり、立ち止まる。

 

並べられた長椅子群の最前列。

 

背もたれから覗く、黄金の後ろ頭。

 

「やあ、ビリア。キミが一番乗りです。お茶の用意がしてあります。どうぞお座りなさい」

 

 

 

[監視カメラ325 大聖堂3F 特別礼拝堂 祭壇脇]

 

 

一礼してからおそるおそる聖女の隣に腰を下ろす少女。

 

少女はうつむいたまま、組んだ手を揉んでいる。

 

「お砂糖は。確か2つでしたね。ミルクはもう入ってますから」

 

脇に置いたティーポッドからお茶を注ぎ、少女に渡す聖女。

 

受け取ったカップを持ったまま、口を付けず、未だ項垂れている少女。

 

「毒なんか入れてませんよ? 死にたいのはボクのほうなんですから。ああ、そういえばビリアは猫舌だったね。もう少し冷めてからお飲みなさい」

 

そう言っておどけてみせる聖女。

 

「……あ、あの、えと聖女様、」

 

「ナルツはまだ神父カエルレアと取り込み中ですか。早く来ないものか。やっぱり急いで作ると命令に一辺倒になって困りますね」ビリアのぼそっと呟いた声は、すぐに聖女の独り言にかき消された。

 

 

 

[カメラ ズーム]

 

 

聖女の傍らに置かれたブラウン管モニターには、大聖堂の入り口で死闘を繰り広げる虐殺神父と騎士団長の姿が映っている。

 

 

「おっと、失礼。何ですか?」

 

「……ぃ、いえ、その、えっと、あの、その……」

 

「時に、ビリア。キミは自分が生まれてきた意味について考えた事はありますか?」

 

「…ぇ?」

 

「人生というモノに意味はあるのか、ないのか。生命というものに価値はあるのか、ないのか。

 

所詮、我々は人類という種を後世に残すための単なる繋ぎでしかない。

 

命のバトンリレーの凡庸な一走者です。

 

その個人個人の走りに特別な意味はない。

 

バトンが繋がりさえすれば問題はない。

 

だが、バトンリレーもいつかは終わりが来る。

 

永遠ではありません。

 

他の生命がそうだったように、人間という種もまた、その例に漏れずいずれは絶滅する。

 

恐竜はトカゲに姿を変えて今でも生きているという見方もできますが、それはまだ地球というこの星があるから言えることです。

 

何の前触れもなく生まれたこの宇宙が、また何の前触れもなく消えないと、何故言い切れますか。

 

そんな不安定で茫漠な足場で、なぜ生き抜こうと思います?

 

タイムリミットあり。制限時間が来たら冒険の書が消えてしまって、二度と起動しなくなるゲームを誰がやりたがるのか。

 

少なくともボクは嫌です。

 

いずれは全て失ってしまうのなら、生命というモノに価値はない。

 

……そろそろお茶は冷めましたか?」

 

滔々と語り終わったあと、カップに口を付ける聖女。

 

「……聖女様はずっとそんな事考えてたんですか?」

 

おそるそる聞き返す少女。

 

「そうだよ。

 

ずっと考えてた。

 

生きていることが虚しくてしょうがないんです。

 

だからって自殺なんて寂しいこと御免だから、こんなことしちゃったっ。

 

でも悪いことをしたとは思ってません。ごめんね? 

 

全てはボクが消える為。

 

プテリドピュタもカエルレアも、騎士団の子供達も……」

 

 

[監視カメラ005 大聖堂1F 正面玄関前 扉上]

 

大聖堂へと繋がる大階段では、騎士団長と虐殺神父の大立ち回りが演ぜられていた。

 

大鉈とギロチン枷を振り回す神父に対し、西洋剣一本でそれらを防ぎ、確かな剣筋で、確実に神父を追い詰めていく騎士団長。

 

加えて、外部スピーカーからは聖女と少女の問答がずっと放送されていた。

 

聖女の声が聞こえるたびに苦い顔をする団長。

 

『人生というモノに意味はあるのか、ないのか。生命というものに価値はあるのか、ないのか』

 

横合いから飛んできた枷を剣で弾き飛ばし、視覚外の足元から斬り上げられる大鉈を鉄のブーツで踏みつける。

 

『いずれは全て失ってしまうのなら、生命というモノに価値はない』

 

踏みつけられた鉈を取り落とし、弾き飛ばされたギロチン枷に引っ張られ態勢を崩す虐殺神父。

 

『生きていることが虚しくてしょうがないんです』

 

その一瞬の隙をついて、神父を斬り倒す騎士団長。

 

胴を袈裟に斬られ、後ろ手に倒れてそのまま階段を転げ落ちる虐殺神父。

 

鞘に刃を収め、大聖堂に入っていこうとする騎士団長。

 

「La......muerte es ............salvación........................」

 

が、神父の最後の言葉を聞き、鬼気迫る形相で引き返し、その勢いのまま息絶えた神父の首を斬り飛ばした。

 

 

[監視カメラ107 大聖堂1F 玄関ホール]

 

階段を駆け上る騎士団長。

 

 

[監視カメラ320  大聖堂3F 特別礼拝堂 扉上]

 

「カーレドニアッッツ‼‼」

 

バタンッ! と勢いよく扉を開け放ち、返り血を浴び、抜身の剣を持った騎士団長が入ってくる。

 

「遅かったですね。お茶がちょうど冷めたところです。そういえばキミも猫舌でしたね」

 

椅子から立ちあがって、扉の方へ向かう聖女。

 

「ふざけるな! オレはオマエを絶対に許さない。

 

オレはオマエの事を尊敬していたんだ。親として、師として。

 

それなのにオマエは……

 

オレはオマエを見損なった。

 

オマエがこんなにくだらない人間だとは思ってもみなかった。

 

そんなくだらない思い込みの為に、オレ達を散々もてあそびやがって……」

 

 

[監視カメラ339 大聖堂3F 特別礼拝堂 右側面柱]

 

 

目尻に涙を浮かべながら、血濡れの剣を構える騎士団長。

 

にまあっと口角が上がって顔が歪む聖女。

 

「世界を救う大冒険の最中、道半ばで命を落とし、観客に惜しまれながら退場する指導者ポジションのキャラクター。

それにはなれませんでしたが、悪の枢軸として全ての黒幕として死ぬことは出来そうだ」

 

恍惚とした息を吐きながら、両腕を広げ、全身で、今この瞬間を心底享受するように、一歩、一歩、ゆっくりと団長のもとへ歩みを進める。

 

 

が、突如として両者の前に立ちはだかる少女。 

 

「やっぱりやめましょうよこんな事! ナルツ君も聖女様を殺すなんて言わないで!」

 

「どういうつもりだ! ……こんなヤツ!」

 

「聖女様が悪者だって知ってるのはワタシ達だけ。

 

みんなを殺した虐殺神父はナルツ君が倒したんだし、聖女様まで殺す事ないよ!

 

聖女様も生きることが虚しいなんて言わないでよ! 

 

ワタシは聖女様と一緒の人生が楽しいよ。わたしは聖女様がいなくなっちゃうなんて嫌だッ!」

 

嗚咽を漏らしながら必死に訴える少女。

 

「ワタシは聖女様に生きていて欲しい。世界なんてどうだっていい。聖女様がいれば他にはなにもいらない」

 

いつにない強い表情で、団長を睨む少女。

 

「それは、……オレもいらないという意味か?」

 

「……」

 

「ならばオレは、オマエの敵だ。

 

オレはコイツを殺す。

 

世界を滅茶苦茶にし、兄弟を殺し、オレを裏切った。

 

オレも世界なんてどうだっていい。

 

このオレを蔑ろにしたコイツを、オレはコイツを許してはおけない」

 

剣を構える騎士団長。

 

呼応してメイスを抜き放つ団長補佐。

 

 

──ブーゲンビリアの花言葉は【あなたしか見えない】

 

 

──スイセンの花言葉は【うぬぼれ】と【もう一度愛して】

 

 

〈世界教アルトラス総本山 アルトラス大聖堂 監視映像〉より抜粋

 

 

 

 

 

          ⁂   ⁂   ⁂

 

 

 

 

 

第八次報告

 

二X〇〇年 九月十四日、午後二時四十八分。

 

「聖女カーレ・ド・ニア」の死亡を確認。

 

鑑定の結果、「聖女カーレ・ド・ニア」本人と断定。

 

監視カメラの映像から、「元・世界教アルトラス特別恩寵少年騎士団団長ナルツ・イース」と「同騎士団団長補佐ビリア・ブーゲン」の戦闘に巻き込まれ、世界教アルトラス大聖堂三階特別礼拝堂の東に位置する大開きの窓より落下。

 

転落死と思われる。

 

監視映像から、「ビリア・ブーゲン」も同時に落下したと思われるが遺体は発見されておらず、現在行方不明。

 

後日、元・騎士団長の口から「ユリアノス・プテリドピュタ」含む、聖女関連の一切の事件の真相が語られる。

 

新設された国際連合はこの事実を秘匿し、世界教を管理下に置く。

 

後日、「聖女カーレ・ド・ニア」、「団長補佐ビリア・ブーゲン」、「作戦参謀ウィン・ベリー」は虐殺神父事件調査中にあえなく落命と公式に発表。

 

少年騎士団は解体される。

 

同時に、世界教アルトラス大聖堂地下より、人体複製施設が発見。

 

加えて大量の聖女カーレ・ド・ニアのクローン体が発見されるも、いずれも知能指数が著しく低く、五歳児程度の知性しか見受けられず、複製時の欠陥品とみられる。

 

人体複製のプロセスは目下、解析中。解析後はさらなる人口増加計画へ導入される予定。

 

新・国際連合は聖女の複製体を保護。

 

連合の管理観察の元、大幅に減った人口の足しにする目算。

 

それによって新設国連は、残された各コロニーを統括、管理。

 

国連主体のもと、一律国家の実現を目指す。

 

 

 

第十四次報告

 

二X〇二年 五月三十日。

 

「元・少年騎士団団長ナルツ・イース」が国連反逆の容疑で指名手配。

 

新たに就任した国連事務局長は、保護した聖女のクローン体の中で特に知能指数の低かった個体を引き取り養子に。

 

「一人の人間があれほどの負の感情を見せたのだ。我々はそれに対し、同様の負の感情で返すのではなく、どれほど大きな愛でもって返すのかがこれからの世界には重要だ。憎しみに対して憎しみで返す負の連鎖は私が断ち切る」

 

聖女カーレ・ド・ニアを心底憎む元・団長は、聖女の粗悪品や教団の残党を処分しない新国連に対し業を煮やし、国連が保護する複製体を抹殺しようと画策するも二度に渡って失敗。

 

現在逃亡中。

 

最後に行方が観測されたのは、旧タヒチ島。

 

同島にて職業訓練中だった聖女の複製体を二名殺害。

 

同時に観察管理のため派遣されていた国連職員も同様に殺害されている。

 

以降、元・少年騎士団団長ナルツ・イースは【虐殺騎士】と呼称。

 

全世界指名手配犯に認定。

 

 

 

第三九次報告

 

二X〇七年九月十四日。

 

オセアニア西方付近の無人島にて、ビリア・ブーゲンと思わしき人物を目撃したとされる情報が入る。

 

また近年、その付近では世界教残党信者による謎の集会が度々報告されており、拘束した信者から「カーレ・ド・ニア様が復活なされた」という証言が得られている。

 

 

 

追加報告。

 

同年十月、「ビリア・ブーゲン」が目撃されたとされる群島近辺で「虐殺騎士ナルツ・イース」を目撃したとの情報が寄せられた。

 

調査隊を派遣。

 

 

〈全世界同時バイオテロ事件に関連する旧オセアニア地区大量虐殺事件の逐次報告〉より抜粋

 

 

 

 

 

          ⁂   ⁂   ⁂

 

 

 

 

 

オーストラリアの西に位置する無人島。

 

かつて著名な生物学者によって「進化の島」と呼ばれた群島。

 

そこには今、国連の管理下から外れた一つの集落があった。

 

驚くべきことに、その村には大人が一人もおらず、住民全員が十四歳程度の子供で構成されていた。

 

独自の宗教が根付いているようで、村人全員が、首からエジプト十字にも似た、アンク記号を逆さまにした護符をかけている。

 

 

簡素な木造の小屋が並ぶ村の大通りを一人の女性が歩いていく。

 

するとそこへ、メガネをかけた利発そうな子供が紙の束を持ってやってきた。

 

「団長。島の火山の様子が最近芳しくない。聖女様がお山から何かお告げをもらってないか聞いておいてくれないか」

 

「分かりましたウィン君。直ぐに確認しますね」

 

女性の承諾を得ると、メガネの少年は忙しそうに別のトラブルに向かって行った。

 

「なあビリア! 見てくれよこの魚、今まで釣った中で一番大きいぞ!」

 

三十センチはある巨大な魚を抱えて、赤毛の気真面目そうな少年が自慢気に駆け寄ってくる。

 

「さすがナルツ君。騎士団の中で一番の釣り名人ですね」

 

「あったりまえよぉ! 今日の晩飯は期待してくれって聖女様にも言っといてくれよなっ」

 

「分かりました。聖女様もきっと喜んでくれるでしょう」

 

笑顔を浮かべながら少年は再び海の方へ駆けて行った。

 

女性はその後も何度か村人から声を掛けられた後、村の最奥にある石造りの建物へ。

 

 

「聖女様。今戻りましたよ」

 

そこは一種の祭壇のようになっており、何らかの幾何学模様の描かれた絨毯が敷かれている。

 

その上には無数のロウソクが不規則に並べられ、異様にカラフルな色の火が燃えている。

 

その中央。

 

褐色気味の肌に、煌びやかなブロンドの長髪。

 

純白の修道服に金飾りを付け、頭には顔の半分以上を覆う「アザミ」を模した黄金の仮面を着けている十歳程度の人物。

 

女性の呼びかけには答えず、仮面の人物は少女の顔をじっと見つめている。

 

口をポカンと開け放ち、無垢な顔つきで少女を視線で追っている。

 

少女はお茶の支度をして、仮面の聖女の前に座ってお茶を差し出す。

 

「びいりゃ、びいりゃ、こえ、おちゃあ?」

 

「そう、お茶だよ」

 

聖女はそれを受け取ってクンクン匂いを嗅いでからチビチビ飲み始める。

 

「この子が聖女様に一番近い個体のはずなのにな……でも他の子はちゃんとみんなになったのに」

 

少女は、聖女の頭を撫でながら熟考する。

 

「聖女様さえ、帰って来てくれれば……またあの日常が戻ってくる。

 

昨日みたいな普通の今日が明日もずっと続くように」

 

 

 

一方で。

 

ビリア・ブーゲンの作った停滞の島に一人の上陸者が。

 

軽装甲の金属鎧に、薄汚れた無地の外套を目深に被った、赤毛の長髪の青年。

 

近くの桟橋で釣りをしていた少年が漂流者じみた男を見つけて声をかける。

 

「よお、おめえさん大丈夫か? これ見ろよ、今日俺が釣ったんだぜ。どうだデカいだろ!」

 

そういって自慢げに大魚を抱える釣り少年を見て、上陸者の青年は驚愕した。

 

赤毛の短髪。

 

気真面目そうな顔つき。

 

スイセンの花で編んだ花冠。

 

「オマエは……」

 

「ん? あんた、どっかでみたような顔だな……どこだったけなあ」

 

考え込む釣り少年。

 

「ナルツ・イイィィスッッツ‼」

 

大声で怒鳴る上陸者。

 

「おお、それが俺の名前だが。やっぱりお前さん昔どっかで会ったっけか?」

 

上陸者は何の前触れもなく剣を抜き放つと釣り少年に斬りかかった。

 

「あっぶねえな、おまえ。どういうつもりだっ?」

 

釣り少年は、釣り用の包丁を抜き逆手で構える。

 

途端、強い海風が吹いて上陸者の青年の外套を吹き飛ばし、お互いの顔がはっきり見える状態に。

 

「お、お前……その顔……」

釣り少年が見たのは、自分と全く同じの顔の男だった。

 

 

半時と経たないうちに、騒動は島全体へ響き渡った。

 

浜辺で釣りをしていた副団長が、謎の上陸者に殺され、続いて騒動を嗅ぎ付けた三名の村人が返り討ちにあい、何人が束になってかかっても皆が、一様に首を跳ね飛ばされて殺されていった。

 

逃げても、隠れても、確実に追い付かれて殺される。

 

村はほぼ壊滅。

 

賊は、村人全てを惨殺し、遂には奥地の祭壇へ。

 

「ビリア……カーレドニア……」

 

元・少年騎士団団長。虐殺騎士、ナルツ・イースが祭壇の間への扉に手をかける。

 

 

 

 

 

と、そこまで書いてボクは手を止めた。

 

ふう。

 

書き物は疲れるね。

 

 

おーいビリアちゃーん。なんか食べるもんなーい? 

 

そうそう。お菓子でも何でもいいよ。

 

あ、後適当になんかお茶でも入れてー。

 

祭壇の間、入ってすぐの戸棚にいろいろ入ってるから。

 

うん。うん。そうそれ。おちゃっぱケチらないでね。

 

 

はあ。

 

ここは薄暗くて書き物には不向きな場所だよ。

 

なにせ明かりが蠟燭しかないのものだから。

 

机もないし、床で書かないといけない。

 

その床も絨毯が敷かれてて、不安定で、とても書き物に向いているとは言えない。

 

 

だからという訳ではないが、この文章群にはいささか穴が多すぎると思わないかね?

 

一番はこれら一連の事件に関連する資料を誰が集めたのかという事。

 

例えば、最初の〈プテリドピュタの夢〉の記述。

 

どう見たって一人称の独白。

 

しかも影人間になってしまった者の心の内を観測することは誰にも出来ない。

 

カレらは、プテリドピュタ君の信念に基づいて、『自らゼンマイを巻く機械。永久運動の生きた見本』になったのだから、自らの感情や考えを外に放出することは絶対にしない。

 

他の、〈虐殺神父「エドゥリアス・カエルレア」の独り言〉や〈ビリア・ブーゲンの独白〉などはまだ他人が聞いており、それを誰かが文章化して保存しておいたという可能性が無きにしも非ず。

 

では、影の内情を観測しえたのは誰か。

 

登場人物の感情の吐露を観測し、あまつさえそれを保存し、我々読者に開示したのは誰か。

 

いずれも、この物語を語るにおいて欠かす事の出来ない必要不可欠の情報を提供してくれた存在だ。

 

察しのいい人はもうお気づきだろう。

 

なに、探偵を気取る訳ではないよ。

 

一種所謂処の余興だ。たまには頭を使ってみるのもいいだろう。

 

 

ではもう一つ、ヒントを提供しよう。

 

これらの文章には一つの共通点がある。

 

どうだい? 探偵ぽいだろう。

 

まあこれはミステリではないがね。

 

で、その共通点というのは、ワードセンスについてだ。

 

とはいえ、語彙には限りがあるのだから『千字文』のように一つも被りがないようにするというのは難しい。

 

では何が被っているのか。

 

これまでの文章には同様の二重表現が多く見受けられる。

 

おそらく書き手の癖だろう。

 

つまりこれまでの文章は全て、同一人物によって執筆されたものである、ということだ。

 

ヒントは以上。

 

さあ、考えて。

 

制限時間は一分。

 

ちっちっちっちっちっちっちっちっちっちっちっちっちっちっちっちっちっちっちっちっちっちっ。

 

ハイ時間切れ! 

 

じゃあ答え合わせね。

 

心の内を覗けないはずの存在から、登場する一切のキャラクターの心情を察する事の出来る人物。

 

そしてそれを読者に対し、自然な形に加工して、提供する事の出来る人物。

 

さらに、その一連の文章には同様の癖が見受けられる。

 

 

もうお分かりだろう。

 

それは、作者だ。

 

この『THE STUPID HOAX』 という物語を書いた作者本人だ。

 

種を明かせばなんという事はない。

 

ごくごく当たり前の事だ。

 

そもそもタイトルに書いてある。

 

さあ、今すぐ辞書をひきたまえ。

 

何? 

 

めんどくさいって?

 

しょうがないなあ、教えてあげよう。

 

「ザ・ストゥーピッドホウクス」それは、「くだらない自作自演」という意味だ。

 

興覚めだろうて。

 

さもありなん。

 

ここに書かれてきたことは全てマッチポンプ。

 

自分で事件を起こして自分で解決する。

 

そういえば聖女カーレ・ド・ニアも同じことをしていたっけ。

 

故に、ここに登場する各思想は全てカノジョ由来という事をお忘れなく。

 

一方ではお互いに争いあい、殺生を嫌う一面を見せたかと思えば、だれか死ぬと可哀そうだから全員死んでしまえばいいとかいう暴論を持ちだしたり、人生には意味がないとか言いながらも、自分に対して行われた裏切り行為は絶対に許さないプライドの高さだったり、つまらない人生をよりつまらなくするような、日常の永続を望む停滞思想など、矛盾の塊。人間は多面的な生き物であり、一つの思想に一辺倒ではない。

 

これはそれを体現してみた一つの形。

 

 

ではもう一つ、種明かしを。

 

世界教の「アルトラス」という名前について。

 

劇中では「ギリシア神話に登場する神の「アントラース」にちなんで、「支える者」の意で名付けられたとされる。」と言っているが、本当は、「アントゥルース[untruth]」が語源。真実を意味する「true」に、それを否定する「un」をつけて「真実じゃない」、「嘘」、「不誠実」、「虚偽」といった意味の単語へ。

 

それをもじって「アルトラス」。

 

「支える者」なんてとんでもない。

 

信じることが命である宗教のタイトルが【不誠実】なんだから、とんだ事だ。あの聖女らしいね。

 

 

カノジョと言えば、「生涯を通して積み上げた物が自分の死と同時に消える」から「人生や生命といった物は無価値」であるという思想を持っていたが、そう思うに至った過程はなんだろうね。

 

昔、何かあったんだろうか。

 

 

いえ、その実なんにもないのかもしれませんよ?

 

 

またまたぁ、そんな事ないでしょ。

 

絶対何かあるって。

 

あ、お茶ありがと。

 

あれ、これしかなかった? 

 

お煎餅とかなかった? 

 

別にいいけど。

 

 

何もなかったからこそ、人生が希薄に思えて、死にたいと思うんですよ。

 

カレは昔からなんでも上手くこなしてきたから。

 

 

ちょっと待ってカレ? カノジョじゃなくて?

 

 

え? カレですよ。

 

 

聖女カーレ・ド・ニアのことだよね?

 

 

そう。聖女カーレ・ド・ニア様のこと。

 

 

ん?

 

 

んん?

 

 

んんん?

 

 

まあ、細かい事はいいじゃないですか。

 

だからカノジョは本気で頑張ったことがないんですよ。

 

失敗したことからは目を背け、直視せずじわじわと解像度を下げ意識の外側に置き去りにする。

 

そして幼児的万能感からくる無根拠のハリボテの自信でもって事に及んでいるから、出来て当たり前、上手なのは当然、そんなのは解りきった事で、出来の悪い物は意識せず、「まあ、次があるさ」と反省しようとしない。

 

つまるところ(だからこそ)人生に張り合いがない。

 

暖簾に腕押し。無味無臭。

 

味の薄い白くなったガムをずっと噛んでいるような、虚無感。

 

それ故に、「人生には意味がない」といった一種所謂処の「ニヒリズム」にも似た思想が芽生えてくる。

 

 

なるほどねぇ。

 

ニヒリズムと言えば、かのニーチェがこんな事いってるよ。

 

『生きたいと思わせるような目的がある時にだけ、人生というのは生きるに値する。

 

「全ては意味が無い」などとしてしまうニヒリズムなどというのは、要は目的が欠如しているのだ。

 

つまり結局、人生をどう評価するか、ということは解釈の問題なのであって、世界自体が、客観的にどうあるか、という問題ではないのである』ってね。

 

 

へえ、なかなか厳しいことおっしゃいますね。

 

でもこっちの方がもっと厳しいですよ。

 

デンマークの思想家セーレン・キルケゴールの言葉なんですが。

 

カレは【信頼の跳躍】という考えの元、人生は不条理で満たされていて、世界は我々に無関心ではあるが、それでも我々人間は自分自身の価値を作るべきだと言いました。

 

例え周囲と関わりを持ち、結果として自分が傷ついてしまうとしても、それでも尚他の人々と関わり合うことで、そうすることによってこそ、意味のある人生が送れる。と。

 

 

あとはこんなのとか?

 

プラグマティズムにおけるウィリアム・ジェームスの言葉なんだけど。

 

「人は人生が順調に進んでいるときは「生きる意味があるのか?」などとは考えないのであって、人は自分の人生で何か壁にぶつかった時に「何のために生きている?」などと疑問に思う。

 

「人生は生きるに値するか?」などという問の真の意味は「最近私の人生はつらいことが多くてやってられない!」ということであって、要は愚痴なのだ。

 

「人生は生きるに値するか?」の答えは、「人生は生きるに値するから値する」であって、「人生の意味とは何か?」などという本質を求める問いは止めて、人生の実際的な効能に着目したほうがいい。

 

人生は生きるに値すると思って行動していれば、実際に生きるに値する人生になる」

 

って言ったらしいよ。

 

 

誰もかれも分かってませんね。

 

 

そうだとも。

 

積極的に他人と関わろうが、目的をもって生きようが、所詮それは他者や目的に依存しているだけで、人生が空疎であることに変わりはない。根本を解決できてないよ。

 

何かに依存して生きていると、それが無くなった時、どうしたらいいか分からなくなる。

 

他者は言わずもがな、目的なんかは常にタスクをこなさないといけない体になって、泳ぎ続けないと死ぬマグロみたいになっちゃううよ。

 

 

例えマグロになったとしても、ふとした疑問に「いずれ全て失うのに」といった虚無感に襲われ、人生が空疎に見えるんだよ。だから何かに縋っても意味がない。

 

 

いっそ白痴にでもなれたら楽なのに。

 

 

だから一切の事を一歩引いたところから見ている。

 

道路にチョークで絵を描くのと同じ感覚。いずれは雨で洗い流される。

 

 

生まれつき面倒くさがりなのかもね。

 

 

生きることが億劫で仕方がない。

 

 

それ故に生命に価値を見出せない。

 

 

自分のは勿論の事、他人のも。

 

 

君のはどうだ?

 

 

君はどう思う?

 

 

 

 

 

はあ。

 

難しい話したらお腹すいちゃったなあ。

 

ワタシもう今日は帰りますから。

 

今日の帰りは? 遅いんですか?

 

 

いや、もうちょっとしたら帰るよ。

 

ナルツ君には魚捌くの待ってもらってて。

 

 

じゃあ、そう言っておきます。

 

早く帰って来てくださいね。

 

 

オッケー。気を付けて帰ってねー。

 

 

 

 

 

おっと失礼。こっちの話です。

 

んじゃ、最後にボクの名前の由来をお話しして終わりにしましょうか。

 

 

まあ、単なる洒落なんですがね。

 

由来はアザミという花。

 

かくいうワタシの誕生花でして。

 

花言葉は【独立】、【権威】、【厳格】、【復讐】、【報復】、【荒廃】、【簡素】、【反抗】、【拒絶】、【守護】、【悲しみ】、【人間嫌い】、【私に触れないで】、【素直になれない恋】、【批評家】、【安心】、【満足】。何分棘の多い花なので、そこから閉鎖的な言葉を与えられたらしいですよ。

 

あと、「アザミ」という名前は、「アザム」という言葉が由来だそうで、意味は【驚き呆れる】、【興冷め】といった意味らしいです。

 

「綺麗な花だから愛でようと手を伸ばしたら存外棘だらけで痛くて驚いた、興冷めだ」みたいな。

 

まあ、ボクの人生が興ざめなんですがね。ははは。

 

あと、これ調べてて思ったんですが、「アザム」って「欺」って漢字当てられますよね。「欺く」つまり嘘つき。

 

噓ばっかりついてる聖女にピッタリ。まさにアザミはボクを象徴する花です。

 

それで、アザミというのはスコットランドの国花だそうで。

 

スコットランドは、その昔、ローマ帝国によって、別の名前で呼ばれていました。

 

古ラテン語でグレートブリテン島の北部──ほぼ現在のスコットランド──を意味する【カレドニア】と。

 

 

だから言ったでしょうに、単なる洒落だと。特別な意味なんてありませんよ。

 

「ド」ってついてるからフランスの貴族かも? って思った方もいらっしゃるかもしれませんが、これは単に区切った時にそれっぽくなっただけです。

 

「ド」とか、「サー」とか「フォン」とかっていうのは、勿論王様に貰えれば名誉な事ですが、それ故に自分で勝手に名乗る人も多かったようで、かくいうボクもその一人。

 

名誉万歳。名声万歳。

 

 

ではでは。

 

皆さんの人生に価値があるといいですね☆

 

 

〈苧環 著『THE STUPID HOAX』〉解説文より抜粋

 

*1
セリフ引用元 石田スイ 2011-2018『東京喰種トーキョーグール』漫画 集英社 




あとがき

やりたかった事は、

・人間は多面的な生き物である という思想の体現

・小説が文字でのみ表現される媒体であるが故の語り手が確定されない という文体

・世界を救った英雄が、実は全ての元凶だった という展開の物語

・断片情報のみを読者に与え、物語外の物語は読者の内にある、これまで蓄積してきた物語で保管してもらう という楽しみ方

の4つ。

1つ目の「人間は多面的な生き物である」というのは、作中でも少し説明したが、人間の考えは一律ではなく、一見矛盾した思想も、一人の人間の思考に帰結するという物。
本作では6つの思想を登場させたが、その内5つは「聖女」由来の物である。全て全く異なる人物の信条として描かれているが、彼らは皆聖女の複製体であるが故に、その思想は彼女に帰結する。
また、次の「小説が文字でのみ表現される媒体であるが故の語り手が確定されない」にも関わって来るが、それら6つの思想は最終的に作者に帰結するような構造に作ってある。

最終章である「〈苧環 著『THE STUPID HOAX』〉解説文より抜粋」における語り手は、舞台と状況から「聖女カーレ・ドニア」であるように推測されるが、その語られる内容はどこかこの物語を振観してみているような雰囲気が感じられ、誰が話しているのかは最後まで明かされることはない。
その仕掛けとして、聖女のクローンは、皆一様に一人称と二人称をカタカタ表記にしてある。
さらに、〈苧環 著『THE STUPID HOAX』〉という記述によって、この物語自体がフィクションであるという事実を読者に思い起こさせる構造を最後にとっている。我々は物語を読んでいる時、時としてその物語がフィクション──作り物──であることを忘れがちである。登場人物に心をうつし、先の展開に胸をざわつかせる。あたかもその物語世界の住人になったかのように。たとえそれが言いすぎであったとしても、我々は物語を読むとき、それが作り物で、この世界と地続きの場所にあるものだという事を意識している事は少ない。
そこで今回の物語は、物語を俯瞰し、半ばメタフィクション的な終幕を試してみた。

3つ目と4つ目は綿密に関係しているので、一緒に説明する。
まず、私が本作を書くきっかけとなったのは、「裏切り聖女」の物語を思いついたところから始まる。
世界は謎の奇病に侵され、すぐそこまで終末が迫っている世界で、突如現れた救世主。
世界の救い手たる少年少女らと、それを導く偉大なる聖女。
彼女らは大冒険の果て、病気の元凶を打ち倒す。
しかしこんなのはよくある話で、今さら丁寧に書き表す必要性を私は感じなかった。
それは、このような冒険譚は既に読者の中に同形のモノが多数内在しており、その体験を呼び起こす要素を含んだ断片情報だけを投げることで、物語外の物語は読者が独自に保管しうると考えたからだ。
故に私が真に書きたかったのは、冒険が終わってからの物語。
「世界を救った英雄が、実は全ての元凶だった」というような話。
そしてその英雄は英雄などではなく、どこまでも自己中心的な動機でもって世界をひっかきまわし、最後の最後まで自分勝手に死んでいった。しかもそれが当人の長年の夢であり、殺してしまうこと自体が聖女の願いを叶えることになってしまうというやるせなさ。
そういった展開が描きたかった。

だが、それ故に私の小説の弱点である「著しい情報の欠如から来る物語への興味の消失」がまたしても発生している感は否めない。


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