「うっ……」
瞼越しに光を感じ、澤田は呻きながら体を起こそうとする。途端、鋭い痛みが全身に走る。同時にリュウガにより自分が滅多切りにされたときの記憶が蘇ってきた。
オルフェノクの力を手に入れてからあそこまで一方的にやられたのは初めての経験である。恐怖よりも怒りと屈辱を覚え、今すぐにでも仕返しをしたい気分であった。
そんなことを考えていたら、ふと気付く。自分が今、何処にいるのか。少なくともリュウガと戦った場所ではないことは分かる。仰向けになっている澤田は、柔らかな感触によって挟み込まれていた。これは布団の感触である。
それが分かると閉じていた瞼が開く。最初に目に映ったのは天井。次に視界を左右に動かす。これといった物が置いていないシンプルを通り越して質素な室内。そのせいか壁際に置いてある全身鏡が目だって見える。当然ながら澤田にとって見覚えの無い場所であった。
「ここは……」
澤田は体を起こす。そして、自分の体を見た。腕には包帯が巻かれ、頬などに絆創膏も貼られて簡単ながら治療をされた跡がある。
澤田はもう一度室内を見回すと、近くのテーブルに澤田の帽子とヘッドホンなどが置かれてある。
何故ここに居るのか、と澤田は困惑する。リュウガに不自然な空間に連れ込まれて敗北した後の記憶は無い。誰かが澤田をここへ運んだことには間違い無い。
「あれ? 起きた?」
部屋の奥から誰かがやって来て、澤田が起床していることを確認する。年は二十代。あまり目立った要素の無い、良く言えば落ち着いた雰囲気の、悪く言えば特徴の無い青年。
見知らぬ人物に警戒する澤田だが、彼の警戒を余所に持っていたトレイを布団の傍にあるテーブルへと置く。トレイには焼かれたトーストと目玉焼き、サラダが乗せられてある。
「朝食を作ったんだけど、食べる?」
「……」
澤田は答えない。というよりも答えられる状況ではなかった。分からないことが立て続けに起こったせいで軽くパニックになっている。
「要らないなら、先に食べるよ?」
トレイに載せられた朝食は二人分あり、青年はテーブル前に座ると澤田の返事を待つ前に自分で作った朝食を食べ始める。
「何なんだお前は……?」
澤田の口からやっと出て来た言葉は、現状と青年に対する困惑の声であった。
「東條悟」
「何?」
「僕の名前」
青年こと東條は簡単な自己紹介を済ますと再び朝食を食べ出す。澤田は別に東條の名を知りたくて言った訳では無い。何処かズレた感じがする東條に澤田は得体の知れないものを感じた。
「──食べないの?」
東條がまた催促してくる。名前以外全く知らない人物の作った料理を食べるのは抵抗感を覚えるが、澤田が空腹を感じているのも事実。万が一として毒を盛られている可能性もあるが、オルフェノクになったことで常人よりも丈夫になっているので死にはしない。一応は警戒しながらも焼かれたトーストを手に取り、齧る。
表面は固く、中は柔らかく、噛むと香ばしい匂いが鼻を抜けていく。変哲もないただ焼いただけの食パンだが、空腹の澤田にとっては美味であった。
暫くの間、食事に集中しているので室内は咀嚼音以外の音が無くなる。
正直こんなことをしている場合では無いと澤田は頭の片隅で思っていた。色々と訊くことが多々ある。何故ここにいるのか、どうして連れてきたのか、何で助けたのか、など。それを訊く前に話の流れと食欲に抗えず正体不明な男と顔を突き合わせて朝食を摂っている。客観的に見ても理解の追い付かない展開であった。
「そっちは?」
「何? そっち?」
急に東條から話し掛けられ、言っている意味が理解出来ずに澤田は聞き返す。東條は目玉焼きを箸で突いており、目を合わせようとしない。
「君の名前」
視線を目玉焼きに向けたまま質問を補足する。
噛み合わない奴だ、と澤田は内心愚痴る。最初から話の通じない奴と違って一応は会話が出来るので余計に面倒に感じる。
澤田は名乗るべきかどうか考える。別に知られたところでデメリットは無いが、素性の知らない相手に名乗る気にはならない。
「僕は自己紹介したし、君も自己紹介をした方がいいかも……礼儀として」
澤田を見向きもせずに目玉焼きの黄身を突き続ける東條。人と目を合わさず目玉焼きの黄身と目を合わせている奴に礼儀云々言われることに腹立たしさを感じるも──
「……澤田亜希」
──嫌々ながらも名乗った。
「そう」
無関心を固めたような一言で済まし、東條は突いていた黄身を破って目玉焼きを食べ出す。
呆気にとられる澤田。すぐにそれも怒りに変わり殺したくなってくるが、例え殺意であっても東條という良く分からない男と交流したくもないと思い、さっさと食事だけ済ませて出ていくことを決める。
そう決断すると澤田は黙々と食事を続ける。これ以降二人の間に会話は無い。
澤田は最後に残った一齧り程度のトーストを口に放り込もうとして動きが止まった。視線を感じ、東條の方を向くと今度は何故か東條が澤田を観察するようにジッと凝視し続けている。
「……何だ?」
暗い穴のような両眼を向けられ、澤田は不愉快そうに言う。その目に既視感を覚える。オルフェノクになった者の中には東條のような目をした者が何人もいた。そして、澤田自身も──
「普通に食べるんだなって。何か違うかもしれないと思ったから……」
「……食べ方なんて誰も同じだ」
「でも、君って怪物でしょ?」
澤田は一瞬東條が何を言っているのか分からなかった。言っている内容を理解したとき、澤田は立ち上がって東條を睨む。
「お前……俺がオルフェノクだというのを知っていたんだな……!?」
「へぇ……あの姿ってオルフェノクって言うんだ……」
東條は特に興味が無さそうに言う。澤田は舐められていると思ったのか、顔に紋様を浮かび上がらせた。
「恩を着せているつもりかは知らないが、自分が死なないと思っているのか?」
澤田の殺意は本物であった。リュウガから助けられ、怪我の手当てもされ、普通の人間ならば恩義を感じるかもしれない。しかし、澤田はオルフェノクであろうとすることに強く拘り、自分の中の人間性を全て捨てようとしている。恩を仇で返すことに躊躇いはない。
「……止めた方がいいかも。折角助かったんだし」
「止めると思うのか?」
「それに先生も君と話したいって言ってたし……」
「その先生が誰かは知らないが、俺には関係無い」
すると、今まで無気力に見えた東條の目に険呑な光が宿る。
「香川先生に迷惑を掛けないでくれるかな……?」
一見すれば平凡そうに見える東條から放たれる危険な気配。それと同時に澤田はある音を耳にする。それはリュウガが初めて現れたときと同じ、耳障りな音。
「これは……!?」
澤田は驚き、周囲を見回す。窓ガラスなどを見るがリュウガの姿は無い。
そのとき、音に混じり別のものが聞こえて来る。それは普通の一室ではまず聞こえる筈の無い猛獣の声──虎の咆哮であった。
「こいつは!?」
そして、気付く。全身鏡に映り込む怪物がこちらを見ていることに。
その怪物は虎に似ていた。白い体に青の縞模様が入っている。だが、本物の虎のように四足ではなく二本の足で立っている。上半身は鎧を彷彿させるような外骨格出覆われている。頭頂部には耳が生えており、目は黄色で黒目は無い。首周りも外骨格が守られているので顔の下半分が胴体に埋もれているように見える。
東條の契約モンスターであるデストワイルダーは、手甲のような両手から伸びる五本の爪を澤田に向けて威嚇をしている。
澤田は鏡と鏡の前を交互に見る。やはり、鏡の前に何も無く、デストワイルダーは鏡の中のみに存在した。
「お前もあの黒い奴と関係があるのか……!」
「知りたい? 先生も君に色々と訊きたいって言ってたよ」
東條を薄く微笑む。冷笑ではなく友人に向けるような柔らかな笑み。しかし、場違い過ぎて澤田には不気味な笑みにしか見えなかった。
「だから、今から先生に会いに行こう」
澤田に選択肢など存在しなかった。
◇
清明院大学。その研究室内で二人の男性がいた。
片方は眼鏡を掛けた白衣の男性、もう片方は私服姿で心なしか不機嫌そうな表情をしている。
「仲村君。申し訳ないですが、急用が出来てしまったので少し離れます。もし、東條君が彼を連れて来たら先に話を聞いておいて下さい」
「今からですか?」
仲村と呼ばれた男は、白衣の男性の話を聞いてますます表情を険しくする。
「私も参加したいのは山々なのですが、理事長から直々のお願いである人物と会うことになってしまいました……」
「そんな、急に……」
「ええ、本当に急です。私も今朝聞かされましたから」
生真面目そうな雰囲気の白衣の男性は、無理な頼みに対して少々不機嫌そうにしていたが、同時に仕方ないという態度でもあった。
「……普段なら断るところですが、相手が相手だけに無下にすることも出来ません。なるべく早く話を切り上げるつもりです」
「一体誰と会うんですか? 香川先生?」
白衣の男性──香川は眼鏡を直しながら答える。
「スマートブレインの社長ですよ」
◇
ミラーワールド内。王蛇は最早日課になりつつあるオルフェノク狩りを愉しんでいた。
最初に戦ったヘッジホッグオルフェノクがあまりに手応えが無いのでオルフェノクに対する期待は低かったが、スマートブレイン社へ乗り込んで以降はその認識を改めた。
下はしょうもないが、上は歯応えのある者もいる。何よりもこちらを本気で殺そうとして来るのが王蛇にとって良い。ライダーバトルでも王蛇を本気で殺そうとする者は少ないので彼にとって新鮮であった。
浅倉として警官たちに追われ、それを餌にしてスマートブレインのオルフェノクを釣る。浅倉の目撃情報が流れると高確率でオルフェノクらも目撃情報付近に姿を現す。
待ち伏せして、ミラーワールドへと引き摺り込む。それが今の王蛇の狩り方であった。
そうやって今日も二体のオルフェノクをミラーワールドへと連れ込んでいる。
両目が長く伸びたナメクジの特徴を持つスラッグオルフェノク。顔の中央にドリルのような突起を付け、長い爪を装備したモグラの特徴を持つモールオルフェノク。
二体は殺意を以って王蛇を攻撃するものの攻撃は王蛇には届かない。王蛇はベノサーベルを振り回し、二人を圧倒していく。
「うおらっ!」
王蛇の激しい斬り上げを防いだモールオルフェノクは、威力に押されて転倒してしまう。すかさずそこへベノサーベルを振り下ろそうとするが、近くに居るスラッグオルフェノクが王蛇へ口から噴射した液体を掛ける。
王蛇は振り下ろす筈であったベノサーベルの軌道を変え、液体を防ぐ。すると、液体は強い融解性を持っておりベノサーベルの刀身が泥のように溶けてしまった。
「ほぉ……」
スラッグオルフェノクの攻撃に面白がりながらも解け残った柄の部分を投投げつける。柄はスラッグオルフェノクの顔面に命中し、スラッグオルフェノクは大きく怯んだ。そして、足元にいるモールオルフェノクをサッカーボールのように蹴り飛ばす。
「……偶には遊ばせてやるか」
二体のオルフェノクが離れると王蛇はベノバイザーを取り出し、カードデッキに指を当てる。そして、二枚のカードを抜き、連続で装填する。
『ADVENT』
音が立て続けに鳴る。すると、何処からか白い塊が飛んで来てスラッグオルフェノクに体に命中。白い塊は広がりスラッグオルフェノクを地面に固定。粘着力があるそれは蜘蛛の糸に近い性質を持っている。
「う、うああああああああっ!」
スラッグオルフェノクは絶叫を上げた。鋼鉄のような外骨格を持つ巨大な蜘蛛──ディスパイダーがこちらへと近付いているのか見えたからである。
モールオルフェノクは背後から飛翔してきた怪物に背中を切り裂かれ、悶絶していた。
「あ、うぐあ……!」
立ち上がろうとすると再び飛んで来たそれによりまたも切り裂かれる。
「うぐあっ!」
金色の突起がある頭部。肩の左右には羽のような装飾。緑と紫、金の配色が施された鳥形の怪物──ガルドミラージュがサークル状の刃『圏』でモールオルフェノクを痛めつけていた。
ディスパイダーとガルドミラージュ。どちらも王蛇の契約モンスターではない。ならば何故操ることが出来るのか。
これこそが神崎が王蛇に与えた権限の一つ。今の王蛇は契約モンスターを除く全てのミラーモンスターを使役出来る。
「ははっ」
呼び出したミラーモンスターを愉快そうに笑いながら王蛇は新たなカードをベノバイザーへ入れた。
『UNITE VENT』
自動的に呼び出されるベノスネーカーとエビルダイバー。そこへガルドミラージュが飛んで来て三体のミラーモンスターが一つへと重なり合う。
エビルダイバーはベノスネーカーの胴体と融合して一対の羽へ変形。ガルドミラージュのベノスネーカーの頭部と一体と化しており、ベノスネーカーの顔にガルドミラージュの頭部装飾が移植され、頭頂部には武器であった圏が飾りとして刺さっている。ガルドミラージュの左右に広げた両腕は緑、金、紫の三色の羽毛を生やした羽に変化している。
「はあっ!」
王蛇が融合したミラーモンスターの頭部へ飛び乗り、舵のように頭頂部の圏を掴む。すると、融合ミラーモンスターは四枚の羽で6メートルを超える巨体を飛び立たせた。
三体融合のミラーモンスターであるジェノサイダーの新たな姿ジェノサイダー飛翔体というべきそれは空中から地面に張り付けになっているスラッグオルフェノクを見ると、口から毒々しい液体を吐き出す。
液体を浴びせられたスラッグオルフェノクは次の瞬間、炎上し出す。
「ぎゃあああああ!」
自然発火する可燃性の毒液は一瞬で数千度にまで達し、スラッグオルフェノクを灰すら残さずに蒸発させ、地面にスラッグオルフェノクの痕を焼き付ける。
「あ、あああああっ!」
モールオルフェノクはパニックになり、両手の爪で地面を掘って逃げ始める。当然ながら王蛇はそれを許さず、カードを装填。
『FINAL VENT』
ジェノサイダー飛翔体の頭部から飛び上がる王蛇。そして、錐揉み回転しながら落下してジェノサイダー飛翔体を蹴り落とす。
落下するジェノサイダー飛翔体の喉から尾の先端までに切れ目が入ると左右に割れる。現れたのは何も見えない暗黒の空間──ブラックホール。
ジェノサイダー飛翔体は、モールオルフェノクが逃げた穴に全身を叩き付ける。口ではなく体で呑み込む。直後、半径数十メートルの地面が消滅。モールオルフェノクは逃げ切れることが出来ず地面ごとブラックホールに吸い込まれてこの世から消去された。
王蛇がジェノサイダー飛翔体の頭部へ着地する。癖のように首をゆっくりと回す。
「あぁ……悪くない……!」
戦いばかりで苛立ちが募らないことに上機嫌な王蛇。しかし、満足はしていない。王蛇の飢えは満たされることはない。
王蛇は数多の力を率いて次なる獲物を探し始める。
どうして王蛇がミラーモンスターたちを使役出来るようにしたかは、今回の展開を見て察せると思います。