「別に僕は遊んでいる訳じゃないよ、北崎君」
「へぇ、そうなの?」
ウィービルオルフェノク越しに会話をするタイガと北崎。間に挟まれているウィービルオルフェノクは生きた心地はしなかったが、それでもこの状況を打破しようと悪足搔きをする。
「ま、待てよ! お前! スマートレディが言っていた新しい協力者だろ!? お前も俺を攻撃していいのかよ!? やっちゃいけない決まりだったろ!?」
香川たちとスマートブレインとの協定を出し、どうにかしてこの場を切り抜けようとする。
「そうなの?」
「そうだよ」
初めて聞いたという態度の北崎に対し、タイガはすんなりと認める。だが、「でも」と言葉を続けた。
「先に約束を破ったのはそっちだよね?」
「そ、それは……」
そこを衝かれるとウィービルオルフェノクも言葉を詰まらせてしまう。
「み、見逃してくれよ! たかが人間一人殺ったぐらいで俺たちが揉めるなんて馬鹿らしい! 見逃してくれたらもうこんなことは──」
「ダメだよ」
タイガは子供でも窘めるような柔らかな口調で、だが場違い過ぎるぐらい穏やかな口調で口を挟む。
「君は約束を破ったんだ。いけないことをしたんだよ? 約束を破るような人とは一緒に戦えないかも……」
控え目な態度なのに言葉に言い様の無い悍ましさを感じさせる。
「お、俺を殺ったら、スマートブレインとあんたたちの関係が……」
「うん。でも、僕が約束を破ることになったのは君のせいかもしれないんだ……」
断言しない曖昧な口調なのにウィービルオルフェノクはタイガは自分を確実に殺しに来る、と確信してしまう。言動全てに危うさしか感じられない。
狂人という存在に初めて邂逅してしまった。
「だよねぇ。約束を破る人なんて居ない方が良いよねぇ」
「そ、そんな……お、お、俺はただ……」
「やだなぁ、そんなに震えて。まるで僕たちが悪い奴みたいじゃないか……悪いのは君だろ?」
北崎がタイガに同意を示し、ウィービルオルフェノクは全身から血の気が引いていく。
「そうだね……うん、やっぱり君が悪いかも」
「東條君って何か不思議な感じがするね……」
「そう?」
「僕たち、やっぱり友達になれそうだねぇ」
「……そうかも」
薄っすらと笑いながら北崎はタイガから滲み出る狂気を褒めるようなことを言う。ウィービルオルフェノクからすれば北崎からも狂気しか感じられない。前も後も頭のネジが外れている者しかいない状況に絶望を覚える。
「う、うわあああああああああ!」
そんな空間に耐え切れなくなり、ウィービルオルフェノクは恐慌状態となって走り出す。走る先に立つのは──北崎。まだ幼さを感じさせる容姿をした北崎ならばどうにか出来るかもしれないという単純な考えからの行動。
構えもしない北崎の頬を全力で殴り付ける。手加減無しの一撃。普通の人間ならば首の骨が折れてもおかしくない。殴られた北崎は、殴った方向に合わせて首が動く──だが、それだけであった。北崎の足はその場から一歩も動かない。
恐怖しているウィービルオルフェノクはその事実には気付かず、二発目、三発目を繰り出して北崎を殴り続ける。四発目を放とうとしたとき、ようやく違和感を覚えるが、恐怖で突き動かされた体は止まらない。北崎の顔面中央を射抜くように拳が伸びていくが──
「あ、あぁ?」
ウィービルオルフェノクの拳は北崎の掌によって受け止められている。押そうが引こうが北崎の細腕を動かすことは出来なかった。
「──ねぇ、何で僕の方に来たの?」
全力で殴られても北崎の顔に傷一つ無かった。その事実にウィービルオルフェノクは震える。
「ねぇ、答えてよ」
北崎は再度穏やかな口調で訊ねるが、ウィービルオルフェノクは歯の根が合わなくて喋ることもままならない。
「──答えろ」
幼さが消えた冷徹な声が北崎の口から放たれると、ウィービルオルフェノクの体がその場でぐるりと横回転をし、地面に側頭部を叩き付けられる。
「あ、が……」
自分の身に何が起こったのか分からなかったが、数秒後に自分の身に起こったことを理解する。
「あ、あがああああああああっ!」
ウィービルオルフェノクの腕が根本まで捻じれている。北崎が力任せに捻ったことでウィービルオルフェノクの腕は蛇腹のように皺が寄る程歪に変形させられていた。
ガシャン、という音がした。北崎の手からデルタのベルトが入ったアタッシュケースが落ちた音。より正確に言えばわざと落とした音である。
北崎の顔に紋様が浮かび上がり、体を発光させながらウィービルオルフェノクへ近付く。
喚いていたウィービルオルフェノクが急に黙る。足が地面から離れて宙吊り状態になっているからであった。
華奢な体は肩幅の広い甲冑のような巨躯へと変貌。体の至る箇所に鱗のような装飾があった。顔面にある凹凸と亀裂によって表情らしきものが作られているが、そこから感情を窺うことは出来ない。頭部の左右からは一対の長い角が生えていた。
空想上の存在である筈のドラゴン。多くのオルフェノクの中で、唯一実在しない生物が投影された北崎のオルフェノクの姿であるドラゴンオルフェノク。
ドラゴンオルフェノクは両手に装着された竜の頭部を模した籠手でウィービルオルフェノクの首を挟み、片手で軽々と持ち上げている。
ドラゴンオルフェノクは腕を振る。挟まれていたウィービルオルフェノクは地面と水平になる程の勢いで投げられ、三十メートルを軽く超える距離まで飛ばされた。
地面に落ちて五度跳ね、十回転程転がった後にウィービルオルフェノクはようやく止まる。
「う、うああああああっ!?」
完全にパニックを起こしており、悲鳴を上げ、一目散に逃げていく。負傷している筈だがそんな傷に気が回らない程心が恐怖に満たされている。
「逃げちゃった」
ドラゴンオルフェノクの足元の影に映し出される北崎が惚けたように言う。隣に来ていたタイガはそんな彼に咎めるような視線を向けた。
「──北崎君。わざとでしょ?」
「分かる? だって僕、東條君と遊びたかったし」
無邪気に言うドラゴンオルフェノクにこれ以上何を言っても無駄だと悟り、タイガは溜息を吐く。
「──いいよ。どうせやることは変わらないから」
「東條君は話が早いなぁ……琢磨君も見習えばいいのに」
タイガが戯れに付き合ってくれることに機嫌を良くするドラゴンオルフェノク。
「それで? 何をするの?」
「うーん……」
ドラゴンオルフェノクは虚空を見詰める。遊ぶのは良いが肝心の内容をまだ決めていなかった様子。暫しの間、考えると何かを思い付いてタイガの方へ顔を向ける。
「鬼ごっこ」
◇
捻じ折られた腕を庇いながら走るウィービルオルフェノクは混乱の極みにあった。スマートブレインの協力関係にある筈のタイガに襲われ、同族であるドラゴンオルフェノクにも襲われた。確かに決められた約束を先に破ったのはウィービルオルフェノクである。しかし、だからといってここまでされる謂われは無い。
事故のように降って湧いて来た理不尽に対し、ウィービルオルフェノクは全力で逃走するしかなかった。
「くそ! くそっ! くそぉぉぉ! 何処だ! 何だここはぁぁぁ!」
逃げながらウィービルオルフェノクは喚く。おかしなことが起こっているのには気付いていた。人気の多い場所に逃げ込み、そこで変身を解いて紛れ込めば逃げ切れると考えていたが、何故か人の姿が見当たらない。時間的にもまだ人の通りがあっても変ではない時間である。だというのに人一人見当たらない。
組織の末端故に与えられていた情報は最低限のものであり、ミラーワールドの存在すら知らない。或いは情報共有の過程で齟齬が発生して重要な部分が抜け落ちてしまった可能性もある。
どちらにせよウィービルオルフェノクは自分が未だに『詰み』の状態であることを自覚していない。何処へ逃げようともミラーワールドから脱出する術を持たない彼は、いずれは捕まえる運命だったのだ。
ふふふふ
ウィービルオルフェノクの足が思わず止まる。誰かの笑い声が聞こえた。耳を澄ます。笑い声は聞こえない。
恐怖に駆られるあまり幻聴が聞こえてしまった可能性を考えたが──
「ふふふふ」
──今度こそはっきりと聞こえ、ウィービルオルフェノクは情けない悲鳴を上げて走り出す。
走っても走っても恐怖も不安が迫って来るような感覚。ウィービルオルフェノクは狂乱状態になっていた。
夢だったのなら早く覚めてくれ、と心の中で絶叫しながら逃げ続けようとするが──刹那、轟きと共にウィービルオルフェノクの前方に目を焼くような強烈な発光と衝撃が発生する。
「うわっ!?」
急停止するウィービルオルフェノク。見ると数歩先の地面が罅割れ、周囲が黒く焦げていた。何が起こったのか理解をする前に再び同じ現象がウィービルオルフェノクの真横に生じる。
声を上げて音源から離れるウィービルオルフェノク。やはり、その地面もまた黒い焦げ跡が出来ていた。
「何が──」
「ふふふふ」
無邪気な笑い声が頭上から聞こえ、ウィービルオルフェノクは考えるよりも先に上を見上げていた。三階建ての建物の屋上から見下ろしているドラゴンオルフェノクと目が合ってしまう。
「ねぇ、どうしたの? 逃げないの?」
相手の心を嬲るような答えの分かり切った質問をするドラゴンオルフェノク。ウィービルオルフェノクは腰が抜けそうになっており、足が言うことを聞かない。
「逃げないと……死ぬよ?」
ドラゴンオルフェノクの角が青白い光を放ち、稲光のような光が天に向かって飛んでいく。間もなくして轟音と同時に落雷が起こり、ウィービルオルフェノクの傍にまた落ちた。
「ひぃやぁぁぁ!」
情けない悲鳴を上げるしか出来なかった。ドラゴンオルフェノクは両手の指先を拍手するように合わせながらウィービルオルフェノクの醜態を笑う。
格が違う、という言葉を骨の髄まで思い知らされる。どんな奇跡が起ころうともドラゴンオルフェノクには勝てないということをウィービルオルフェノクは悟らされてしまった。
だが、彼は目の前の最悪のせいで気づいていない。自分の置かれている立場が、最悪の更に下にあるという現実に。
『ADVENT』
茫然自失状態になっているウィービルオルフェノクの耳に届く音声。次の瞬間、音も気配も無くデストワイルダーがウィービルオルフェノクに飛び掛かり、彼の体を掴むと建物の壁面へ叩き付ける。
痛みと衝撃で我に返るウィービルオルフェノク。相手は絶望に浸る時間すらも彼に与えない。
「は、な……ぐがっ!」
デストワイルダーを押し退けようとするが、異常な腕力の前に捻じ伏せらせる。それどころか凄まじい圧によりウィービルオルフェノクの硬い甲殻が軋み始める。
ここまで絶望的な状況だが、相手はウィービルオルフェノクのそれを軽々と超えていく。
デストワイルダーは、ウィービルオルフェノクを壁面に押し付けてまま走り出した。
「あががががががっ!」
デストワイルダーが本気で走れば時速300キロまで出せる。速さと圧力が掛け合わされ、それが生み出す摩擦と熱によりウィービルオルフェノクの体は壁面によって削られていく。なまじ頑丈な体を持っているので、楽には死ねず地獄のような苦痛が継続される。
ウィービルオルフェノクの体が高熱を帯びたときに地獄は次なる段階へ移る。
『FINAL VENT』
その音声がデストワイルダーに届くと、壁面に擦りつけるの止め、ウィービルオルフェノクの体を片手で持ち上げると顔面から地面へ叩き付ける。躾された動物のように慣れた動きであった。
デストワイルダーはその状態で再び疾走。ウィービルオルフェノクを地獄の果てへ連れて行く。
果てで待つのはタイガ。デストクローを振り上げてウィービルオルフェノクが運ばれてくるのを待ち構える。
ウィービルオルフェノクが間合いまで運ばれてきたタイミングでタイガは爪を振り上げた。
冷たい金属の爪がウィービルオルフェノクの体を貫くのだが──
「あれ?」
──ウィービルオルフェノクを貫いていたのはタイガの爪だけではなかった。いつの間にかタイガの隣に来ていたドラゴンオルフェノクの手甲の牙もまたウィービルオルフェノクを貫いていた。
「じゃあね」
ドラゴンオルフェノクはその状態で手甲から光弾を放つ。ウィービルオルフェノクは灰すら残らずに粉々になってしまった。
ウィービルオルフェノクが消滅するとドラゴンオルフェノクは変身を解き、人の姿へ戻る。
「倒したのは僕だから、僕の勝ちだね」
「鬼ごっこって、そんなルールだったかな……?」
首を傾げるタイガであったが、北崎は腹を押さえて少し前屈みになる。
「お腹空いたー……東條君、僕、勝ったんだからご飯奢ってよぉ」
これ以上話しても無駄だと思ったのか、タイガは溜息を吐く。
「──分かったよ」
「ありがとぉ」
北崎にご飯を奢る為に二人はミラーワールドの外へと出る。
二人が仲を深める切っ掛けになったのも今回の件と良く似ていた。約束を守らずに暴走するオルフェノクの始末──そのときは東條がやったが。
オルフェノクを始末する度に両者の間でコミュニケーションが交わされ、仲が深まる。
二人の関係は非常に歪で、恐ろしく、そしていつ壊れるのか分からない危ういものであった。
龍と虎が仲良く遊んで仲を深める話となります。
次からはまた浅倉たちの話になる予定です。