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「しゃ、シャカールさん……!」
「どうかしたか?」
「とっても、お似合いです……」
「……おう」
「お気をつけて楽しんできてください〜……」
「……ああ」
ドトウとそんなやり取りしながら
オレは寮から出て行く。
待ち合わせ場所を目指して。
「あ!シャカール!おーい!」
学園の正門前で待っていたファインが
手をブンブン振ってやがる。
”とびきりのオシャレをして私とデートしなさい!
待ち合わせは学園の正門前でね!”
それが殿下サマのご指示だった。
「……ン」
「そこは”まった?”と言うのが作法ではなくて?」
「ハァ……オマタセシマシカ−」
「いま来たところだよー!」
しょうもねー。
それに付き合うオレはもっとしょうもねーが。
「つーか、オレがお前の部屋に迎えに行けば
こんなクソ寒い中で待つ必要なかったろ」
「まぁ!シャカールたら優しい!
お迎えに来てくださるつもりだったなんて!」
「無駄な事がきれーなだけだよ」
「”こないのかな?” “はやくきてほしいな”
ってドキドキしながら待つのがデートの醍醐味って
マヤちゃんが教えてくれたよ」
「それが無駄なんだよ」
「確かにそうかも。
シャカールは絶対に約束を守ってくれるからね」
アイツはいつものニヤけた顔をオレに向けていた。
臓物がムカムカしてきやがる。
正月明けの食堂でアイツはいきなり
「今年の誕生日プレゼントはシャカールの一日をちょーだい!」
なんて言ってきやがった。
断ろうとするとアイツは
「無理なら誕生日パーティに!monadさんを呼ぼうかなー」
とか脅迫してきやがったから仕方なくファインの誕生日の翌日
1月28日土曜日。つまり今日コイツと付き合う事になっちまった。
「さっさと行くぞ」
「はーい!」
※
「おい。なにしようとしてる」
「なにって、これはデートでしょ」
学園近くの公園へ寄り道がてら歩いてると
ファインのヤツがオレの腕に抱きついて来やがった。
「やめろよ。みっともない」
「今日一日はキミは私のモノだよ?」
「ハァ……」
振り払うのも面倒だ。
このままにしといてやる。
たった数時間の辛抱だ。
つーか
腕を掴んで歩くだけで何がそんなに楽しんだよ。
人を小馬鹿にしたように鼻歌まで奏でやがって。
よっぽど陛下サマは娯楽に飢えてんのか
あるいは娯楽に飽きて酔狂な事しだしてんのか
三年以上コイツを見てきたが
コイツの事は何もわかっていねぇし
コイツの考えを理解できる日なんてこねーんだろうな。
不意に横切った男が驚いた顔をしてやがった。
そうだ。陛下サマはもちろん
オレもそれなりには有名だったな。
いつものコイツのノリで麻痺してたけど
今のオレらは好奇の的でしかねーな。
不良準三冠バと異国のお姫様がツルんでのは。
その証拠にあの男も露骨に電話をするフリをして
スマホのレンズを向けてやがる。
オレはどーでもいいが、コイツには立場がある。
どう威嚇すンのが妥当か考えていると
いつもの隊長サンがオレ達と男の間に立っていた。
「お控えください」
隊長サンの一言で男は怯えた声で謝りながら逃げ出した。
「いつもありがとうね」
ファインの声で隊長サンはこっちに振り返り頭を下げる。
オレも反射的に頭を下げ返していた。
仕事とはいえコイツに付き合わされるのは同情しちまう。
給料すら出ねぇオレが言うのも難だが。
「それで、この先にみんなが話してた屋台があるの!」
そんなオレらの事情を1ミリも気にする事なく
コイツは気ままに有限の自由を楽しんでやがる。
そんな殿下サマのご提案によって
目的地の途中にある公園で遅めの朝食をとることになった。
特に拘りもねぇオレはファインと同じモンを食う事にしたが……
「どー考えても、硬くて分厚いバケットで
サンドイッチ作るのはおかしいだろ……」
「ボリューム感があっていいと思うけどな」
口を大きく開けんのもメンドクセーし
中身の具が柔らかいからパンに潰れてはみ出るし
どうやっても食い辛くて仕方ねぇ。
最初は上のパンだけを少しづつ齧っていくのがいいの?
悪戦苦闘してるオレをファインは笑顔のまま見てやがる。
「シャカールの食べ方。かわいいね」
「るせー。黙って食え」
※
無駄な寄り道をやっと終えて、オレらは今日の目的地。
学園からそう遠くない水族館に来ていた。
殿下サマ曰く、ここいらで定番のデートスポットらしい。
はしゃぎまくるアイツに付き合いながら
オレも展示された魚たちをぼんやりと眺めている
極小の海を泳ぐコイツらの境遇は
オレとアイツ。どっちに似てんだろうな。
……クソ。
今日は妙な思考ばかり浮かんじまう。
勝手に居心地が悪くなって水槽から目を離すと
オレの近くにアドマイヤベガがいるのに気づいた。
「……どうも」
オレはとりあえずの会釈でその場を誤魔化す。
一応、担当トレーナーは同じではあるんだが
互いに人間関係は不干渉が基本という考え方だからか
直接、話をした記憶は無い。
『とてもお強くて、とてもお優しい方』だとドトウから聞いてはいるが。
オレとアドマイヤベガは一定の距離を保ちながら
同じように水槽の前をなんとなく立っていた。
周りの客が騒ぐ中でオレたちだけが静寂さを共有している。
そんな中であっちの方から言葉が出てきた。
「シャカールはここに一人で?」
「いや、付き添いだ」
「そう」
「そっちは」
「私も付き添い」
あの芦毛のヤツにだろうな。
よく絡まれているのを見かける。
あの手の連中の悪趣味なのは共通してるみてぇだ。
「いつも誘いを断るのは悪いと思って」
「こっちは誕生日プレゼントの代わりで仕方なく」
「お互い大変ね」
呆れた物言いだったのに限らず
横目で見たその顔は何処か嬉しそうにも見えて
もしかしたら、水槽に映るオレも
同じような表情になっているかもしれねぇ。
「おまたせ!シャカール!」
オレの思考の歪みはいつもの呼び声でかき消された。
不機嫌そうな表情を再構築しながら
振り返ると、そこには当然アイツがいた。
あの芦毛のヤツと一緒に。
「アヤベさん!シャカールさん!
あそこで一緒に写真を撮りましょう!」
アドマイヤベガの口角が一気に下がる。
その姿にシンパシーってヤツを感じちまう。
「ごめんなさい……巻き込んで……」
「……慣れている」
その後、オレたちはダブルデートの記念とか抜かした
写真をネットに上げる事だけは止めさせれた。
※
赤と紫のグラデーションで染まった空の下
オレたちは学園への帰路についていた。
「今日はありがとうね!シャカール!
水族館も楽しかったし!
教えてくれたラーメンとっても美味しかった!」
「だから、ネットの知合いが薦めてきただけで
オレが調べたワケじゃねーよ」
「それでも新しいラーメンをシャカールと
一緒に食べられたのは嬉しかった!
キノコもダシに使っているのはビックリしたよー!」
よくわかんねーけど
満足していただけましたから
これでオレはお役ゴメンだな。
ようやく。
「今日も楽しかったなー……」
「そりゃよーござんしたね。
じゃあな」
「あ、まって!」
アイツは手を自分の腰に回して
目をつむりながらその顔をオレの方へ突き出す。
「……いい加減にしろよ」
「今日のプレゼントのお礼じゃないけど
シャカールの好きにしていいよ」
このままコイツを置いて行っちまえば
少しは腹の虫も収まるかもな。
一人で凍えちまう陛下サマはさぞ滑稽だろうな。
そう考えているのに
何故かオレの手がファインの肩を掴まえている。
いまさら怖がって逃げ出さないように。
そんな体の良い言い訳をせっかく思い付いたというのに
オレの指がファインの服に大きなシワを作っている。
怖がっているのはオレの方じゃねーか。
情けねぇな。
「大丈夫。私はいるよ」
いつまでだよ。
オレは目をつむりながら
ファインの減らず口を塞いだ。
止め処なく湧き上がるノイズから逃げるように。
自分が閉じ籠った暗闇と肌寒さの中で
ファインの熱だけを感じている。
……この時だけはただ
感じていたいだけなのに
余計な思考が邪魔をしてきやがる。
この熱も、いつか消えちまうんだろうな。
オマエにオレは必要無い。
オレが居ても、居なくても
オマエはオマエの道を走り続ける。
だったらよ
最初から与えんな。
子羊どもを玩ぶ神サマきどりかよ。
ざけんじゃねえよ。
ファインモーション。
オレの方から熱と暗闇を手放すと
そこに緑と金色の狭間に立つ色が広がる。
ファインがオレをじっと見ていた。
ファインの瞳の中にオレは居た。
「今日は本当にありがとう。
じゃあね。シャカール」
アイツはオレの手から空気の様にすり抜けて
自分の部屋へと帰っていった。
オレの手にはもう何も残っていない。
「化かされたってヤツか……」
オレの独り言を否定するかのように
その唇にはまだ熱が残っていた。