現代のうちはマダラは意外にも読書家だ。
バーベキュー大会を終えた週にマダラは借りていた本を返しに図書館へ行った。
家から一番近い図書館は町の中でも大きい。
こういう時に着いてくるイズナは学校の友達と遊んでいて、下の弟たちはそこまで本に興味がないため、マダラ一人で来ていた。
「『ぼくらの七日間戦争』はなかなか面白かったから次の巻を……ん? どれが次か分かりづれーな……」
児童書コーナーで顔をしかめながら本を見比べるマダラ。
その横から「げっ」と声がした。
隣を向くと、思わずマダラも「げっ」と声を出してしまった。
「なんでオメーがいるんだよ、扉間」
「ここが一番大きい図書館だからだ。貴様こそ本を読むようには見えない面をしているくせに……」
「ああ? 出会い頭に喧嘩売って来てんじゃねーよ。ったく、柱間はどこだ?」
「兄者は来ていない。俺だけだ。そっちこそイズナたちはどこだ?」
「あいつらも来てねーよ」
「…………」
「…………」
お互いに柱間を通しての繋がりなため、肝心の柱間がいないとどうにも気まずい。
マダラは前世の記憶がある分よけいに。
「……二作目を探しているなら、『ぼくらの天使ゲーム』だ」
「ん? ああ、ほんとだ。…………」
扉間の言う通りなのは確認できたが、やはり前世の記憶が邪魔するのか素直に礼を言う気になれないマダラ。
代わりにガンつけしていたら、扉間が抱えている本に気づいた。
「お前、ミステリーが好きなのかよ。血生臭い奴め」
「何を読もうと俺の勝手だ」
「しかも江戸川乱歩か。俺はアガサクリスティーの方が好きだな」
「貴様もミステリーを読むなら血生臭い奴だな」
「フン」
それに関してマダラは否定する気は無かった。
そんな彼に扉間が尋ねた。
「しかしだ。まさか兄者のように一番最後から読むなんてしていないだろうな」
「はあ? んなバカなことするわけねーだろ! というか柱間の奴……そんな読み方してんのか?」
「初めの人物紹介だけ読んで犯人が誰か予想し当てるゲームを勝手にやっている」
「あのバカ。本にまで賭けみてーな楽しみ方持ち込みやがって……」
呆れるマダラに扉間も同調した。
そして再び訪れる沈黙。
マダラはなんだか気まずくなり、自分が読む本を取って立ち上がった。
「さて。俺は弟たちに読む絵本も選ばねーといけねーな」
「絵本の読み聞かせをしているのか? 貴様が?」
「ああ、末っ子はまだ三歳だから字を読むのに慣れてねーんだよ。その割に俺が読み聞かせすれば静かに聞くからな」
「…………バーベキューの時にも思ったが、貴様ら兄弟は過保護だな」
「ああ? 文句あんのか? 弟たちを喜ばせたいと思うのは兄として当然だろうが!」
「い、いや……文句を言っているわけではない……ただ、俺ら兄弟とは異なるから驚いただけだ」
イズナ以上の剣幕でまくしあげてきたマダラにさすがの扉間もドン引きした。
マダラも本気になりすぎたと恥ずかしくなり、その場を去った。
扉間もついては来ないけれど、児童書コーナーというのはそう大きい場所ではない。
本を読もうと席に着けばお互いが目に付く。
かと言って、大人たちがいる場所の席に移動するのも癪だ。
扉間はマダラを気にしない方向で落ち着いたようだが、マダラは繊細な性格のため、気になりつつも動きたくない、というどうしようもないモヤモヤに陥った。
――こうなりゃ、さっさと家に帰るか。やっぱ弟は俺の弟たちに限る。
マダラは自分用の本と弟たちの絵本をささっと借り、外へ出た。
が。
「待て!」
「なんで追いかけて来るんだよ!」
扉間はすでに本を借りていたようで、マダラが出るのに気付くやいなや追いかけて来た。
警戒モードで待つマダラに扉間は険しい顔で尋ねた。
「貴様に聞きたいことがある。兄者が最近、今まで以上に変なのだが……なにか心当たりはないか?」
「はあ? そんなの俺が知るわけねーだろ」
「いや。貴様と知り合う数日前から変だとは思っていたが、貴様と親友になってからはさらに変になった」
「……」
ようやくマダラは原因に気づいた。
――記憶が戻ったからか。柱間の野郎、弟に気取られるへましやがって。
マダラは顔をしかめた。
「あのな。俺は変になった柱間しか見てねーんだから分かるわけねーだろ。なんか変なもんでも食ったんじゃねーか?」
「そういう意味ではない。そもそも、兄者はこれまで友人の誰も親友とは呼ばなかった。なのに会って数日の貴様をそう呼ぶなんて何かおかしい」
「気が合うのに日数なんざ意味はねーよ」
「そもそも、父上たちも急にお互いの一家を誘うのも妙だ。まるで貴様らが会うのを待っていたかのような周到さ……本当は貴様と兄者、もっと昔にどこかで会っていたのではないか?」
扉間の核心をつく質問にマダラはジト目になった。
――あーーー、柱間の奴がちゃんと誤魔化してねーから俺のとこに聞きに来ちまったじゃねーか。柱間め……
なお、イズナも扉間のように不審に思っていたものの、マダラとタジマがどうにか誤魔化したので一応は納得してくれた。
元々イズナは協調的な子のため、兄と父の言葉を素直に信じることにしたようだ。
この時のマダラとタジマの心は大いに痛んでいた。
「どうなんだ? うちはマダラ」
柱間と仏間親子はどうやら誤魔化しに失敗したのか、そもそも誤魔化しもしていないのか、扉間が疑りぶかいのか、マダラはそのどれもありえるなと思いつつ尋ねた。
「柱間とお前の父親はなんて言ってたんだよ」
「フィーリングが合ってビビッと来た、なんてふざけたことを言っていた」
「……」
マダラは叫び出したいのを必死で抑え、代わりに心の中で叫んだ。
――柱間ァ! そんな説明でこいつが納得するわけねーだろうがァ! 親子そろって何してんだァ!
怒りで顔をピクピクさせながら答えた。
「元々、俺らの父さまたちは面識があったけど、子供同士で気が合うか心配だから家族ぐるみの付き合いは考えてなかったらしいぜ。だからこそ、俺と柱間の気が合ったのを見て父さまたちもちょうどいいと思って誘ったんだろ。お前の父親がそこまで考えていたのかは知らねーけど」
「そうだな。父上の方は本当にフィーリングが合ってビビッと来ただけなんだろう」
「ああ? 納得してんならなんで俺にまで聞いたんだよ」
「貴様が兄者と親密になった理由を聞いていない。そっちは?」
――コイツ、聞けばなんでも答えてもらえると思ってんのか? 裏でコソコソされない分、前よりは分かりやすくていいけどよォ……
マダラは複雑な気分になりながらも言った。
「俺も柱間も弟をたくさん持つ長男だ。このご時世、四人以上の兄弟ってのは珍しいだろ。だから気が合っただけだ。もしかしたら俺らが赤ん坊のころに父さまたちが会わせたこともあったのかもしれねーけど覚えてねーよ」
「……なるほど」
どうやらこの説明で納得したようだ。
イズナにも使った言い訳が扉間に効いたことにホッとしつつ、マダラは立ち去る準備を始めた。
「もういいだろ。それ以上気になるならもう一度柱間か父親にでも聞け」
「いや、十分だ。俺の家はともかく、貴様の家まで乗り気だったのが気になっていただけだからな」
「はあ? それなら初めっからそう聞けよ」
「もしも貴様が兄者のストーカーだとしたら、素直に聞いてもロクに答えるわけないだろう」
「俺が柱間のストーカー? ふざけんじゃねーよ!」
「ああ。この問答にそこまでの動揺は見られなかったから違うみたいだな」
――こいつ、カマかけてたのかよ。
マダラの怒りはさらに高まったが、どうにか抑えた。
――まあ、さすがのこいつも前世が忍者だったなんざ思いつかねーか……
忍者の前世は隠し通せたのでそれでどうにか留飲を下げ、マダラは家へと帰った。
「扉間! また図書館に行って来たのか? おっまたミステリー小説を借りたのか」
「兄者。頼むからネタバレだけは……」
「やや! こう来たか! まさか……」
「黙れ!」