死後の世界なんて妄想で妄言で存在しないもの。
それが私の自論だったのだが、どうやら外れていたらしい。
知らない部屋だった。
もし目を覚ますことがあるなら病院だろうと思っていたけど違うようだ。
ベッドに仰向けになっていたまま部屋を見渡してみると何処か可愛げな印象を受けた。
動物のぬいぐるみや大きなピンク色のクッション、着物用のハンガーラックには女子向けの服が掛けられている。
とてもじゃないが○歳男性の私が居るべき場所じゃない。
こんな所が死後の世界なのだろうか?
もしくは私は魔法使いだったのだろうか?
さようなら世界、そう呪文を唱えたからこんな場所に移動してしまった……なんて。
ここが死後の世界ならそれでいい、目的は達成出来たのだから。
もし違うなら流石に現状を把握しないといけない。
どうやら身体は動くようだ、ベッドから立ち上がって再度部屋を見渡す。
身体の異常に気付く、明らかに視界が低くなっていた。
どういう訳だろう、足の感覚は有るし幽霊になった訳ではなさそうだが。
「彩里〜、今日から高校生なんだから早く起きなさーい」
理解が追いつかないままでいると部屋の向こうから声が聞こえてきた。
私は彩里なんて名前ではない、もしかしなくてもその彩里という人がこの部屋の持ち主なんだろう。
何となく察してはいたけど、やっぱりここは死後の世界ではなさそうだ。
……どうやら目的は失敗したらしい。
私がまだ生きているなら、この彩里とやらの部屋に不法侵入しているのは大問題だ。
普通に捕まるだろうし、死んだと思ったら此処に居ましたなんて言って、誰が信じるのだろうか。
「まったく、朝が弱いのは相変わらずなんだから」
だからと言って私にはどうすることも出来ず、直ぐに声の主が部屋の中に入ってくる。
私は目を疑った。
「……お母さん?」
他界した筈の母が、まだ老いてない頃の姿で目の前に現れたのだ。
これで驚くなと言うのが無理な話だ。
「あら起きてたの?朝ご飯出来てるから早く降りていらっしゃい」
私が何も言えずにいるまま、そう告げた母が部屋から出ていく。
結局、此処は死後の世界だったのか?
他界した母がいるのだから私も無事死んだのだろう。
なんで彩里と呼ばれたのかは知らないけど死後の世界で細かい事を気にしても仕方ない、出来る事も無いし流されるまま、何年振りかも忘れた親との食事を楽しむのも悪くない。
物事に深く考えない、それが私の人生の教訓だった。
例えばA君が私の事を好きか嫌いか、そんな事考えるだけ無駄なのだ。
言葉で好きと言っても心の中を知る術はない。
故に考える必要などない。
それと同じで今の私が現状を打破する力も知恵もない。
なら考えても仕方のないことだ。
部屋を出て気付く、この家は私が一人暮らしする前に住んでた実家と構造が一緒だった。
記憶を辿るまま迷う事なく階段を降りると、母がいるリビングに辿り着いた。
懐かしい、確かに昔はここで親とご飯を食べていた。
その記憶と目の前に広がる光景が重なり、少しだけ涙が溢れそうになる。
「ちょっと彩里寝癖が凄いわよ、朝ご飯の前に直していらっしゃい」
実家と同じなら洗面所の場所も覚えている、気を取り直して私は母に言われるまま洗面所に向かった。
「…………え?」
洗面所の鏡に映ったのは自分の姿ではなく、成人すらしてないような女の子の姿だった。
思わず自分の頬を抓る、すると鏡に映っている女の子も頬を抓った。
若かりし頃の母、彩里という名前、そして目の前の女の子。
何とか冷静を保っていたが、流石の情報量に脳がショートしてきた。
きっとあれだ、私の精神が壊れたのだ。
死ぬ事に失敗した私は病院に運ばれて意識不明の状態。
そこで私はこんな幻覚じみたものを見ている。
これだ、死後の世界よりも今の状況に納得できる答えだ。
……だからと言ってどうする事も出来ないのだが。
もし私がまだ生きているならその内目を覚ますか、帰らぬ人になる。
そのどちらかが訪れるまではこの世界にいるしかないか。
ならそのどちらかが訪れるまで待てばいいだけだ、深く考えることもない。
『もしもここが精神世界の幻覚だと仮定して、私が一命を取り留めて現実に戻ったら私はどうする?』
蛇口にかけた手が止まる。
「…‥決まっている、もう一度同じ事をするだけだ」
「彩里も今日から高校生かぁ、時が経つのも早いわねぇ」
洗面所からリビングに戻り、用意されていた朝ごはんを母と食べる。
相変わらず味は分からないが温かさは感じる事が出来た。
食事をしながら母と会話をすれば、少しづつこの世界がどんなものか理解出来てくる。
この世界は私が生きていた世界より過去の世界のようだ。
TVと新聞紙で年代を確認することが出来た。
タイムスリップした……と言うには性別も名前も変化してしまっているし、それに母が違和感を感じていない。
自分が女だった並行世界の過去、それが一番しっくりくる。
それが幻覚か否かは判断できずなのだけど。
彩里……この私は中学校を卒業し、春休みを経て今日が高校の入学式らしい。
意外だったのがどうやら私が昔通ってた高校とは別の高校にこの私は入学したことだ。
まあ性別が変われば人生の色々な事が変わってくるのだろう、現に私の名前が彩里に変わっているのだから。
「ご馳走様」
「はいご馳走様、高校の制服は彩里の部屋に出してあるからね」
なんだか流されるままに高校に向かう流れになってしまっている。
気は乗らないけど、ここで入学式にいかないのは母にもこの彩里にも申し訳なく感じてしまい、行くしか選択肢がなかった。
昔女装した際の記憶を頼りに……なんとか高校の制服を身につける。
やはり子供……しかも女性の身体になったら一挙手一投足に違和感が凄い、慣れない身体で慣れない服を着るのは一苦労だった。
もしかしたら着方を間違えてる部分が有るかもしれないけど取り敢えず表面上の問題は無い。
「似合ってるわよ彩里、はいちーず」
着替え終えてリビングに戻ったら母がスマホを取り出して私をパシャパシャ撮影する。
そういえば私より断然機械の扱いに強い母だった、私はメールと電話ぐらいしか扱えなかったのだけど。
「高校生活、楽しいものになるといいわね」
写真を撮り終えて、満足げに告げる母に私は何も言葉を返す事が出来なかった。
ただ上手く笑う事は出来たと思いたい。
昔通っていた高校と別の学校とはいえ、場所は知っていたので特に迷う事なく彩里が入学する高校へ到着することが出来た。
だけどそこからが問題だった。
高校の場所は分かっても敷地内のことはてんで分からないのだ。
普通なら受験で一度は訪れるものだろうけど当然私にそんな記憶など無く、万が一道に迷った時の為に時間より相当早く登校したのが裏目になり他の新入生の姿も見当たらない。
これでは自分の教室に行くのも一苦労だ。
昇降口を求めて敷地内を彷徨うこと数分、私と同じ新入生と思われる青年を発見する事ができた。
「すいません、昇降口はどこに行けばいいでしょうか?」
「ああそれならこの道を真っ直ぐに……
私が声をかけた青年は振り返って私の方を見る。
昇降口の場所を教えようとしてくれたみたいだけど何故か言葉が途切れてしまい、彼は黙って私を見つめる。
どうしたのだろうか?やはり制服の着方におかしな点でも……
「一目惚れした!俺と付き合ってくれっ!」
これまで想定外なことしか起きてこなかったのだけど、それでも言わせて欲しい。
流石にこれは想定外だと、私は目を丸くした。