嫌顔告白 作:嫌告ξ紳士
伊井野ミコは、同学年で一位の成績を幼き頃から誇る秀才である。
身長は147cm程度と、小柄であるのが彼女の特徴であろう。
とはいえ胸はそこそこ大きく、そのギャップが彼女の魅力を昇華させている。
風紀委員会に所属しており、現在は生徒会会計監査としての職務も負っている。
彼女は、父を高等裁判所裁判官・母を国際人道支援団体の職員にもつ。
そんな両親から受け継いだ清廉潔白な精神は、彼女を正義感の塊にした。
そんな伊井野は……憧れの生徒会に入った今。
「この生徒会は風紀が乱れています!」
理想と現実のギャップに悩まされていた――。
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「な、何なんですか、この状況は!」
伊井野ミコが指摘する、“この状況”……とは。
とある“男”によるものが原因だった。
生徒会室にて――。
男……彼には、複数の女子生徒が集っているのであった。
副会長が「あーん」と飴玉を彼に艶やかな表情をしながら渡して、書記が「ぎゅっ」と彼の左腕に胸から包み込み、会計が「ふぅん」とペタペタ服越しに男の三角筋付近を触っている……そして、会長はそれを微笑ましげに余裕そうな表情で眺めていた。
「藤原先輩! 今すぐその男から離れてください、危険です‼︎」
「えー、ミコちゃん。これはただの馴れ合いですよ〜」
「そ、そんな……」
尊敬する先輩が、男の毒牙にかかっているようにしか見えない。
「四宮副会長! それは……その、不埒だと思います! 風紀を乱しています!」
「あら、伊井野さん……。貴方も混ざってよろしくて?」
一時は生徒会選挙で敵対した、副会長も魅惑的な笑みを浮かべながら、まるで「お可愛いこと……」とでも言いたげに、こちらを見ている。
「ほら石上! あなたが一番ダメ! そ、そんなに男の人の身体を触るものではないわ!」
「何? ただ先輩の肩こりチェックしてるだけなんだけど」
「それよ、それ! それがイケナイコトって言ってるの!」
そして犬猿の仲の相手も、口では「チェックしてるだけ」と言っているが、アレはどう見てもえっちなことの導入にしか見えない。
伊井野ミコはついに我慢できず、後ろを振り向き大きく声をあげた。
「“会長”も! なにか、この人たちに言ってやって下さいよ⁉︎」
会長……この秀知院学園の生徒会長。
しかし彼女は、白金の髪をなびかせながら、微笑むのみだ。
「っ〜〜〜! もう‼︎ 生徒会はこんな場所じゃなかったはずなのに⁉︎」
少女は一人、嘆いていた――。
□■□■□
“彼”と伊井野ミコの出会いは、生徒会選挙前に遡る……。
尊敬する先輩……藤原千花に、「自分が当選したら副会長になってほしい」とお願いをしに行ったところだった。
藤原千花に近づく、彼女。
だが、そこには既に先客がいた。
それこそが“彼”である。
一学年の上の、八股をかけていると噂の有名人。
「この後、一緒にショッピングでもしに行きましょうよ〜」
甘えた声を出して、男に媚びるような視線を送る先輩。
その姿を見た時、伊井野ミコは焦って駆け寄った。
「藤原先輩⁉︎ どうしたんですか! その男は学園でも有名な浮気魔ですよ‼︎」
「あっ、ミコちゃん! お久しぶり大根!」
「あっ……お久しぶりだいこん! です……って、それよりも!」
「ミコちゃん? 彼は浮気魔なんかじゃないよ? ねっ?」
藤原千花が「ねっ?」と言った相手――男は、気まずそうな顔を浮かべながらも頷いた。
「今すぐ離れてください! その男、信用できませんから‼︎」
し・か・し。
「――ミコちゃんさぁ……。この人のこと何も知らないのに、信用も何もないよね?」
底冷えする声が、尊敬するはずの先輩から放たれる。
「っ……」
その眼光に怯えた伊井野はつい、身体が揺れて倒れそうになる。
その時だった――。
男が――“彼”がほぼ倒れかけたこちらの身体を颯爽と支えた。
いつのまに藤原先輩の隣から、自分のところに移動してきていたのだ。
「えっ……?」
困惑する、伊井野ミコ。
そんな彼女に対し、彼は微笑みを浮かべながら。
――大丈夫か?
腰を優しく支え、そっと脚元に手を添える彼。
控えめながらもがっしりとした手が、こちらの小さな身体を支えていた。
「えっ、えっと……その、ありがとうございます……?」
――怪我しなくてよかった。
「は、はい……助かりました」
最後の方は声が尻すぼみしてしまった。
彼からのどこか懐かしく、暖かな感情。
それはまるで、父性か母性か……いや、その両方だろう。
伊井野ミコは、温かな未知の感情に包まれていた。
――はい、どうぞ。
身体が持ち上げられ、近くの椅子へとそっと下ろされる。
それは繊細でいて、どこか安心感のあるものだった。
「その、本当に……ありがとうございました」
――気にするな。
そんな時、藤原千花が心配そうな表情を作ってこちらに近寄ってくる。
「ごめんね? ミコちゃん……私が変なことしたばかりに……」
「は、はい。大丈夫です、先輩。私が、間違っていました……。いきなり、友達を浮気魔扱いされたら、誰だって怒りますよね……」
「お、怒ってないよ⁉︎ 大丈夫だから、気にしないで!」
「いえ、ですが……」
「本当にもう怒ってないからね⁉︎ 保健室一緒に行こうか?」
「だ、大丈夫です。すべては私が悪くて……」
……
……
……
そんな押し問答が続いたのちに。
伊井野ミコはようやく本題に入った。
「藤原先輩! 私、今度の生徒会選挙に立候補します! なので……私がもし当選したら、副会長になってくださいませんか?」
そして、なんやかんやで。
「その貴方も……“先輩”もよければ私の応援をしてくれませんか?」
――面白い、いいね。
「ええっ⁉︎ でもそしたら会長が怒るんじゃ……?」
――大丈夫っしょ。
彼女は、“彼”を生徒会選挙の仲間に引き入れることに成功した。
きっとこの男性は自分のことを大いに助けてくれる力になるに違いない……そう信じて。
□■□■□
そして迎える、生徒会選挙当日。
伊井野ミコは、緊張でガチガチになりながらも、生徒会選挙当日に臨んでいた。
幼馴染の親友に支えられ、彼女は演説の舞台へと足を踏み入れる。
心臓は激しく鼓動し、手のひらは汗で湿っていた。
しかし、彼女には「自信」があった。
その自信は、“彼”との討論を通じて洗練された公約から生まれていた。
かつての極端な案――例えば「男子は全員坊主」「男女の数十センチ以内の接近禁止」など――は、彼の助言によって現実的かつ魅力的なものへと改良されていたのだ。
「ミコちゃん、深呼吸して。きっと大丈夫だよ」
「う、うん。ありがとう」
伊井野は小さく頷き、大きく息を吸い込んだ。
現生徒会長の演説が終わり、自分の番となる。
舞台へ上がると、スポットライトが彼女を照らす。
聴衆の視線が一斉に集中し、ミコは一瞬息を呑む。
が、すぐに気を取り直して演説を始めた。
「皆さん、こんにちは。伊井野ミコです。私は、この学園の風紀を守り、皆さんが安心して学べる環境を作るために、生徒会長に立候補しました」
最初は震えていた声が、次第に力強さを帯びていく。
彼女は公約を丁寧に説明し、具体的な改善策を提示した。
聴衆からは感嘆の声や拍手が上がり、伊井野の緊張は徐々に解けていった。
演説を終え、舞台を降りた少女の顔には安堵と達成感が浮かんでいた。
「ミコちゃん、すごかったよ! 絶対に当選するって!」
「ありがとう。でも、まだ結果はわからないから……」
彼女は謙遜しつつも、内心では期待に胸を膨らませていた。
そして、選挙の結果が出る。
選挙の結果は、伊井野ミコの圧勝だった。
改良された公約が多くの生徒に支持され、彼女は見事に生徒会長に選ばれた。
喜びとともに、ミコは大きな責任を感じていた。
「おめでとう、ミコちゃん! これから大変だけど、頑張ってね」
「ありがとうございます、藤原先輩。私、精一杯頑張ります!」
……という、夢を見たんだった。
本当の選挙結果はこうだ。
『伊井野ミコ……落選』
現実は残酷であった――。
---
「うっ……ううっ」
伊井野ミコは、生徒会選挙の結果を目の当たりにして立ち尽くしていた。
掲示板に貼られた紙には、冷たく「落選」の二文字が書かれている。
夢の中で見た圧勝の光景とは正反対の現実に、彼女の心は打ち砕かれていた。
涙が頬を伝い、止まらない。
公約を練り上げた夜、また正義感を胸に戦った日々、すべて水の泡になった瞬間だった。
その時、背後から穏やかな声が響いた。
――大丈夫か?
振り返ると、そこにいたのは“彼”だった。
端正な顔立ちに柔らかな笑みを浮かべ、彼はこちらに近づいてきた。
「……先輩? なんですか?」
ミコは涙でかすんだ目で彼を見上げた。
鼻をすすりながら、言葉を詰まらせた。
――選挙、惜しかったな。
彼はポケットに手を突っ込みつつ、気さくにそう言った。
その自然体な態度と温かい言葉に、ミコの凍りついた心が少し解けた気がした。
「だけど、私……落選しちゃって……」
――でも、よくがんばった。
彼の言葉は、まるでそよ風のようだった。
彼女は涙を拭い、彼の穏やかな眼差しに引き込まれるように見つめた。
(あったかい……)
心の中に何か温かなものが流れ込んでいくような気がする。
彼は少し黙って空を見上げると。
ふと思いついたように伊井野に視線を戻した。
――ここに、生徒会の推薦状がある。
彼はそう言って、ポケットから一枚の紙を取り出した。
伊井野は驚いて目を丸くする。
「えっ? 生徒会からの推薦状……ですか?」
――そう。“たまたま“会計監査の席が空いている。君の正義感と真面目さなら、絶対にピッタリだ。私が推薦するから……どうだい?
彼はにっと笑い、自信たっぷりに言った。
その言葉には、少女への信頼が滲んでいた。
「でも、私、選挙で負けたのに……。そんな大事な役割、務まるでしょうか……」
――選挙で君の実力を見せてもらった。君がやる気ならすぐにでも推薦したい。
彼の軽やかな口調と温かい眼差しに、少女の心に小さな火が灯った。
落選のショックで暗闇に沈んでいた彼女に、彼が差し出した一筋の光。
それは、新たな可能性だった。
そして、伊井野ミコは決心した。
「……わかりました。先輩、私、やってみます。皆のために働けるなら」
――よし、決まりだな。では早速。明日から、生徒会室に来てほしい。
彼は満足そうに頷き、ミコの肩を軽くポンと叩いた。
その仕草に、ミコの胸が不思議とぼんやり温かくなった――。
□■□■□
そして、話はようやく冒頭に戻る。
憧れの生徒会にそのメンバーとして迎え入れられた彼女は……。
「風紀が乱れています! ダメだと思います!」
○孤独で寂しい気持ちは正義感で隠してきた。
○○○それでも本当は誰か甘えたかった。
○○○○○そんな時に現れるは貴方。
○○○○○○理想郷は倒れた瞬間。
○○○○○○○父性母性伊井野
「私だって……! 本当は先輩に甘えたいんですから‼︎」
皆がそれぞれ“彼”に接触する中……。
伊井野ミコは、特大の抱きつきを披露するのであった——。
―END―