陰の実力者ってこれでいいのか? 作:ソフトクリーム
シャドウが行方不明になった
最初に気付いたのはアルファだ
彼のしてくれたマッサージには彼と彼女の魔力が混ざっていた。魔力の混ざり合いは、自分と相手の位置情報や体調の様子を大まかにしることができる。但し魔力を扱えるもの全員が使えるわけではなく、相手のことを詳しく知らないと分からず、またセンスが強く要求される。追跡をするアーティファクトがあるが、あれは今言ったことが出来ない者の為に作られた。しかし出来が酷く、改造もしやすいため、あまり信用されていない。その為、この技術を使える者は数少ない。彼女はその数少ない中の1人だ。彼の魔力が突然感じ取れなくなったのだ。
アルファに遅れて気付いたのがベータ
彼女はシャドウ自身が作った人形に彼の魔力を付与させていた。人形を作る時の素材に、作った者の体温や体臭を付与することができる。いつも大事に抱えていた人形の温もりと安らかな匂いが突然消えた。付与していた人形が全てだ。
ベータに次いで気付いたのはイプシロン
彼女は誰よりも魔力の波長について詳しかった。魔力にも波がある。それは血液のように、全身を巡り、強弱がある。個体によって、これらに微妙なバラツキがあり、それを如何に素早く場合分けをして、誰の波長かを見分けるかが重要となる。彼女は主の波長をすぐに思い出せるように、毎日波長を肌で覚えていた。主の波長はとても綺麗で、美しく、感じるだけで高揚するものだが、それが突然感じ取れなくなった。
アルファが気付いてから2秒後にベータ、5秒後にイプシロンが気付いた。デルタ・ガンマ・イータはアルファ・ベータ・イプシロンの様子が変だなと思ったが、3人のように気付けなかった。
アルファ達3人はお互いの感覚を伝える。共通だったのは3人ともシャドウがいなくなったことが分かった。他のデルタ達3人にもそれを伝える。
アルファはイータに、シャドウを見つける依頼をした。3人がいう、突然彼が消えたから探してほしいと言われても何をどうやって探せば良いのか分からなかった。
イータにとって、シャドウがいなくなるなんて微塵も思っていないからだ。自分と渡り合えるくらいの研究者だから、消えるわけない。仮に消えるなら、この世界は滅んでいる。全く理論的ではない、研究者であるイータらしくない考えだ。
だが、イータはシャドウがいなくなる=世界滅亡と考えていた。
何か方法が無いかと探すと、学生論文で有名なシェリー・バーネットが書いた論文を目にする。内容は以下の通り。
ある遺跡について研究された内容。その遺跡にあるアーティファクトは、起動者の記憶を下に、街や村を再現することができる。また、起動者があなたを選んだとき、そこは永遠の世界となる。その世界から脱出するには、アーティファクトを破壊しなければならないが、儀式をしている場合はこれだけでは脱出出来ない。儀式については詳しいことが分かっていない。もし儀式を済ませた状態であなたが脱出を望むなら、決してあなたの力だけでは逃げることはできない。もし創造された世界にあなたが踏み込むことが出来たのなら、それは起動者の信念や信条があなたを受け入れたことになる。もしあなたが起動者のそれに当てはまらなければ、受け入れられない。
このアーティファクトか
このアーティファクトを使っている場所を見つけるアーティファクトは…
よし
良いアイデアを思いつき、アーティファクトを起動している場所を探るアーティファクトを急いで作る。連れ込まれたものだけの力では逃げられない。つまり内側からの衝撃だけじゃ逃げることが出来ないということだ。
なら外側から壊して、中から出てもらう必要がある。現にマスターが出てきていないという事は、それだけ恐ろしい性能のアーティファクトなんだろう。
ベータとイプシロンの殺意が高まっている
2人の顔が、マスターについて語り合う時に食い違いがあったときにする顔だ
所謂般若顔
アルファ様は意外にも落ち着いている。
アーティファクトの仕組みを完全に理解し、場所を割り出した。作ったアーティファクトを持って、6人はすぐにその場に向かう。
着いた場所は、閑散とした村だ。家はボロボロで、誰かがいる気配がない。野良の生き物がお互いを殺し合い、生き抜いているようだ。一部の土には、動物の骨が埋められている。普段ならこういうのを見て体調を崩すベータとイプシロンだが、2人ともそんなものは目に入らないようだ。2人とも般若顔でイータに急いでと急かしている。その急かす目がとても怖い。
もたもたしていると2人に殺される
イータはそう感じた
イプシロンにこの付近に魔力の流れを感じないかと聞く。彼女は手をかざして集中していると、何かを見つけたようだ。イータはイプシロンに持ってきたアーティファクトを渡す。
このアーティファクトは、付近の魔力の流れを計測し、それを記録するものだ。これで作り出している空間の座標を割り出して、あとは外から壊して入るのが一番早い。本当は安全策を取ってゆっくりと壊す方が良いのだが、デルタが出来る限り急いだほうが良いと言う。
デルタは普段アホなのだが、こういう時の勘は外したことがない。獣人の勘というべきか。この時のデルタの忠告を無視したときは、決まってこちらが大変な目にあってきた5人はデルタの言うことを信じることにした。
イプシロンが感じている魔力の波長や強弱の記録を見て、イータは持ってきた紙に計算式を書いていく。紙には数字と記号の羅列で、走らせるペンの速さが、普段ゆっくりと話す彼女とは別人と思うくらいに早い。すぐに計算式を書いては、別の紙に続きを書き続け、ペンを置いた。
「座標、見つけた。 デルタ、そこ、思いっきり、魔力、込めて、殴る」
「ここですね! うりゃああああああ!!!」
デルタは拳に魔力を込めて、全力で振り下ろすと、突然視界がグラグラと揺れる! すると、さきほどの村とは違う村が視界に広がる。所々空間に穴が開いており、穴の先には、この視界が広がる前の光景が見える
あまりの揺れの強さに、ガンマとイータは一瞬で気絶してしまう。
ベータはとても気持ち悪そうに口を抑えている。揺れに耐えられなかったようで、吐いてしまった。気絶はしていないが、とても気持ち悪そうで、まともに戦えないだろう。イプシロンはベータほどではないが、気持ち悪そうにしており、魔力の糸をアルファに投げつける。アルファはイプシロンの心意を読み取り、その糸を指に結んだ。
気絶・行動不能を回避したのはアルファとデルタだけだ。アルファはベータとイプシロンにガンマとイータを回収してすぐに離脱するように言うと、イプシロンは2人を回収して、ベータと共にここから出て行った。
「デルタ、こっちよ」
アルファの人差し指には魔力の糸が繋がれていた。糸の先は、イプシロンが出て行った空間の方に伸びている。途中で糸が見えなくなる時があるが、しっかりと糸は伸びている。
「はいなのです! ボスの匂い…あぁぁ!!?? この臭い! 覚えがあるのです!」
「それって」
「泥棒猫の臭いです! こんなところにいやがったのです! 殺すです!」
「殺したら恐らくシャドウも死ぬわ。イータの話だと既に儀式を済ませている可能性があるとか」
「っう。そうでした…。こっちから臭うのです!」
イータが解析した結果、シャドウと中にいる人物には何かとても強い繋がりがあり、無理やり壊すと、どちらも死んでしまう可能性があるとのこと。解除方法も分からなかったため、下手な行動は彼女達の主を自らの手で殺すことになってしまう。
デルタは嫌いな臭いを追うと、川の方に出た。川は水害のように、水で溢れており、流れがとても早い。万一流されたら、外からの助けがない限り、脱出するのは不可能だろう。デルタは川の流れを見ると、顔をしかめる。常に死線を潜り抜けているデルタが顔をしかめるということは、アルファでも厳しいことが分かる。
「招かねざる客だね。帰ってよ。ここは私達2人の世界なんだから」
目の前にいるのは黄色獣人(猫)。見たことの無い顔だ。
「この雌猫! ボスを返すのです!」
「嫌だね。シャドウは私といてくれるって約束してくれた。契りも結んでくれた。君たちが帰れよ」
アルファとデルタは突然引っ張られる感覚がした。引っ張られる方向はベータたちが出て行った方向だ。まだ視界がグラグラとしており、奥にイプシロンが何か叫んでいるのが聞こえる。
「っ!」
「うわ! これなんなんです!」
2人は一瞬膝を地につきかけたが、すぐに立ち上がる
「貴方とシャドウ2人が出るではダメなの?」
「ダメだね。外はダメ。ここが私の望んでいた世界。だから出て行くのは君達2人だけ。そうでしょう? シャドウ?」
また引っ張られる
しかもさっきよりかなり強くなっている
シャドウは口を歪ませて何かブツブツ呟いている
「あ! ボスから離れるのです! この雌!」
「お前も雌だろ。それに私とシャドウは熱い夜を…にゃんにゃんしたし」
「あぁ?」
「「!?」」
さきほどから強い力で引っ張られていたアルファだが、それを聞いた瞬間、自分の中の何かが爆発し、引っ張られる感覚が無くなる。デルタも雄叫びをあげながら、何かを引きちぎる動作をする。
ゼータはとても驚いた顔をしていた
「あなた、今なんと言ったのかしら?」
「…っ! だからシャドウと私がにゃんにゃんしたのさ。お互い同意の上でさ。それがどうかしたのかな?」
「…そう。分かったわ」
「殺すのかい? まぁ、仮に私を殺してもシャドウが死ぬだけだし、それはそれでありだからさ。やるならどうぞ? 遅れたエルフさん?」
「アルファ様! そいつ嘘を言っている気配がしないのです! もしかしたら本当に…」
「噓つきの常套手段よデルタ。嘘は言っていないけど、本当のことも言ってない。隠していることがあるはずよ」
「…」
この世界を作ったのは目の前にいる獣人で、シャドウは彼女に招かれた者。そして無理やり乗り込んできたのはアルファ達だ。このままでは無理やり乗り込んできたアルファ達だけが追放されるだろう。
さきほどの眩暈は、ここから追放される予兆のようなものだと感じていた
「あのさ。勝手に話を進めないでくれるかな?」
今まで黙っていた男が口を開く
「待っててシャドウ。すぐにこいつらを追い出すから」
「シャドウ待ってて、今助けるから」
「ボス! デルタがいるからもう安心なのです!」
「だから話を進めないでってば。ゼータ。外じゃダメって理由はなに?」
「…前話したでしょ」
「うん。でもこの6人にも話してほしいなって僕は思う」
「どうしても? というか6? 2じゃなくて?」
「どうしても」
「…分かった。シャドウの頼みだから話す。外は終わりが来ないからだよ。いつまでもと信じていた日常はあっという間に崩れ、信じていた者達は裏切り、頼れる当てが消えて、いつまでも悲しい気持ちと寂しい声が聞こえるんだ。喰われるときの叫び声、殴られた時の鈍器の音、焼け崩れる家、目の前で血を流して動かなくなる家族。今言ったものを乗り越えても、また次の壁が、それを越えてもまた壁が出てくる。2人の言いたいことも分かるよ。それを乗り越えるのが人生とか、そういうことを言いたいんでしょ? でも私はそこまで強くないよ。なんで終わりの無い悲しみと寂しさと辛さを味わないといけないの? 楽しい時間もあるけど、それを天秤に乗せても余裕で悲しい方が傾くんだよ。楽しい時間に熱中すれば良いとか思うでしょ? 私も最初はそうしたよ? けど熱中してる時に思い出すんだよ。あのときの気持ちが。寝ているときとか特にそう。突然目が覚めて、何だか怖い物が自分の身体を包んでいる感覚。あれが常に付きまとうんだよ。それを乗り越えろって言いたいんでしょ? 何度も乗り越えてきたよ? でも私1人じゃ潰れちゃうんだよ。大人しく消えてろと言いたいんでしょ? 消えるのは嫌だよ。目の前で動かなくなった両親を見たんだ。今まで聞いた声が、笑う時の声が、抱きしめてくれる二の腕が、全部動かなくなったんだよ。もう二度と私に声を聞かせてくれない、笑ってくれない、抱きしめてもくれない。みっともないとか思っているでしょ? 私だってそう思うよ。克服しようと頑張ったよ。でも、頑張れないよ。いつまで頑張ればいいのさこんなの。だからシャドウ、ずっと私の傍にいて。私に声を聞かせて。私に笑顔を見せて。私を笑わせて。私を夢中にさせて。私を見て。私を抱きしめて。私を愛して。私と遊んで。私と一緒に寝て。私もシャドウに声を聞かせるから。私の笑顔をシャドウに見せるから。私がシャドウを笑わせるから。私がシャドウを私に夢中にさせるから。私はシャドウを見続けるから。私がシャドウを抱きしめるから。私がシャドウを満足させるから。だから私を愛してほしい。他の誰よりもシャドウにとって一番になるって約束するから。私シャドウの為になんでもできるよ? 死ねというなら喜んでシャドウの為に死ねるよ? 出来るならシャドウに殺されたいけどそれは無理な相談だよね…分かってるよ。私をシャドウで閉じ込めて欲しい。溢れないように完全にシャドウの中に私を閉じ込めて欲しい。その代わり私もシャドウを閉じ込めたい。二度と私から抜けられないように、出口を無くしたい。私の中にずうっといてほしい。どこにも行かないで。ねぇ、シャドウ何か言ってよ。私は私を保てないよ。お願いシャドウ、私が崩れちゃう、私が消えちゃう、私が、私が、消えちゃう…」
「「「「「「…」」」」」」
アルファとデルタは声を出せずにいた。外ではガンマとイータが目を覚ましている。イプシロンがアルファの指に繋いだ魔力の糸を分けてベータ・ガンマ・イータの3人の指に結び、彼女の声が聞こえるようにしてある。糸電話のように魔力の糸をイプシロンが引いていたのだ。彼女は魔力の緻密なら、6人の中でダントツだ。
彼女達はゼータを否定することはしなかった
彼女の叫びには、アルファとデルタの2人に…いや、外で待っているベータ・ガンマ・イプシロン・イータの4人も覚えがあるからだ。
それはシャドウに会う前の自分の考えや気持ちだ
ゼータのように、全身が冷たく、何もかもが真っ暗な世界。自分に明日が来るのか、仮に来たとしてもいつか死ぬと分かり何もする気が無くなる絶望感と虚無感。彼女の叫びは、6人がシャドウと会う前の気持ちを思い出させた。
そして6人とも共感したのは
殺されるならシャドウに殺されたい、シャドウを閉じ込めたい、シャドウに閉じ込められたいという3つだった
他の部分にも共感したが、6人全員が共感したのがこの3つだった
「…? あれ? 6つ反応してる。目の前にいる2人だから…あと4人? ねぇ、君たちも私と同じなんだね。良かったら来る? ここは夢の世界だからさ。あ、シャドウは私だけの物にするけど、みんなに会わせないわけじゃないよ。ただ私の時間を最優先にしてもらうけど。シャドウ以外の部分は融通してあげられるよ?」
「違う」
シャドウがぴしゃりと言い放った
「…何が違うの?」
「ゼータが言ったように、世界は悲しみと惨劇に包まれている。それも見えないようにだ。淘汰される者達はいつだって陰で葬られ、その存在を忘れられる」
「その通りだよ。だからさ」
「それを解決するのが我の仕事だ」
「…シャドウ?」
「ゼータ。貴様といた時間。悪くなかった。だが、ここには足りないものがある」
「…」
「それは、貴様が顔を上げていないことだ。この世界は自分の理想通りのことが叶うため、顔を上げることをいつの間にか忘れてしまう。夢中になるものはいつだって顔を下に下げて集中しまいがちだ」
「それがどうしたの。それでいいじゃん。それの何がいけないの」
「顔を上げなければ、いつまで経っても顔は陰で覆われる。陰は黒い。黒いということは何も見えない。何も見えないということは、恐怖に狂う。そうなれば、いつまでも昔の記憶に怯え、恐怖の波に攫われ溺死する。既に溺死していることに気付いていない生きる屍と化すであろう。現にゼータ。貴様は理想卿にいながら、なぜそんなに身体が震えているんだ?」
「え…あ…」
「我が隣にいながらも、貴様はいつも何かに怯えていた。嫌なことを忘れるように我に縋っても、最後には泣いていただろう」
「…」
「いつも貴様の笑みは陰を浮かべていた。その陰は、貴様の不安と恐怖の表れだ。故に、我が狩ってやる」
「?」
「我が名はシャドウ。陰に潜み、陰を狩る者。我は陰に潜み、無差別に淘汰する者達を陰から、貴様たちのように淘汰された者達の顔にできる陰を狩ってやろう」
「っ…本当にそんなことが出来るの?」
「無論。貴様の陰も狩ってやる。その証拠を見せてやろう」
「!?」
シャドウはいつの間にか黒衣のスライムスーツを身にまとっていた。そしてスライムソードを取り出す。スライムソードの切っ先には膨大な魔力が込められていく。
全身に纏っている魔力を切っ先一点に集中していく。通常の戦闘でこれをやると、魔力を纏っていない部分に攻撃を受けたら致命傷になるが、その分一点に魔力を集めることで、攻撃力と防御力を激増することができる。そしてシャドウはこの世界では、魔力が圧倒的に多い。それこそ、アルファ・ベータ・デルタ・ガンマ・イプシロン・ゼータ・イータの7人の魔力を合わせても全く届かないほどに多い。
「ある男の話をしよう。その男は自身の肉体のみで核を無効化する方法を考えていた。しかしどうやっても、核を無効化する方法が思いつかなかった。右手で全力で殴っても、爆発に巻き込まれる。一瞬で1000回以上キックしても無効化出来ない。様々な思考を重ねた」
剣先に魔力が大きく膨れ上がる
アルファとデルタですら、冷や汗を欠くほどだ
ゼータは後ずさる
「そこで男は思いついた。そもそも無効化する必要があるのかと。自身の肉体のみで核を相手にする必要になることはないことに気付いた。物理的な物も、非物理的な物もすべてに通じる方法を見つけた」
魔力量が更に跳ね上がる
「その方法が」
視界が青紫の魔力で覆われていく。アルファ達はシャドウの姿を認識できない。かろうじて声が聞こえたが、ボソッと何かを言った程度にしか聞こえなかった。
「アイ」
「アムゥ」
「アトミィック」
その瞬間、世界が青紫一色に染まった