契約していたミラーモンスターは倒され、カードデッキも破壊され、生身の状態でミラーワールドで倒れている東條の命は最早風前の灯火であった。
このまま何もせずとも消滅する運命。しかし──
「……」
──リュウガサバイブはそれを黙って見送るようなことを良しとしない。
再びドラグブレードが展開される。何故そんなことをするのか。理由など一つしかない。東條に確実な死を与える為である。
重傷を負い、意識すら無い東條への冷酷で無慈悲なる仕打ち。リュウガサバイブは消滅という静かな死すらも与えない。
リュウガサバイブはドラグブレードを振り上げ、それを東條に突き立てる──直前に発砲音が鳴り響いたことで軌道が九十度変わり真横を払う。
ドラグブレードから生じる金属音。少し間を置いて近くの壁に穴が数個開く。それは紛れもなく銃痕であった。
再度発砲音を鳴る。ドラグブレードを振るいながらリュウガサバイブは後ろへ跳躍。跳びながら迫って来た弾丸を斬り払う。
羽ばたくような音と共に東條の傍に降り立つ灰色の影。両手に持つ二丁の拳銃をリュウガサバイブへ突き付けるのはバットオルフェノク。
バットオルフェノクはリュウガサバイブに悟られない最小の動作で東條の容態を確認する。
長くはない。そう察したバットオルフェノクは小さく舌打ちをした。
彼は内心焦っていた。彼は定期的に警護──という名の監視を香川一味に行っていたが、彼の同僚であるエラスモテリウムオルフェノクが謎の大破壊と一緒に姿を消して以降──恐らくは生きていないと思われる──仕事の量が増えてしまい監視の目が届かないこともしばしば起こっていた。
今回に限りそれが最悪の事態を引き起こす。バットオルフェノクの目が届いていない間に協力者である東條が瀕死の重傷を負ってしまったのだ。
将来的には敵対関係になると思われるが、戦力として今の段階で失われるのは痛手。バットオルフェノクは未知数の相手を前に東條を運び去らなければならない。
バットオルフェノクは二丁拳銃で素早く連射する。リュウガサバイブは目にも止まらぬ斬り返しで全ての銃弾を弾き落とした。
強い、まず敵わない。先程の奇襲と今の銃撃でリュウガサバイブが格上であると即座に見抜き、撤退することを選択。
倒れている東條を脇に抱えると飛翔する。
飛び立つバットオルフェノクをブラックドラグランザーが追い掛けてくる。バットオルフェノクは右手に持つ銃を撃つが、ブラックドラグランザーの顔に当たって弾かれてしまい怯む様子も見せない。バットオルフェノクは効かないと分かるとすぐに攻撃を中断して逃走に全力を注ぐ。
だが、ブラックドラグランザーの飛行速度はバットオルフェノクを上回る。ましてやバットオルフェノクは人一人抱えた状態。追い付かれるのは時間の問題であった。
背後に冷たい殺気と灼熱の吐息を感じる。ブラックドラグランザーがすぐそこまで迫っている。殺られる、とバットオルフェノクが覚悟を決めたとき何故か背後の気配が遠ざかっていく。何かが起こっているのかもしれないが、振り返る余裕など無かった。
バットオルフェノクは訳も分からないまま近くにあった鏡面へ飛び込み、現実世界へと帰還する。
バットオルフェノクと東條の逃走を許してしまったリュウガサバイブたち。しかし、それを追跡するのは今の彼らには困難であった。
「くっ……!」
リュウガサバイブは地面に膝を着き、苦しむ声を零す。その体からは粒子のようなものが立ち昇っており、ミラーワールド内の活動時間限界を迎えたライダーたちと同様の現象が起こっている。近くではブラックドラグランザーがリュウガサバイブを心配するように飛び回っている。動けないリュウガサバイブと同じ現象がブラックドラグランザーにも起こっていた。
「時間を掛け過ぎたか……!」
タイガ相手に時間を消費し過ぎた。普段はしないような真似をしてしまったせいである。新しい力に得て少しそれに酔ってしまったのかもしれない。
リュウガサバイブはよろけながらも立ち上がり、場所を移動する。今の弱り切った姿を誰かに見られたら狩られるだけ。
十メートルも歩かない内に限界が来てリュウガサバイブは建物の陰に倒れ込む。その際に変身が解けてリュウガの姿に戻り、更に変身が解除された。
建物の陰からはみ出る生身の手。その手もまた粒子化現象が続いている。
他のライダーたちは現実世界に戻れば収まるが、ミラーワールドに適応しているリュウガは──
「俺は……俺は幻なんかじゃない……!」
粒子化し続ける腕を強く掴みながらリュウガは叫ぶ。常に冷徹である彼だが、このときだけはその声に悲愴さが感じられた。
◇
スマートブレイン本社。香川はいつものようにスマートブレインの研究者たちに指示を出しながら自身も研究を進めていた。今日は仲村も香川の研究の手伝いをしている。
すると、研究室にスマートブレインの人間が急に入り込んできた。
「香川先生! 至急来てください!」
「何か急用ですか?」
「それが──」
齎された報せに常に冷静沈着な香川の顔色が変わり、動揺を見せる。傍で聞いていた仲村も同じような表情になっていた。
「何処ですか! 何処にいるのですかっ!」
スマートブレインの人間は、凄まじい剣幕に圧倒されながらも香川に言われた通り場所を教える。すると、香川は彼を押し退けてその場所へ走って向かう。仲村もその後に続く。
立ち止まることなく全速力で教えられた場所へ向かう二人。やがて、教えられた場所へ到着する。
香川はノックもせずドアを勢い良く開ける。
「東條君っ!」
室内ではスマートブレインが用意した医療スタッフが東條の治療を行っていたが、傍から見ていても絶望的な状況であることが伝わってくる。
「一体何が……!?」
「神崎士郎の刺客から襲撃を受けたようです」
先に到着していた村上が香川の疑問に答えた。
「神崎君の……!?」
「襲ったのは黒いライダーだそうです」
バットオルフェノクからの情報を香川へと伝える。
「黒いライダー……!」
香川の脳裏に浮かぶリュウガの姿。あのとき、何が何でも倒していれば、という後悔が香川の精神に重く圧し掛かる。
「東條は……東條は助かるのですか!?」
東條の生命の安否を確認する仲村は必死の形相をしている。
「残念ですが……手遅れです」
僅かな希望を消し去る村上の言葉。
「ここに着いたときには手の施しようがありませんでした……今行っているのは延命のようなもの。それも時間の問題です」
東條が手遅れなことに関しては嘘ではない。医療分野でも高い技術力を持つスマートブレインだが、それでも限界はある。ある条件を満たしていれば死亡していても復活させることも可能だが、東條はその条件を満たしていなかった。
「そんな……」
「声を掛けてあげて下さい。もしかしたら、反応するかもしれません。……彼の最期の言葉を聞けるかも」
一見すると温情的な行動に映るかもしれない。しかし、村上の胸の裡はそれとは真逆であった。延命しているのは東條を襲った敵の情報を引き出す為。今は少しでも相手の情報を知りたい。その為ならば死にゆく者を無理矢理引き留めることもやる。村上という男は何処までも打算的で冷酷であった。
村上の指示により医療スタッフが離れ、香川と仲村が目を閉じ辛うじて息をしている東條の傍に立つ。
「東條君……」
「東條……」
◇
誰かに名前を呼ばれたような気がした。薄れて沈んでいく筈であった東條が浮上していく。
重い瞼を開く。世界が暗い。だが、恩師であり尊敬する香川の顔ははっきりと見えた。
「先生……」
「東條君! 意識が……!」
香川は東條は初めて見る表情をしていた。彼が何故こんな表情をしているのか東條には分からない。
(言わなきゃ……)
東條にはどうしても伝えるべきことがあった。
「あの……黒いライダーは……」
偶然知り得た黒いライダーの情報。最期にこれだけは香川に伝えなければならない。
東條が何かを伝えようとしているので香川は耳を寄せる。
「──────」
「それはどういうことですか、東條君? ──東條君っ!?」
伝えるべきことは伝えられた。東條は限界を迎え、再びその意識を閉ざそうとしている。
(あれ……?)
目を閉じる間際、東條は気付いた。
(先生……泣いているんですか……?)
香川の目の端に煌めくものを見つける。それが涙だと気付いたとき、一体誰の為に泣いているのか疑問を持つ。
(もしかして……僕の為に……?)
誰かが自分の為に泣いてくれる。それは東條の人生にとって最初で、そして最後の経験。
(仲村君も……)
仲村もまた深く悲しんでいるように見えた。東條は仲村とはそんなに仲が良くないと思っていたのでそんな彼が自分の為に悲しんでくれているのが意外であった。
東條は英雄になりたかった。英雄になれば皆が自分のことを好きになってくれるかもしれないと思ったからだ。
しかし、その願いも道半ば終わる。だが、不思議と無念は感じない。たった二人とはいえ死にゆく自分の為に涙を流してくれているからかもしれない。
(泣いたり……悲しんだりしてくれるのって……僕のことが好きだからですか……?)
香川に聞きたかった。東條の人生に於いて香川の存在と言葉は指針である。だが、東條には最早声を出す力は残されていない。
(もっと……大勢の人が……僕の為に悲しんでくれたら……)
結局のところ、東條の歪みは最期の瞬間まで正されることはなかった。香川は東條を人として正しい道を歩けるように色々と指導していたが成果はあまりなかった。しかし、香川にとってはこれで良かったのかもしれない。東條の歪みが大きく発露する前に別れることが出来て。
(先生……次は……誰を……)
東條の生はここで終わった。最期に思ったことが何を意味するのかは彼にしか分からない。
人知れない歪みと狂気を内に宿していた青年であったが、その最期は見方によっては悪くないものであったかもしれない。
◇
東條の心臓の鼓動が止まる。待機していた医療スタッフによる蘇生措置が行われたが、東條の体に生が戻ることはなかった。
間もなくして東條の死亡が告げられる。仲村は壁に体を預け、崩れそうになる体を支える。仲間を失った嘗てのトラウマが蘇ったのかもしれない。香川は能面のような表情となっていたが、その手は爪が食い込む程強く握り締められていた。
「東條君……」
教えるべきことはまだ沢山あった。彼を導き、多くのことを学んで欲しかった。そうすれば輝かしい未来が待っていると信じていた。しかし、その未来は閉ざされた、永遠に。
香川は一度見たものを忘れない。故に彼の記憶の中に残り続けだろう、教え子の死に顔が。
「手を尽くしましたが……残念です」
村上が悲しみを帯びた表情をし、香川に東條の死を惜しむようなことを言う。
人目が無いところだったら香川は村上を殴っていたかもしれない。村上の表情も哀悼も全てが上っ面だけのものであることを香川は見抜いていた。そもそもオルフェノクという種族が人間を見下していることをとっくに理解している。村上が行っていることは全て取り入る為の演技に過ぎない。
「──感謝します。貴方たちのおかげで東條君の最期の言葉が聞けました」
しかし、香川は本心を押し殺して感謝を述べる。香川にはまだスマートブレインの協力が必要だからだ。
「……村上さん。私は研究へ戻ります。東條君のことをお願いできますか?」
「ええ、勿論です」
香川は後のことを村上に任せると、呆然としている仲村へ声を掛けた。
「いつまでそうしているつもりですか? 行きますよ」
「先生……」
「私たちは立ち止まれないのです」
東條の死に浸ることを香川は許さない。冷酷に見えるかもしれないが、仲村は寧ろその厳しさが有難かった。腑抜けた体に活が入る。
「はい……!」
仲村は背筋を伸ばして立ち上がる。そして、香川に一礼すると足早に去って行った。何かをしないと気が紛れないのだ。
香川は部屋を出る前に東條を見た。丁度、東條の遺体に白いシーツが掛けられている。
(割り切るな……! 背負え……!)
大勢の命を助けるには少数の犠牲を払わなければならないときがある。香川の選択により東條はその犠牲となる少数へ入ってしまった。香川は自らの選択から目を逸らさず、受け止める。香川は決して命に対して鈍感ではない。寧ろ、尊いものだと理解しているからこそ全てを救うことがどれほど難しいのか理解をしている。
今まで出し惜しみをしていた技術をスマートブレインに晒す。そして、それを餌にしてスマートブレインから更なる資金と資源を引き出す。既に犠牲は払った。ならば今度は大勢を救わなければならない。
それがどんな結果になるのか香川にもある程度予想はついていた。だが──
「答えは出ている筈だ……最初から……!」
──彼はもうその足を止めることは出来ない。
アウトサイダーズにギャレンキングフォームが出るのはサプライズでしたね。
想定していたキングフォームがあれなら、今後の二次創作でブレイド本来のキングフォームが出せますね。