一面に広がる草原。月明かりが照らす戦場に、二人の人影がある。
片方はひょうひょうとした態度の、涼しい顔の長刀使い。
片方はぼろぼろの和装で、片目を長い前髪で隠した人斬り。
どちらも、『
「剣士の風流だ。めったにない機会なのだし、名乗りでもしてみようではないか。
私の名は、なんとも名乗るのが難しいが、巌流佐々木小次郎、の名を被った名もなき男だ。そちらは?」
佐々木小次郎の名乗りに、相対する剣士が反応した。
彼が生きた時代には二人の対決は有名なものである。しかし、佐々木小次郎は、敗者として。
「あぁ? 佐々木小次郎じゃと。……は。あの巌流かいや。ええ機会やき。わしが斬っちゃる。
わしは土佐の岡田以蔵。……人斬り以蔵のほうが通りがええかのう」
英霊剣豪七番勝負
勝負、一番目
佐々木小次郎 vs 岡田以蔵
勝負、始め
共にアサシン。
敏捷度、リーチは佐々木小次郎の方が上だが、人殺しの数は岡田以蔵に軍配が上がる。
勝負ははじめから拮抗していた。
小次郎の長刀が音速を超えて振るわれる。
その斬撃はすべて、相手の首を切り落とす軌道を描き、吸い込まれるように狙った場所へと刃が走っていた。剣閃は流麗で雅、しかし無駄はない。技の究極であり、ほれぼれとするほどの実力がうかがえるだろ
。
それを膝を曲げ、刃で受け止めながら、まずは相手の足首や手首足首を狙っているのが以蔵となる。
剣技は泥臭く、素早く、相手の急所を死角から突き続ける。刃は届かずとも、喰らいつこうと思って喰らいつける相手では無い。ゆえに、この時点で彼の技量は一定以上であると見て間違いない。
だが、佐々木小次郎の負け筋を以蔵は知っている。二天一流に敗北した巌流という流れを知っている。
ゆえに、相手の一刀を弾き、すぐさま腰のもう一刀を引き抜いた。宮本武蔵の二刀流──トドメの一撃。
それは本物の佐々木小次郎にとっては自らの死の再現だろう。弱点だろう。
「ほう、二刀流か」
弾かれた刀ですぐさま二刀目を弾き、更には追撃として右目から脳を貫通するように刺突を繰り出してきた。
「ほぁっ……。な、なんじゃあああ!?」
咄嗟に後方へと跳躍して回避は出来たものの、一瞬でも判断を誤れば死んでいただろう。
そしてそこで止まらない。
縦に横に、袈裟、逆袈裟、唐竹割り。連続して繰り出される剣はどれも必殺技だ。
しかし、当たらない。切れない。仕留められない。岡田以蔵の体を、微かに傷付けることも出来ない。
「こんな剣、知らん。見たこともない……。血の匂いもせん優男の剣じゃない……ッ!」
そう呟きながら、以蔵の目は離さずずっと相手を見つめ詰め続けていた。
不気味という次元ではない。ゆえに小次郎は素直に首を傾げた。
「はて、それを言うならばこちらも戸惑いが隠せんよ。その首、すでに二、三と言わず九度は落としたつもりなのだがな」
小次郎は戸惑っているという割に静かな声で、縦に、横にと流れるように剣を打ちこんでいく。そして二刀で以蔵はそのすべてを弾いていた。
二人の声以外に聞こえるのは、金属音のみ。
これほど不思議な剣舞はないだろう。お互いに必殺のつもりで剣を振り続けているのに、お互いに当らない。そして両名とも、その事実に焦ることなど欠片もなかった。
冷静に、冷酷に、必殺、必殺、必殺と必殺を繰り出し続ける。
吸い寄せられているように相手の首を狙い続ける小次郎の方が単調ゆえ、見切りも容易いかと言われれば否。狙いは明確なのに、太刀筋が鮮やかで翻弄されてしまうという連撃だ。
では以蔵はどうかといえば、こちらも手練れ。砂かけ、フェイント、一刀を鞘に納め、一刀に持ち替えてからは揺れる剣先が行動の前兆を惑わせ、果敢な一撃が相手の刀をへし折りかけ、片手平突きが喉へと飛ぶ。簡単にいうと変幻自在で、複数の剣術をごちゃまぜにしたような、しかしうまい具合に融合した独特の太刀筋は、敏捷ステータスで劣っている相手にも易々と食らいつけるだけの才能に満ちていた。
「当たり前じゃ。わしは剣の天才やき。おまんみたいな棒振りじゃなか! 本物の人斬りの剣じゃ!
外道じゃあ狗じゃあ言うてわしの事笑うた奴も、結局わしの腕にかかればイチコロよ。天然理心流、示現流、北辰一刀流、二天一流、巌流じゃろうが敵じゃない!」
拮抗した戦いは、しかし唐突に終わりを告げる。
佐々木小次郎になくて、岡田以蔵にはあったもの。
超人的で、例外すぎる存在ゆえに、所有していなかった”それ”が、ついに牙をむく。
「――――おまんの剣、覚えたぜよ」
小次郎は一瞬、眉をひそめる。
そして次の瞬間、自分の首へと吸い寄せられるような一閃を目にした。
「ほう、これは――」
なにかを言う間もない。次の一閃、次の一閃が佐々木小次郎の首へと襲撃した。
それは間違いなく、
それを直感とセンスで弾いていくも、頬を、首の皮膚を、刃が掠めた。小次郎は、湿った感覚は確かにあり、つまり今自分は出血しているらしいと、一拍遅れて理解する。
あとは以蔵の独擅場だった。自在に振られる剣は巌流などではなく、己の剣。未知の経験に、対人経験のない小次郎はどんどん追い詰められていく。精神が落ち着くにつれて被弾は減ったものの、しかし自分が攻撃するたびに攻撃の精度が上がるのだ。これではどうしようもない。
これが岡田以蔵の宝具『
一度見た相手の剣技を再現するという異能である。効果そのものは地味。銃火器を乱射出来たり、龍を従えたり、防御無視の槍を振り回したり、まして牽制の一撃で相手を倒せるだとか、火やビームが出るわけでもない。
ただ、相手の剣技を、真似るだけ。
普通ならば、外れの類の宝具だろう。模倣できる範囲が狭いうえに、効果も相手に並び立つのが限度。神由来の兵装や魔術や精霊の加護を用いた兵器などが相手であれば、全く歯が立たない。
しかし。だがしかし。相手が剣士ならば効果は絶大だ。自分の剣を瞬時に模倣するという突飛さに加え、技を見せれば見せるほどに強くなっていくのだから。剣技頼みの相手にとって、これ以上恐ろしい相手はいまい。
しかし普通ならば一太刀でも見れば完全再現が可能だというのに、覚えるのに時間をかけてしまったという点においては、佐々木小次郎もただものではないということだろう。
スキル、宗和の心得(B)。
小次郎は同じ技を何度仕掛けても命中精度が下がらない特殊な技法――つまり、相手に攻撃を見切らせないスキルを保有している。そのスキルによる妨害を受けながらも、観察を続けた結果が今の戦況である。
くわえて、岡田以蔵には、
――人斬り(A)。天誅の天才と呼ばれた岡田以蔵の持つ、対人型特攻。一度も人を斬ったことのない佐々木小次郎はもたないスキルであり、ゆえにこの場で大きな差として機能するのだ。
人間である限り、そして剣客である限り、以蔵の剣からは逃れられない。対人戦の有無が、密度が、血を浴びた回数が、桁外れの差となって小次郎を敗北へと追いやっていく。
「どんなもんじゃ。わしにかかれば、おまんもしょせん、敵じゃない。
佐々木小次郎、敗れたりィ!!」
以蔵の叩き付けるような一撃を受けた小次郎は吹っ飛んでいく。幸いにも直撃はしなかったが、地面を転がった弊害か、足がふらついてすらいた。
岡田以蔵の剣才は、最強の剣士を確かに追い詰めたのだ。
「これで―――」
ゆえに歓喜に振るえばがらも落ち着いて、とどめの一撃を放ちに行く。
相手の懐へと素早く飛び込み、その首を落とす――直前に。
小次郎は構えた。
以蔵には見せなかった構えで、いつも通りの涼しげな顔で相手を見ている。
小次郎にはなかったものがあるのだから、当然、以蔵にもなかったものがある。
そして以蔵がそうだったように、小次郎にはあったがゆえ、この場の戦局を大きく動かした。
「秘剣」
小次郎がつぶやく。
以蔵は小次郎を刃の射程に収めた。
「仕舞いじゃぁぁぁあああッ!!」
刃が振り上げられる。光を反射する白刃が振り下ろされる、その直前に。
「―――燕返し」
以蔵の刃は、一歩届かなかった。
「言ってなかったが、私は生前、燕を斬るのに執心してなあ。以降愚直に、棒振りなぞしていればいつの間にやら、佐々木小次郎の名を受けていた」
峰を肩に乗せ、長刀を握る剣士――伝説の佐々木小次郎と
「これぞ我が秘剣、燕より早い斬撃を三度重ねる『燕返し』。
私にはおまえのような宝具はもたないが、その域に達した剣、対人魔剣をもっていたのだよ。こちらが佐々木小次郎を名乗るのであれば、警戒しておくべきであったな。
――岡田以蔵、敗れたり」
光狂いのオラオラァ! みたいなバトルじゃないんですけど、たまにはこういうバトルも楽しいものですね。