次は1、2週間後に。
「へ、変身したから何だってんだよ! 別にファイズやカイザじゃないんだろ!」
王蛇の姿に動揺しつつも自分が危惧している存在ではないことを声に出すヘッジホッグオルフェノク。自らを鼓舞しているようにも僅かに芽吹いた恐れを誤魔化そうとしているようにも見える。
「ごちゃごちゃ言ってないで、さっさと掛かって来い」
王蛇の方は至って冷静であった──表面上は。
「この野郎!」
それを舐められていると判断したのかヘッジホッグオルフェノクは殴り掛かる。
王蛇は拳が届く寸前に横へ滑るように移動し、攻撃を難無く回避。ヘッジホッグオルフェノクの方は思い切り空振りをし、前のめりに倒れそうになる。
「うおっ!?」
慌てて態勢を立て直し、焦りながら首を動かして王蛇の姿を探そうとするが──
「その程度か?」
「うあっ!?」
背後に移動していた王蛇がヘッジホッグオルフェノクの頭の針を掴み、強引に頭を後ろへ逸らさせる。
「は、離せ!」
王蛇の手を払い除けようとするが、王蛇は掴んでいる手を更に引っ張る。
「い、痛い! 痛い!」
首や背骨が軋みを上げ始め、ヘッジホッグオルフェノクは悲鳴を上げる。
「黙れ」
ヘッジホッグオルフェノクの甲高い悲鳴は王蛇の神経に障り、苛立ちと共に臀部を蹴り飛ばした。
「あぐあっ!」
蹴飛ばされ、顔面から地面に突っ込むヘッジホッグオルフェノク。
「か、顔がぁ……!」
人間ならば鼻や歯を折ってもおかしくない勢いであったが、曲がりなりにも怪人故に顔を擦り剥く程度で済ませる。だが、それでも必要以上に痛がっていた。
「──立て」
痛みに苦しんでいるヘッジホッグオルフェノクに催促する。ヘッジホッグオルフェノクは痛みのせいで聞こえていない。
「立てっ!」
一瞬で沸騰した王蛇の怒り。恫喝に命の危機を覚えたヘッジホッグオルフェノクは痛みを忘れて立ち上がる。
立ったヘッジホッグオルフェノクに王蛇は遠慮なく近付いていく。
「それでいい」
「う、うわああああ!」
ヘッジホッグオルフェノクが接近を拒むように大振りの拳を繰り出すが、王蛇は拳の側面に移動して手首を掴み、引っ張る。ヘッジホッグオルフェノクが前のめりになると腹を膝で突き上げて息を絞り出させ、間髪入れずに無防備な背中を殴り付けた。
「がはっ!」
再び地面に倒れ伏すヘッジホッグオルフェノク。
「その程度か!」
「あぐっ!」
王蛇はサッカーボールのようにヘッジホッグオルフェノクの顔面を蹴り付けた。ヘッジホッグオルフェノクは何度も跳ねながら飛んでいく
力の差は歴然であった。そもそもヘッジホッグオルフェノクは戦いの経験が殆ど無い。今まで無力な人間相手にしかオルフェノクの力を奮ってこなかった。一方で王蛇は積極的に戦いを繰り返していた。しかも、自分と同等の力を持つ相手とである。両者の戦う者としての戦闘経験の差は天と地程離れていた。
「どうした……もう終わりか?」
オルフェノクという未知なる存在に期待を抱いていたが、蓋を開けてみればミラーモンスターよりも手応えの無い。王蛇からしてみればその辺を歩いている一般人と変わりなかった。
「う、ううう……」
ヘッジホッグオルフェノクは恐怖で震え出していた。同族と会ったことは何度かあるが戦ったことは無い。
ヘッジホッグオルフェノクに残された選択は二つ。逃げるか、戦うか。
もし、ヘッジホッグオルフェノクが本当に無力な存在だったのならばなりふり構わず逃亡していただろう。その選択ならば確率は低いが助かる可能性はあった。人目に付く場所まで逃げられれば、王蛇の存在に気付いて介入してくる者たちが居た。
彼の判断を狂わせてしまったのは、彼がなまじ力を持っていたせいであった。
「う、うああああああっ!」
ヘッジホッグオルフェノクは半狂乱のような叫びを上げ、跳び上がるようにして立つ。右手を広げると陽炎のような揺らぎが起こり、それが収まると右手に武器が握られていた。棍棒に無数の棘が付いたヘッジホッグオルフェノクらしい武器である。
「ほぉ?」
何も無い状態から武器を召喚したことに少しだけ関心を示す王蛇。
「死ねぇぇぇ!」
自分に迫る死の危険を自らが与える死により撃退しようとするヘッジホッグオルフェノク。王蛇の脳天に棍棒を振り下ろす。
やはりと言うべきか、ヘッジホッグオルフェノクは本能的な危機感が欠如していた。
武器を持って襲い掛かかれば、王蛇もそれ相応の対応をしてくると考えていない。
「はぁ……」
王蛇はつまらなさそうにため息を吐くと、棍棒が届く前にヘッジホッグオルフェノクの手首を掴んで止めてしまう。狙いが分かっていれば止めるのも容易い。
そして、ヘッジホッグオルフェノクの両足を蹴りで払う。
「あっ!?」
ヘッジホッグオルフェノクは碌に受け身も取れず強かに背中を打つ。
仰向けになった彼が見たのは、こちらを見下ろしている王蛇。その手にはヘッジホッグオルフェノクから奪った棍棒が握られている。
「あぁ……中々良い武器だな。少し試させろ」
王蛇は煽るようにゆっくりと棍棒を振り上げた。
「お前でな!」
無情な一撃がヘッジホッグオルフェノクへ振り下ろされた。
「がはっ!」
胸部に命中し、血飛沫の代わりに火花が散る。
「うおらぁぁぁぁ!」
頭、顔、胸、腹など当たれば関係ないと言わんばかりの滅多打ち。一撃一撃に殺意しか込められていない。
「があっ! うぐあっ! やめっ! おぐっ!」
ヘッジホッグオルフェノクは命乞いをするが王蛇は聞く耳など持たない。王蛇はヘッジホッグオルフェノクの弱さに失望していた。失ったものを埋めるように苛立ちと怒りが際限なく湧いて来る。
「もっと俺を楽しませろぉぉぉぉ!」
怒りに振り切れたまま棍棒を何度も何度も振るう。途中でヘッジホッグオルフェノクが声を上げなくなっても関係無しに気が済むまで振り下ろし続ける。
王蛇の怒りが尽きるよりも先に棍棒の方が限界を迎えた。乱暴に使われ続けた結果、根元からへし折れてしまう。そして、ヘッジホッグオルフェノクの方も限界が来た。
「あぁ……?」
ヘッジホッグオルフェノクの体からサラサラと何かが零れ落ち始めたかと思えば、青い炎が体から噴き出し、それに焼き尽くされたかのように全身が崩れて灰の山となる。ヘッジホッグオルフェノクが殺めた人間と同じ末路であった。
王蛇は棍棒の柄を灰の山へ叩き付ける。
「おああああああああああっ!」
解消されない苛立ちが咆哮となって無人の廃工場に響き渡った。
◇
「本当にどこだろう……」
ミラーワールドへ連れて来られた少年は呟く。人一人存在せず、喧騒も無い無音。しかも、ミラーモンスターという怪物まで跋扈する世界。常人ならば不安と恐怖に襲われるだろうが、少年の声に微塵の恐怖も無い。
着続け過ぎてヨレヨレになった服を鎖骨が見える程更に着崩し、櫛など一度も通したことが無さそうな無造作な髪型。人によっては足り無さそうに見える少年だが、それ故に鈍いという訳では無い。
恐怖に対して鈍感なのは少年が喰い殺そうとしてきたミラーモンスターを一瞬で引き裂いたように自分自身が最強であるという圧倒的な自信によるもの。
少年は自分が入ってきたガラスを見る。ガラスの向こう側には多くの人々が歩いている。試しにガラスに触れてみたが、返って来たのは指先に伝わるガラスの感触のみ。
「まあいいか……ここ、静かだし、寝ちゃおうかなぁ」
危機的状況だと微塵も思っていない少年の感性。それどころかミラーモンスターが徘徊するこの世界で寝だそうとしている。
もし、この時点でミラーワールドの特性を知っている者がいれば、少年の存在がどれだけのイレギュラーか分かっただろう。本来ならば起こる筈の変化が少年の身に起こっていない。
知る由も無いがそれは少年独自の特異性というよりも彼の種族自体の特異性であった。
「ふぁーあ……」
欠伸をして少年が適当に寝られる場所を探そうとしたとき──
「あれ?」
──見られていることに気付き、少年は周囲を探す。間も無くして監視している者の姿を捉えた。
人に近い姿をしているが、捻じれた一対の角を額から生やした紫の体色のモンスター。動物の羚羊に似たそのミラーモンスター──ギガゼールは警戒するようにかなり離れた距離から少年を見ている。
「まだ居るんだ」
少年は笑い、ギガゼールに向けて手を振る。監視に気付かれたギガゼールは俊敏な跳躍で逃げ出した。
「へぇ……鬼ごっこ? 僕と遊びたいの……?」
少年は笑みに無邪気さから来る加虐を混ざる。
◇
晴らすべきイライラを晴らせず、フラストレーションだけが溜まった王蛇の怒りは最高潮に達しようとしていた。その破壊衝動に任せて目に映るモノ全てを破壊しようとする一歩手前である。
手始めにすぐ近くにある廃工場を更地に還そうかと思ったとき、耳の奥まで入り込んで来るような甲高い音が聞こえてきた。
王蛇にとっては耳慣れた音である。ミラーモンスターが近くに居るときに発生する音。王蛇からすれば手応えの無い相手ではあるが、居ないよりかはマシな相手ではある。
ミラーモンスターを倒す為に自身もミラーワールドへ入ろうとしたとき、半壊した窓ガラスからギガゼールが頭を出す。
「──あぁ?」
王蛇は違和感を覚えた。無機物的な見た目をしているミラーモンスターだが、その目に生気が感じられなかった。
ギガゼールの頭が鏡面から出る。首から下が存在しなかった。
「あ、出られたぁ」
ギガゼールの頭を掴んで現れたのはまだ十代後半ぐらいの少年。
「ほぉ?」
王蛇は少年に強い興味を惹かれる。王蛇もそれなりの人間を見て来たが、現れた少年はその中でも最もイカレた目をしている。
「お前、面白そうだなぁ」
「──誰?」
王蛇に話し掛けられ、少年はキョトンとした表情をする。だが、すぐに王蛇の恰好に興味を持つ。
「カッコイイね、それ」
少年はギガゼールの頭を放り棄てた。ギガゼールの頭部は地面に着く前に灰となって散る。
「おぉ……」
王蛇はその現象を見て面白そうに声を洩らした。
「──そうだぁ。良いこと考えた」
少年は持っていたアタッシュケースを王蛇に見せる。銀のアタッシュケースに入った『SMART BRAIN』のロゴが目に入った。
「僕のデルタのベルトと比べっこしようよ」
「デルタ?」
ついさっきそのような単語を聞いた気がした。
少年はアタッシュケースを開き、中からベルトとグリップの様な機械を取り出す。ベルトは銀色を主とし黒の装飾と白いラインが何本も入っていた。
少年はベルトを装着し、グリップを口に近付ける。
「変身」
『Standing by』
そして、グリップをベルト右横に付けられたツールにセット。
『Complete』
ベルトから白いラインが伸び、それが全身へ巡り、装甲を形作る。強い閃光を放つと少年は言葉通り変身していた。
黒い装甲に走る白いライン。デルタの名に相応しく体に三角の意匠がある。扇形の橙色の目。ベルト中央のマークはその顔と同じになっている。
この姿が少年の言うデルタなのであろう。
「何だ。居るじゃねぇか、ライダーが」
「ライダー……? なぁに? それ?」
「戦う奴らの名だ。こうやってなぁ」
王蛇はコブラの形をした杖を取り出し、頭部をスライドさせる。何かを収めるスロットになっていた。そして、ベルトに差し込まれてあるケースからカードを一枚抜く。ケースは複数のカードが収まったカードケースであった。
カードが杖のスロットに入れられ、元の位置に戻される。
『SWORD VENT』
音声認識の後、鏡面から何かが飛んで来て王蛇の右手に装備される。
円錐状のドリルのように捻じれた黄金のサーベル。見方によってはガラガラヘビなどの尾を連想するかもしれない。
「へぇ、凄いね」
関心あるのか無いのか曖昧なまま、デルタはグリップが差し込まれたツールを外すと、またグリップを口許へ持ってくる。
「ファイア」
『Burst Mode』
ツールとグリップは一体となることで銃と化し、デルタは迷いなく引き金を引いた。
発射された光弾が真っ直ぐ王蛇へ飛ぶが、王蛇は黄金のサーベル──ベノサーベルでそれを弾く。
「ははははははははっ!」
手応えのある敵だと認識した王蛇は上機嫌そうに笑いながら突進。デルタは立て続けに光弾を撃つが、王蛇はそれを避けるか、ベノサーベルで防ぎつつ前進を止めない。
数発目の光弾を発射したとき、射線状から王蛇の姿が消えた。
王蛇は跳躍しており、デルタの頭上からベノサーベルを振り下ろす。しかし、デルタはその場から一歩も動かずに銃で剣を受け止めた。
常人には理解出来ない存在らが零距離で視線を衝突させる。
「いいぞ! 俺と戦えっ!」
「ねぇ。何がそんなに面白いのか教えてよ」
北崎がミラーワールドで平気だった理由は独自設定となりますがその内書く予定です。