「北崎さん。貴重な情報をありがとうございます」
「別にお礼なんていいですよー。僕も聞きたいことが聞けたから」
バー・クローバーのカウンター席で隣同士に座りながら情報を交換していた村上と北崎。
浅倉関連の騒動の後に村上が最初に行ったのは北崎への確認であった。彼が浅倉と最初に接触し、スマートブレイン社襲撃の切っ掛けになっていたからである。
普段はあてもなく放浪している北崎であったが、このとき運良くバー・クローバーに居た。その理由は北崎の方も浅倉に関して話したいことがあったからだ。
「しかし、北崎さんが誰よりも先にミラーワールドを体験していたとは……しかも、生還もしている。流石は上の上、としか言いようがないですね」
「ミラーワールドね……人がごちゃごちゃしていないからお昼寝するには良い場所だよねー……でも、文字が全部逆になっているから目が疲れちゃった……」
鏡の向こう側の世界に行った感想がこれである。このズレた感性こそが北崎らしかった。
「まさか、そんなものがあるなんて……非科学的な……」
「でも、実際にあるから仕方ないじゃない、琢磨君? それとも村上君と北崎君の言っていることを疑うのかしら?」
「わ、私は実際に見ていないのですぐに信じられないだけです……それにライダーという力も……」
いまいち信じ切れていない琢磨だが、村上と北崎がミラーワールドの存在を認めてしまっている以上強くは否定出来ない。そもそも、その二人相手の否定出来る度胸が無い。
ミラーワールドと一緒にライダーのことも教えられていた。そして、変身者が巷では悪い意味で有名な浅倉であることも。因みに村上が言うまで北崎が戦ったのは浅倉であることを冴子も琢磨も知らなかった。北崎が浮世離れした生活をしている為、浅倉の顔も名前も知らなかったことが理由である。
「浅倉威……私たちが思っている以上の凶悪犯のようね」
「……私としては北崎さんの方が凶悪だと思いますがね」
普段からされていることがされていることなので凶悪犯だがたかが人間の浅倉よりも真の意味で怪物である北崎の方が琢磨にとって上の位置付けであった。
北崎への不満を内心抱きながら琢磨が二人の様子を窺ったとき、ビクリと体を震わせた。てっきり村上との会話に集中していると思っていた北崎が、こちらを向いていたからだ。
「ねぇ。琢磨君も聞いてたでしょ?」
村上の傍を離れ、わざわざ琢磨の近くの席に座る。
「僕が本当のことを言っていたって」
「そ、そうですね……」
「じゃあ、言うことがあるよねぇ?」
「い、言うこと……?」
北崎の意図を察せられない琢磨が聞き返すと、北崎は琢磨の頬に人差し指の第二関節を押し当てグリグリと押し込む。
「やだなぁ。こういうときは、『疑ってごめんなさい』って言うよねぇ?」
押し当てられた箇所が灰化して零れていく。琢磨は恐怖し、舌が縺れて上手く喋ることが出来ない。
「う、うう、うたが……ご、ごめ……」
「なーにー? 聞こえないよー?」
調子に乗って琢磨を虐め続ける北崎であったが──
「北崎さん。もうその辺でよろしいでしょうか?」
──村上から待ったが掛けられた。
「今後はラッキー・クローバーの方々にも依頼することがあると思われます。私としては動く前に足並みの乱すことは止めて欲しい」
冴子は内心驚く。普段は北崎の好きにやらせている村上が苦言を呈したのだ。今回の件でどれだけ村上が本腰を入れているのかが分かる。
村上から注意され、北崎は琢磨から指を離す。琢磨は灰化した頬を涙目で擦っている。
「へぇ……」
北崎の目が村上へ向けられた。少なくとも敵意は無い。村上の心境を知りたい様子であった。
「北崎さんの話には大いに意義がありました。我々オルフェノクはミラーワールドへ適合することが出来ます。まだ、ミラーワールドに自由に出入りする方法は分かっていませんが、それさえ知ればミラーワールドはオルフェノクにとっての新世界となる筈です」
単純に考えれば世界が倍の広さへと変わるということ。しかも、そこに住むことが出来るのは元々生息しているミラーモンスターと進化した人間であるオルフェノクだけ。ミラーモンスターもオルフェノクの力があれば撃退することも難しくは無い。
「我々がミラーワールドを支配する……面白いとは思いませんか?」
鏡の中の世界を支配する。幻想的であり壮大な話であるが、魅力を感じないと言えば嘘になる。
「へぇ。面白そう」
「ええ、そうね」
北崎と冴子は興味を示す。琢磨は相変わらず頬を抑えて半泣き状態であったが、口を挟むことはしなかった。
「あ、でも浅倉って人は僕が倒すから誰も手を出さないでね?」
北崎が前以って釘を刺して来る。
「彼は僕の獲物だから」
北崎は笑みを消し、無表情で告げる。村上たちはそんな北崎の様子を珍しいと感じた。すぐに興味が移ろう性格をしている彼が浅倉という個人に執着しているのだ。
「ええ。北崎さんに任せます」
北崎がやる気になるのは村上にとっても都合が良いので北崎の自由にさせる。
「──ところで澤田さんはまだいらっしゃらないのですか?」
ラッキー・クローバー最後の一人の所在を確認する。
「彼、連絡が取れない上にあまりここには馴染んでないから、中々捉まらないのよ」
冴子は苦笑し、未だに澤田が顔を見せないことを教える。
「残念ですね……情報はなるべく早く共有したい所なのですが……」
「澤田君が来たら、全部話しておくわ。信じるかどうかは分からないけど」
「頼みます。今回の件は彼の力も必要になると思いますから」
澤田にも事情伝えるよう頼むと村上は席を離れる。すると、タイミング良くドアが開いた。開けたのは待機していたレオである。
「何か進展があったら伝えます。そちらも何か情報を得たら報せて下さい」
村上はそう言い残し、ドアの向こうへ去っていく。ドアを閉める間際、レオと北崎たちは目が合った。
『バイバイ』
レオは愛想の良い笑みを見せ、軽く手を振りながらドアを閉める。
「バイバーイ」
北崎も二人が去るのを手を振って見送っていた。
「今のがレオって子ね。案外可愛らしかったわね」
「知ってるのー、冴子さん?」
「……一体誰なんですか?」
初対面の北崎と琢磨は何か事情を知っている冴子に説明を求める。
「村上君直属の部下よ。所謂、懐刀という奴かしら。それを連れて行動しているとなると村上君も本気のようね」
普段は裏の仕事をさせている者たちも動員している様子から、村上の今回のことに対する本腰の入れ具合が伝わってくる。
「……所詮は汚れ仕事専門でしょう? 我々、ラッキー・クローバーに及ばないと思われますが……」
「どうでしょうね……それにレオって子には面白い噂があるのよ」
「面白い噂……それって何……?」
面白いという言葉で北崎が喰い付く。
「彼、オルフェノクの姿にならないオルフェノクなんですって」
◇
それから数日間は両陣営の大きな衝突は無かった。だが、水面下では確実に事態は進んでいた。
村上たちは断片的な情報から神崎に関係する情報を搔き集めていく一方で、スマートブレイン社に属するオルフェノクたちが謎の失踪を遂げていた。
村上たちは神崎を徐々に追い詰めていきながら、神崎も徐々に村上たちの力を削いでいく。
そして──
◇
そこは阿鼻叫喚の地獄であった。数分前まで仲間たちと楽しい思い出を作っていた筈なのに知り合いが一人、また一人もの言わぬ灰へと変わり果てていく。
その光景を腰を抜かした状態で見ている男。彼の視線の先には友人の首を掴んで持ち上げる灰色の怪人が立っている。
太い腕と指が喉の食い込み、喋ることすら出来ない友人。仮に首を掴まれていなくても恐怖で声を発することが出来なかったかもしれない。
ゴリラに似た灰色の怪人──コングオルフェノクが口を開く。すると、口の中から数本の触手が伸び、男の友人の口内へと侵入していく。
入り込んだ触手はそのまま心臓へと達し、そこからオルフェノクの血ともいうべきエネルギーを注ぎ込む。途端、心臓は耐え切れなくなり青い炎に包まれて消滅した。
コングオルフェノクが手を離す。男の友人はそのまま力無く倒れていき、地面に着くと同時に灰となって散らばった。
オルフェノクはこうやって仲間を増やす。だが、この方法でも仲間を増やせる確率は低い。百人に行って一人成れば上出来。大半の人間はオルフェノクに進化する前に灰となって死ぬ。
「ひ、ひぃぃぃぃ!」
男の恐怖が一回りし、生存本能に火が点いたのか完全に腰が抜けた状態ながらも這ってその場から逃げ出すが、素人の匍匐前進が出せる速度は悲しいほど鈍い。
すると、目の前に誰かの足が見えた。男が見上げる。
目深に被ったキャップと首元に巻いたスカーフのせいで殆ど顔が見えない。外に漏れる程の大音量を鳴らしたヘッドホンを付けてた長髪の青年が足元の男を見下ろしている。
「た、たた、助け……」
上手く喋ることが出来ず、何度も嚙みながら助けを求める男。すると、青年はポケットから紙マッチを取り出し、一本だけ火を点ける。そして、いつの間にか持っていた折り鶴にマッチの火を付けた。
燃える折り鶴が地面へ放り投げられる。青年の儀式染みた奇行に意味が分からない男は、青年を掴みながら何とか立ち上がり感情のまま怒鳴る。
「は、早く、け、警察を──」
男の体が一瞬震えた。男は異物感を感じ、視線を下げる。男の胸には八方手裏剣に似た巨大な凶器の刃が突き刺さっていた。
それが何かを、そして青年が何者かを理解する前に男は仰向けに倒れ、やがて灰と化す。そのタイミングで折り鶴も燃え尽きた。
「なーんど。お仲間か」
コングオルフェノクの影に人の姿が投影される。十秒先のことも十秒後のことも考えていなさそうな軽薄さしか感じられない顔付きの男であった。
コングオルフェノクは一連の動きを見て青年が自分と同じオルフェノクであることが分かり、少しだけ残念そうにしている。
青年はコングオルフェノクに興味がないのかさっさとこの場から去ろうとするが、そんな彼をコングオルフェノクは呼び止めた。
「なあ! あんたもスマートブレインのオルフェノクなんだろ? オルフェノク同士折角出会ったんだから手を組まないか!」
コングオルフェノクの提案に対しても青年の足は止まらない。
「噂のベルトを手に入れたら一気に偉く成れる! あのラッキー・クローバー入りも確実だって話だ! こんな美味しい話もそうは無いだろ?」
事情を知る者が居れば噴飯ものの提案だっただろう。何せ、コングオルフェノクが話し掛けている人物こそがラッキー・クローバーのメンバー──澤田亜希なのだから。
全く興味を示さず、耳も貸さずに澤田は歩く。
「なあ! あんたもオルフェノクなら──」
不意にそこで会話が途切れた。一秒、二秒経っても続く言葉が無い。澤田も不自然に思ったのかやっと足を止めて振り返った。
そこに居た筈のコングオルフェノクが消えている。近くに姿も見えない。
澤田は気味の悪いものを感じ取り始める。
『──痛ましいな』
突如として掛けられる声。澤田は周囲を見回すが声の主はいない。
『それは哀悼の意か?』
男の声だが、妙な音と混じって聞こえるので聞き辛く、位置も特定出来ない。
「誰だ……!」
『それとも自分の中の人間性との決別か?』
嘲笑を混ぜた声に澤田は苛立ちを覚える。
「何処にいる!」
『だったら尚更痛々しいな』
澤田は声の主を探し続け、見つけた。止めてある車の窓ガラス。そこに柱へともたれ掛かっている姿が見える。柱の影に入っているせいで輪郭ぐらいしか見えない。
澤田は振り返り、柱の方を見る。しかし、そこに居る筈の人物は居なかった。
再び車の窓ガラスを見る。ちゃんとそこにはいる。だが、振り返るとやはりいない。
「どうなっている……!」
窓ガラスの中にしかいないその男に澤田は焦りを覚えた。今まで経験したことのない未知がそこにある。
『俺がお前の迷いを断ってやる』
影の中でその男は漆黒のカードデッキを取り出す。黒い龍の紋章が刻まれたそれを突き出すと男の腹部にVバックルが出現した。
『……変身』
カードデッキが装填されると黒い虚像が重なり合って男を変える。
鉄仮面を彷彿させる多数のスリットが入った仮面。額から頭頂部にかけた部分に描かれる黒い龍の紋章。スリットの向こう側には赤い双眼が浮き上がるように輝く。上半身に纏う装甲。左腕には龍の頭部を模したガントレットが装備されていた。
全身をほぼ黒に染め上げられた漆黒の戦士。カツン、カツンと一歩一歩澤田の方へ近付いて来る。
相変わらず窓ガラスにしか映らない相手を澤田は理解出来なかったが、このままではやられると思い、オルフェノクの姿へと変身する。
人間の頭髪のように四方へと伸びる頭部の形状。顔面中央に収まっている単眼。腕、膝関節部分が蛇腹状になっており、両脇にはジョロウグモの姿がデザインされている。
蜘蛛の特性を持つスパイダーオルフェノクは、車の窓ガラス目掛けて武器である八方手裏剣を突き刺した。
窓ガラスは突き破られる。しかし、手応えは無い。すると──窓ガラスから出て来た手が八方手裏剣を掴み、それごとスパイダーオルフェノクを引き摺り込む。
視点が一瞬おかしくなったか思えば同じ場所に立っているスパイダーオルフェノク。だが、今居る場所に強烈な違和感を覚えた。
知っている筈なのに何かが違う世界。
すると、突然空から何かが降ってきて地面に落ちた。それは居なくなったコングオルフェノクであった。
スパイダーオルフェノクは近付くことはしなかった。何故ならば仰向けになっているコングオルフェノクの傍には漆黒の戦士──リュウガが立っている。窓ガラス越しでは無く実体として。
リュウガは鼻で笑うような仕草をするとコングオルフェノクの首に足を乗せる。まだ息があったコングオルフェノクは呻きながらその足をどけようとし──ゴキリ、という音の後に動かなくなる。
コングオルフェノクは間もなくして灰になり、リュウガはそれを踏み躙りながらスパイダーオルフェノクへと近付き始めた。
灰と黒。二体の人でない者たちの戦いがミラーワールド内で始まろうとしている。
その戦いを遠くから眺める者がいた。青いラインが体の至る箇所に入った白虎を彷彿とさせる仮面の戦士。
「僕、どっちを倒せばいいのかな……?」
神崎のライダーの中で最も大きな歪みを抱えたライダーは答えを求めるように静かに呟いた。
スマートブレイン側が勝つにはとある人物の協力が必要
その人物と関わるには避けては通れない人物として彼が登場しました。