「え? 東條君死んじゃったの?」
東條の訃報は当然ラッキー・クローバーの面々にも報告される。
「可愛い子だったのに……残念ね」
惜しむように言う冴子。それが本音かどうかは彼女にしか分からない。しかし、例えそれが上辺だけのものであったとしても、冴子の口から聞かされた琢磨は不機嫌になる。
「たかが人間一人が死んだ程度のこと。我々にとっては──」
そこから先の言葉を琢磨は口に出すことは出来なかった。無表情の北崎が琢磨の顔に触れるか触れないかのギリギリまで顔を寄せて来ており、恐怖で喉が引き攣って喋ることが出来なくなっている。
「酷いことを言うねぇ琢磨君。東條君は僕の友達だったのに……ねぇ、面白い? 僕の友達が死んで面白い? ねぇ、教えてよ……答えろ」
触れたものを全て灰にする北崎が間近に来ている。これだけでも恐ろしいというのに、とてつもなく機嫌が悪くなっている。北崎が気分屋なのは知っているが、ここまで機嫌が悪い姿は見たことが無い。
その様子を傍から見ていた冴子も内心驚いていた。北崎が東條にここまで執着していたのは思ってもみなかった。
とは言っても北崎と東條の間にあるのは友情とは違うものだと感じている。言ってみればお気に入りの玩具を誰かに勝手に壊された、今の北崎の怒りを表現するのならそれが一番合う。
琢磨は怒っている北崎にこれから何をされるのかと怯え、顔面蒼白で冷や汗を流し続けている。しかし、琢磨の予想とは裏腹に北崎はあっさりと琢磨から離れた。
そして、バー・クローバーから出て行こうとする。
「何処へ行くの? 北崎君?」
いつもならば琢磨を虐めて憂さ晴らしをする筈だが、それをしないいつもと違う北崎の行動に興味を持って冴子が訊ねる。
「ミラーワールド。全部灰にしてくる」
それだけ言うと北崎は出ていった。
「……何か様子がおかしくなかったですか?」
北崎が虐めに来ないことを安堵しつつも普段とは違った行動をとったことを不審に思う琢磨。
「ふふふ。東條君のことを本当に気に入っていたみたいね、北崎君は」
冴子は全てを理解しているかのように笑う。
「敵討ちに行ったのよ、彼」
「北崎さんが!? まさか……」
北崎が誰かの為に戦うなど琢磨には考えられないことである。傲慢の化身である北崎にそんな人間らしい情が北崎の中にあるなど信じ難い。
「北崎さんが他人の為に戦うなど信じられません」
「ええ、そうね。北崎君はそんなことをしないわ」
「──いや、冴子さんが敵討ちに行ったって言いましたよね?」
「北崎君はいつだって自分の為に戦うわ。今回だってそうよ。お気に入りの玩具を壊されて傷付いた自分の心を癒す為に戦いに行ったの。自分の敵討ちと言ったところかしら」
理由や動機がどうであれ──
「北崎君、珍しく本気みたいね」
「……何が起こっても知りませんよ、僕は」
──龍の逆鱗に触れた事実は変わらない。
◇
「何だと……?」
澤田もまた東條の死を聞かされていた。
「嘘じゃない……東條は死んだ」
その情報を齎したのは仲村であった。
澤田は香川たちからライダー由来の技術を提供され、それ以降定期的に報告をしていた。いつもならば報告は香川が対処するのだが、この日は仲村であり、何故か意気消沈している。そんな仲村の口から東條の死を告げられた。
その報せを聞いて澤田は別に悲しいという気持ちは湧かない。死んだという事実には驚いたが。それよりも気になったのは仲村の態度であった。
「──随分と悲しそうだな」
「あぁ?」
揶揄われたと思ったのか仲村は険のある声を返す。
「お前と東條はそんなに仲が良い風には見えなかった」
少なくとも澤田が見ている範囲では二人は最低限の交流しかしてない。東條から仲村に声を掛けることは殆ど無く、仲村も香川に指示されない限りは東條を避けていた。
「……お前の言う通りだよ。今でもあいつのことは苦手だ。……ずっと何を考えているのか分からなかった」
その印象については澤田も同意する。
「それでもだ!」
仲村は近くの壁を殴り付けた。
「それでも香川先生の下で神崎を打ち倒す為に頑張ってきた仲間だ! 殺されて『はい、そうですか』と割り切れるか……! 」
仲間という言葉を聞き、澤田は帽子を目深に被り直す。仲村は仲間の為に怒れる人間である。澤田はその真逆を行く。自らの人間性を捨て去る為に嘗ての仲間を手に掛けている。その事実を知れば、仲村は烈火の如く怒るだろう。
「……お前にも仲間は居たか?」
「……居たな」
「なら、気持ちは分かるだろ?」
「……」
澤田は答えない。答える資格など今の自分に無いと自覚している。仲村に答える代わりに提案をする。
「……人手が居るなら言え。手を貸す」
「澤田……」
「東條には借りがあった」
リュウガから助けられたという借り。それを返す前に東條は逝ってしまったが澤田は踏み倒そうとはしない。
「それに、あの黒い奴は俺も狙っている。……それだけだ」
言い訳のような言葉を付け加えると澤田は話を済んだと言わんばかりに仲村へ背を向けた。
借りだのと何を人間みたいなことを言っている。それを捨てようと他人を犠牲にしてきた分際で、と自身を嘲る。
言い訳。全ては言い訳。オルフェノクに成ってしまったときから澤田は言い訳を求めていた。無関係な人々を殺すのも、同じ孤児院で過ごした仲間に手を掛けるのも言い訳。怪物になった自分を無理矢理肯定する為の言い訳。だからこそ仲村に言ったことも言い訳なのだ。
澤田は人間にもオルフェノクにも成り切れない中途半端な自分を心の中で嗤う。結局、人間として引き返すこともせず、オルフェノクとしても進んでいない。
「……いずれ棄てる心だ。最後ぐらい従ってもいいだろ」
棄て切れない人の心の命じるままにより一層激しい戦いへと赴く澤田。仲村が離れていく背に向かって何かを言っているが、澤田はそれが聞こえないように爆音のヘッドフォンを掛けた。
◇
東條の死亡を境に状況は大きく変化した。
香川は今まで出し惜しんでいた技術を村上に提供し、その見返りとしてスマートブレインの技術を手に入れ、それらを合わせた新たな技術の開発に勤しむ。
ミラーワールドを脅かすライダーの一人を撃破したことでミラーワールドにいつもの静寂が戻った──かと思われたが実際は真逆。
今のミラーワールドは、ミラーモンスターたちの阿鼻叫喚に満ちていた。
建物の屋上を高速で跳び抜けていく複数の影。
体色は金。頭部から真っ直ぐ伸びる一対の角の角。腕の一部が伸びてカッター状になっている。レイヨウ型ミラーモンスターであるメガゼール。それと並んで飛ぶのは体色が黒で角が捻じれた形状をしている以外同じ姿をしたギガゼール。
群れとして行動していることが多い種族だが、メガゼールとギガゼール以外の同族も混じっている。
水牛のように左右に広がりながら湾曲した角。体色は白のネガゼール。銅色の巨大な巻き角を生やした緑色の体色をしたマガゼール。そして、明らかに他のゼールとは風格が違う個体が一体。
ギガゼールの頭部を模した胴体を持ち、肩や脚部が装甲のように厚めの作りになっており、左右に伸びる冠のような大きな角。この群れのリーダーであるオメガゼール。
オメガゼールは同族たちを率いて一心不乱に跳び続けている。脇目も振らずに疾走する様はまるで何かから逃げているかのよう。
事実、オメガゼールたちは逃げていた。圧倒的暴力を持つ凶悪な怪物から。
全力疾走をし続けて、全体が体力の限界を迎えつつあるのでやむを得ず一息入れる為に建物の上から跳び降りる。
振り返って自分たちが来た方角を見る。追手の気配は無い。必死の逃走もこれで終わる──
「ようやく来た」
──ことはなかった。オメガゼールたちの行く手を阻むようにいつの間にか北崎が立っている。
北崎を見たオメガゼールたちは後退る。その反応も無理もない。彼らの群れはつい先程北崎によって三分の一以下まで減らされたのだから。それに恐れをなして逃走したのだが、オメガゼールたちは自分たち脚力に自信を持っている。北崎はそんな彼らの自信を嘲笑うかのように先回りをし、実力差をまざまざと見せつける。
「ねぇ。逃げないでよ。追い掛けるのって疲れるし、面倒くさいんだよねぇ」
無気力そうに言っているが、その目はオメガゼールたちを捉えたまま。いつもは気紛れで見逃すことはあるが、今回はそれも無い。前のときのような遊び半分ではなく、ミラーモンスターたちを全滅させるという明確な目的を持って北崎はここへ来ている。
「もう逃げるのは無駄だって分かったでしょ? ならさっさと掛かって来なよ」
言葉が通じる相手かも分かっていないのに北崎はオメガゼールたちを挑発する。言葉は伝わっていなくとも北崎の雰囲気と態度から察することが出来るのか、オメガゼールたちは殺気立つが、北崎の強さを知っている為に二の足を踏む。
「──早く来い」
オメガゼールたちの膨れ上がった恐怖に突き刺さる北崎の声。生存本能を刺激された群れの中の一体──メガゼールが鋏状の刃の剣を振り上げて跳躍。
数十メートルの高さまで跳び上がってから落下し、着地と共に北崎を袈裟切りにする。
メガゼールの剣が振り抜かれた様子を見てオメガゼールたちは北崎の上半身が斜めに切り裂かれる光景を幻視した。しかし、すぐにそれが叶わぬ光景であることを思い知らされる。
振り抜かれたメガゼールの剣は、鍔から上が消失していた。北崎に触れたあの一瞬で灰にされたのだ。灰化の浸食を続いており、やがて柄までも灰となってしまう。
メガゼールは手の中で灰になってしまった己の武器の残骸を見て呆然とする。恐怖で刺激された生存本能がようやく冷静さを取り戻し、メガゼールに無慈悲な現実を見せつける。
「失せろ」
北崎の顔に紋様が浮かび上がりドラゴンオルフェノクへと変わる。変身と同時にドラゴンオルフェノクは右腕を払う。メガゼールの側面に右腕が叩き付けられ、メガゼールの体がくの字に折れ曲がる──が、本当に折れる前にメガゼールの体は灰となって飛び散った。
仲間の残滓がオメガゼールたちに降りかかる。啞然としたように棒立ちとなっているオメガゼールたち。目覚まし代わりにドラゴンオルフェノクが放った光弾によりギガゼールが粉砕されたことで正気に戻ると全員が武装する。
刺叉状の杖、鋏状の杖などの武器をドラゴンオルフェノクへ突き付ける。ドラゴンオルフェノクはその光景を鼻で笑った。
「刺してみなよ」
両腕を広げてノーガード状態となり刺して来いと挑発をする。
生半可な速度で攻撃しても先程のメガゼールのように武器を灰にされてしまう。やるならば最速の攻撃を以って武器が灰化される前に貫くしかない。
数体のメガゼールとギガゼールが前傾姿勢となり両足に力を込める。隙だらけの構えであったが、ドラゴンオルフェノクはそれを攻撃する意志は無くその場から動こうとしない。
メガゼールとギガゼールたちは溜めていた力を一気に解放し、最短距離を最速で駆け抜けて無防備なドラゴンオルフェノクの体を貫く。
メガゼールたちの武器は確かにドラゴンオルフェノクの体を貫いた。直後、ドラゴンオルフェノクの体が灰となって崩れ落ちる。
あれ程の強敵があっさりと散ったことに勝利の喜びよりも先に困惑の方がやって来た。
次の瞬間、メガゼールの一体が割る勢いで側頭部を地面に叩き付ける。
仲間の突然の奇行に何が起こったのか理解が追い付かない。すると、一体のギガゼールが後頭部を背中に付ける程に仰け反りながら宙返りをした。
このとき、少し離れた位置に居たオメガゼールは見た。影らしきものがギガゼールを攻撃したのを。しかし、あまりに動きが速過ぎたので次の動きを目で追うことが出来ない。
棒立ちになってしまったメガゼール、ギガゼールらは視認出来ない速度による攻撃を受け、宙に舞うか或いは地面にめり込まされる。
一瞬にして複数体のゼールたちは戦闘不能に陥り、動かなくなった。
そのタイミングで今まで動いていた高速の影が動きを止め、姿を現す。
細身の黒い全身に施される灰色の筋、もしくは外骨格。両脚は大腿部まで鱗のような灰色の外骨格に覆われ、爪先と大腿部側面から螺旋状の角が生えている。両腕にも似たような外骨格を纏っている。
両肩にはプロテクターのように螺旋状の角が生え、頭部は外骨格の配置により凶相が形作られ、瞳の無い白い眼がより凶悪さを増させる。
頭頂部には左右に伸びる細い角が伸びているが、よく見れば向き合った一対の龍の装飾の尾であり、遠くから見れば角、近くから見れば尾と印象の変わる造形をしていた。
「遅いなぁ」
心底退屈そうに放たれた言葉。その声は北崎のもの。
ドラゴンオルフェノクのもう一つの姿であるドラゴンオルフェノク龍人態。魔人態と呼ばれる姿であったときの重装甲を脱ぎ捨てることで異次元の速さを手に入れた形態である。
逃げていたオメガゼールたちに先回りしたのもこの龍人態の速度があったからこそ。
「……もういいや、君たち」
退屈な時間を終わらせる為にドラゴンオルフェノク龍人態は動く。そこから先は戦いと呼べるようなものではなかった。
圧倒的格差の戦い──もとい虐殺を上空から監視している目があった。ミラーモンスターのガルドサンデー。彼は神崎にとっての目でもある。
ミラーワールド内で再び不穏な動きが起こっていることを報せる為に神崎の許へ飛んで行こうとした。
次の瞬間、突然飛んできた八方手裏剣。ガルドサンダーの背中に突き刺さる。更に八方手裏剣には白い糸が付けられており、ガルドサンダーは刺さった八方手裏剣を引き抜く暇も与えられずに引き寄せられる。
引き寄せられた先でガルドサンダーは何かに当たり、背中に粘着質な感触が伝わる。視線を動かすと建物と建物の間に張り巡らされた糸──巨大な蜘蛛の巣に捕らえられていた。
その巨大な蜘蛛の巣の上にはミスパイダー、レスパイダー、ディスパイダーリ・ボーン、そしてディスパイダーとは色違いで肢が青色のディスパイダーⅡが陣取っている。
ガルドサンダーは即座に離脱を試みようとするが、ディスパイダーたちが四方から糸を吐きかけて雁字搦めにし、身動きをとれなくさせる。
「餌が良いと良く釣れるな」
声はディスパイダーリ・ボーンの方から聞こえた。当然ながら喋っているのはディスパイダーリ・ボーンではない。その背に立っているスパイダーオルフェノクである。
香川から貰った力を存分に発揮し、使役したミラーモンスターたちで罠を張っていた。
餌とは勿論ドラゴンオルフェノクのことであり、彼がミラーワールドで派手に暴れるとガルドサンダーのように様子を見にやって来る。スパイダーオルフェノクはそれを片っ端から狩っていた。
ガルドサンダーやその同族が神崎士郎の目や手足となって動いているのは既に分かっている。スパイダーオルフェノクの役目はその目を潰して神崎士郎自身が積極的に動かざるを得ない状況を作り出すことにある。
ふとスパイダーオルフェノクは視線に気付く。ディスパイダーリ・ボーンたちがスパイダーオルフェノクを凝視していた。餌を前にしていつまで待てばいいのか窺っているのだ。
合図を待つその姿に少しだけ愛嬌を感じる。飼い主らしくペットにはきちんと餌を与えなければならない。
「よし」
スパイダーオルフェノクの合図でディスパイダーリ・ボーンたちは蜘蛛の巣の上を勢い良く駆けていき、ガルドサンダーに群がり、貪る。先程湧いた愛嬌も一瞬で冷める光景である。
ドラゴンオルフェノクが大暴れしていることでミラーワールドは確実に崩壊へと向かっている。いずれは痺れを切らして神崎士郎は大きく動くことになるだろう。
「……攻守交代だ」
スパイダーオルフェノクは宣戦布告のように不敵に呟いた。
北崎のゼール狩りで佐野のギガゼールも倒されて本人も知らない内にリタイヤしていたという設定。