サイガは顔面に迫る拳をもう一方の掌で受け止める。王蛇はサイガとは異なり、防ぐ様子を見せず、サイガの拳を顔面で受け止めた。そして、伸びているサイガの腕を掴むと車のボンネットに沈み込む。
サイガは抵抗はせず、王蛇に引っ張られるまま顔が映るぐらい磨かれた車のボンネットへ飛び込むとボンネットは湖面のように波打つ。
サイガは下に向かって飛び込んだ筈が上に向かって飛び出るという奇妙な感覚を味わう。
ボンネットを通った先は景色自体は先程とは変わらないと思いきや違和感を覚える。
「余所見か?」
すぐ傍に居た王蛇が、サイガが油断していると見て殴り掛かってきたが、サイガは半身の構えから滑るような足運びで前に出て、王蛇の振り上げた拳が放たれるよりも速く肘打ちを王蛇の鳩尾に突き刺す。
肘打ちで王蛇の動きが止まっている間に斜め前へ移動し、王蛇の背後へ回る。サイガは振り向き様に回し蹴りを王蛇の後頭部へと打ち込んだ。
王蛇が蹴り飛ばされている間にサイガは周囲の光景を観察する。生きている人間の気配は一切無く、看板や標識などの文字が全て反転した世界。
『これがミラーワールド……!』
鏡の向こう側にあるもう一つの世界に足を踏み入れたサイガは感嘆の息を吐く。あると分かっていても実際に目の当たりにすると不思議な高揚感を覚える。人を喰うミラーモンスターが跋扈する殺伐とした世界に相応しくない表現かもしれないが、おとぎ話の世界に迷い込んだような気分であった。
「やってくれるな……!」
『これで相手がお姫様だったらもっと良かったのに』
冗談を言いながらサイガは王蛇の方へ向き直る。首を回しながら立ち上がっている王蛇。頸椎をへし折るつもりで蹴ったが、思っていたよりもダメージは少ない。
戦い方に関しては喧嘩の延長線上にある技など皆無の粗暴な戦い方だが、動物的な直感や本能が鋭いのか攻撃を受ける直前に反射的に前へ飛んで蹴りの威力を殺していた。
『まるで獣だね』
浅倉を評するのに最も適した言葉を呟きながら、サイガは操縦桿を握りフライングアタッカーで飛翔。立ち上がった王蛇の頭上からフォトンブラッドの光弾を降らす。
王蛇は走り出し、弾幕の雨を駆け抜けていく。
『SWORD VENT』
途中でカードによりベノサーベルを召喚し装備。走って狙いが定まらないようにしながら直撃コースの光弾をベノサーベルで弾く。
サイガは滞空しながら向きを変えつつ射撃を続ける。防ぎ切れずに何発か光弾が当たっているものの王蛇は走る速度を緩めない。痛みに怯まない様子から相当痛みに慣れている様子であった。
サイガの光弾をギリギリ致命傷にならないよう防御、回避しながら王蛇は新たなカードをベノバイザーに装填した。
『ADVENT』
連射から破壊力重視の単発へ切り替えようとしていたときに聞こえる風を切る音。背後からそれが迫っていることに気付いたサイガは、咄嗟に真横へ移動する。
『うっ』
赤い残像を残しながら駆け抜けていくのはエビルダイバー。回避行動が若干遅れてしまったことでエビルダイバーのヒレがサイガの腕を掠める。体そのものが武器に等しいエビルダイバーの鋭利なヒレにより腕の装甲には浅いが斬られた傷が刻まれた。
エビルダイバーはそのまま王蛇の許へ向かう。王蛇はエビルダイバーが近付くと跳躍し、エビルダイバーの上に乗る。そして、エビルダイバーの紋章が描かれたカードをベノバイザーに差し込んだ。
『FINAL VENT』
エビルダイバーをサーフボードのように乗りこなしながら空中を大きく旋回する。サイガとの間合いが十分にとれると、エビルダイバーを最大加速させてサイガへと突撃する。
『空中で僕と力比べかい? 思い知らせてあげるよ』
『Exceed Charge』
サイガフォンを開きENTERと書かれたボタンを押し込むと、音声が入力を認識してサイガの両腕にラインを通じて青いフォトンブラッドを流し込む。
サイガは体勢を水平にしながら両手を前方に突き出し、フランイングアタッカーを全噴射させる。
「はあっ!」
「はっはー!」
サイガの拳──スカイインパクトと王蛇のファイナルベント──ハイドベノンが空中で激突。青い閃光が放たれた。
拮抗は一瞬。互いの一撃により両者とも弾き飛ばされる。
『くっ!』
サイガは錐揉みしながら飛ばされ、何とかフライングアタッカーでバランスを整えようとする。
「うおっ!?」
王蛇はエビルダイバーの上から落とされ、背中から地面に落下した。王蛇は大の字に倒れており、すぐには起き上がれない。トドメを刺すならば絶好のチャンスである。
『っと!』
だが、サイガはそれを行う余裕が無かった。未だに姿勢制御に苦戦している。いつもならばすぐに体勢を立て直すことが出来るが、今のサイガには難しかった。
操縦桿を握る左手が細かく震えている。そのせいでフランイングアタッカーを正確にコントロール出来なくなっている。ハイドベノンの威力は伊達ではなく左手にダメージを負ってしまい、痺れて上手く動かせなくなっている。
何とか体勢を戻すも普段の倍以上の時間が掛かってしまった。
『天のベルトが空から落っこちたら笑い話にもならない』
天の名を冠する自分が無様を晒す寸前になっていたことを自嘲気味に言うサイガ。
「はぁぁ……」
王蛇は仰向けになったままベノバイザーにカードを一枚入れる。
『ADVENT』
地面が水のように波打つと飛沫と共にミラーモンスターが飛び出す。
王蛇の前に立つのは鮫の頭部を持つ緑色のミラーモンスター。両手には鮫の歯を連ねた形をした一対の剣を装備している。呼び出されたのはサメ型ミラーモンスターのアビスラッシャー。
そして、飛び出してきたミラーモンスターはアビスラッシャーだけではなくもう一体存在した。
薄緑の全身にアビスラッシャーとは異なり面長であり赤い単眼。胸部は突き出ており先端部分には二門の砲門が付けられていた。シュモクザメ型のミラーモンスターであるアビスハンマーである。
王蛇の装填したカードはアビスラッシャーを呼び出す為のものであるが、ミラーモンスターによっては同族も召喚することが可能である。
アビスラッシャーは頭部から水流を吐き、アビスハンマーは胸部の砲門から砲撃を行う。
『おっと』
水流を躱すサイガ。避けた先に砲撃が来るがこれも難無く回避する。それなりに連携は出来ているがサイガを撃ち落とすには程遠く、サイガも片手の操縦でも十分であった。
新たなミラーモンスターを呼んだのはいいが、サイガにとっては脅威になりえない。尤も、王蛇は最初からアビスラッシャーやアビスハンマーがサイガを倒すことを期待などしていない。
目的はその先にある。
アビスラッシャーたちがサイガを牽制している間に王蛇は上体を起こす。そして、カードデッキから一枚カードを抜き、ベノバイザーに入れる。
『FINAL VENT』
音声もとい号令によりアビスラッシャーとアビスハンマーはピタリと攻撃を止めると、地面へ水のように飛び込んだ。
アビスラッシャーたちが地面へ消えたことを怪訝に思うサイガに対し、王蛇は愉し気に言う。
「面白いものを見せてやる」
王蛇はこの数日間オルフェノクと戦い続けた結果、ある発見をした。
『ん?』
地面に水面のような波紋が広がったかと思えば、その中心から弧を描いた銀色の刃のようなものが現われ、地面を裂くようにして移動する。
『あれは……?』
サイガがそれを注視したとき、水柱のような凄まじい水飛沫と共に巨大なサメが躍り出る。
頭部は黒い兜のような形状をしており、胴体は青色。ヒレと背ビレは刃物のような光沢と鋭さを持っている。尾は二枚のギアを重ねた先からマフラーの様な物が付き、噴射孔の尾先を挟むように他のヒレと同様に刃のような尾ヒレが生えている。
この鋼鉄の巨大サメこそアビスラッシャーとアビスハンマーだったものであり、ファイナルベントのカードの効果によって二体が融合したミラーモンスター──アビソドン。
これこそが王蛇の発見。特定の種族のミラーモンスターを特定数を揃えた状態でファイナルベントを使用した際、ユナイトベントと同じ効果が発生し強力なミラーモンスターを生み出すことが出来る。
アビソドンの巨体が宙を泳ぐ。その光景にサイガも仮面の下で苦笑を浮かべてしまう。
『サメって空も泳げるのかい?』
サイガの軽口に対し、アビソドンは問答無用と言わんばかり牙を剝いて襲い掛かる。
◇
オルタナティブ・ゼロは変身した村上が変身したオーガを観察する。装甲及び動力源から未知なるものを感じる。スマートブレインの技術がここまで進んでいたことに畏怖と同時に多少の感動を覚えてしまったことは彼だけの秘密であった。
「──ミラーワールドへ入ります」
オルタナティブ・ゼロはオーガの肩を掴みながら言う。
「ええ。どんな世界なのか心が躍りますね」
未知なる世界に踏み入れることに対し、オーガは一切の恐れを抱いていない。虚勢は感じられない。絶対的な自信の表れであった。
オルタナティブ・ゼロはオーガに触れたままミラーワールドへ突入する。鏡合わせのような多面空間を抜け、目の前に鏡の向こう側の世界が広がる。
「おおっ! ここが……!」
オーガが歓心した声を洩らすが、それに浸っている暇は無かった。すぐ傍にはドラグブラッカーで彼らを襲った張本人リュウガが佇んでいる。
「やはり」
オルタナティブ・ゼロは東條と澤田がリュウガと戦闘を行っていたのは知っている。一瞬だけ視界に収めた状態であったが、瞬間記憶能力を持つ彼には写真のようにあのときのことが記憶されていた。
「貴方は──」
リュウガはオルタナティブ・ゼロが調査を進めている上で見つけたとあるライダーと酷似している。だが、本人である可能性は低いと考えられた。少なくとも今までの調べでは彼がミラーモンスター以外と積極的に戦うとは思えない。ましてや、神崎の尖兵と化すとは考え難い。
「──城戸真司ですか?」
鎌を掛けるつもりで敢えて間違った問いを出す。リュウガから静かな殺気が立った瞬間、オルタナティブ・ゼロは確信した。リュウガは別人であることに。
「誰ですか?」
「その内説明します」
素っ気無く応じるオルタナティブ・ゼロにオーガは肩を竦める。
『SWORD VENT』
くぐもった音声の後、黒剣ドラグセイバーを装備するリュウガ。
それに対してオルタナティブ・ゼロもデッキからカードを抜き、右腕に固定された籠手のような装置の側面にある溝へカードを通す。
『SWORD VENT』
オルタナティブ・ゼロの召喚機──スラッシュバイザーは女性の声が通したカードを読み上げる。読み込ませたカードは青い炎となって消滅。オーガにとって馴染みのある青い炎に内心で、もしかしたらオルフェノクの力とライダーの力は近い存在なのでは推測する。
何処からか飛んで来た剣を装備するオルタナティブ・ゼロ。両手で使用するような大型剣であり刀身の半ば部分まで側面に棘が生えている。
大型剣──スラッシュダガーを持ったオルタナティブ・ゼロはその場で跳躍し、上からリュウガへ斬りかかる。
リュウガはドラグセイバーで受け流し、側面へ移動するとドラグセイバーを払う。オルタナティブ・ゼロはスラッシュダガーを盾にして防ぐが、着地直後の攻撃であったため踏ん張ることが出来ず横払いの威力に負けて後退る。
そこへすかさず斬りかかるリュウガであったが、間に割って入る前蹴りがそれを妨げる。
攻撃したのはオーガであり、オーガはローブを翻しながら流れるように回し蹴りを繰り出す。上体を反らして躱すリュウガ。間髪入れずに二撃目が来たのでリュウガは仕方なく後方へ跳んで間合いをとった。
相手に反撃の隙を与えない為に距離を詰めるオーガ。リュウガの顔に拳が飛ぶ。ドラグセイバーの側面で拳の連打を防御するリュウガであったが、オーガが攻撃をしている間にオルタナティブ・ゼロもやってきて逆手に持ったスラッシュダガーで斬り上げる。
これを躱し切れず先端が肩を掠める。だが、リュウガも攻撃を受けるとすぐさまドラグセイバーで斬り返し、よろめいたオルタナティブ・ゼロはオーガの体に接触してしまう。これにより動きの硬直が起こってしまうオーガ。ドラグセイバーの握り締めたリュウガの拳がオーガの顔を打つ。
「くっ!」
両者の動きが止まった間にリュウガは素早い動きでブラックドラグバイザーにカードを入れた。
『GUARD VENT』
ドラグブラッカーの腹部及び脚部を模した盾──ドラグシールドを装備すると追い打ちでオルタナティブ・ゼロに盾を叩き付ける。
シールドバッシュにより殴り飛ばされるオルタナティブ・ゼロ。オーガにもドラグシールドを打ち込もうとし、突き出す。
オーガは突き出された盾に対して自身の拳を繰り出していた。
ファイズやカイザはパンチやキックによる必殺技を発動させる際、ツールを装着する必要とする。だが、オーガはファイズなどの終着点にして完成形。それらのツールを使用する必要は無い。何故ならば内蔵済みだからである。
ドラグシールドにオーガの拳が接触した瞬間、金色の光が放たれる。
「っ!?」
思いもよらない衝撃により後退させられたのはリュウガの方であった。
『Exceed Charge』
低い電子音声。オーガはオーガフォンを操作し、拳に金のフォトンブラッドを流し込む。チャージ不要でファイズやカイザの必殺技に等しい一撃を放てるが、チャージをすれば倍以上の威力を出せる。
オーガの二撃目の拳がリュウガの盾に炸裂。金の閃光と共にΩの紋章が浮かび上がる。
「香川先生!」
オーガがすかさず名を呼ぶと、オルタナティブ・ゼロは片膝立ちの状態でスラッシュダガーで空を突く。すると、刃先から青い炎が噴き出す。
リュウガはこれも盾で防ぐが、青炎が触れると盾からピシリという音が鳴る。その直後に盾が砕け散った。オーガの二連続攻撃に盾の耐久度が持たなかったのだ。
回避出来る余裕も無く、リュウガは青炎に呑み込まれる。
アビソドンは特定の条件が揃うと召喚出来る裏技的なミラーモンスターという設定にしました。
ユナイトベントはこういった特定の条件を無視して裏技を強制発動出来るカードという設定にしています。