互いを喰らい合うかのように衝突する黒炎と青炎。リュウガとオルタナティブ・ゼロの力はこのとき拮抗していた。しかし、悠長に力の押し合いをするリュウガではない。リュウガはドラグクローを突き出したまま走り出し、オルタナティブ・ゼロの青炎を前進によって強引に押し返していく。
下手をすれば自身が青炎に呑み込まれかねない危険な行為であったが、リュウガは勝つという絶対的な自信があるのか走る姿に一切の恐れがない。
逆にオルタナティブ・ゼロの方が突っ込んでくるリュウガに対して一歩退いてしまう。スラッシュダガーから放たれる青炎の勢いを強めるが、それでもリュウガを押し返すことが出来ず、あっという間に距離が詰められる。
近距離でぶつかる二種の炎。膨大なエネルギーが圧縮されたことにより二種の炎が混合して爆発が生じる。
「くっ!?」
予兆のような現象があった為、オルタナティブ・ゼロは咄嗟にスラッシュダガーを盾にして爆風から自らを庇う。だが、勢いは凄まじかったのでオルタナティブ・ゼロは爆心地から十数メートルも飛ばされてしまった。
爆発の圧が消えたのを感じたオルタナティブ・ゼロ。すると、スラッシュダガーの上から二度目の衝撃がオルタナティブ・ゼロを襲う。
「がはっ!」
爆発を切り抜けたという一瞬の気の緩みを狙ってのことだったので、防御が不完全でありスラッシュダガーが押し込まれてオルタナティブ・ゼロの体に密着。そのせいで衝撃が体を突き抜けていった。
リュウガが行った攻撃はショルダータックル。肩にはドラグシールドを装備しているので威力が増していた。
オルタナティブ・ゼロは転倒しそうになるのは踏み止まって耐える。しかし、体へのダメージのせいで俯いた体勢になってしまいリュウガから視線を外してしまっていた。
強敵であるリュウガを前にしてそれは致命的な隙。案の定、リュウガはオルタナティブ・ゼロが俯いている間に踏み込んでドラグセイバーを振るう。
ガキン、という金属音が響く。
「何だと……!」
今度はリュウガが驚かされる番であった。オルタナティブ・ゼロの首に振り下ろされたドラグセイバーが、担がれたスラッシュダガーによって防がれたからだ。しかも、オルタナティブ・ゼロは俯いたままでリュウガの方を見てすらいない。
オルタナティブ・ゼロがリュウガの攻撃を何らかの方法で先読みしているのは薄々分かっていた。こちらの動きを見て、微細な動作の違いで動きを予測しているのかと思っていたが、今回は全く見ずに予測してきた。
リュウガの推測は半分正解であった。オルタナティブ・ゼロは確かにリュウガの動きから次の行動を予測していた。
オルタナティブ・ゼロ──香川には一度見たものを全て記憶するという特殊な能力を持っている。その能力を使ってリュウガの動きを全て記憶し、元から優れている頭脳と合わさってリュウガの動きを予測していたのだ。オルタナティブ・ゼロの目には一手先のリュウガの動きが幻のように見えている。
しかし、先程の防御はリュウガを視界に収めていない状態で行っていた。ただ絵や画像ならば写真のように記憶するが、実際に起こっている全てを記憶するということはそのときの映像だけではなく音やニオイすらも記憶するということ。何も動きだけが予測する手段ではない。オルタナティブ・ゼロは、リュウガが地面を強く踏み付けた際の音の強弱で次の動きがなんなのかを察し、攻撃を予測したのだ。
リュウガの斬撃を防いだオルタナティブ・ゼロは両脚をバネにして伸び上がり、押し当てられていた剣を跳ね除ける。そして、すぐさま反撃の振り下ろしを出すもオルタナティブ・ゼロの斬撃をリュウガは肩の盾で器用に受け流し、がら空きになった胴体へドラグクローを打ち込んだ。
「うっ!」
オルタナティブ・ゼロは再び膝を折る。
戦えば戦う程に相手の動きを記憶してオルタナティブ・ゼロが有利になっていくが、リュウガが強いせいで相手との差を埋めることが出来ない。
しかし、オルタナティブ・ゼロにはその差を埋める為の手段がある。
オルタナティブ・ゼロはスラッシュダガーを地面に突き刺す。倒れそうになる体を支える杖代わりにしているのではない。スラッシュダガーの先端と刺さった地面の隙間から青い炎が洩れ出る。
次の瞬間、地面から火柱のように青炎が幾つも噴き出した。
「むっ!」
リュウガの足元に亀裂が伸び、そこから青炎が噴く。リュウガは反射的に飛び退く。オルタナティブ・ゼロを中心にして亀裂が広がっており、そこから勢いが異なる炎が無数に出ていた。
スラッシュダガーの能力を用いた牽制は上手くいった。リュウガとの距離がある内にオルタナティブ・ゼロは素早く次の行動に出る。
カードデッキから抜かれたカード。スラッシュバイザーの溝にカードが通され、炎となって消滅した。
『ADVENT』
契約モンスターを呼び出す為のカード。その音声を聞くと同時にリュウガは振り返る。オルタナティブ・ゼロの契約モンスターであるサイコローグがリュウガへと飛び掛かってくる瞬間であった。
リュウガはドラグセイバーで斬り上げるが、サイコローグは棘の生えた腕でガード。火花が散るがドラグセイバーはサイコローグの腕を斬り落とすには至っていない。
サイコローグはリュウガの肩を踏み台にしてリュウガの頭上を超えていく。そして、契約者であるオルタナティブ・ゼロの隣に立った。
ライダーとミラーモンスター。この二つが並び立つことで真の力が発揮されると言っても過言ではない。リュウガの契約モンスターであるドラグブラッカーは未だにオーガの相手をしている。呼び戻すという選択もあるが、そうなるとオーガもまたこちらへ参戦してくる。リュウガは、未知の技術と未知のエネルギーを使うオーガと情報無しで戦うような考え無しではない。なるべくドラグブラッカーにオーガの情報を引き出させる。戦うのならその後である。
リュウガは改めてサイコローグを見た。リュウガの知識の中で似たような姿をしたミラーモンスターを知っているがサイコローグと幾つか異なる点がある。肩にあのような装甲は付けておらず、穴だらけの仮面も無く、ケーブルも伸ばしていない。何かしらの改造を加えられた姿と思われた。
そう考えると厄介な話である。独自にライダーを開発する技術だけでなく、ミラーモンスターを改造する技術も有している。その気になれば多くのミラーモンスターを従属させることが出来る可能性があった。
サイコローグの素体となったミラーモンスターに対して思うことは無い。同情の念は一切湧かず、ここで完全に始末した方が後の為に良いとすら思っている。
サイコローグが顔を突き出す動きをする。何かをしてくると察したリュウガは肩のドラグシールドを正面に持ってくる半身の構えをとった。サイコローグの仮面の穴から小型のミサイルのような物体が発射される。
小型ミサイルはドラグシールドに接触すると爆発し、衝撃でリュウガは大きく後退させられる。
肩に痺れる痛みを感じながら舌打ちをするリュウガ。見るとサイコローグは第二射を放つ準備が出来ていて。
再びサイコローグの仮面から撃ち出される小型ミサイル。リュウガは今度は防御の構えをとらない。ドラグクローから黒炎を吐き出させ、小型ミサイルを全て黒炎で焼き尽くしてしまう。
黒炎で焼かれた小型ミサイルが次々と誘爆し、空中で爆炎を咲かす。
『WHEEL VENT』
リュウガも知らない音声が爆炎に混じって聞こえて来た。
爆炎を突き破って現れる一台のバイク。その上にはオルタナティブ・ゼロが跨っている。爆炎が目隠しになっていたせいで高速で突っ込んできたバイクへの回避が間に合わず、リュウガは咄嗟にガードをするが衝撃を殺し切れる筈も無くバイクに撥ね飛ばされた。
時速数百キロで突撃されたリュウガは数十メートルも突き飛ばされてしまう。背中から地面に落ち、すぐに立ち上がるもかなりのダメージを受けてしまったので力が抜けて膝が折れてしまう。
無様を晒させられたことにリュウガは怨嗟の念を込めながらオルタナティブ・ゼロらを睨み付ける。
オルタナティブ・ゼロが跨っているバイクはサイコローグの要素がある。フロントカウル部分にはサイコローグの頭部があり、両手は前輪、両脚はテールカウルと後輪に変化していた。事前に使用した『ホイールベント』の効果によりサイコローグが変形したバイク──サイコローダー。
リュウガはオルタナティブ・ゼロとサイコローダーを見て、内心で舌打ちをする。変形出来るミラーモンスターは限られている。しかも、それはオーディンの力が無ければ出来ない。
今更ながら香川が参考にしたカードデッキが何だったのかを理解した。香川が模倣したのは後にオーディンのものとなる始まりのカードデッキ。全てのデッキのプロトタイプであると同時にオーディンと同じく制限が施されていないカードデッキである。
神崎がオルタナティブを危険視する理由を理解した。香川の頭脳さえあればオルタナティブは幾らでも量産が出来る。そしてそれらは、神崎が企てたライダーバトルに介入し、神崎の計画の障害となる。神崎の目的の根幹を揺るがしかねない。
リュウガにとってもオルタナティブの存在が邪魔であると再認識する。オルタナティブはリュウガの目的の妨げになる。
「──お前はここで消えろ」
冷たく吐かれた言葉には殺意しかない。オルタナティブ・ゼロは言葉を返す代わりにサイコローダーのエンジンを唸らせる。
二度、三度と威嚇するように鳴らされるエンジン音。仕掛けるタイミングを計るオルタナティブ・ゼロに対し、リュウガは微動だにせず隙も油断も見せない。それは動きを記憶して予測を行うオルタナティブ・ゼロですら次の動きが見えないぐらいに不動のものであった。
このまま膠着状態──になれば不利になるのはオルタナティブ・ゼロである。オルタナティブ・ゼロは神崎が作ったカードデッキで変身するライダーよりもスペックは高いが、その反動でミラーワールド内での活動限界時間が短い。長引けばリュウガに倒される前にミラーワールド内で消滅してしまう。
故にオルタナティブ・ゼロは一気に仕掛けた。
後輪が摩擦で煙立つ程に回転させる。サイコローダーが走り出すと瞬時に最高速度時速680kmに達する。
スラッシュダガーを垂らすように構えると先端が地面を擦り、火花が散る。加速の勢いをつけて斬りかかるつもりらしい。
リュウガはそれを浅はかと言わんばかりに鼻で笑うとドラグクローから黒炎を放射する。
真っ直ぐ伸びていく黒炎がオルタナティブ・ゼロに届こうとする寸前、オルタナティブ・ゼロはハンドルを切り、紙一重で黒炎を避ける。
初撃は回避されたが結果は変わらない。前に出したドラグクローを横に振ればすぐにオルタナティブ・ゼロへ追い付く。
リュウガはドラグクローを横へ動かそうとした瞬間、オルタナティブ・ゼロは持っていたスラッシュダガーを投擲する。投げ放たれたスラッシュダガーはドラグクローに命中し、リュウガの腕ごと後ろへ弾かれる。オルタナティブ・ゼロを焼き尽くす筈であった黒炎は天へと伸びていき、空気を焦がす。
無手となったオルタナティブ・ゼロだが、その指の間にはいつの間にかカードが挟まれている。
『ACCELE VENT』
カードの効果によりサイコローダーは加速する。本来ならばオルタナティブ・ゼロのみを対象とするが、跨っていることでサイコローダーも影響を受けていた。
ただでさえ速いサイコローダーがアクセルベントにより誰にも追い付けない速さへと至る。リュウガはこのとき、ドラグクローでオルタナティブ・ゼロを焼き尽くすことは不可能だと悟った。
加速状態によるサイコローダーの突撃。リュウガとオルタナティブ・ゼロが交差した瞬間、リュウガは錐揉みしながら吹っ飛んで行き、交通事故のような光景であった。
そのまま駆け抜けていったオルタナティブ・ゼロだが、途中でアクセルベントの効果が切れ、速度が通常に戻る。ハンドルを切り、サイコローダーを停車させた。
超高速の激突。リュウガであってもこの一撃は相当に答える──かと思われた。
オルタナティブ・ゼロは呻きながら脇腹を手で押さえてサイコローダーの上で前屈みの姿勢になる。一方でリュウガの方は若干ふらつきながらも立ち上がっていた。
(恐ろしい相手だ……!)
オルタナティブ・ゼロはリュウガに改めて戦慄する。
リュウガは激突の際、回避が不可能と悟ると同時にドラグシールドを前方に翳し、サイコローダーが接触すると自ら回転して勢いを殺した。タイミングが遅ければ轢殺されてもおかしくなかったが、リュウガは神懸かり的な反応でそれを為したのだ。しかも、回転の勢いを利用してカウンターの斬撃をも繰り出している。
攻撃した側のオルタナティブ・ゼロは逆に手痛い反撃を与えられてしまった。
リュウガはすぐには動けないオルタナティブ・ゼロを見て、見せつけるようにデッキからカードを抜く。そして、それをブラックドラグバイザーへ装填──しようとしたとき、その手に八方手裏剣が命中してカードが弾かれた。
「一体、何が……?」
乱入してオルタナティブ・ゼロの危機を救った灰色の怪人──スパイダーオルフェノクにオルタナティブ・ゼロは驚き、困惑する。彼の視点からすれば見た事が無い新種のミラーモンスターが戦闘に介入してきたように映った。
「香川先生? 大丈夫ですか……?」
オルタナティブ・ゼロに寄り添うように声を掛けるのはタイガ。感情が見えない普段の態度が嘘のように心の底から心配していると分かる感情的な態度。彼がどれだけ崇拝しているのかが露骨に伝わってくる。
「東條君……? なら、彼はまさか──」
「澤田君です」
隠すことなくあっさりと告げるタイガ。オルタナティブ・ゼロはこのとき初めて澤田の名前と正体を知った。
普通ではないことは分かっていたが、あのような姿になれることは予想外であった。
当然ながらタイガはスパイダーオルフェノクの姿を知っていたが、香川と仲村には話していない。理由は聞かれなかったから、だ。
タイガはオルタナティブ・ゼロを心配しながらリュウガの方を見る。
「あいつ……」
呟かれた言葉には静かな怒りが込められていた。
研究室で待機をしていた東條と澤田であったが、待っていても香川も仲村もやって来ない。嫌な沈黙が研究室内で続く中、静寂を破るようにミラーワールドの音が聞こえてきた。
周囲を確認してもこちらを狙うミラーモンスターは居なかったが、音の原因を探る為に東條はミラーワールドへ行くことを決める。そして、ついでと言わんばかりに澤田もミラーワールドで引き込んだ。逃げ出さない為という理由もある。
その選択は結果として正解であった。タイガはオルタナティブ・ゼロの窮地に駆け付けることができ、スパイダーオルフェノクはリュウガへの復讐を果たす機会を得る。
「昨日の借りを返す……!」
復讐に燃えるスパイダーオルフェノクだが、リュウガの方はつまらなそうに鼻を鳴らす。リュウガの中ではスパイダーオルフェノクは既に取るに足らない相手と格付けされていた。
リュウガは顔をやや俯かせながらオルタナティブ・ゼロたちの正面に立つ。スリットの入った仮面の奥にある両眼が赤く、危うい輝きを放つ。
三対一でも構わない、と無言の佇まいだけで伝わって来る。
戦いが仕切り直される──誰もがそう思ったときであった。
『!?』
突如として揺れる地面。ミラーワールドで起こる筈の無い大きな地震が発生している。
急な出来事にオルタナティブ・ゼロたちは驚く。それはリュウガもまた同様であった。
「何が起こって……はっ!」
オルタナティブ・ゼロの体から粒子が蒸気のように噴き出す。活動時間限界を示す兆候だが、まだ時間の猶予がある筈であった。
「先生……!?」
タイガが動揺した声を出す。タイガの体にも同じ現象が起こっている。
「うっ!?」
「う、うあああっ!」
「あ、頭が……!?」
数え切れないガラスに亀裂が入る音。数多の金属を叩き合わせるような音。無数の硬い物を引っ掻くような音。不快感しか覚えない音が大音量でミラーワールド内に響き、聞いている者たちはその音に苦しめられる。リュウガも頭を押さえてユラユラと左右に揺れており、辛うじて立っている状態になっている。
ミラーワールドの異変に誰もが混乱に陥った──たった一人を除いて。
『Exceed Charge』
──オーガは異変に動揺することなくオーガフォンのボタンを押していた。
ドラグブラッカーと交戦し、上空からの攻撃に手を焼いていたオーガだったが、ミラーワールドの異変はドラグブラッカーにも影響を与えており、今ドラグブラッカーは空中で長い胴をくねらせながら悶えている。
異常事態にも流されることなく冷静に好機を見極めたオーガは、オーガストランザーを振り上げた。
生成された金のフォトンブラッドがラインを伝い、オーガストランザーへ流れ込む。オーガストランザーの刀身から溢れ出た金の光は長大な光の刃を形成する。
「はあっ!」
オーガは上空のドラグブラッカー目掛けてオーガストランザーを突き出した。光の刃が巨大であってもドラグブラッカーにはまだ遠く、届かない──かと思われたが、オーガの意思に答えるかのように光の刃は伸び出す。
瞬く間に百を超える長さと化した光の刃。悶え苦しむドラグブラッカーへ届くかと思われたとき、苦しむドラグブラッカーが偶然にも身を捩る。それにより光の刃は直撃することはなく先端がドラグブラッカーの胴体を掠めた。
ドラグブラッカーが叫ぶ。その叫びを裂くようにオーガは伸ばしていた光の刃を今度は振り下ろした。
光の刃の下に居るのはリュウガ。最初から二体纏めて葬るつもりだったのだ。
頭上から迫る金の光に気付いたリュウガは見上げる。そこには自分に迫る柱のような光の刃があった。
異変の影響で苦しむ体を無理矢理動かして回避を試みる。その甲斐あって光の刃はリュウガを両断することはなかった。しかし、完全に回避することは出来ず肩に装着していたドラグシールドが容易く斬り裂かれ、リュウガの肩装甲の一部も斬られた。
リュウガを掠めた光の刃は地面に触れるとバターのように地面を溶かし、一瞬にして数十メートルの深さまで地面を裂いてしまう。
「くっ……!」
リュウガは肩を押さえる。指の隙間から青い炎のようなエネルギーが見えている。高出力のフォトンブラッドに触れた影響であった。
オーガはすぐにオーガストランザーを切り返そうとするが、その前にミラーワールドの異変が限界に達する。
全ての光景が二重にブレたように見えると、ガラスの砕ける音が世界に響き渡った。
その瞬間、ミラーワールドが白い光に包まれる。
「こ、ここは……?」
香川は自分がうつ伏せになっていることに気付いた。いつの間にか変身も解除されている。混乱する香川の耳に入って来たのはパニックになっている男女の声であった。
「う、うわあああっ! 何だこれ!」
「ぎゃああっ!」
「血、血が……! 誰か手を貸して!」
人々の凄まじい喧騒。それだけでここがミラーワールドでないことが分かる。
香川は頭痛を感じながら周囲を確認する。どこもかしこも騒然となっていた。
清明院大学の窓ガラスは全て砕け散っており、飛び散った破片のせいで怪我をしているものが多数。混乱している声を拾っていくと、鏡が壊れた、蛇口が捩じ切れた、果ては水溜りが爆発したなどと言っている。
共通することは全てミラーワールドへ入る為の手段である反射物である。
そして、香川は気付いた。ミラーワールドから戻って来たのは自分だけではないことに。
うつ伏せになって意識を失っている東條はまだ分かる。だが、その傍では澤田も膝を突いた体勢でいた。まさかと思い、香川は視線を動かす。そう遠くない場所で頭を軽く振って意識を取り戻している村上の姿を発見した。
ミラーワールドに出入りすることが出来ない村上と澤田が現実世界に帰還している。この事態に香川の中である仮説が生まれた。
「まさか……現実とミラーワールドの境界が……?」
◇
ミラーワールドの異変が生じる少し前、王蛇とサイガは暴れ狂う融合ミラーモンスターに圧倒されていた。
体から七色の光線を放ち、不定形な触手のようなものを振り回して接近することが出来ない。
「こいつ……!」
飼い犬に手を嚙まれたことに苛立つ王蛇だが、そう思ってもこちらからは手が出せない。その事実に王蛇はますます苛立つ。
サイガの方もフライングアタッカーが使用不可能な状態となり機動力が大幅に削がれているので近付けない。おまけに火力の大部分はフランイングアタッカーに依存しているので遠距離攻撃も出来ず、相手に攻撃されるがまま。
このまま一方的に蹂躙される──そう思われた、そのときであった。
「あぁ?」
『うん?』
突如として融合ミラーモンスターの攻撃が止む。そして、二人が見ている前で体を膨張し始めた。
今から何が起ころうとしているのか、嫌でも想像がついてしまう。
「ちぃ!」
『これは不味い!』
二人は急いで離れる。その間にも融合ミラーモンスターは膨れ上がっていき、やがて限界が訪れた。
「うおぉぉぉぉ!?」
『おおおおおっ!?』
融合ミラーモンスターが内包していたエネルギーを爆発という形で解放。
ミラーワールドが砕ける音が響く。
このとき、ミラーワールド内で許容出来ない膨大なエネルギーが発生したことにより一瞬ではあるが現実世界とミラーワールドの境界が破壊された。
それにより二つの世界が重なり合い、ミラーワールドに居た筈のサイガは強制的に現実世界へと返される。
『うぅ……』
戻された反動のせいかサイガのベルトが外れ、強制的に変身が解除される。変身が解けたレオは強烈な眩暈を感じながら立ち上がる。
ミラーワールド内では無かった阿鼻叫喚の叫びが聞こえ、レオは自分が現実世界に戻って来たことを知る。
周りを確認してみるが浅倉の姿は無い。爆発により遠くへ飛ばされたようであった。
視線を動かし、それを見たときレオは思わず天を仰いだ。
『ボスになんて言おう……』
新車同様に磨き上げられていた高級スポーツカーが、ミラーワールドの影響により見るも無残なスクラップと化していた。
一区切りついたので、そろそろ北崎出さないといけませんね。