いや、踊りやがるのだ。奴らは。
打ち鳴らされるのはコンガだ。軽妙なのか、それとも珍妙なのか、それは暗闇の中でリズムよく打ち鳴らされていた。
それは民族的と言うより、蛮族的なのだろうか。パーカッションなどと言う言葉が絶望的なまでに不似合いな雰囲気を持っていたと言ってもいい。
おどろおどろしい不気味な雰囲気という訳ではない。恐ろしいだとか、不気味だとか、どういう訳だがホラーとは無縁の雰囲気を醸し出していた。
暗闇の中でただ、一定のリズムと一定の音量でループする打楽器の音は、どういう訳だか、奇妙な雰囲気だけを演出していた。
そこに重力があるのか、無重力なのか、どっちが上で、どっちが下なのか、そこが灯りがないから暗いのか、それとも純粋にそこが黒いのか、それすら分からない場所だった。
そんな場所に、彼女は居た。
空色の髪を靡かせるウサギ耳の少女だ。名前を華鏡よさり、所謂Vtuberである。
ホラー耐性がまるでない事で知られる彼女が真っ暗な中で何も感じられていないのは、状況がまるで理解できて居ないからなのだろう。
「カ マウ‼」
『ヒ‼』
そんな中、真っ暗な空間に突如として奴らが現れた。
ピタリとパーカッションが止むと同時に、全身黒の集団が現れる。
頭がエビフライの黒服達の集団だ。一体何時からそんな事になってしまったのかは、今となっては解明する手段などありもしないが、発端は自己紹介動画で『エビFly』発言をしてしまった事が原因なのだろう。そこからリスナー達は頭にエビフライを被り、黒服に袖を通すようになってしまったわけなのだが……
(あ、夢だコレ)
華鏡よさりは理解した。これがまごう事なき夢であることを。
目の前にいる黒服ら十数人だか数十人だかの面々は揃いも揃って同じ格好をしている。さらには「俺たちオールブラックスですがなにか」みたいな雰囲気を醸し出してハカを踊ろうとしている。
まずある訳がないのだ。
頭がエビフライのスーツ姿の黒服達が息ピッタリにハカを踊りだすなどということは。
『アキア ネ オキ‼』
目の前でリスナー達がハカを踊っている。
ラグビーの試合などで見るハカはあんなにも迫力に溢れているというのに、なぜこんなにもシュールなのだろうか。
時折窓ガラスを突き破って突入してくることもあるこの黒服達はゴリラのような体系をしている訳ではなく、揃いも揃って華奢な体型なお陰で、似合っていない。だが、統率力だけはあるせいで、まるで乱れる様子が無い。綺麗に揃って居るのだ。
『カマテ‼ カマテ‼』
『カ オラ‼ カ オラ‼』
それはもう酷い合成映像の様だった。
いや、何故か後ろにラジカセが置いてあり、そこから爆音でハカが流れているため、目の前のエビフライの黒服共は声を張り上げているのではなく、ラジカセから流れてくる音声に合わせて踊っている。
手を膝に打ち付け、それはもう豪快に踊っているというのに、音源がラジカセから流れているというのが、何とも哀愁を漂わせる。
『カマテ‼ カマテ‼』
『カ オラ‼ カ オラ‼』
勢いに任せて踊っているが、この真っ暗な空間で何故ハカを踊っているのだろうか、このエビフライたちは。
ニュージーランドで養殖されたこのエビ共はどこから湧いてきたというのだろうか。エビと言うのならば、マングローブ林なのだから、インドネシアのケチャでも踊ろうというのだろうが、それはそれで華鏡よさりは嫌だった。
というより、頭エビフライの黒服に360度取り囲まれてケチャを連呼されるのはより恐怖なのだろう。ラグビーだって、シピタウやハカは踊っても、呪術的な踊りはしていないのだ。
『テネ テ タガタ プフルフル』
『ナナ ネ イ ティキ マ』
『ファカフィティ テ ラア』
『ア ウパーネ‼ カ ウパーネ‼』
夢は記憶の整理と言われているが、これは悪夢だ。何故背景も何もない場所でリスナーらにハカを踊られているのだろうか。一体どこからその文化を輸入しているのだろうか。
『ア ウパネ カウパネ』
『フィティ テ ラ』
『ヒ‼』
表情がまるで分らないというのに、ハカを踊れ終えた黒服達は何とも誇らしげだった。
しかし、1人の黒服がラジカセを止めてどこかへ持ち去って行くその様は、何とも残念極まりない。テレビで見るようなハカはあんなにも豪快で、カッコいいというのに、こんなにも締まらないハカは初めてだった。
茫然と、それはもう茫然と、立ち尽くし、唯々、唖然としている他なかった華鏡よさりは、言葉なく、ただそこに居る事しかできなかった。
一方のリスナーこと、エビフライ頭の黒服達はと言えば、ハカを終えると、何事もなかったかのように平然と整列し、一斉に綺麗なお辞儀をする。なぜそれほどまでに統率力に長けているのかはともかくとして、一礼すると、華鏡よさりを取り囲む。
「え、なに?」
それは一瞬の事だった。戸惑った様子を見せた華鏡よさりだったが、刹那の瞬間に担ぎ上げられ、胴上げをされた。
一度、二度、三度、そして、そこで夢が覚めた。
胴上げをされた勢いで跳ね上がる様にして、ベッドから飛び起きた華鏡よさりは思わず周囲を見渡してエビフライ頭の黒服が居ないかを確かめてしまった。
しかし、辺りは平穏そのもの、いつもの部屋だった。
そして思う―――
(悪夢だぁ)