「あぁ……」
浅倉は呻きながら目を覚ます。そこは見慣れない場所であった。日陰で薄暗く、湿気があって空気が冷たい。何処かの路地裏だと思われるが、浅倉にはここに足を運んだ記憶は無い。
遠くでサイレンの音が聞こえ、浅倉は反射的に起き上がる。だが、すぐに眩暈を感じて壁にもたれ掛かった。
「あぁ……そうか……」
浅倉は何があったのかを思い出した。複数のミラーモンスターを融合させたはいいが制御が効かなく暴走され、挙句の果てには大爆発を起こされた。そこから先の記憶は無いが、どうやら爆発によって別の鏡面から現実世界に飛び出してしまった。実際には吹っ飛ばされている最中にミラーワールドの異変によって強制的に現実世界へ送り返されたのだが、浅倉がそれを知る由も無い。
浅倉は壁に手を這わせながら数歩移動する。すぐに吐き気が込み上げてきて足が止まった。爆発の影響で三半規管が混乱している。
サイレンの音がするのでとっととこの場所から離れたいのだが、体が浅倉の思い通りには動かない。
「……らぁぁぁ!」
浅倉は突如として側頭部を壁にぶつけた。痛みで無理矢理覚醒しようとしているのではない。ただ、思い通りに動かない自分の体にむかついただけだ。
加減無しに数度頭を壁に激突させる。こめかみを伝って血が流れたところで浅倉の自傷は止まった。頭に昇った血が流血で落ち着いたように見えてしまう。
与える痛みと受ける痛み。それだけが浅倉の苛立ちを紛らわせてくれる。
浅倉は垂れる血を拭いもせずカードデッキを取り出して中のカードを見る。あれだけの爆発を起こしているので何かしらの影響を受けていないかの確認である。
「問題ないな……」
ベノスネーカー、エビルダイバー、メタルゲラスのカードは健在。融合に使用した他のミラーモンスターのカードも確認出来た。浅倉もこれには安堵する。当然、契約モンスターの心配をしているのではない。契約モンスターが使い物にならなくなったら戦いが楽しめなくなるからだ。
取り出したカードを戻そうとしたとき、あるものが目に付き、浅倉はそれを抜き取る。
「これは……!」
浅倉は瞠目した。ミラーモンスターを好きに操れることだけで満足してしまい、碌に確認をしなかったので気付くことが出来なかったが、ミラーモンスターのカードの奥にはもっと面白いカードが眠っていたことを知る。
「はは……ははははははっ!」
先程まであった苛立ちがすっかり払拭された。そして、高揚は最高潮に達する。今すぐにでも戦いたい気分になってくる。
だが、浅倉には珍しくその衝動をぐっと我慢する。使う相手が誰でもいい訳ではない。使うのであれば引き分けた北崎、決着がつけられなかったレオ、そして散々殴ってくれた黒髪の女の誰かにするとこの場で決めた。
浅倉はそのカードを手にする。泣き声のように聞こえる風が、浅倉の背を押すように吹き抜けていった。
◇
「無様だな」
ミラーワールド内に静かに響く神崎の声。感情が希薄な男であるが、その声に失望が込められているのは明らかであった。
神崎の背後に立つその男は、柱の影に背を預けたまま荒い呼吸をしている。姿はハッキリとは見えないが苦痛に耐えている様子であり、肩をずっと押さえている。
「村上峡児、香川英行、この二人を倒すことも出来ず逆に手傷を負わされるとはな」
負傷しているその存在に対して気遣う様子など全く無い。この二人が接触し、手を組むことを責め立てる。神崎の叱責に対して言い訳の言葉一つ吐かない。
「……まあ、イレギュラーがあったことは認めよう」
全てが悪かったとまでは言わない。神崎にとっても浅倉が齎したことは予想外のことであった。不安定になっていたミラーワールドは少し経って正常な状態に戻ったが、これから先も起きないとは限らない。浅倉に権限を持たせたのは神崎であり、今回のことの遠因は神崎にもあった。
今からでも浅倉から権限を取り上げるかと考えたが、村上と香川が手を組むことを考えると持たせたままにしておくのが正解のような気がした。最悪どちらかを葬れればそれで良い。
「……一度だけ力を貸してやる」
神崎は振り返り様に影に向けて何かを投げた。影の中の男は飛んできたものを難無くキャッチする。渡されたのは一枚のカード。それを見たとき、男は体を一時の間動きが止まった。カードに描かれたものに驚いている。
「それを使ってオルフェノクたちを確実に始末しろ」
神崎が命じると男は頷くと共に柱の奥へと消えていく。既に気配は無い。神崎の命令を実行しに行った。
男が去ると無表情であった神崎は微かに表情を険しくした。事態が神崎にとって悪い方向へと進んでいるからだ。神崎にとって村上率いるスマートブレインと香川たちが手を組んだことは最悪に等しい。
最終的な目的は違うが、そこに至るまでの過程は一致している。
香川たちが居ればミラーワールドという優位性が崩れる。
「優衣……」
神崎にとって唯一の家族であると同時に最愛の妹。そして、神崎にとっての願い。その願いを阻もうとする者たちに神崎は敵意を静かに燃やす。
◇
二体の異形がミラーワールドの中を走る。その体色は赤と黒。ぬめりを感じさせる見た目をしており、背中には十字手裏剣のような武器を背負っていた。
ヤモリに似た異形の名はゲルニュート。二体は脇目も振らずに必死の様子で走り続ける。
獲物を追う為に走っているのではない。彼らは追われている。そして、獲物はゲルニュートたちなのだ。
いつまでも平地を走っているのは危険と判断したのか、跳び上がってビルの壁に張り付く。掌から粘着性の液体が出ており、粘液により壁からずり落ちることなく這い上がっていく。
そのとき、風切り音が鳴った。ゲルニュートの一体が背中から火花を散らして落下する。もう一体のゲルニュートは同胞を助けることはせず、逃げる為に壁を這い上がろうとした。
再び鳴る風切り音。ゲルニュートの首に棘が生えた鞭が絡み付く。鞭の締め付けに耐え切れなくなり、ゲルニュートは引っ張られて落下した。
地面に横たわるゲルニュートたちを見下ろすのは二体のオルフェノク。
全身を輪で拘束されたような見た目をしており、手、腕、脚には棘のような体足が生え、口部から触角のような部位が左右に伸びている。
ゲルニュートたちを叩き、引っ張り下ろしたのはこのオルフェノクが持つ鞭であった。
そのオルフェノクの隣に立つもう一体のオルフェノク。女性的な体格をし、頭部にはエビもしくはザリガニを模した飾りが付き、顔の上半分を丸を繋げたベールのようなもので隠している。両腕には丸みのある手甲を装着し、右手には細剣が握られていた。
ムカデの特徴を持つセンチピードオルフェノクとロブスターの特徴を持つロブスターオルフェノクの足元の影に人の姿が浮かび上がる。
「中々慣れないものですね。鏡の世界というものは」
「そう? 私は好きよ。それに鏡の中の世界なんて夢があって素敵じゃない」
「夢がある、ですか……その夢の住人があんなのでなければ同意しましたよ」
「まあ、そうね」
センチピードオルフェノクの影に映る琢磨。ロブスターオルフェノクの影に映るのは冴子。このオルフェノクたちはラッキー・クローバーの二人が変身した姿である。
「そうなると、これも夢の発明、ということですか」
センチピードオルフェノクの腹部には銀色のベルト。ベルト中央にはオルタナティブのデッキに似たものが装填されており、オルタナティブの紋章の代わりにスマートブレインのロゴが描かれている。
これは香川とスマートブレインが手を組み、開発された簡易デッキでありこれを装着すればミラーワールドへ自由に出入りが出来る。香川はこれをスマートブレインの技術者と共に一週間で完成させた。
しかし、既存のカードデッキとは大きく異なり、アドベントやソードベントなどの攻撃する為のカードが入ってなく、またミラーモンスターと契約することも不可能。普通の人間が使用したらミラーモンスターに食われるかミラーワールドで消滅するかしかない。
故にこれを使用出来るのはミラーワールドで適応でき、戦闘能力を持つオルフェノクであり、実質オルフェノク専用であった。
まだ数が出来ていないのでラッキー・クローバーなどの実力のあるオルフェノクたちに渡されたが効果は絶大であった。
今やミラーモンスターは人間を捕食する立場から駆除される存在へ成り下がっている。
「はあっ!」
センチピードオルフェノクは鞭を伸ばし、立ち上がろうとしていたゲルニュートの首に巻き付ける。じりじりと引き寄せていくセンチピードオルフェノク。その先ではロブスターオルフェノクが細剣を掲げて待ち構えている。
ゲルニュートの命運が尽きようとしたとき、小さな影がセンチピードオルフェノクとゲルニュートの間にある鞭に落ちた。
影が徐々に大きくなっていくにつれ、彼らの耳に落下音らしきものが聞こえて来る。センチピードオルフェノクは音の方へ目を向けた。空から車が落ち、鞭の上に落下すると重みで断ち切る。
「うわっ!?」
張っていた鞭が切れたので後ろに倒れそうになるのを耐えるセンチピードオルフェノク。落下してきた車は地面に突き刺さっていたが、灰となって崩れてしまう。
こんなことが出来る人物を、センチピードオルフェノクは一人しか知らない。
「やだなぁ……僕も混ぜてくれないなんて……」
コツコツと足を立ててこちらへ向かって来ているのは北崎。センチピードオルフェノクは北崎を見た瞬間、体を震わせた。
「き、北崎さん……」
「やっぱりこっちに居たのね、北崎君」
北崎もまた簡易デッキを渡されていた。他のオルフェノクたちがミラーモンスターを発見した以外ではミラーワールドに入らないが、北崎はそれの真逆であった。ミラーワールドの何が気に入ったのかは知らないが、食事以外殆どの時間をミラーワールドで過ごしている。オルフェノクの体質ならばミラーワールドに何時間居ても消滅しないが、四六時中ミラーモンスターに狙われるというリスクもある。しかし、北崎にとってそれはリスクになりえない。襲って来たミラーモンスターを片っ端から返り討ちにし、北崎の方からも襲っている。
こうなるとどちらがモンスターか分からない。ミラーモンスターにとって北崎は怪物そのものであった。
「琢磨君も冴子さんも手を出さないでね? ここは僕の遊び場なんだから」
北崎がそう言うとロブスターオルフェノクは肩を竦めて細剣を仕舞う。センチピードオルフェノクは千切れた鞭の柄を強く握って悔しさを滲み出していたが、北崎に逆らうことはしなかった。
北崎は垂らすように持っていたデルタドライバーを装着し、デルタフォンを構える。
「変身」
『Standing by』
ドライバー側面にあるデルタムーバーとデルタフォンが合体。
『Complete』
白いラインが北崎を覆い、デルタへと変身させる。
「ふふっ」
デルタはゆっくりとゲルニュートへ向かいながらデルタムーバーを外す。ゲルニュートはデルタを恐れながらも背部に付けてある十字手裏剣を投げ放った。
「ファイア」
『Burst Mode』
音声認識によりデルタムーバーがブラスターモードへ切り替わると、デルタは投擲された十字手裏剣を標的にしてトリガーを引く。
発射された光弾が一発、二発当たっても十字手裏剣の勢いはまだ衰えない。しかし、デルタは歩みを止めず銃撃しながら前進を続ける。
正確な射撃により飛来する十字手裏剣に全弾が命中。デルタへと当たる直前に弾かれる。
そこからターゲットがゲルニュートへと移り、ゲルニュートの全身を的にして光弾を撃ち込み続ける。
手足、胴体、余すことなく撃たれるゲルニュートの体。遂には両膝をついて動かなくなる。
デルタはドライバー中央にあるミッションメモリーをデルタムーバーに差し込む。
『Ready』
「チェック」
『Exceed Charge』
デルタは足を止め、ゲルニュートの額にデルタムーバーの銃口を押し付けた。
「じゃあね」
引き金が引かれ、充填されたフォトンブラッドが発射。ゲルニュートは膝をついたまま光弾に押されて地面を滑っていく。
放たれた光弾が展開して三角錐のポイントマーカーとなると、デルタは跳躍して右足からポイントマーカーへ突入。ゲルニュートの体を貫き、その体にΔの紋章を刻み込む。
ゲルニュートは断末魔の叫びを上げて爆散。その体の破片は赤い炎に包まれていた。
デルタは残った一体を探す。見回してみたが発見出来ない。視線を上げる。ビルの壁を這って逃げるゲルニュートを見つけた。
「薄情だなぁ」
ゲルニュートを嘲笑しながらデルタは銃口を向けるが──
『FINAL VENT』
──響き渡るその音に引き金に掛けられた指が止まる。
ゲルニュートが這っていたビルのガラス窓から飛び出すのは獰猛なる白虎──デストワイルダー。
デストワイルダーはゲルニュートの頭を掴み、壁面へ叩き付けると垂直の壁を地面のように走りながら降下。デストワイルダーの強靭な腕力を跳ね除けることが出来ず、ゲルニュートの体は擦り下ろされていく。
そして、デストワイルダーが走る先、ビル壁面の下ではいつの間にタイガが立っていた。タイガは両腕にデストワイルダーの両腕を模した巨大な爪が手甲を装着しており、右手を振り上げた状態で構えている。
タイガとデストワイルダーが衝突しようとした瞬間、デストワイルダーは壁を蹴って離脱。タイガは手甲を下から上へ掬い上げる。長い爪が地面や壁に当たるが全てを斬り裂き、ゲルニュートの体を貫いた。
五指の爪をゲルニュートに突き刺さしたままタイガは腕を高々と掲げる。ゲルニュートはそこで絶命し、タイガの頭上で爆散した。
ゲルニュートを葬ったタイガがデルタたちの方へ振り返る。センチピードオルフェノクとロブスターオルフェノクは身構えるが──
「あれ? 北崎君? 居たんだ」
「やあ。東條君」
──デルタとタイガは顔見知りであった。
オルフェノクたちの反撃が始まる回となります。