「お姉ちゃん!?」
突然、お姉ちゃんが飛び出したかと思えば、狙っていたのかと言わんばかりに騎馬兵の群れへ吹き飛ばされた。意味が分からない。偶然で片付けていいものなのか。
「陽菜!?」
「陽菜様!?」
そりゃそうだろう。目の前でこんなにも意味不明なことをされれば、驚かないほうが無理だ。でも、今やるべき事は。
「剣さんと、あ、えーと、ファンさん!絶対にそれ以上お姉ちゃんから離れないで!」
「了解!」
「わかりました!」
意味を察してか分からないが、二人はそれを聞いてくれた。攻撃を避けるためにそこそこ動き回っていた立ち回りを、どっしりとその場で構え、迎え撃つ姿勢へと変えてくれた。…最悪物量に押し切られるから、時間の問題かもしれない。
お姉ちゃんの飛ばされた位置は見えた。どれだけ揉まれて移動しているかは分からないが、恐らくゴブリンの馬がよく体制を崩している、あの場所だろう。そうであって欲しい。
「魔石は…一個」
有用そうな飛び道具は、将ゴブリンの魔石一個。1万のやつだから、そこそこ良さげな障害物にはなると思う。
「なら…ああもう!」
隙間がない。いや、隙間はあるけど、確実に有用と思える隙間が。なんでお姉ちゃんは手前じゃなくて奥の方に落ちたの?それが本当に分からない。
「時間がない」
お姉ちゃんの意識が飛べば終わりだ。せめて少しでも馬を減らさないと。
物陰に隠れながら近付き、馬のしっぽに手をかすらせる。
「眠れ」
馬は、意識を失い、そして、一瞬で騎手のゴブリンに叩き起こされた。すぐさま放たれた槍を刀で弾いて身を隠す。
誤算だ。眠った直後に起こされるとは思わなかった。それほどまでに高い反応速度と、そして、一瞬だけなら眠ってもすぐに立て直せるという馬の能力の高さを見誤っていた。
「どうしたら…」
せめて、その一瞬の眠りに、何か大きなアクションを与えられれば。
私が持つのは刀と魔石、そして、この眠らせる能力。この刀は…悪夢を見せる。
脳の構造に詳しいわけではない。それに、馬の脳が人と同じ仕組みとは思えない。なんならあの馬は異世界産だ。
でも、経験則として、夢は実際の時間よりも短くも、長くも感じる。それなら、その一瞬で、脳内でトラウマを作れないか?馬といえば、突然の衝撃音に暴れる様子をよく見る。
なら問題は、どうするか。どうすれば、起こされる前に、眠らせて刀で斬りつけるのか。刀は使った事はあっても、その前に手で相手に触れるなんてやったことない。
「でも、やるしかないよね」
ゴウ!と、後ろから風を切る音が聞こえた。
「あ…」
ごちゃまぜになった魔法の砲台。さっきから何も学んでいないのか、暴風と瓦礫、銃弾以外は地面に着弾しそうだ。
……そうだ。
魔石を、魔法の着弾地点に投げる。ゴブリンの死体へと変わり、狙ったとおりに、魔法によってゴブリンの死体は爆散した。
「ギャッ!」
魔法はそこまで音が出るわけではない。少なくとも、馬が驚くレベルでは。それは、さっきのお姉ちゃんを見ていたら分かった。
でも、騎手は驚く。ゴブリンの死体の破片は、確実に視界を遮り、脳の処理を遅らせる。
「眠れ」
眠った馬に、刀を振り抜く。
「ヒヒン!!!」
馬は、理性を飛ばして暴れ狂う。暴走する馬は、騎手は振り落とし、周囲のすべてを蹴散らして、荒らした末に私に走って来た。
「…っ!お姉ちゃん!」
奇跡的に、お姉ちゃんは揉みくちゃとされていた馬の下から助けられていた。迅速にあそこから連れ戻さないといけない。そして、その為には…。
すれ違いざまに、しっぽを触る。
「眠れ」
もう一回、働いて貰おう。
従うとは思えないから、今度も暴走だ。一秒前の景色と、全く同じ状況を作り出し、私には出せない声量を、夢の私は生み出していく。
そして馬を、叩き起こす。
「お姉ちゃん!!!!」
ピクリとも動かないお姉ちゃん。でもきっと、反応してくれると信じている。
暴走した馬と同速度でなくても、距離が近ければタイミングは似る。暴走した馬に蹴散らされた隙間へ滑り込み、お姉ちゃんの手を握る。
「…恵?」
ギュッと、手が握り返された。
「起きて!お姉ちゃん!」
薄く開いた目は、突然見開かれる。フフと、疲れた笑みを浮かべて、
「…ごめんね。後はお願いね」
「えっ」
お姉ちゃんに抱き寄せられて、熱と風と痛みが微かに、お姉ちゃんからはみ出た手足を掠る。
だらりと垂れ下がるお姉ちゃんの身体は、吹き飛んだ先で地面を滑り、微かに、僅かに、
火傷はない。なら、生きている。
私は、お姉ちゃんを担いで走り出した。
《補足》
魔法隊「あそこで大立ち回りしてるからそこから離せばええやろ!腹殴ったる!」
現場「どうして」
ほんとのほんとに魔法隊に悪気は無いです。なんなら魔法隊が削っているから剣さんとファンさんで耐えきれてます。
後何件も誤字報告ありがとうございます。見直し、一応してはいるんですけどねぇ…。