いえ、お待たせしすぎました。。
あたたかな夕日が差し込み仄かに赤みを帯びるボウルジム。
夕焼けと同じかそれ以上の朱色を頬に帯びる、なんとも庇護欲と嗜虐心を煽る美少年はいったい誰か……。
ーーーそう、ボクである。
……ボク、なんだよなぁ。
「と、とにかく! ジムチャレンジはクリアしたんだから次に進ませてよ!」
べ、別に全然負けてないし! 恥ずかしかったりもしないから!
か、勘違いしないでほしいねっ!
「はい、ジムチャレンジ突破、おめでとうございます!」
うぅぅ……お姉さんの視線が生暖かい……あとこう、湿度を伴ってる感じがする。
「流石ですね! 天才ジムチャレンジャー様!」
「おいっ! バカにしすぎだぞさっきからー!!」
ムキー! もう怒った、絶対に許さない。
ま、とはいえ何かできるわけではないんだよなぁ……。
これがジムリーダーならバトルでボッコボコのボコにしてうあればいいだけなんだけど、ジムの受付のお姉さんをわからせる手段とか無さすぎる。
何か吹っ掛けても業務がありますのでという無敵ワードに勝てないし……ぐぅ。
それをこいつもわかってるのか。
「あらあら、だったらどうするんですか?」
「うぐぐぐぐぐ……」
これである。
ていうかこのおねーさん、ずっと目が怖いんだよ。
完全にこちらを愛玩動物として見てる。
間違いない、この人は
しかも最悪なことに、すでに格付けで敗北している……っ!
「……は?」
まて、今、ボクは何を……。
このボクが、敗北を認めている?
「ふふっ」
焦るボクの様子を見て、口元を歪ませるお姉さん。
くそ、まずい。
このままだと今回の勝負だけではなく、心まで
なんとか、なんとかボクの中で納得できる"勝ち"を……!
はっ閃いた!!
お姉さんはここボウルジムに属する社員、そしてそれはジムリーダーも同じ。
組織体系的に、ジムリーダーがお姉さんの上司にあたることは間違いない。
ならば……お姉さんに役職で買っている上司、つまりジムリーダーに勝てば、それは実質お姉さんに勝ったともみなすことができる……っ!
か、完璧だ……。
ふっふっふ、我ながらロジカルで完璧な理論。
この絶望的な状況で逆転の方程式を導き出すことができるなんて、ボクってばどこまでかしこいんだろう!
「ふっふっふ、ふっふっふっふ、ふっふっふ」
"詰み"を回避できたからか、自然と余裕もできてきた。
いや~、やっぱりボクが負けるなんてありえなかったね、うん。
ま、これはほら、あれだよ。
お姉さんに一度花を持たせてあげた的な? うん、そうそう。
こんな子供に何もできず負けたんじゃかわいそうだからね、いや~ボクってばなんて慈悲深い!
「(この子、ずっと一人で百面相しててかわい~)」
「……今なんかすごい失礼なこと考えなかった?」
「いえ、なんでも?」
怪しい……。
じーっと見つめるも、帰ってくるのはパーフェクトな営業スマイルのみ。
ふん、勝った気でいられるのも今だけだからな。
「それで、ジムリーダーはどこに?」
「センターコートにてお待ちです」
よし、それではいざ! 決戦の地へ!!
□■□■□■□
「やっぱりキレーな景色だなぁ」
ボウルジムを出て、街の風景を眺めながらどデカい風車が目印のセンターコートへ向かう。
沈みかけている太陽が街中を赤く塗りつぶす中、点在するオブジェが、生い茂る自然が、建ち並ぶ建物が、優しく世界を彩っている。
昼には我こそはこの街の主役であるとばかりに色彩を振りまき、暮れにはこうして夕焼けの赤を引き立たせながら街に寄り添い、星降る夜は色を伝える光が減ることで眠りについたように目立たずただそこに在る。
どの時間でもこの”ボウルタウン”というキャンパスを煌びやかに彩る緻密な色彩感覚と配置は、見え方が常に変化する外展示の”正解”を見せられている気分にさせてくれた。
「どんな人なんだろうな、コルサさん」
写真とインタビュー記事は見たことがあるけど実際に姿を見るのはこれが初めてだし……ふふ、楽しみだなぁ。
ここまで激しさと優しさを両立させた素晴らしい作品を生み出す方なんだ、きっと知的で奥ゆかしい、素敵な人なんだろうなぁ。
「ワタシを呼んだかな?」
びゅうと、大きな風が吹いた。
それに乗せて、どこからか声が響く。
しかし声の出どころを探り辺りを見渡しても、それらしい影は見つからない。
「いったいどこから……」
「はーっはっはっはっ! ここだ! 若人よ!」
これは、上?
まさかと思い、そびえたつ風車の屋根の方を見やると……逆光によりシルエットしか見えないが、間違いなくそこには人が立っていた。
えっちょ嘘でしょ!? あそこ目測でも10mはあるんだけど!?
まってまって嫌な予感がするまさかまさか……。
「とうっ!」
と、とんだーーーーーーーーーー!!
「げふっ」
お、おちたーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!
「………かふっ」
めちゃくちゃお腹から落ちてたんだけど、え、生きてる??
……ねぇピクリとも動かないんだけど!
そりゃそうだよあの高さから落ちたらポケモンだってダメージ喰らうんだからさぁ!
えっちょっとどうしようまずポケモンセンターに連絡して……。
「くっ、くくくっ」
ん? 今何か聞こえたような……?
「くくくっ、ふふふふふ……」
ていうかこの人、まさかとは思うけど……いや、そんなまさか。
「はーっはっはっはっはっは!!」
「うひゃぁ!?」
びっっっっくりした何今の明らかに人間じゃない起き上がり方したんですけど!?
こう、ぐいんって! ぐいんっっって!!!
「くくくっ、すまない、驚かせてしまったね」
慌てふためくボクを他所に謎の人はぱっぱっと服についた埃を払うと……ポーズを取った。
「実に……実にアバンギャルド!」
こう、バァァァァァァン! みたいな効果音が付きそうなやつで。
そしてポーズを取ると同時に、これまで見えなかった謎の人の顔があらわになる。
……どうしよう、すごく見覚えがある。
いや、きっと他人の空似だよそうに違いな。
「ワタシはコルサ! ここボウルタウンのジムリーダーだ!」
コルサさんだったーーーーー!!
……ま、芸術家とはかくあるべしって感じではあるよね、正直。
うん、最高にぶっ飛んでる。しかも文字通り。
正確にはぶっ飛んだ、か。
「君のことは友人のハッサクから聞いているよ、迷いのない……無さ過ぎて危うさすら感じる線を描く生徒だと」
「えっあの人と友達なの!?」
我がオレンジアカデミーで美術教師をやっているハッサク先生、どちらも芸術に関する職についているとはいえあの堅実なハッサクさんとこの奇天烈フライングマンが友達なのはいが……いや、ちょっと待てよ。
ハッサクさんを目の前のコルサさんと並べて脳裏に浮かべる。
ほわんほわんほわん……。
『『はーっはっはっはっはっは!!』』
……いや意外でも何でもないな。肩組みながら高笑いしてお酒を酌み交わす姿が見える見える。
「今朝描いたという君の絵、見させてもらったよ」
「ホント!?」
描いたの今朝なんだけど、耳はやすぎない?
それよりあの希代の天才芸術家、コルサさんに直接絵を見てもらえるとか……やっぱりボク日頃の行いがよすぎるんじゃないか?
これもみんなが手を抜きがちな美術の授業にも全力で取り組んでおいたおかげ、やっぱり持つべき物はコネだね!
「ポケモンとの絆がビシビシと伝わってくる実にアバンギャルドな一枚だった。あれを描くのは最高に楽しかっただろう」
君からポケモンへの愛も、ポケモンから君への愛も、ハッキリと感じられたよと続けるコルサさん。
「君は間違いなく、ポケモン達を心の底から愛している……それと同時に、人間のことはそこまで信用していないのではないか?」
「……へぇ」
コルサさんの瞳に燃える、ギラギラとした芸術家の魂。
ボクの表面から内の内、ボク自身すら知らないところまで見通さんとするその瞳に、自分が今『取材』されているんだと理解する。
……ふふ、面白い。
このボクを題材にするんだ、生半可なものは絶対に作らせないぞ。
「あぁいや、別にそれがいい悪いという話ではない。ワタシだって売れる前に散々こき下ろしてくれたくせに今じゃあワタシを持て囃す自称芸術評論家共はクソ喰らえと思っているタチだ。反骨精神大いにアバンギャルド」
なんだ大いにアバンギャルドって。
「君がポケモン達に感じているのは慈愛か、友情か、それとも憧憬か。きっとそれは人間相手に感じているソレと対を為すものであり、最も欲しているものなのだろう」
「たったひとつの言葉でボクの彼らへの想いを言い表せるなんて思わないで欲しいな。大体」
「ふむ、なるほど……君は”特別”すぎるからこそ、誰の”特別”にもなれないでいるのか。難儀なものだ」
「っ!」
ボクの言葉を遮って放たれたソレに、思わず言葉が詰まる。
「人というのは往々にして他人を見るときにその人物そのものよりも立場や実績を見るものだ。だからこそ君は君自信を見てくれる小さな友人を愛し、何もわかっていない隣人共を見下している」
「ま、大体あってるよ。ちょっと癪だけどね」
こちらの返事を聞いているのかいないのか、コルサさんは題材の分析を続ける。
「天才でいるのは疲れたか? 勝利の美酒は飲み飽きたか? 神に愛され過ぎた時代の寵児、負けたがりの幼き王よ」
……本当に、芸術という悪魔に魅入られた天才というのは恐ろしい。
「へぇ、絵を見ただけでそこまでわかるんだ」
「ふ、これでも画家の端くれだからな」
そう言ってニヒルに笑うコルサさんからは積み上げてきた実績と己の眼への圧倒的な、ボクみたいな薄っぺらいものとは違う確かな自信が感じ取れて……あぁクソ、カッコイイな。
「でも、その程度でボクのことが分かった気になられちゃ困るんだよね」
粟立つ心に蓋をして、いつも通りの目元を細めて口角を上げながら腰のポーチに手を伸ばす。
「やっぱり最後は、これで語らおうよ!」
「くはっ! そうこなくては!! やはり君は本当にアバンギャルドだ!」
二人で見つめ合い、獰猛な笑みを浮かべ合う。
さて、久しぶりに出会った本当にカッコイイ大人だ。
「悪いけど、ボクが勝利に飽きることなんてあるワケがない……泥水啜って生きるくらいなら、飲んで喰らって味わい尽くして! 急性アル中で死んでやるさ!」
カッコいいまま倒してあげようじゃないか!