嫌顔告白   作:嫌告ξ紳士

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早坂愛【ヴァレット】

少女は四宮家ではたらく従者。

金髪はつらつ青い瞳にふくよかな肢体。クォータとして血の混じりをいかんなく発揮させている彼女は、道ゆく人の多数がその瞳に吸い寄せられる、圧倒的美人。

 

早坂愛【ヴァレット】

 

しかし、彼女『早坂愛』とは仮の姿である。それも当然、少女の運命とは四宮家の行く末と一心同体なのだから……。公共の場では裏から主人をこっそり支え、私的な場であれば姉妹のように時間を過ごす。一見ふつうの関係は、いくつもの歪みを抱えて存在している。

 

---

 

早坂愛は冷ややかな目で、横に眠る青年を見ていた。この屋敷には似つかわしくない、今も気持ちよさそうに眠る彼を、早坂はじっと眺めていた。

 

「あら早坂、貴女が先にこの部屋にいるなんて一体どうしたの?」

 

主人からの珍しそうな視線。四宮かぐやが、今はメイド姿に身を包む早坂に声をかけていた。

 

「どうしたも何もかぐや様、これは一体どういうことですか!」

「彼のこと? それなら、私が連れてきたと言えば良いかしら」

 

少しの困惑や怒気とともに送った言葉には、さらに悩みの種となる主人からの答えが返ってきた。早坂が複雑な感情にある理由は単純。仕える主人の寝室に、

 

「“なんでこの男が、かぐや様のベッドで眠っているんですか‼︎”」

 

当たり前のように、今もすやすやと眠っているからだ。

 

「しっ! 早坂、彼が起きてしまうでしょう⁉︎」

「だから、その寝ているのがおかしいんです!」

 

早坂の指摘はごもっともだ。四宮家令嬢たる少女の寝室に、謎の部外者が寝転んでいるとあれば即刻逮捕されてしかるべきだろう。せめて客室であれば、この男がいるのにも説明はつくのだが……いやそうじゃない。

 

「かぐや様はいいんですか⁉︎ 男が寝てるんですよ、しかも自分のベッドに当たり前のように!」

「まぁまぁ、少し落ち着きなさい」

「どこをどう落ち着けと⁉︎」

「これは、私が望んでやったことよ」

……えっ???

 

「そうね、まずはこの状況に至るまでの経緯を話そうかしら……」

 

……そこで聞かされた話は、あまりにも不遜で、恥ずかしくて、耳の赤さを隠したくなるような物語だった。本当にそんなことがあったのか、どうして主人は平然としていられるのか。早坂の脳内コンピュータは使用率がすでに百を超していた。

 

「つまり、私が首筋に魔法をかけてから、彼は眠ってしまったの」

「それって魔法じゃなくて、護身用具のことですよね」

 

さて話をまとめよう。彼……この不遜な男が、かぐや様の下着を見たいと願い、夢叶ったところ、本当に夢の世界へ飛ばされてしまって、その後は何やかんやここまで来た……ということらしい。

 

「しかし、本家の人たちにバレたら大変なことになりますよ」

「大丈夫よ。だって、彼を車にのせてここまで送ってくれたのがその本家の人たちよ?」

「……全く、わけが分かりません」

「深く追求しても仕方がないわ。だって早坂、貴女もこの状況は嫌じゃないでしょう?」

 

それってどういう……、と言おうとした時にはすでに主人は部屋から退出していた。わけが分からないし、耳はまだ熱いし、すやすやとした寝息は部屋と早坂を静かに包んでいた。

 

 

□■□■□

 

 

早坂と彼の出会いは、中等部の頃まで遡る。

主人である四宮かぐやに、怪しげな男友達ができたという話からだった。その男は秀知院に中等部から入学してきたらしく、新たな友人を作るべく大和撫子たるかぐやに何度も友達になってくれとお願いをしてきたらしい。しかし初めての友人(藤原某さん涙)という概念に、当時の氷の女王であった四宮かぐやは困惑しており、一番身近な存在である早坂に助けを求めてきたというわけだ。姉妹のように思っているかぐやに頼られては本気を出す他ない。早坂は速やかにその男に調査をいれ、接触をはかったのだが、それが最悪の出会いだった。

 

早坂の尾行に気づいた男に、逆に早坂の正体を看破されてしまい、かつ自分の下着を目撃されるという最大の屈辱を味わったのだ。

 

しかしそれで折れる早坂ではない。主人の新しい友人(になるかもしれない男)をみすみす逃すわけがなく、学校内で何度も接触し、ついにかぐやと男の食事会をセッティングを完成させ、ついには恥を返上する『四宮かぐやニューともだち作戦』を大成させたのだ。これでかぐやに友人が一人ふえることとなる。喜ぶかぐやを見て早坂も自分のことのように嬉しくなり……なるのだが、主人は喜びすぎるあまりに熱を出してしまったのだ。何と可愛らしい、今日は一日中私がかぐや様を見舞っていますね。

そう考えていたのだが、まさかとある人間がかぐやのお見舞いにはるばるやって来たのだ。そう、彼である――。来客用の『スミシー・A・ハーサカ』姿に変装して早坂はその男を出迎えた……。

 

 

「いらっしゃいませ。本日は、当館にどのようなご用件で?」

 

完璧な変装を施した今の私に隙はない。少し海外なまりを入れた日本語で彼の対応をする。彼の右手にある袋には今日の学校で出されたであろう課題と返却物が。そしてもう片方の袋にはりんご一個と冷えピタ一箱が分けて入れられていた。律儀な男だ。そう思いながら早坂は袋を受け取る。

 

「じーっ」

「……?」

 

一体どうしたのだろうか。彼はこちらを見て目を離さない。まるで不思議なものを見るような目でこちらの瞳を覗き込んでいる。まさかメイド姿の使用人が珍しいのだろうか、そういう人も中にはいる。だが違う、彼はこちらの身体全体を舐め回すように見るのではなく、ただ一点に早坂の瞳をのみじっと見つめていた。

 

「えっと、その……どうなさいましたか?」

「やっぱり」

 

やっぱり?

何がやっぱりなのだろうか。ふとした疑問には、思いもよらぬ鋭い答えが返ってきた。

 

「早坂じゃーん。もしかして、ここでメイドしてるのー?」

 

数瞬の間、思考が止まっていた。なぜバレたのか、どうして気づいたのか。そればかりが脳裏を駆け巡っていた。

 

「な、なんのことでしょうか。私は早坂なんて者ではありませんよ? 私の名前は、スミシー・A・ハーサカです」

 

苦しい言い訳だった。

 

「それってカラコンなの? じゃあ早坂、結構視力がいい方なんだね。その洋服もすごく似合ってるし」

 

悔しさと恥ずかしさで頭がパンクしそうだった。見破られた、褒められた、やらかした。感情がぐじゃぐじゃになりそうなのを、何とか抑える。

 

「私が早坂だという証拠がどこにありますか?」

「早坂は早坂じゃん」

 

彼のその一言が何だか無用に私をいらだたせた。

私が私? 何を訳のわからないことを言っているのか。私は今、早坂ではないのだから、早坂でないことくらい当然でしょう? じゃあ今私が早坂なら、今演じている私は、一体何という誰なの? 私は私じゃないってことなの?」

混線する脳からはすでに言葉が放たれていた。理不尽な思考の濁流と、かねてから自分でも考えていた悩みの種を、無理やり掘り起こされたからだ。なんて失礼な使用人だろう、そんな些細な自省はすでに遅かった。

 

「早坂はさ、早坂なんだからさ、早坂でいいじゃん」

 

……はっ?

「それって、私は嘘つきだから、それを認めろってこと?」

「違う違う、そうじゃなくて。早坂は全部早坂なんだから、その姿も早坂なんだよ」

 

何を言っているのか分からない。それは互いに同じだろう。でもその言葉は、何だかムっとするしスカッとした。哲学問答をするわけでもない、ただただ意味不明な言論の応酬が幕を開けた――。

 

「じゃあ今いる私が私だってこの場で証明してみてよ、できないならもう帰って。その袋は私がかぐや様に渡しておくから」

「簡単だね、カラコンとってかつら外して化粧とって学生服に着替えてくれ。もちろん完全ノーメイクになれってわけじゃないけど」

「はあーっ?」

 

ムカつくムカつく。いきなり服脱げだ化粧とれだ失礼すぎない? そんなのズルじゃん、そしたら私はいつもの『早坂』になるだけじゃん。それに私が私だって完全には言えないし。

 

「ならアンタは自分が自分だってどうして言い切れるわけ?」

「いや言い切れないけどさ、俺別に世界五分前説とか信じてないけどさ、でも俺の身体に流れる血は俺のものじゃん。だって俺、献血とかしてクッキーもらうし健康だよ?」

「意味不明だしー、帰ってくださいー」

「はいソレきたー、ギャル坂きたー。お前がお前なのはその言い回しで俺の完全勝利ってことでいいよな、うんそうに違いない」

 

……冷静になろう。

 

「違うし、今のはただ言葉が乱れただけですよ“お客様”?」

「ないわー、ないわー、今の可愛くない『お客様?』の言い方は。それって普通『ご主人様♡』じゃないの? ねえやめてよ俺のメイドの幻想壊すの!」

「はーっ⁉︎」

「かーっ‼︎」

 

――何をしているの、二人とも。

 

「「すみませんでした」」

 

時間が経ち、早坂と男の二人は互いに向き合って謝罪をさせられて……しあっていた。遠くの騒ぎに目を覚ました四宮かぐやがここまでやって来ていたのだ。

 

「全く、あなたたちも良い年なのだから、少しは落ち着きなさい?」

「でもかぐや様……」

「でもじゃありません」

 

結論を言えば、『スミシー・A・ハーサカ』が早坂愛であることは、かぐやから男に告げられ、内緒にしてほしいと可愛らしくお願いされた。

 

「はい俺の勝ちー」

「はーっ⁉︎」

「かーっ‼︎」

 

――もうやめなさい、二人とも。

 

「「すみませんでした」」

とまあ、これが早坂と彼のある意味運命的な出会いの一部始終であったというわけである……。

 

 

□■□■□

 

 

懐かしい顔が目の前で静かに呼吸をしている。過去に私へ送ってくれた言葉を、彼は今も覚えているのだろうか。私自身を認めてくれたその贖罪は、『早坂愛』という今を成り立たせてくれる支柱であるのに。当人が忘れているなんて悲しい話じゃないか。でも、そうであっても、私は多分彼を許してしまうだろう。だって、それは私にとって、初めての……。

 

――うむ、目が覚めたが知らない天井だ。

 

「へぇー、ようやく起きたの?」

「ああ、夢を見ていた。初めて君とあった時のことさ」

 

微笑が漏れてしまう。たまたまであろうが、考えていることが同じだったのだ。なんだかんだあったが、心は通じ合っているのかもしれない。

 

 

「……ねぇ、それってどんな夢?」

 

 

 

 

 

 

 

 

初めての出会いとは突然で、運命的なもの。

○○○生忘れることのない貴女の記憶。

○○○○○月と夜空のような景色。

○○○○○○想郷は出会いの色。

○○○○○○○ァレット早

 

 

 

 

初めてあった時の“色”のこと……?

 

 

あっ、前言撤回。

私は多分彼に怒ってしまうだろう。

 

ーENDー

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