何もかもを消し去っていく光。目に映る全てが消滅していく様を王蛇サバイブは中心地という特等席で眺めていた。
それは、彼の中にある苛立ちが解消されていくのと同調している。
「はははははははっ!」
頭の中が最高にスッキリとした状態になり王蛇サバイブは笑い──ゆっくりと倒れていく。
戦いの高揚に何もかもを任せていたので鈍くなっていたが、王蛇サバイブは変身前に手首を噛み千切り、大量の出血をしている。治療をしないまま戦闘し続けた結果、失血死寸前の段階まで来ていた。
「ははは……」
重くなる頭、狭まる視界、遠くなっていく意識。自分の体が死に向かっている状態であったも王蛇サバイブは笑い続け、そして──
「あぁ……?」
──気付けば見知らぬ廃墟の中で横たわっていた。
薄汚れた段ボールが下に敷かれ、最低限以下の寝床の上で浅倉は目を覚まし、上体を起こす。
浅倉は己の手首を見る。不思議なことにそこに噛み千切った跡は無い。失血死手前の極度の貧血状態も何故か解消されている。
自分の身に何が起こったのか分からず、浅倉は暫しの間首を傾げていた。
『起きたな』
こちらを気遣う気など全く感じられない無感情な声が聞こえて来る。
反響する声を聞きながら、その出元を探すと壁に立て掛けられた埃の付いた薄汚い鏡の中に声の主はいた。
腕を組んでこちらを見ているのは仮面ライダーオーディン。てっきり神崎がここまで運んだのかと思っていたので少々意外ではあった。
「お前か……」
ここに自分を運んだのは。手首の傷を治したのは。という二つの質問が頭の中に過ったが、すぐに忘れる。訊いてもオーディンが答えるように思えなかった。そして、相変わらず腕を組んで偉そうにしているオーディンの姿に軽くイラついたからである。
『──派手にやったな』
エラスモテリウムオルフェノクとの戦いのことを言っているのだろうが、声色に咎める感じは無い。
「中々面白い戦いだった。久しぶりにスッキリしたぜ……」
浅倉は上機嫌であった。溜め込んでいた全て鬱憤を晴らせたので仕方がない。初めてライダーバトルをしたときのような爽快感が今も余韻として残っている。
『巻き添えで数千人は死んだ』
今までのライダーバトルの被害を考えれば桁違いの数である。
「それがどうした?」
浅倉の言葉に罪悪感など微塵も無かった。数千人という被害者を出しても浅倉の心に全く動揺など生まれない。戦いと苛立ちの解消。それだけが全てであり、それ以外のことは浅倉にすれば単なるおまけ程度のことである。
『特に責めるつもりはない。尤も、お前が起こした騒ぎで他のライダーたちも慌ただしくなってきたがな』
オーディンも浅倉に匹敵する無情な発言をする。彼にとっても今回の犠牲者は気にするようなものではなかった。
それよりも問題なのは規模が規模だけに神崎が待機を命じていたライダーたちが不審に思い、動き出そうとしていること。幸いというべきか、浅倉が広範囲を壊滅状態にしたので目撃者は皆無。浅倉がやったという証拠も証言も無い。
下手に動かれるとスマートブレインに存在を嗅ぎ付けられ、最悪の場合神崎にとって最も大切とする妹の優衣に辿り着く危険があった。
『色々と忠告はしているが……それでも動く奴が居るがな』
「はっ。どうせあの馬鹿のことだろう?」
誰かと言わなかったが、浅倉には誰のことなのか容易に想像が付いた。度が過ぎるお人好しで後先考えない馬鹿な男。動くとしたらそいつしかいない。
「まあ、どうでもいいがな……」
それだけ言って浅倉の興味が離れる。普段ならば他のライダーの動向を気にするところだが、今の浅倉が最優先すべきターゲットはスマートブレインである。イラつく彼らを潰さない限りはライダーバトルに気が入らない。
尤も、新しい力を手に入れたのでそれを試したいという気持ちはある。特にあの役立たずの悪徳弁護士相手に使ったら、どれだけスッキリするだろうか。そう思いながら浅倉はカードを取り出し、サバイブのカードを見ようとした。
「……おい」
カードデッキの中身を確認していた浅倉の手が止まり、ドスの効いた声が発せられる。
「あのカードはどうした……?」
今まで上機嫌であった浅倉の機嫌が一気に最低値にまで下がる。理由は彼が言う通り、カードデッキの中にサバイブのカードが見当たらなかったからである。
「お前が盗ったのか……?」
『あれは元々私の力の一部だ』
盗った、と取れるような発言をオーディンがした瞬間、浅倉は地面に転がっていたコンクリート片をオーディンが映る鏡に投げつける。
コンクリート片が直撃し、立て掛けてあった鏡が四散する。しかし、地面に散らばった鏡の中には変わらずにオーディンが映し出されていた。当然のことながら鏡を割った程度では何の影響も無い。せいぜい話し難くなった程度である。
「今すぐ返せっ!」
怒号と共にオーディンが映っていた鏡を踏み砕く浅倉。だが、オーディンは既に別の鏡の破片に移動していた。
『少し頭を冷やして冷静になれ。お前は勘違いをしている』
浅倉の辞書に載っていない言葉で窘めるが、一度火が点いた浅倉は中々止まらない。
「あぁ!?」
コンクリート片を持ち上げながら恫喝するが、寸での所でオーディンの言葉に耳を貸す。引き千切れる寸前だが理性が働いたのは、オーディンに一度助けられた借りがあったからであった。
『私が没収したのではない。使った後に消滅しただけだ』
「……どういうことだ?」
言っている意味が分からなかったので詳細を問う。
元々サバイブのカードはオーディンの力の一部である。浅倉が使用した疾風の力を宿したものと炎の力を宿したもの、そしてオーディンが常時使用しているものを含めて三枚存在する。
オーディンが存在すれば理論上は無限に増やすことは出来るが、そう易々と力をばら撒くということはしない。サバイブのカードを与えるのはライダーバトルを促進させるのが主な目的である。
今回、浅倉に渡した疾風のサバイブのカードは、本物ではなく複製したカード。コピーベントという文字通り対象をコピーするカードの能力で作られたカードである。本来は相手の武器や姿をコピーする能力だが、オーディン自身が使用すればカードのコピーも可能となる。
劣化なく能力を再現しているが、所詮は複製なので一度戦闘で使用すれば消滅する。また、サバイブの維持時間を超えても消滅する。それを知らずに使用した浅倉。戦闘中に効果が切れなかったのは幸いであった。
「なら新しいのを寄越せ」
説明を聞いた浅倉からの第一声は非常に図々しいもの。さも当然のように要求してくる態度に普通の相手ならばまず間違いなく怒りを覚えるだろう。だが、オーディンは一切の感情を見せないまま、いつの間にか手に持っていたカードを浅倉へ投げ渡す。
「ほう……?」
受け取ったカードを見た後に浅倉はオーディンの方を見る。先程までの不機嫌が嘘のようにニヤリと笑う。
「前とは違うな。だが、こっちも愉しめそうだ」
『これ以上はお前に力を与えない。それを使い切る前にスマートブレインを潰せ』
浅倉がサバイブを使用したときの戦闘能力は神崎やオーディンにとっても予想の範疇を超えていた。特に融合ミラーモンスターのジェノサバイバーの力は規格外である。それこそオーディンの契約モンスターであるゴルドフェニックスに匹敵、場合によっては超える可能性もある。
そんな浅倉にサバイブの力をもう一度与えるのは危険だが、スマートブレインを滅ぼすには必要でもある。今のところ浅倉の矛先はスマートブレイン及びオルフェノクに向いているので神崎たちに牙を剝くことはない。スマートブレインを壊滅させるまでは浅倉を上手に飼い慣らしておかなければならない。
浅倉は新たなカードをデッキに収めると、オーディンに背を向ける。
『何処へ行く?』
「腹が減った。まずは飯だ」
暴れ回った後はどうしても空腹になる。戦闘狂である彼も腹が満たされなければ満足出来る戦いも出来ない。その為に食事を調達する必要がある。味にこだわりは無い。野生のヘビでもトカゲでもいい。焼けば大抵のものは食べられるし、浅倉自身が悪食である。
「お前も一緒に食うか?」
振り返りながらオーディンも誘ってみる。オーディンは既に鏡の破片の中に映ってはいなかった。
「……まあ、食わんか」
予想通りだったので特に気にせず浅倉は食料の調達に向かった。
◇
ここ最近、東條の私生活は満たされている。
気が合いそうな新しい友達候補が増え、孤独を感じることが少なくなった。機嫌が良くなれば自然と笑うことも増え、普段は無表情の東條も柔らかな雰囲気を出すようになる。
香川の仕事の手伝いをしつつ、時折仲村と会話することもあった。他愛のない会話ではあるが、この前までは仲村の方が東條とあまり関わらないようにしていたし、東條も仲村のことを少し苦手としていたので大きな変化と言える。
(これも皆、香川先生のおかげかな?)
東條は少しでも変化する変化を香川へ話していた。香川自身色々と忙しい筈なのに親身になってそれを聞いていた。
『東條君。他人との交流は貴方に変化を与えてくれます。これからも積極的に続けて下さい。それが貴方にとって良いものであることを願っています』
最初にそれを聞いたときは億劫に感じたが、続けている内に確かに少しずつ毎日が楽しくなってきたような気がした。
(流石、香川先生!)
香川に崇拝に近い感情を抱いている東條は、ますます敬意を強める。香川の言うことを絶対と信じられるぐらいに。
(やっぱり香川先生は英雄なんだ……僕も香川先生みたいな英雄に──)
そのとき、東條の耳にあの音が入って来た。それだけではない。背筋が寒気立つような視線も感じる。近くにミラーモンスターが居ると思われるが、こんなにも危機感を抱く視線を向けられたのは初めての経験であった。
東條は近くに鏡面がないか探す。間もなくブラインドが下ろされているガラス窓を見つけた。
右手に持ったタイガのデッキを窓ガラスに映すと東條の腹部にVバックルが装着され、そのまま変身へ移行しようとしたとき、下ろされていたブラインドが上がる。
東條の動きが硬直した。赤い双眼を輝かせた漆黒のライダー──リュウガが東條と向き合うように立っていたからだ。
仮面ライダーを前にして無防備を晒してしまった東條。だが、リュウガは東條を襲う気配は無い。それどころか、東條の姿を見て鼻で笑うような仕草を見せると窓ガラスから後退していく。
明らかに誘っている。罠を張られている可能性もある。しかし、東條は止まらなかった。
デッキを持った右手を引き、胸の前で両腕を交差。今度は両腕を引き、腰の両横まで持ってくると、左手を突き出しながら右手をVバックルの傍に移動させる。左手首を返し、軽く開いた五指を前に出して爪を突き立てるような形にする。
「変身!」
デッキがVバックルに挿入され、東條に複数の虚像が重なり合うことで、その姿をタイガへ変身させた。
タイガは変身完了と共に窓ガラスに入り、ミラーワールドへ侵入する。
ミラーワールド内ではリュウガが構えもせずに待ち構えていた。
「君、僕に何か用?」
質問しながらもタイガの手にはデストバイザーが握られており、その刃先はリュウガへ向けられている。
「──一つ質問をする」
リュウガからの反応があった。
「──何?」
タイガは警戒しつつも話を聞く。
「香川英行が今何をしているのか答えろ。内容によっては命だけは見逃してやる」
タイガに香川の情報を寄越せと脅迫めいた問いを行う。
「馬鹿だな、君は。僕が香川先生を裏切る筈ないよ」
香川に心酔しているタイガからすればリュウガの言っていることは愚問そのもの。あまりに愚かしくてデストバイザーを握る手に力が籠る。
すると、声も出さずにリュウガは肩を震わす。それは怒っているのではなく──
「……笑っているの?」
──仮面の下で笑っているように見えた。
「東條悟……断ってくれたことに礼を言う」
そう言いながらリュウガは漆黒のカードデッキからカードを抜く。
「おかげで心置きなくお前を殺せる」
『ADVENT』
ブラックドラグバイザーに装填されたカード効果により空からドラグブラッカーが駆け付けて来る。ドラグブラッカーは口を開き、黒炎を吐き出そうとするが──
『FREEZE VENT』
──その音声の後、絶対零度の凍気が発生してドラグブラッカーごとリュウガを凍結させる。
「やっぱりだ」
アドベントの発動に合わせてフリーズベントを発動させたタイガは、ミラーモンスター共々凍るリュウガを見て一つの確信を得た。
「もしかして、君って──」
タイガが何かを言おうとしたとき、パキという音が鳴る。音の方向には凍り付いたリュウガ。またパキと音が聞こえ、タイガの視線が下に下がる。リュウガの足元には張り付いている筈の氷の破片が幾つも落ちている。
断片的になっていた音が連続して聞こえ、リュウガの氷像が細かに震え始めると、次の瞬間には纏わりついていた氷を全て吹き飛ばされてしまった。
「惜しかったな」
リュウガはタイガを嘲笑しながらデッキから抜いたカードを見せる。描かれているのは、真紅の炎を纏わせた黄金の左翼。
すると、描かれている炎が揺らめき、リュウガの周囲に炎が発生する。
「うっ!」
後退するタイガ。そのとき、何かに気付いて視線を上げる。カードが起こした炎によりドラグブラッカーの氷もまた溶かされていた。
「ここからだ」
リュウガがそう言うとカードの絵柄に変化が生じる。燃え盛っていた赤い炎が色を変え、リュウガと同じ漆黒の炎となる。それに合わせてリュウガの周囲で燃えていた炎も黒炎と化す。
リュウガが左腕を突き出す。黒炎がブラックドラグバイザーに絡み付き、新たな形へ強化。
ドラグブラッカーの頭部を模した銃に似た召喚機。手甲から手持ち型の武器になった。
リュウガは召喚機の前部──ドラグブラッカーの顎に当たる部分を下に引くことで開き、内部にあるスロットに黒炎のカード──サバイブ烈火を装填する。
『SURVIVE』
燃え盛る黒炎はより激しさを増して火柱となる。新たな強者の誕生を祝うかのように。