安心、それが人間の最も近くにいる敵である。
かのシェイクスピアの名言にこんなものがある。つまるところ、日常にどっぷりとハマればハマるほど、人間は非常事態に備える危機管理能力が失われるらしい。
とは言いつつも、表立った争いのない平凡な日常において、危機意識をもって過ごせなんて今時の日本人に言うのは酷だろう。
そんな事を考えるのは、きっと日常的に危険を感じる人間だけだ。
「ねぇ、どこに隠れたんですか~?」
可愛らしいく、聞き心地の良い少女の声が、彼の耳に届く。
「ここですか? それとも、ここですかぁ?」
バタンッ、バタンッ! と、大きな音を立てて、ロッカーを開けていく音が聞こえる。
彼は現在、とある学校のバスケ部の部室のロッカー内に隠れ、息を潜めている。彼は現在、とある少女から逃げている。
(頼む……速く、どっかに行ってくれ……)
必死に、心の底から。読んで字のごとく神に祈るかのように、彼女が自分を見逃すことを祈り続ける。
しかし……
「ねぇ、ここにいるんでしょう? 分かってるんですからね?」
現実はいつだって非常である。普段なら、神なんていなかったんだぁ! とふざけようとするであろう彼も、今この時はふざける程の余裕がない。
「ほら、速く開けてくださいよ。速く私たちの家に帰りましょう? 美味しいご飯も用意してますよ? 今日も私が、一生懸命作ったんですから」
誘い文句が誘拐犯と大して変わらない! とツッコミを入れたい衝動に駆られる彼だが、なんとか心と息を殺して知らぬ存ぜぬを貫く。
それが功を奏したのか、自分を呼ぶ彼女の声が聞こえなくなる。
(音がしなくても油断しちゃだめだ。きっと、ロッカーの外で待ち構えてるんだ……)
外の様子が分からない以上、鳴りを潜めた彼女の行動を知る術はない。
(少し外を開けて様子を……いや、これでバレたら最悪だ。最悪、学校が閉まるまでこの中で待とう。そうすれば、あいつも……その内、帰ってくれるはずだ)
そんな希望的観測の下、彼は必死に息と気配をを殺した。
しかし、その行動は間違いだったと思い知ることになる。
ガガガガガガ!!
(なっ!? なんなんだよこれ!?)
ガチャガチャと、まるで金属同士がぶつかるような妙な音が鳴った後……突然、彼の入っているロッカーに先端の尖ったネジの先が、強制的に入って来たのだ。
恐らく、何らかの工具を使って彼の入ったこのロッカーと、何かを繋いだのだろ。
恐る恐る、ロッカーを押してみるが……ギぃ、ときしむ音が鳴るだけで、扉が開く気配はなかった。
「ジュンさん、出られそうですか? 出られませんよね? あは、あはは、あはははは!」
「ま、待ってよ……う、嘘だろ?」
扉の向こうには彼女がいる。それでもこの場所に閉じ込められたという恐怖が、彼には耐えられなかったのだろう。必死にドンドンドン! と扉を何度も叩くが、開く気配はなかった。
「い、
彼女の名を呼び、出してくれるよう懇願する。
「もう、ジュンさんったら~、稲裡じゃなくてフブキって呼んでくださいよ~」
狂気と歓喜、愛憎の感情が混じった声音で彼女は……
「おはようございま~す」
月曜日という憂鬱な一日に抗うかのように、俺こと、
「あ、ジュンくん……お、おはようございます」
「おっ、ジュンじゃんおはよ~!」
教室に入ると、見知った顔が真っ先に挨拶をしてくれた。
最初に声を掛けて来た少女は、白雪 稲裡。仲の良いクラスメイトの一人で、引っ込み思案な女の子だ。だからこそ、クラスの委員長に立候補した時は驚かされたのをよく覚えている。
次に俺に挨拶をしてきたのは
普段から元気で活発的な女の子で、引っ込み思案な稲穂のサポートを良くしている。
「ふぁ……眠い」
「なになに? またアイドルの追っかけでもしてたの?」
「まぁな~。おかげで寝不足だよー
眠たげな様子の俺に気が付いた華火が、声を掛けてくる。
そう……最近、俺はとあるアイドルにハマっているのである。それもただのアイドルではない……バーチャルアイドルだ。ここが重要である。
「え? じ、ジュン君、アイドルの追っかけって何?」
「あれ、そういえば稲穂には言ったことなかったっけ?」
なぜか、顔を青ざめさせて恐る恐る俺に聞いてくる稲裡。そういえば、華火には言ったが、稲裡には言った記憶がなかったな……
「最近、バーチャルアイドルっていうのに嵌ってるんだよ。いやぁ、みんな可愛くてな?」
「へ、へぇ……」
「ちょっとジュン、稲裡が嫉妬しちゃってるじゃん!」
「ち、ちょっと華火ちゃん!? そ、そんな事ないよ!?」
「いや、なんで俺怒られてんの?」
怒られるようなことをした覚えはないのに怒られた。その理由が分からず、俺は呆れた声を出してしまう。
「そっか……アイドル……うん、アイドルになれば自身も……ジュン君も、私を見てくれるよね……」
「稲裡? どうした?」
稲裡が華火の後ろ側でなにかぶつぶつと言っていた気がして声を掛けてみたのだが……
「う、ううん! なんでもないよ!」
声を掛けられた稲裡は、笑って誤魔化すばかりで、何も教えてはくれないのだった。
それから数か月後。
「お、新しいVtuberが出てるな」
俺は、今日も今日とてVtuberの動画を見ていた。決まって推しているVtuberがいるという訳ではないのだが……
『はじめまして、こんばんきーつね! 白上フブキです!』
(白上フブキ……へぇ、こんな子がいるんだ)
放課後の自室でVtuberの動画を探すのが最近の趣味なのだ。
「なんか声といい容姿といい……なんかこの子、稲裡みたいだな」
無意識にチャンネル登録のボタンを押す。
『あ、チャンネル登録ありがとうございます!』
どうやら気が付いてくれたようで、感謝の言葉が送られた。といっても、チャンネル登録者事態は急速的に増えているようで、ただの偶然だろう
(どうせなら、スパチャでも投げてみるか)
幸い、俺の家庭は周りと比べてかなり裕福だった。月に百万を子供に与えるような絵に書いたような金持ちではないが、赤スパを投げるくらいどうってことはない。
「内容はどうしよう……初見です、惚れました。とかでいっか」
『わっ!? 赤スパ!? えっと、なになに~? 『初見です、惚れました。』えへへ~、JUNさんありがとうございます!』
JUNというのは、俺のYouTubeでのアカウント名だ。まぁ、普通にそのまんまである。
『あ、そうそう! 実は白上、高校に通ってるんですよ~。ただ……その学校には、すっごく鈍感な人がいまして……』
その白上の発言に、コメント欄は「どういうこと?」「鈍感人?」など、疑問に思う声を上げていた。
『う~ん、例えば鈍感くんをJくん、私の友達をIちゃんとするじゃないですか?』
突然説明を始めるフブキ。
『実は、IちゃんはそのJくんの事がすっごく好きなんです。好きで好きで好きでたまらなくて、もう監禁しちゃいたいくらい好きらしいんですよ』
〈ヤンデレこっわ〉
〈Jくん、超逃げて〉
〈青春だねぇ〉
コメント欄も盛り上がっており、それを確認したフブキは、話を再開した。
『でも、Iちゃんは好きって事をJくんに伝えられなくて、だからなのか、Jくんはアイドルを追いかけてばっかりなんだって』
(うっ、アイドルばっかり追っかけてる俺には少し耳が痛いな……)
以前、華火に言われたことがあるのだ。
「アイドルを追いかけるのも良いけど、身近にある人にもちゃんと目を向けなきゃだよ?」
と、注意されたのだ。その後ろで、稲穂が凄くうなずいていたことを覚えている。
『Iちゃんに、どうすればJくんに振り向いてもらえるかなって相談されたんだけど……白上、恋愛未経験だから分からなくて……すこん部のみんなは分かる人いる?』
白上の疑問に、リスナーたちが一斉に答えを送る。
〈押し倒せ!〉
〈ラブレターとか?〉
〈家凸〉
〈喰っちまえ!〉
とまぁ、沢山のコメントが流れていた。
「ん~……まぁ、安直にお弁当とかだよな」
お弁当、とコメント欄に書き込んだ。
『あ、お弁当! いいですね~、アイデア採用です!』
俺のコメントが目に留まったのか、フブキは俺の弁当というアイデアに喜びを上げていた。
『それじゃあ白上は、Iちゃんにお弁当を渡すよう教えますねと』
(なんというか……稲裡を活発にして、元気にしたような女の子だな)
俺は、白上フブキに友人の稲裡の面影を重ねながら、スマホを閉じるのだった。
「腹減ったなぁ」
その日のお昼休み。俺は偶教室の机にて小さく言葉を溢していた。
「早弁、しなきゃよかったなぁ……」
そう、俺は午前の授業中で早弁をしたのである。理由? 早弁に理由なんて必要か?
「どうするか……」
早番をした以上、昼にすることは怠惰に惰眠を貪ることのみ。
しかし、そうは問屋が卸さないというべきか……案の条、声を掛けられる。
「ジュンくん! 一緒にお弁当食べよーよ!」
「悪い
怠惰に過ごす俺に声を掛けてきたのは
仲の良い悪友という間柄だろう。
「ぜ、全部食べちゃったの!?」
「おう、俺のお腹の中に全部入ってるぜ」
消化が進み、多少引っ込んだ腹をポンポンっと叩く。まぁ、まだまだ余裕で食えるのだが。
「おぉ~、お腹がこんなに膨れて……元気に育つんだよ?」
「いや妊婦じゃねぇから。あと俺男だから」
少し軽く膨れた俺の腹をニヤニヤとしながら触る鈴音。妊婦のような扱いツッコミを入れるが、鈴音はそんなことはお構いなしに自分の机を運び、俺の前に付けてくる。
「いただきます!」
「なぁ、俺ここにいる意味なくないか?」
「え~、良いじゃん! 鈴音はジュンくんの顔みながら食べたいもん!」
「人の顔をなんだと思ってやがる」
「ん~? カッコいい顔のわりに朴念仁な残念くん!」
「俺、オマエになにかしたっけ?」
散々な言われように、思わず涙が込み上げてきたタイミングで……再び、横から声がかかる。
「鈴音さんの言い方はまだマシな方ですよ、ジュンさん」
「お、冬花ちゃん!」
「…………お前も俺の席に机を付けるんだな」
現れると同時に俺と鈴音の座る場所に新たに机を運んできたのは、
「それで、さっきの発言はどういう意味だ? 鈴音の言い方の方がましって……」
「ジュンさん、クラスの一部からなんと言われているかご存じないんですか?」
「…………聞きたくないけど、教えて?」
「ドルオタクソ野郎、クソギャルゲ野郎めバレンタイン毒盛ってやるから覚悟しろ、だの……まぁ、散々な言われようですね」
「最期の方ただの犯罪予告じゃねぇか!?」
「あ、ちなみに今のはクラスの男子の方々のご意見です」
「テメェらぁ!」
バッ、とクラスの男子たちに視線を向ける。男子全員が視線を一斉に逸らした。なるほど、素直な奴らだよろしい。あとで全員ケツをひっぱたいてやる。
「女子側の意見ですとそうですね……シンプルにクズ、でしょうか?」
「泣くぞテメェ!」
嫌われているとしか思えない発言に、俺は膝を着く。
「お、俺ってみんなに嫌われてたのか……?」
「まぁまぁ元気だしなって! 鈴音はジュンくんのこと好きだよ? クズだけど!」
「鈴音ぇ! 俺ぁお前みたいな友達を持って幸せだ! でもあとでしばく!」
(まぁ……十中八九、男子のみなさんは嫉妬……女子のみなさんは、稲裡さんの気持ちに気が付いていない部分にキレているのでしょうね……)
そんな風にやりとりを続ける俺たちだったが……
「あ、あの……じ、ジュン君」
「あれ、どうしたの稲裡?」
背後から、突然稲穂に声を掛けられた俺は、稲裡の方に視線を向けた。
「あ、あの……よ、よかったら私のお弁当……食べる?」
「…………貴方が女神か?」
稲裡に差し出された弁当をじっと見つめる。
「私、今日はお腹空いてなくて……だから、どうせならジュン君に食べて欲しいなって!」
「食べる食べる―! いやぁ、全部好きな食べ物だからうれしいよ!」
俺は稲裡から箸を受け取ると、さっそく惣菜の一つを口にした。
「んんっ!?」
「ど、どうしたの!? や、やっぱり美味しくなかった……?」
俺の反応を見た稲裡が不安そうな声を出すが……稲裡の反応は間違っている。否、むしろ真逆と言っても過言ではない。
「うまい! すげぇ美味いよ稲裡! いやマジで!」
「ほ、ほんと? 良かったぁ~……」
「俺の両親、共働きだからいつも冷凍食品ばっかり食ってて……人の手料理食べたの何年振りだろ……」
「よ、喜んでくれて良かった……私の手作りなんだけど、大丈夫かな?」
「え!? これ稲裡の手作り!?」
よく見ると、彼女の手には絆創膏が張られていた。恐らく、料理中に手を切ってしまったのだろう。
「マジで美味いっ! いやほんと、毎日でも食べたいくらい!」
「そ、そんな……誉め過ぎだよジュン君……」
手を後ろに組み、もじもじとしつつ顔を赤らめる稲穂。
「へぇ、そんなにおいしいんだ~……じゃあ、鈴音にも一口!」
「誰がやるか! これ全部俺のだ!」
「えぇ~、良いじゃんケチ!」
「だれがケチだ!」
俺と稲裡の隙間から狙って箸を伸ばしてきた鈴音。しかし、そんなことを俺が許すはずもなく、牽制。お互いに稲裡の弁当を巡って攻防を始める。
だからこそ、俺は気が付かなかったのだろう。
「………………」
「あれ、どうかしましたか、稲裡さん?」
「あっ、い、いえ! なんでもないです!」
冬花に話しかけられるまでの間、ジッと俺を見つめていた稲裡の視線に。
その視線が放っていた狂気に。
「よかったぁ……ジュン君、喜んでくれた♪」
その日の放課後……白雪 稲裡は自分の部屋でくつろいでいた。
「ジュンくんの中に……私の
指に巻いた絆創膏を見ながら、彼女はうっとりとした様子で絆創膏越しに傷をなぞる。そう、彼女の手の傷は、料理の際の自己で怪我をしたものではない。自らの血を弁当に入れるため、刃物で斬ったのだ。
「ふふっ、ジュン君は今日もかっこよかったなぁ」
スマホを起動し、写真フォルダを開く稲裡。そしてそのスマホに表示されたスマホには……秋葉ジュンの写真が写されていた。大量にある写真だが、その全てには一つの共通点があった。
「カメラ目線の写真を撮れないのは残念だけど……でも、これはこれで良いんだよね~」
そう……ジュンの映る写真には、集合写真等を除き、全てカメラ目線のものはない……つまり、全ての写真が盗撮なのである。
「それにしても、ジュン君……鈴音ちゃんとあんな風にくっついて……許せないなぁ」
今日の昼休みでのジュンと鈴音のやり取り。それが彼女には、とても耐えがたいものであったのだ。
なぜ、彼は私以外の女に近づいているのだろう、と。
そう思わずにはいられない。
「いつもいつも私はアピールしてるのに……ジュンくんは気付いてくれないから……」
白雪 稲裡は、秋葉ジュンに恋をしている。しかし、それに彼が気が付くことはない。
さりげないボディータッチも。
彼が困ったときのお弁当の差し入れも。
学校の先生にバレないよう、彼の前だけでこっそりとした化粧も。
彼は、彼女の好意には欠片も気が付くことがなかった。
「だから……私、こんなに歪んじゃったんだよ?」
無知の代償は、彼女を……白雪稲裡を確実に歪めていた。
彼女の部屋。そこには丁寧にたたまれた学校の制服。勉強用の教科書がまとまった本棚。机に設置されたPC。
そして、印刷されたジュンの写真が壁の至る所に張られており、教科書のしまってある本棚には歯ブラシや箸、髪の毛や男ものの古びた下着……いずれも、ジュンに関連する者ばかりが羅列されていた。
歯ブラシはジュンや下着はジュンが捨てたものを。
髪の毛は気付かれないように広い、歯ブラシは今日追加したものである。
「ジュンくんの使った箸……ふふっ、関節キスしちゃった♪」
幸せそうに箸を眺める稲裡。
その姿は狂気以外の何でもなかった。
「あ、そうだそうだ、忘れるところだった」
ふと、何かを思い出したかのように稲裡はPCの前に座り、とある画面を開き、軽い咳払いをしたのちに……配信を始める。白雪稲裡としてではない、白上フブキとして。
「はいどうもー! こんばんきーつね! 白上です~」
彼女が配信を始めた瞬間、コメント欄には、多くのリスナーたちが集まっていていた。
(JUN……JUN……いた、ジュンくんだ!)
高速で動くコメント欄に流れた一つの名前に気が付く稲裡……否、フブキ。その名前を見ただけで、彼女の心は幸福に満たされていた。
彼が、私の配信を見てくれている。
彼が、私だけをみていてくれる。
彼が、数ある中から私を選んでくれた。
そんな事実が、彼女にとってはたまらなくうれしいことだった。
…………彼のコメントの文章を見るまでは。
『ほかの子の配信見てたから遅れちゃった(´・ω・`)』
気を引くためのネタ。ただのお遊び。この文を送った当の本人は、きっとその程度の気持ちだったのだろう。
しかし、そのコメントは、彼女を狂気の道へと進ませる。
「ほかの子の配信見てた? へぇ、誰の配信を見てたんですか? どうしてそんなこと言うんですか? ひょっとして……浮気ですか?」
『ひえっ』
『ヤンデレ圧助かる』
『な、なんのことやら……?』
フブキの圧にコメントの流れる速度も加速する。
(ない……どうして? どうしてどこにもいないの? どうして? もう飽きちゃったの? 惚れたって言葉は嘘だったの……?)
いつまで経ってもJUNの名前は見つからない。一瞬、見逃した? と考えるが、それはないとすぐに思考を切り替える。
(なんで……なんで、なんでなんで、どうしてどうしてどうして? どうしてほかの人の配信を見るの? どうして私だけを見てくれないの?)
心に黒い感情があふれ出す。しかし、それを表に出すわけにはいかない。今は配信中なのだ。そう思い、フブキは平静を保つべく心を落ち着かせ、配信を続ける。
表面上はあくまでも冷静に……しかし、その内面は疑問と嫉妬で荒れており……やがて、その感情は彼女に、一つの行動原理へと誘う。
(あ、そうだ……全部閉じ込めちゃえばいいんだ。ジュンくんの全部を、閉じ込めちゃえばいいんだ)
~数週間後~
「う~ん……」
「そんなに唸り声を出して、どうしたの?」
「あぁ、華火か……いや、ちょっと最近のことでさ」「なんか、家に泥棒が入ったみたいで……」
「えぇ!? 大丈夫なの!?」
放課後のある日。俺は友人の華火に、とあることを相談していた。
「何を盗られたの?」
「…………それはノーコメントで」
パンツやらハブラシ、あと隠し持ってたえっちな本、なんて口が裂けても言えない。
「ただ……今朝、犯人が落とした遠回しき私物を見つけてさ」
俺は、華火の前に犯人の私物……そして、今俺が悩んでいる原因を出す。
「……待って……それって……」
俺が懐から取り出したのは、この学校の生徒手帳だった。
これは以前、俺の部屋の中に落ちていたもの。
「あぁ。なんとなく俺の言いたいことがわかったかと思うけど……この手帳の持ち主の……犯人の名前は……」
「じ、ジュン……後ろ……」
「え?」
華火に生徒手帳の持ち主の名を告げようとしたその時だった。
「なに話してるの、ジュンくん?」
「っ!?」
突然、背後から声をかけられ、肩を振るわせる。
「い、稲裡……?」
俺の背後には、いつの間にか稲裡が立っていた。
「が、学級委員長として先生に呼ばれてたんじゃ……」
「呼ばれてたよ? だから、先生の要件を片付けて、すぐに教室に戻ってきたの」
「そ、そうか……」
じっと俺の顔を見ながら、説明をする稲裡。ただそれだけのことなのに、嫌な汗が止まらない。
「そ、それじゃあ私、このあと鈴音ちゃんたちと変える予定があるから……バイバイ!」
「あっ、ちょっと待て置いて行く気か!?」
足早にその場から去ろうとする華火を引き止めようと声をかけた瞬間だった。
「ねぇジュンくん、良かったら一緒に帰らない?」
「え? い、今ですか? いや、俺今日バイトが……」
「ジュンくん、先週バイトを辞めてるよね?」
「な、なんで知ってるんすか……!?」
俺が先週バイトを辞めたことはまだ誰にも言っていない。
それを知っているのは俺がバイト先の人のはず……
「なぁ華火……華火? あれ!? あいついない!?」
先程まで華火がいた場所を見ると、そこには誰もいなかった。
「ねぇジュンくん……どうして華火ちゃんとばっかり話そうとするの?」
「い、いやぁ……別にそういった意図はないと言いますか……」
なぜだろう。妙な圧力を感じる。あの普段はおどおどとした稲裡が立派になって、なんて親バカ風の感想を抱く俺だったが、そんな余裕がないことはすぐにわかる。
俺は、稲裡の圧に屈する形で帰ることになるのだった。
「…………」
「…………」
お互い、無言の沈黙を続けながら校内の廊下を歩く。コツコツ、と歩く軽い反響音だけが2人の耳に響き、謎の気まずさを出していた。
そして……その沈黙を最初に破ったのは、秋葉ジュンだった。
「な、なぁ稲裡」
「なに、ジュン君?」
ジュンの問いに、小首をかしげる稲裡。
「お前……俺の家に来たか?」
「どうして……?」
「……下着とか、歯ブラシとか、そういったものもいくつか無くなってて……それで、見覚えのない生徒手帳が落ちてた」
彼の手には、青上高校の生徒の証明たる手帳があった。稲裡の前でゆっくりと最後のページを開き……そこに映った
「お前……俺の家に来たのか……?」
確かめるように、質問をするジュン。
それに対して稲裡は……
「ふふっ、ようやく気が付いてくれたんだね、ジュン君♡」
「っ!」
心の底から嬉しそうな笑みを浮かべ、喜びをあらわにする。
なぜ、彼女がこんな真似をするのか。彼には理解できなかった。
なぜ彼女は笑っているのか
なぜ彼女は喜んでいるのか
なぜ彼女は楽しそうなのか
稲裡に対する疑問とともに、ジュンは、無意識に稲裡から一歩、後ずさった。
「私ね、ジュン君のことが好きなの」
「…………は?」
突然の告白に、ジュンの脳内は一瞬フリーズを起こす。
「ちょっ、な、い、いきなり何言って……」
「
「…………は? その言い回しは……」
稲裡の言葉に、ジュンは既視感を覚える。声のトーン、発言……そのたった一言で、彼は目の前にいる彼女の側面に否が応でも気付かされた。
「し、白上……フブキ?」
「ふふっ、正解ですよ、JUNさん♡」
バレていた。それはもう。色々と。
「ジュンさん、言ってくれましたよね? 赤スパを使ってまで私に、『惚れました』って。あははっ、これで私たちは相思相愛ですね♡」
違う、とでも言おうものなら直ぐに首を締め付けてきそうな……そんな圧力を放ちながら、フブキはジュンに近づいた。
「それなのに、どうしてこの前……他の人の配信を見てたんですか? 知ってるんですよ? ジュンさんが他の女の配信を見に行ってたって」
「そっ、それは……」
「私のこと好きなんですよね……? それなのにどうしてそんな酷いことができるんですか? 私、ジュンさんのためにアイドルになったんですよ? 」
「お、俺が好きなのは白上フブキであって……稲裡じゃないから……やっぱり、こんな形は違うと思う……ご、ごめん!」
不器用というべきか……彼は、一切の嘘を吐かず、己の正直な気持ちを伝えた。
しかし、それは最悪の結果を招く
「どうして?」
「え?」
「どうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうして」
「い、稲裡!?」
壊れた機械のように「どうして」と続ける稲裡。
「どうして? 私はこんなにもジュンさんのことが好きなのにどうして気付いてもらえないの? なんでなんで? 好きなんて言葉じゃ収まらないくらい愛してるのに何やっても振りむいて貰えないんじゃもういっそ……」
「っ!?」
呪詛のように吐き出される言葉。その末に彼が見た彼女の瞳は……狂気以外のなにものでもなく。
彼は、この場から全力で立ち去るのだった。
後の話は知っての通りである。逃げた末に彼女によってロッカーの中に閉じ込められ、理不尽な交渉を持ちかけられたジュン。
彼がどうなったかは……ここでは言及を伏せておくとしよう。
きっと、気付くべきものにも気づけなかった男の末路など、碌なものではないのだから。
ヤンデレっていいよね
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