王の進軍は止まらない。大勢のゴブリンの前に立ち、率いていく姿は将とも思える。まあでも、止まってもらおう。
「グォっ!」
たった一つの号令に、ゴブリンは止まった。意外にも、その巨体で押しつぶすのではなく、輝かしく光る宝剣を横薙ぎに振り払った。
「接続」
ピタリと、王の剣は膠着した。
「ギィっ!」
「ギィ」
「ギィギィっ」
ガヤガヤと、王の目下では兵が騒ぐ。それでも、王の剣は進まない。
「ギイッ!!!!」
勇んだ兵団が王の前を通り過ぎて、私の元へ―――
ダン!!!!!
宝剣に潰され、血肉となって飛んできた。
くるりと背中を向けて、王は去ろうとする。でもそれは、想定通りではあるが、望んだ行動ではない。
手元に、私の専用武器を呼び出した。
『専用武器 自決の短刀
自身の肉体を望んだように切れる』
ふざけたゴミ武器だ。利点が、壊れないということと、すぐに手元に召喚できるぐらいしかない。それでも、命は何度も助けられているんだけど。
それを、願ったとおりに私に振るった。
僅かな血とともに、ドシンと、私と、王の体が地に沈んだ。
これが、接続のもう一つの使い方。私の当たり判定を相手と共存させるだけではなく、自分の当たり判定に、
その上で、私は、自分の体を斬った。出来るだけ部位が少なく、尚且つ、
勿論私に人体の知識なんてない。臓器が何だとか、それですらあやふやだ。
でも、望みがはっきりとしていれば、期待には答えてくれると、そう思っていた。まさに予想の通りに、物事は進み、王の体は地面に縫い付けられた。
初めて自傷行為をしたが、普段の怪我より痛みを強く感じた。だからちょっと意識しちゃうけど、それでも、接続を斬って声をあげた。
「じゃあ、これで動けなくなると思います。後は、お願いします」
この声はちゃんと聞こえたのだろう。恵を抱えたファンさんがダッシュで私を拾ったあと、爆音と銃声が集中し始めた。
「逃げますよっ!!」
「いや、止まって」
「ぇえ!?」
どこかは分からないけど、体の重要なところを斬ったから手足がだらりと垂れてしまう。それに加え少しずつ血が流れるけど、手足が動かないから処置のしようが無い。
それでも、今は止まってほしい。まだ、離れる時ではない。
「お、姉ちゃん」
「あ、恵。大丈夫?」
「あの、ちょっと待って下さい。陽菜様はなぜ逃げようとしないんですか?」
「そうだ、よ。早く逃げよ、うよ」
うん。それはそうなんだけど、
「まだ、不安要素あるでしょ?ほら、あの緑のオーラみたいなやつ」
「え、でも」
「多分、それを使うとしたら死にかけた時だと思うんだ。ほんとは、剣さんが一番理想というか、確実性が高そうなんだけど、安否が不明だし…」
終わったら、全力で探し出そう。
「ダメ、お姉ちゃん、また体が!」
「あの、陽菜様。緑のオーラが不安要素だとして、残ってどうするのですか?」
「いやほら、ああいうのはダメージ与えたらキャンセルされるでしょ?ゲームとかだってそう」
「いや、それは…!」
「分かってるよ」
ゲームの話ではあるけども、いかんせんこの世界は、いや、システムはゲームを準拠しているような気がしている。というのも、イベントとか、お知らせとか、ネットゲームみたいなのだ。だからこそ、これに意味があると信じている。
「まあ、無ければそれが一番いいし、万が一、あったときはなんでも試さないとね」
そんな話をしている裏では、カラフルな光が、大量の瓦礫が、煙が、ゴブリンの王を襲っていた。もし接続を切り忘れていたら…考えたくもない。
「それにしても、ファンさん力持ちですね」
「あ、ええ、そりゃあ、一児の父でしたので…うぅ」
「あ、ごめんなさい」
地雷を踏み抜いてしまった。先に聞いていたのに、何たる失態。自身への嫌悪感の前に、なんとかしないと…。
「う、ううんっ!」
すると、突然恵が体を震わせ、ファンさんの肩から降りた。
「え、体大丈夫なの?」
「痛いけど、大丈夫。後ファンさん。お姉ちゃんを地面に置いてもらえますか」
「何を…なるほど」
そっと置かれ、なんとかして首を回して二人を見ると、ゴブリンに対して剣を抜いていた。
「これは…」
どうやら、王がやられるまでに、ゴブリンのその他兵士たちは進軍を選んだみたいだ。そうなれば当然、王に裂く戦力は減る。なんとかして、そのまま遠距離部隊、王を攻撃する人々を倒せれば勝ちのようなものだ。
そして、その一部が、私達に向かってきたらしい。
鈍い動きだが、恵はなんとか戦えている。ファンさんは、体は疲労が溜まっているのだろうが、魔石や小石をうまく使い、体力を温存しながら数を減らしていた。
その分、私は四肢を動かせないので、何か出来るわけではない。でもこれは、自分から選んだことだ。
「あっ、」
王が、縮んだ。
この位置なら、ギリギリで、接続が繋がる。次に備えて、目を光らせる。
しかし、特に何もなく、順調に王は縮んでいく。
(杞憂だったかな?)
そうして、土煙に包まれ、姿が隠れ始める。
そこから時間にして十分ほど、成果があるのか分からない状況で撃ち続けて、変化が現れた。
ゆっくりと、ゆっくりと、王の持っていた扉が、煙の中から浮かび上がる。
即座に、それに合わせるように魔法と兵器の軌道は上を向いた。
それらすべてが、扉から溢れる緑のオーラによって掻き消された。
トクン、トクンと、鼓動するかのように一定のリズムで緑のオーラは扉から溢れる。そして、
扉が、大きく歪んだ。
捻じれ、縮み、膨らみ、萎み、分裂し、戻り、折れて、そして、
扉は爆発した。
『おめでとうございます。皆様は無事、ゴブリン達による侵略を退けました。また、ゴブリンの王を討伐したことによるボーナスを配布いたします』
周囲には、見慣れない木々や地形が溢れていた。シルエットは森でも、色がおかしい。紫や黄色など、禍々しいのだ。
『王を倒したことにより、ゴブリンの生き残りが、日本に保護を求めてきたようです。対価として支払うは、人類への忠誠と、自身への制約、そして、異世界の技術であります』
『ここまでされては仕方ないと、国民全員が納得します。彼等も私達と同じ被害者。横暴な王に惑わされた者達なのです』
薄くだが、建物が見える。シルエットしか分からないが、中々に奇抜なデザインだ。
『私達は、一部の土地を貸し出しました。彼らは、技術を用いてその地域いっぱいの土地ごとお引越し。こうして、ゴブリンの集落が、この日本に誕生しました。私達は、きっと、彼等と手を取り合って、末永く繁栄するのでしょう…』
近くには、恵とファンさんが、ぽかんとした様子で突っ立っている。その眼の前には、武器を投げ捨て、恭しく跪くゴブリン達。
さっきまで、殺し合っていたとは思えない。
『日本に、ゴブリンの集落が生まれました。彼等は、皆様に忠誠を誓っており、異世界の技術を持っています』
あの扉も、異世界の技術なのだろうか。
『彼等と良好な関係を築き、サポートしてもらいましょう。また、劣悪な関係は、技術の低下、種族の絶滅を意味します。お気をつけください』
『また、只今からイベント終了まで、モンスターの出現はありません。イベント終了後。ゴブリンを除いた4名のモンスターから出現し始めます』
そして、声はやんだ。
「恵」
「あ、うん。なに、お姉ちゃん」
「ゴニョゴニョ…」
「あ、うん」
恵は、私から離れて、跪くゴブリンに尋ねた。
「ねえ、外ってどう行けばいいかわかる?」
「ギイッ!(はい!)」
「ギギっ!(もちろん!)」
「ギギギ!!(ついてきてください!)」
はいはいはーーい!と勢いよく手を上げて、ついていくように背中を指した。さらには、どこからか担架を持ってきていた。
「え、あ、ありがとうございます?」
「ギイっ!(当然のことをしたまでですよ!)」
そんな傍ら…。
「お姉ちゃん。私ゴブリンの言葉分かっちゃった…!」
「大丈夫かと。恐らくこれそういうものなんですよ」
顔面蒼白の惠を、ファンさんが落ち着かせていた。