「いったぁ…」
じわじわと残る痛みを久し振りに感じながら、身体をゆっくりと起こした。全身の感覚を確かめながら、自身の生存を確信する。
「恵…?」
冷たいコンクリートに寝転がっていたみたいで、周囲を見回しても、恵はいない。気配も、ない。ただ、ゴブリンの王の一歩の振動が、少し伝わってくるぐらいだ。一応、まだ余裕はありそう。
「…うぅ」
「あっ!」
少し離れているが、知っている人がいた。ファンさんだ。私と同じように身体をゆっくりと起こして、怪我を確認していた。
「…っ!陽菜様!」
「あの、恵は…」
「そっ、それは…」
ファンさんも、辺りを見回し、肩を落とした。
「近くにいないのであれば、わかりません」
そこから、私が気絶していた間の出来事を簡単に教えてもらった。今重要なのは、恵がどこかにいるということ。そして、ゴブリンの王はある程度離れたら魔法を使ってくるということ。後は、私達は剣さんの場所もわからないと言う事だ。
「…とにかく、恵を探さないと」
「お待ちください!その状態で行くのですか!?」
「え」
傷口はよく見えないけど、確かに、血が滴っていた。確認したが、大きめの擦り傷が出来ていた。
「このくらいなら、痛くても我慢できますよ」
「ダメです!菌が…」
オロオロとしているが、それを無視して服の端を破く。そして、傷口に強く結びつけた。
「多分これで血は止まりますよ」
これで、新たな雑菌は防げただろう。さあ、恵を探さないと。
「待ちなさい」
凛とした声。以前聞いたときより、何重もの真剣味を増した声がした。
「あ、サイコミールさん。風野さんも」
なぜ、後衛部隊の彼女たちがここにいるのだろうか。
「陽菜ちゃん。言っておくけど、ここはもう後衛よ。一度撤退はしたから前見たときより更に後ろね。そして、」
サイコミールさんは声をきった。
「もうすぐ、スタート地点よ。もう下がれないわ。これ以上下がると、援軍が来てもリスキルされちゃう」
そういえば、さっきの騎馬兵によって、人は結構減っていた気がする。
「だから、そろそろよ」
「そろそろ?」
予想はつく。でも、私は聞き返した。
「ゴブリンの王の討伐をしましょう。私達全員で、あそこのデカブツとの最終決戦といきましょう」
ゴブリンの王の反対側。私達の陣地の方から、重々しい音が響く。
戦車、飛行機、ヘリコプター。そして、雑多な足音に紛れる、揃った、自衛隊の行進。
まさに、今できる最高戦力を集めていたのだ。
「これはまだまだ序章。各地から警備用の自衛隊を殆ど外して、こっちに引っ張ってきているらしいわ。いずれ、先は見通せなくなるはずよ」
「心強い、ですね」
あの前では、魔法という異次元の力でさえ、押し潰せるのではと期待してしまう。たとえ、銃や爆弾の1発2発じゃダメとわかっていても、繰り返せば、急所に当たれば、なんとかなる。そんな、根拠のない自信が私だけでなく、全体を包んでいた。
でも、
まだ、足りない。
「サイコミールさん。風野さん。どちらでも構わないのですが、リアルタイムで、私の声をそちらに届けるものって、ありますか」
「そちらって言うと…、もしかして、自衛隊と私達?貴方、前に行くの?」
「はい。その上で、攻撃するタイミングを、私に任せてほしいんです」
少し思考し、サイコミールさんは頷いた。
「私独断とはならないけど、近藤さんなら聞いてくれるでしょう。なら、私の配信用カメラを貸してあげるわ。これなら、高性能で声もはっきりと届けられるし、髪留めにつけられるタイプだから邪魔にもならない。そして、私のスマホから確認できるの」
これは、普段の配信で使っているものだろうか。サイコミールさんは、沢山ある髪飾りの中から一つ選び、私の髪に留めた。
「でも、なにをするの?」
用途を説明すると、サイコミールさんは目を見開いた。そして、ブツブツと呟き、何かを納得したのか、こっちを向いてくれた。
「…出来るのなら、それは是非やってほしいわ。でも、陽菜ちゃんが壊れるようなのは絶対ダメよ。そして、貴方、わかっているわね?」
「もちろん。私がついていかせて頂きます」
そこで、ファンさんが声を上げた。
「いや、いいですよ」
「ダメ。絶対に」
…まあ、恵探しに一役買ってくれるだろう。
「わかりました。それじゃあ、行ってきます!」
「絶対に気をつけるのよ!…ほら、楓ちゃんも!」
「いってらっしゃい」
私は、走り出した。
奇跡的に、
ゴブリンの王からみて、後十歩もあれば到達できる地点に恵は転がっていた。
「恵!!!」
僅かに恵の身体はたじろぎ、しかし、仰向けから変わることは無かった。でも、唇は、声とも言えないぐらい儚く、微かに振動する。
恵は目を閉じて、溢れた涙が頬を伝った。何を願い、何を思っているのかは予想でしかない。だけど、恵は泣いている。多少的外れでも、元気づけたい。
「そうだね。ゴブリンなんて倒して、ちゃんと二人生き残ろう。仲間も沢山いるんだから」
幼い子供のような妹を、そっと撫でた。