公安所属のヒーロー志望は死に戻る 作:朱音
「ただいま、そろそろ雄英の入試結果出された?郵便物とか───」
血の、匂いがした。
錆びた鉄のような嫌な匂い、流し忘れたトイレのような汚臭、飽きるほどに嗅ぎ慣れた死体の匂い。
「あぁ、もう帰ってきたのか空道真里」
玄関を進んで突き当たりのリビングから人が出てきた、見覚えのないガラの悪そうな筋肉質の男が。
そしてその手に握られていたのはナイフ。
もうこの時点で完全に俺は理解していた、この場所でいったい何が行われてたのかを。
「なんだ、怯えて声もでねぇか?安心しろよ、すぐに両親と同じ場所に送ってやる」
トカゲのような形状で緑色の頭部、異形型の個性であろう彼ははこちらに近づいてきた。
不思議と冷静を保てていた頭蓋の内の脳みそは、次俺が取るべき行動を思考し出力した。
ここで外に出てダッシュで逃げれば俺は助かる、警察に駆け込めば
でも、それじゃだめなんだ。
「……俺は貴方のことを知らない、貴方がどうして母さんたちを殺したのかも知らない。だから、教えてくれませんか?」
「何言ってんだおまえ、頭おかしいのか?」
ポカンとした顔で殺人犯は俺を見ていた、あまりにこの場に似つかわしくない言葉だったのは俺も理解してる。
両親を殺した犯人相手に『目の前で動機は何ですか?』なんて聞くなど前世の俺ならば考えもしなかった筈だ。
「ただ、知りたいんですよ。どうせならハッピーエンドがいいでしょう?」
今ここで死に戻っても殺人は予定通り行われるだろう、来る時間がわかっているのだからそれを防ぐことは容易い。
でも、それじゃ
単なる金目当てならば一時防いでも同じことを繰り返すだろう、でも人間関係絡みならば殺人行為そのものを完全に回避することができるかもしれない。
俺の名前を知っているのだから後者の可能性は高い。
なら誰も捕まらず傷つかないエンドへ行けるかもしれない。
そうすれば俺はもっとカッコいい善人になれるかもしれない。
「……意味わかんねぇがまあいい。あのゴミクズのイカれ野郎の娘だ、クズは遺伝するしイカれは遺伝する」
ボソボソと聞き取れないくらいの声量で呟きながらこちらへ近づき、男はポリポリと鱗をかいた。
相変わらずナイフは握りしめたまま。
隙を見て逃げないかどうか疑っているのだろう。
だから俺は座った、そのまま地べたにペタリと座った。
「大丈夫、逃げないよ」
「……はっ、頭のネジが外れてんのか?逃げばワンチャン助かったかもしれないのに」
「逃げるとしても貴方の話を聞いてから逃げます。これでも昔は神父やってたこともあるんですよ?懺悔も悩みも殺人の動機もなんでもござれ」
一年にも満たない時間だったが、廃れた教会で神父の真似事をしていた時期がある。
誰かに感謝されるというのはなかなかに満たされるものだと、当時の俺は学習したんだっけ。
「どっちかっていうとシスターだろおまえは」
「神父の方が言葉がカッコいいでしょう。麻婆神父に首狩り判事、神父はみんなかっこいい。つまりカッコいい俺は神父を名乗るべきというわけです」
そういえば今世での性別は女だったなと当たり前の事実を再確認しながら相手の言葉を受け流す。
「ったく調子狂うわ。ま、今の俺は最優先事項であるおまえの父親の殺害をこなして気分がいい。目的くらいは教えてやるよ、冥土の土産にな」
胡座の体勢で座る俺の目の前まで男は歩いてきた、そしてナイフをいつでも振り下ろせる体勢へと移行。
そのまま彼は語り出した。
「おまえの両親、少し前から帰りが遅くなかったか?」
「……確かに帰りは遅かったですね。どうせ互いに夜遊びしてるんだろうとしか思ってませんでしたが」
両親は共働き、しかもどちらも高級取り。
借金しているわけではないんだからキャバクラ行こうがホストクラブ行こうが咎められるわけがない。
自分で稼いだ金を少なくとも今までは家計に影響を与えないくらいに使っているだけなのだから。
「いや、違う。おまえの両親が夜な夜な言ってるところは『黒山羊の集い』おまえ知ってるか?最近有名な異形排斥集団だ。もうわかるだろ?」
黒山羊の集い、名前だけは聞いたことがある。
ニュースでよく見る危険人物たちの名前だ。
噂では異形個性の子供を生贄に捧げてるとかなんとか。
実際に逮捕者も出ている組織だ。
まさかそこに両親が入ってるとは思いもよらなかったが、今思えば予兆はあったように感じる。
TVの山羊面アナウンサーをボロクソ言ってたり、真の人間とは〜なんて演説を俺にしていた。
しかも異形なんか〜なんてことを言ってたりもするし。
うん、逆になんで気づかなかったんだろ俺。
そこまで両親に興味がなかっただけなんて言えるわけがない
「まあ、今のご時世差別的な言い方にはなってしまいますが『異形』仲間の復讐、それか悪辣組織への正義気取りの天誅紛いってところですかね」
「前者だ、俺の仲間に蜘蛛みたいな頭をしたやつがいるんだがそいつが殺されてな。犯人は黒山羊の集いのメンバー、既に逮捕はされてるがそんなんで俺の腹の虫は治らねぇ。組織の全員を皆殺しにしてやろうってわけさ、人から離れた個性の持ち手の代表者として」
「……では何故俺も?俺はそんな組織に入っていませんが」
「クズの子供はクズ、クズが遺伝するのは当たり前だろ?悪の芽は摘んでおくべきだ」
なんの疑問も持っていないような目で、『赤信号では止まるべき』レベルの常識を説くような声音で、彼は語り終えた。
ああ、ダメだ、これは俺には変えられない。
目を見ればわかる、本気でクズの子供はクズだとそう思っている。
死に戻ったところで俺には彼は止められない。
殺人未遂の現行犯で警察に突き出すしか方法はない。
でも、全部知っていてそうするなんて到底善人とは言えない所業だ。
俺は良い人、俺は善人。
「ありがとうございました。最後に名前を伺っても?」
「クズには教えねーよ」
「そう、ですか」
勢いをつけて俺はたち上がろうとする、狙いは頸動脈。
一撃で全部を切り裂く、俺の首を切り裂く。
「では」
その言葉を放った瞬間、俺は相手のナイフを掴んで自らの首を掻っ切った。
何度も何度も味わった、死の香りが鼻をくすぐった。
───そして世界は巻き戻る。
スマホのアラームが鳴って、巻き戻った世界は正常に時を刻み始める。
見れば四日ほど巻き戻っていたようだ。
雄英入試の次の日というわけだ、せっかく頑張った入試をやり直さなくて良かったことに心の底から安堵しつつ立ち上がる。
いつもいつも死に戻った後は朝、目覚めの時間なのだ。
「今回の件、俺一人では手に余る」
ならばとっておきの助っ人を呼べばいい。
彼が異形の代表というのならそのアイデンティティを奪ってしまおう。
黒山羊の集いレベルの案件にあの男を呼ぶのは流石に過剰戦力だが、今の俺にとってはそれが最善手段。
こんなことを考えてる時点で俺が望んでいるのは『相手も含めたハッピーエンド』ではなく自己満足なのでは?。
「彼らには貸しが山ほどある、少しくらいは返してもらわないと」
スマホの電源をつけて電話をかける。
通話相手はかつて裏社会に君臨していた魔王。
とある事件をきっかけに国家の軍門に下りこの国の切り札となった男。
「秘匿されし公安のジョーカー、AFO。貸して下さい貴方の力」
そして数度のコールの後、電話が繋がった。
オリ主の言葉と内心は乖離していることが多々あります。
そこまで綺麗な人間じゃないので。