先に仕掛けたのはスパイダーオルフェノクの方であった。走り寄って八方手裏剣を上段から袈裟切りする。
リュウガは上半身を横へ傾けることで容易く回避。空振りした直後にスパイダーオルフェノクは八方手裏剣を真横に振るう。
軌道を無理矢理変えての追撃に対し、リュウガは八方手裏剣の下に潜り込んでその攻撃も空振りさせた。
スパイダーオルフェノクが八方手裏剣を振り抜くと同時にリュウガは斜め前に出る。スパイダーオルフェノクの背後へと回り込む形となる。
後ろを取られたスパイダーオルフェノクは振り返りながら八方手裏剣を構えるが、リュウガは背中を向けたままスパイダーオルフェノクの腹部へ後ろ蹴りを打ち込んだ。
「うっ!」
反応出来ずに直撃を受けてしまったスパイダーオルフェノク。すぐに体勢を立て直そうとするが、いつの間にかリュウガがスパイダーオルフェノクの前に立っている。
そこから素早い左右の拳の連打。胸部、腹部、鳩尾へ抉るように打ち込まれ、スパイダーオルフェノクの動きが止まると強烈なアッパーがスパイダーオルフェノクの顎を突き上げた。
仰け反り、後退するスパイダーオルフェノクの腹にリュウガの前蹴りが刺さり、そのまま蹴り飛ばされた。
「がはっ!」
スパイダーオルフェノクの体が数メートル程飛んで行く。
リュウガの回避する動きに無駄は無く、攻撃には容赦が無い。的確に急所を打つその様には冷酷さしかなかった。
強い。スパイダーオルフェノクは否が応でもリュウガの強さを認めざるを得なかった。実際に戦っているからこそ分かってしまう。相手が自分の一段階上の強さにいることが。
前に北崎に圧倒されたことを思い出す。こちらはオルフェノクに変身していたが、人間の姿のままの北崎に一蹴された。あのとき感じた力の差と屈辱感が蘇ってくる。
「この程度か」
片膝をついているスパイダーオルフェノクを見下ろしながら、リュウガは悪意を込めて嘲る。
「人間の進化した先……大層な肩書きだが、オルフェノクはどれもこれも大差ないな」
何度かオルフェノクを狩ってきたような発言。スパイダーオルフェノクは知る由も無いが、リュウガは今日に至るまでオルフェノクを人知れずに狩ってきていた。スマートブレインに属するオルフェノクもいれば、力に目覚めただけの野良のオルフェノクなど対象は無差別である。
「黙れ……!」
「お前は本当に進化した存在なのか? それともそうだと自分に言い聞かせているだけか?」
スパイダーオルフェノクが人を殺めるときに見せた折り紙を燃やすというルーティン。スパイダーオルフェノク自身は自らの人間性を捨てる為の行為として行っていたが、リュウガの目には別のものとして映った。
「うるさい……!」
「ふっ。中途半端な奴だ」
リュウガの言葉はスパイダーオルフェノクの心へ深く突き刺さる。彼にとって最も言われたくない言葉であった。
「お前ぇぇぇ!」
スパイダーオルフェノクは激昂し、その場から跳ねるように前へ飛び込む。
接近と同時に振るわれる八方手裏剣。リュウガはそれを相変わらず紙一重で避けてしまう。
スパイダーオルフェノクは怒りのまま乱暴に八方手裏剣を振り回すが、どれもリュウガに触れることが出来ない。
怒ることでスパイダーオルフェノクの速さは確かに上がったが、その分攻撃に精細さが欠けてしまい単調なものになっている。身体能力が向上しても分かり切った攻撃に当たるリュウガではない。
「はあっ!」
八方手裏剣を突き出す。リュウガは後ろへ跳躍して刃が触れることは無かった。両者の間合いが広がるとスパイダーオルフェノクはリュウガ目掛けて八方手裏剣を投げ放った。
「くらえっ!」
リュウガはその行動を愚行と言わんばかり鼻で笑う。顔面目掛けて飛んで来た八方手裏剣を、横へ一歩動くことで簡単に回避し、八方手裏剣は命中先を失って彼方へと飛んで行く──
「──ん?」
リュウガは気付く。顔のすぐ傍に伸びている太い線のようなものがあることに。その先は飛んで行った八方手裏剣と繋がっており、その端はスパイダーオルフェノクの腕と繋がっている。腕や脚にある蛇腹の部分が伸びていたのだ。
そして、投げたと思っていた八方手裏剣は実は腕を伸ばしてそう見せただけ。伸びたということは、その逆も出来るということ。
リュウガもそれに気付き、急いでその場から移動しようとする。だが、リュウガが動く前にスパイダーオルフェノクの伸びた腕は急速に縮む。
金属が擦れ合う音と一瞬の火花が起こる。背後から戻って来た八方手裏剣の刃がリュウガの頬を裂いたからであった。
腕を元に戻したスパイダーオルフェノクは内心舌打ちをする。伸縮自在の腕や脚は村上たちにも見せたことがないスパイダーオルフェノクの隠し技である。それを用いてリュウガにダメージを与えたが掠り傷。凄まじい反応速度によりその程度に抑えられてしまった。
奇襲に失敗したスパイダーオルフェノクはここからどう戦うか考え始めた矢先──リュウガの眼光により息を呑む。
周囲の温度が数度下がったかのような寒気。リュウガの殺気に満ちた赤い目がスパイダーオルフェノクを射殺すように凝視し続けている。
思いもよらない傷を貰ったことで、リュウガの中のスパイダーオルフェノクへの殺意が満ちる。
殺す、という言葉の代わりに一瞬で距離を詰めての膝蹴りがスパイダーオルフェノクの腹を突き上げた。
肺が潰れてしまうような衝撃でスパイダーオルフェノクの体はくの字に折れる。その背に振り下ろされるリュウガの肘。前のめりに倒れそうになるが、リュウガはスパイダーオルフェノクの頭を掴んで倒れることを許さない。
頭を引っ張り上げて放すとリュウガはスパイダーオルフェノクの顔面に上段蹴りを打ち込む。更に足を振り抜いた勢いを利用して今度は反対の足による後ろ回し蹴りを側頭部へ入れる。
スパイダーオルフェノクの意識は半ば飛び掛け、蹴られたせいで駒のように体が回る。
体の向きが百八十度回転したとき、スパイダーオルフェノクの首は背後から伸びてきたリュウガの左腕によって締め上げられた。
「ぐ、が、はな、せ……!」
頭を蹴られたせいで世界がドロドロに溶け合ったように映る中でスパイダーオルフェノクは首を締めるリュウガの左腕を引き剥がそうとするが、意識の混濁で力が入らないという理由もあるが、それ以上にリュウガの腕力はスパイダーオルフェノクの力を凌駕しており引き剥がすことが出来ない。
リュウガは左腕でスパイダーオルフェノクの首を締めたまま右手で左手の黒い龍のガントレット──ブラックドラグバイザーをスライドさせ、露出したスロットにカードを入れて元の位置に戻す。
『SWORD VENT』
低い電子音声と共に天から青龍刀のような形状をした黒い柄の剣が飛んで来てリュウガの右手に収める。
リュウガはスパイダーオルフェノクの鈍色に輝く刀身を見せつけながら、わざとゆっくりとした動きで黒い青龍刀──ドラグセイバーの刃をスパイダーオルフェノクの胸に押し当て──一気に刃を滑らす。
「ぐあああっ!」
刃と灰色の体の間から血潮の如き火花が散り、スパイダーオルフェノクは声を上げてしまう。
リュウガは左腕の拘束を緩め、スパイダーオルフェノクを解放する。当然ながら逃がす為ではない。
ドラグセイバーが振り下ろされ、スパイダーオルフェノクの体は斬り付けられ、切り返された刃で対称の傷が刻まれる。わざわざ解放したのは、その方が斬り易いからであった。
スパイダーオルフェノクを捌くかのようにリュウガの剣が走る。
滅多斬りという言葉を体現させるかのようにスパイダーオルフェノクの体中を斬りつけていくリュウガ。
無傷の箇所を探すのが難しい程に全身に切傷を刻み込まれるが、それでもまだスパイダーオルフェノクは生きている。怪人故の生命力が彼に容易く死を与えない。
斬られながらもスパイダーオルフェノクは反撃の機会を窺っている。このままやられるつもりはなかった。彼はまだ道の途中、人間とオルフェノクの狭間を彷徨っている者。人としてもオルフェノクとしても死ねない。
リュウガは大振りの構えをとる。トドメの一撃の為である。隙が大きくなった瞬間、スパイダーオルフェノクは八方手裏剣を突き出した。
「なっ……」
八方手裏剣はリュウガの眼前で止まっていた。八方手裏剣の中央部分にドラグセイバーが差し込まれ、それ以上先に押し込むことが出来ない。
「残念だったな」
リュウガはスパイダーオルフェノクを嘲る。全てはリュウガの掌の上。隙を作ってみせたのもわざと。避けることも出来たのにドラグセイバー一本で止めたのは技量の差を見せつける為。スパイダーオルフェノクの体だけでなくその心まで殺そうとしている。
リュウガはドラグセイバーの刃を絡めるようにしてスパイダーオルフェノクの手から八方手裏剣を取り上げ、彼方へ投げ捨てる。そして、無手になったスパイダーオルフェノクの腹に後ろ回し蹴りを叩き込み、蹴り飛ばす。
数メートル宙を移動した後地面に落ち、そこから同じ距離を滑走する。
「うっ……」
スパイダーオルフェノクは呻いた後に意識を失い、オルフェノクの姿から人間の姿へと戻ってしまった。
リュウガは気を失った澤田を暫くの間凝視する。
「……やはり消滅しないか」
ミラーワールド内でオルフェノクはミラーモンスターと同様に適合出来る。北崎に続いて澤田もそれを証明する。
「忌々しい……!」
嘲笑など澤田に対して見下す言動が多かったリュウガが嘲り以外の感情を見せる。それは怒りと嫉妬の感情。リュウガはとある事情により現実世界とミラーワールドに適合出来るオルフェノクに劣等感に近い感情を覚えており、それが表に出て来ていた。
リュウガはブラックドラグバイザーに新たなカードを挿入する。
『STRIKE VENT』
掲げたリュウガの右腕に龍の頭部を模した手甲型の打撃武器──ドラグクローが装着される。
リュウガがドラグクローを付けた状態で構える。それに呼応し、空から黒い龍が舞い降りて来る。彼の契約モンスターであるドラグブラッカーはリュウガの周りを旋回しながら合図が下されるのを待つ。その口からはリュウガの内面を表すような青黒い炎が漏れ出していた。
構えたドラグクローが突き出される。凶悪なる力が解放された瞬間──
『FREEZE VENT』
──全てが凍結された。ドラグブラッカーも、そして主であるリュウガも。
「あれ……?」
この事態を引き起こした張本人は何故か困惑した様子で物陰から出て来る。
マッシブな印象を与える上半身の白い装甲。複数のスリットが入った仮面の両頬には髭にも爪にも見える装飾。体の至る箇所に青い線が入っており、総合して見ると白虎をイメージさせる。
名もその通りタイガと与えられている彼は、片手に斧を持っている。刃の付け根に虎の頭部のカバーが付けられていた。
「何で停まったんだろう?」
ドラグブラッカーと共に凍結させられ、白い霜を付けているリュウガを見てタイガは首を傾げていた。
彼が使用したフリーズベントはミラーモンスターと、ソードベントなどのミラーモンスター由来の力を瞬間凍結させて動きを封じる能力を持つが、ライダーまで凍結したのは初めてのことであった。
フリーズベントで動きを封じて奇襲するのが彼の得意戦法であるが、思わぬ事態に出て来てしまう。
「どうしよう……先生に言った方がいいのかな?」
彼が最も信頼し信奉し敬愛する人物に相談すべきか考えるタイガ。そのとき、澤田の呻き声が耳に入ってくる。
「……取り敢えず、こっちから先に倒しちゃおう」
リュウガは保留にし、先に澤田から始末することを決断する。
斧──デストバイザーの柄を握り締める。
「ごめんね。でも、君は化け物だし、仕方ないよね?」
命を奪うことを本気で謝っているが、行動に一切反映されない。常人には理解不能な感性によりタイガは行動している。
やがて、タイガの足が澤田の傍で止まり、そして──
『ACCELE VENT』
何処からか女性の音声が鳴ると二つの黒い影が高速で疾走し、タイガと澤田を何処かへ連れて行ってしまう。
暫くしてフリーズベントの効果が切れたリュウガ。動けなかったが意識はあったので何が起こったのか分かっている。リュウガは不愉快そうに吐き捨てる。
「
◇
リュウガも追えない位置にまで移動すると影は止まり、澤田とタイガはそこへ降ろされる。そして、二つの黒い影のハッキリとした姿も分かった。
漆黒のボディに金のラインが入った装甲。昆虫のコオロギを連想させる生物的な要素の多い頭部。右腕にはカードを通すスラッシュリーダーを装備。腹部にはライダーと同じバックルとカードデッキがあるが、特徴は同じだが形は異なっていた。
二体は同じ姿だが、多少の差異はある。片方は額に銀色でVと描かれ、ボディの両サイドに白い線が引かれている。
「おい! 何勝手な行動をしているんだ!」
Vのマークの無い方がタイガへ詰め寄りながら怒鳴る。
「ごめん……仲村君……」
顔を伏せながら謝るタイガ。すると、Vマークの方が割って入ってくる。
「そこまでです」
「先生……!」
憧憬の対象から庇われたことに感激した様子のタイガ。
「東條君。仲村君の言う通り単独行動は感心しません」
窘められ、落ち込むタイガ。
「ですが、貴方の行動で人一人の命が救われました。それはとても素晴らしいことです」
褒められ、仮面越しでも分かるぐらいにタイガは表情を輝かせる。
「はい! 僕もそう思います!」
ほんの少し前までその人物を殺そうとしていた者とは思えない発言である。
「しかし──」
先生と呼ばれた彼は気付いていた。澤田が普通ではないことに。ミラーワールドで生身のまま存在し続ける異常性に。
「彼にも話を聞く必要がありますね」
個人的にも好きなオルタナティブたちの登場と同時に今作で最もまともな香川先生と仲村の参戦となります。