「ふッ―――」
相手が
脳裏に浮かぶのは、眼鏡をかけた美上丈。クリストファー・ヴァルゼライドという破綻者を信奉してやまない者の中でも頭一つ抜けた異常者であり、かつては思想の違いから殺し合ったことすらある戦友である。
奴も、こいつも、気合と根性、心ひとつで限界を超え、未来のため希望のため、諦めず挫けず進み続けるという破綻者であり。かつそれを素晴らしく誰もが見習うべき姿だと誤認したまま突き進む愚か者である。
「俺もお前も、救いがたい屑として大差ない。壊すことしか能のない俺を崇敬し、誰かの夢を
塵屑は塵屑らしく、苦悶しながら地獄の底へと落ちるがいい!」
俺が真に大切にしたかったことを貫いた勇者がいる。
俺には出来なかった優しさで涙を消し去れる男がいる。
ならばこそ。
「貴様はここで死んでいろ。
決して逃がさん」
激突の度に浅い傷が増える。常に足元が流動し、変形し、武器として足場として罠として機能し続ける戦場。
住宅街を模した戦地であるがゆえ、相手の脅威度はデタラメに跳ね上がる。
今も、後退して背中を預けた家屋の壁が爆散して散弾ように破片が迫り、切り抜けて隣の家屋へと飛び込めば、床が陥没して家全体がヴァルゼライドの体を押しつぶそうと殺到している。
それらすべて、両手に持つ二刀で切り捨てて再び邪竜本人と向き合うことには成功するが、歴戦の英雄、最強の剣とされるヴァルゼライドも、苛烈極まる攻撃の乱舞に無傷で済むはずはなく。
太ももや横腹には木の破片が、額からは出血が、見えはしないが腕や足の骨にはヒビが入っているだろう。更には連続した立体機動に、彼自身の体力もかなり削られ、今では肩で息をしている。
だがそれでも。止まらず、諦めず、不屈の闘志ひとつで欠片の隙も見せずに剣を構えている姿は一言、雄々しい。疲弊はしているだろうし、怪我も少なくない。だがその程度で、英雄は止められない。
だから。
そういう背中を知っていると、英雄殺しの滅亡剣は哄笑しながら次の一手を繰り出した。
「ほぉ、いいぜ。俺を討つならアンタが望ましい。
もちろん”本気”でやるからには、この首を差し出すことだけはしないがなァ!」
まるで波に乗るサーファーのように、大路をめくりあげその上で両腕に装着した竜爪を広げて迫る。正面からの圧殺。そして道全域を操作しているため逃げ場はない、横道に逃げれば濁流のごとく硬い石や土砂が押し寄せて生き埋めにしようとしてくるだろう。
ならば正面から切り開くしかない。
「……阿呆が」
光をまとう刃が硬い地面を切り裂き、脅威を正面から打ち破る。
しかし当然、物質再整形という能力を持つダインスレイフがその程度、対策できないはずがない。ヴァルゼライドの刃に切り裂かれた地面は宙を舞うと、瞬時に鎖へと変化。ヴァルゼライドを拘束しようとする。
同時に。
「シャオラァァァァァァァッ!!」
背後に回ったダインスレイフがライフル弾のように英雄へと飛びかかり、心臓へと爪を伸ばす。
鎖を切れば拘束はされないが心臓は抉られる。
鎖を放置すれば拘束され逃げられぬ内に心臓を抉られる。
分かりやすい絶体絶命。だがヴァルゼライドにとってすれば
腕に絡みつく
だが、
「この程度、読めてないはずないだろうがァ!!
俺に”本気”のすばらしさを教えてくれたのはアンタだぜ、ヴァルゼライドッ! 俺は変われた、こんなに本気で生きて生まれ変われたんだよ。だから卑下することはない、胸を張れよ。
怠けてダラダラと生きてやがる奴らに、本気で生きるって素晴らしさを見せつけてやろうじゃねェかよォ、そうだろう、俺の愛しのジークフリードォォッ!!」
ダインスレイフには関係ない。己の能力で土から縫い針を作り、両腕をその場で強引に接合してしまう。そもそも、ダインスレイフの骨格は
更に悪いことに、ダインスレイフは
ゆえに、刀二本しか持たぬヴァルゼライドにはない強みが、勝敗を分けた。
「ご、ふ……がァ………ッ」
足元が巨大な竜鱗と化し、ヴァルゼライドの胴体に風穴を開ける。更にダメ押しと、鱗は高速振動の後に爆散した。
おそらく第三者……彼らとは別世界の人間がこの光景を見れば、それがどのような鬼畜の所業かよくわかるだろう。
つまりは某のハンティングアクションゲームに登場する千刃の鱗と同じ。爆散による追い打ちが裂傷を生むのだ。しかも竜鱗の大きさは一メートル近くある。胴体に直接ミキサーをかけられたような傷の広がり方で、かつ重要器官はこれでもかと破壊される。
ヴァルゼライドの胴体からこぼれる臓器はなかったが、これはこぼれられるだけの原型を留めてないだけなのだ。
かつてないほどの重傷。強固な意志により握りしめられていた双剣が地面に落ち、ついに英雄は地面に倒れ伏した。
体中に刻まれた傷が、胸から奪われていく赤い液体が、如実に英雄の死亡を示していた。
その姿を見て、ファブニル・ダインスレイフはひとまず満足そうに頷く。
「まァ、
おまえならば、死ぬ程度のことは乗り越えられるだろう? さァ、二回戦を始めようか」
そう。ダインスレイフは英雄の本気を疑わない。死んだ程度なら必ず蘇り悪を討つと信じている。そのうえで、自分は超えるのだと、竜爪をギチギチと鳴らして。
十秒待った。まだ英雄は動かない。
二十秒待った。相変わらず英雄は地に伏せている。
三十秒待った。ヴァルゼライドは蘇らない。
一分待った。相変わらずの沈黙。ダインスレイフは首を傾げ、そしてすぐに行動に移した。
「やっぱ、ピンチにならないと覚醒はできないものか? ならこうしてみよう」
笑顔で、その首を竜の爪が断ち切ろうとした瞬間。
腕を振りかぶり、足元の英雄を見下ろす邪竜の顎に、きれいなアッパーカットが直撃した。
分かっていた。理解していた。きっと蘇るはずと、そう確信していた。
しかしもう一押ししないと無理なのかと、そう微かに疑い、近づいた瞬間に、狙いすましたような反撃が直撃する。
実際のダメージと、驚愕と、自分の中にあった油断への怒りがまざり一瞬思考停止した脳を、隕石のような威力の打撃が揺さぶりつくす。
アッパーカット、こめかみへのフックにどストレート。瞬時に叩き込まれる攻撃に対応する余裕も与えず、
「宣したはずだ。俺は必ず、ここで貴様を砕くと。
ゆえに負けん。――”勝つ”のは俺だ」
クリストファー・ヴァルゼライドは確かに一度死亡した。しかし、あらかじめオリハルコンを埋め込んでおいたことが意図せず死した彼を再度蘇らせる。
皮肉にも、ダインスレイフが行ったのとほぼ全く同じ手段で、英雄は現世に帰還した。
後続が先達を追い越すことが可能というならば、まさしく今、
そう。この復活劇最大のポイントは、ヴァルゼライドが狙って復活したところにある。
偶然でも、奇跡でもなく、
穿たれた胸の傷は、少しずつだが埋まっていた。小さな傷の数々も、見る間に消えていく。最後に、二振りの刀をその手に握り。
「……お前の言うことに全く理がないとは言わん。実際、やればできるというのにやらず、環境や周囲のせいにして逃げる者は多くいる。全力を出すのが怖い、失敗が怖い、あまつさえ、努力するなど恥ずかしい、リスクを負ってまで挑戦することは愚かであるという理屈さえ、俺たちが生まれるより以前からずっとささやかれていたという。
頑張れない人もいるということを盾に、何かに挑戦するという行為自体を嫌悪して
何もしない人間が、何かをした人間を罵っていいはずがない。それは当たり前のことのはずで、そうでなければそもそも社会が成り立たないだろう。
簡単に言えば、何もしなければ何も得られないのだ。頑張れない人もいるという言葉は、努力をしたうえで更にもっと、と奮起できない人を指すのであり、何もせず、やる気も出せず、自堕落に過ごす人間が盾にしていい言葉ではない。
やってみなければ分からない、とにかくやってみるということは何ら間違ってはおらず、むしろ推奨されるべき行いだろう。
「だがな―――」
特級の破綻者はそれゆえ、その
「自分は出来たからお前もやれ、自分に出来たなら誰でも出来るし実践すべきなど言ってはならんのだよ。
自覚しろ、俺たちは破綻者だ。諦めることを知らず、投げ出すことを知らず、一度決めれば突き進めてしまう怪物に過ぎん。いわば例外――そんなものを基準と定めてなんとする。
俺やお前のような人間ばかりの世界など数日と経たず滅び去るぞ」
断罪の言葉をしかし、欲望にまみれた強欲竜は気に留めない。だからどうしたんだと笑うだけ。
「ならば。そんな世界そのものを
ゆえに、ここに勝敗は決した。
この世の真理は数多くあれど、この場に相応しいものなどひとつのみ。
――最後に必ず、正義は”勝つ”――
「天昇せよ、我が守護星――鋼の
うなる地面という濁流を、光の刃が断ち切り進む。技術に衰えはなく、携える極光の
「巨神が担う覇者の王冠。太古の秩序が暴虐ならば、その圧政を我らは認めず是正しよう。
勝利の光で天地を照らせ。清浄たる王位と共に、新たな希望が訪れる。
百の腕持つ番人よ、汝の鎖を解き放とう。鍛冶司る
大地を、宇宙を、渾沌を――偉大な雷火で焼き尽くさん」
高速で閃く剣を、竜の爪が受け止め弾き、足場を崩し変形させながら応戦するも、もはやヴァルゼライドの敵ではなかった。剣の一薙ぎで変形し続ける地面が消し飛び、竜爪にヒビが入る。呼応してダインスレイフも覚醒するものの、もはや遅い。
「聖戦は
嚇怒に燃える眼光が、邪竜を射抜く。
「
次の瞬間。
英雄の光に、その目に、本気に、目を奪われたダインスレイフは、振り下ろされた輝光に飲まれて消滅した。
気付いたら五千文字、だと……?
と、少々驚きながらも、二人のバトルはこれで終わりです。
最期に必ず正義は勝つ! シルヴァリオでやるのはどうかと思いましたが、二人の対決ならばこういう終わりも相応しいのではないでしょうか。