外観は西欧風。壁に伝う蔓が建物に趣を与えている。中の作りも外観に合わせたものであり、落ち着いた雰囲気がある。
この建物は喫茶店であり名は花鶏。スズメ目に属する鳥の名を付けられている。
花鶏の店内を満たすのは多種多様な紅茶の香り。紅茶専門の喫茶店であり、コーヒーはやっていない。
人の少ない時間なのか花鶏内には客が一人しか居らず、注目した紅茶を黙々と飲んでいる。
紅茶を飲んでいる客は店内でも帽子を被り続け、常にサングラスを掛けている。サングラスの男は、視線の動きをサングラスで隠しながら密かに店内を観察していた。
この花鶏のオーナーである四十代半ばの女性が、石造りのカウンターに肘を掛けながらキッチンに立つ二人の男性に指示を出している。
共に二十代ぐらいの男。片方は毛先を立てた髪型で目付きがやけに鋭い。手先が器用であり慣れた手付きで重なっている皿を洗っている。
もう片方は茶色の長髪であり、何処か抜けていそうなお人好しそうな顔付きをしている。こちらの方は不器用なのか洗っている皿を滑らせて落としそうになり慌てて受け止めている。間一髪割らずに済んだが、オーナーの女性から白い眼で見られているので笑って誤魔化し、目付きの悪い男から何かを言われると表情を一変させて噛み付いている。こちらの男は馬鹿っぽいという印象を覚えた。
気にはなるがサングラスの男の目的は彼らではない。視線を動かす。その先に目的の人物が佇んでいる。
ショートヘアーの若い女性。サングラスの男は彼女の名を既に知っていた。
神崎優衣。それが彼女の名であり、神崎士郎の実妹であり彼にとって唯一心を許せる人物である。
サングラスの男はカップの中の紅茶を飲む。サングラスの男はじっくりと優衣を観察する。口に含んだ紅茶の味や香りに意識が向かないぐらいに集中して。
そして分かったのは、神崎優衣という女性はどこにでも居そうな平凡な女性であるということ。人々を無差別に食い荒らすミラーモンスターを放し飼いにし、ライダーという存在を生み出して殺し合わせる狂人の妹とは思えないぐらいに普通の女性、というのがサングラスの男の感想であった。
もし、仮に彼女の命を奪おうとするのならばサングラスの男は一秒も掛からずにそれを成し遂げるだろう。
サングラスの男は頭の中でその光景を想像した──とき、サングラスの男は視線を感じたのでそちらの方へ意識を向ける。
キッチンで洗い物をしていた馬鹿っぽい青年と目付きの悪い男が訝しげにサングラスの男を見ている。
偶然──ではない。僅かに漏れ出たサングラスの男の殺気に勘付いた様子。中々勘が良い、と二人の男の評価を改める。
不審がる男二人の視線を堂々と浴びながらサングラスの男は紅茶を優雅に飲む。下手に反応する方が反って怪しまれる。
注目される中で紅茶を飲み干したサングラスの男はオーナーの女性の前に行き、一万円札をカウンターに置く。
お釣りを数える前にサングラスの男は言う。
「釣りはいい」
もう二度と訪れることはないと分かっているので餞別代わりであった。
呆気にとられている者たちを放ってサングラスの男は店内から出ようとする。最後に優衣を一瞥すると花鶏を後にした。
花鶏から出たサングラスの男。ここからが彼にとって本当の仕事である。周囲に気を配りながら歩いて行く。数十メートル程移動したとき、首筋をチリチリと焼くような敵意の熱と殺意の冷たさが合わさった視線を向けられていることを察知する。
サングラスの男はそれを無視して人気の無い道へと進んで行く。視線は離れることなく一定の距離を保ったまま付いて来ていた。黴臭さが冷えた空気の中へ混じり始める。補修が行き届いていない道なので所々が凹んだり、舗装が剝がれていたりしてそこに雨水が溜まって大小幾つかの水溜りが出来ている。
完全に人気が無くなった頃合いを見計らってサングラスの男は足を止め、振り返る。
陽の光を遮って濃い影が差す場所。そこにいつの間にか誰かが立っている。背丈からして成人男性だと分かるが、影のせいで顔は見えず輪郭しか分からない。
「随分とふざけた真似をしてくれるな」
絶対零度の殺意が込められた声。人影が言うふざけた真似とは花鶏で紅茶を飲んでいたことを指す。
冷たい殺意に全身を貫かれながらもサングラスの男は鼻で笑うと顔に紋様を浮かび上がらせ、バットオルフェノクへ変身する。
バットオルフェノクが花鶏に行ったのは偶然ではない。明確な目的があった。それは、神崎士郎への挑発。
『お前の妹のことは既に知っているぞ』
言葉ではなく行動によるメッセージ。
「どうなるか……分かっているな?」
人影は殺意を隠そうとはしない。スマートブレインが、特に北崎がミラーワールドで大暴れをしているせいで神崎は目や手足を殆ど封じられている状態であった。それ故に全ての負担が人影──彼へと圧し掛かってきていた。彼は人間味が乏しいが、それでもこんな状況にしたスマートブレインに、そして無理を強いる神崎にも苛立ちを覚えるぐらいには感情もある。
人影は積もりに積もった鬱憤を全てバットオルフェノクへぶつけるつもりであった。だが──
「──外れだ」
バットオルフェノクは、人影の殺意を受け流し溜息を吐く。
神崎、もしくは彼に協力する者を釣り上げる為に神崎優衣の許へ行った。結果からすればその狙いは成功であったが、バットオルフェノクの標的は彼ではない。
バットオルフェノクが標的にしていたのは浅倉の方。彼の同僚の仇を取る為に狙っていた。
バットオルフェノクにとってエラスモテリウムオルフェノクは良い同僚ではなかった。バットオルフェノクにも理解出来ないぐらいに村上のことを信奉し、度を超えたヒステリックな性格も合わさり仕事以外では関わりたくない人物である。
しかし、それでも同僚であり仲間であることは変わりない。エラスモテリウムオルフェノクを欠片一つ残さず葬り去った浅倉を彼女の代わりに倒したかったのだが、言葉に出した通りバットオルフェノクは外れてしまった。
お誂え向きな場所まで誘導したが、残念ながらここから先は彼らの出番である。
バットオルフェノクは人影に背中を見せて立ち去り出す。隙だらけで無防備な姿を晒しており、まるでいつでも攻撃してもいいと誘っているかの様。
だが、人影はその背中を攻撃することをしなかった。バットオルフェノクと入れ替わるようにして別の人物がやって来たからである。
「お久しぶりですね」
「香川英行……」
現れたのは香川。だが、彼一人だけではない。仲村を含めて十二人の男女がここへ現れていた。
「ぞろぞろと引き連れて……賑やかなことだな」
人影は皮肉を言うが香川たちは反応しない。人影も顔も知らぬ男女は明らかな敵意を向けていた。
「無駄話はいいでしょう。私たちは貴方とお喋りに来たんじゃありません。……貴方を倒しに来たんです」
白衣の内側から取り出されるのはオルタナティブのカードデッキ。香川がそれを出したのを皮切りに仲村や他の男女も全く同じデザインのカードデッキを取り出す。
「オルタナティブ……量産していたのか……!」
忌々しそうにオルタナティブの名を吐き捨てた人影。
「やはり、お前はもっと早く始末するべきだったよ、香川英行……!」
「私も同意見ですよ。……もっと早く貴方を倒していたら、東條君は犠牲にならなかった」
「覚悟しろよ……! 東條の仇だ……!」
仲村は敵意を以って吼えた。並び立つ男女もまた仲村と同じ顔付きになっている。
「……良いだろう。ここで纏めて葬る」
人影は影の中から手を突き出す。その手の中には漆黒のデッキ──リュウガのカードデッキが握られていた。
「──皆さん」
香川は仲村たちに声を掛ける。
「貴方たちの無念、今こそ晴らす時です。これ以上の犠牲者を出させない為に、ここで決着をつけます!」
この場に居る全員がカードデッキを構える。足元に張った幾つもの水溜りが生み出す鏡面の中で投影されたベルトが全員に装着された。
香川は高々とオルタナティブのデッキを放り投げる。それが落ちて来るまでの間に脳裏に過るのは、ここに至るまでの記憶。
神崎士郎の企みを知ったこと。それを阻止する為の同志が出来たこと。オルタナティブ・ゼロを開発したこと。なし崩し的にスマートブレインと協力関係を結んだこと。そして、仲間であった東條の死。
記憶力が良過ぎる香川はそれらを褪せることなく鮮明に思い出すことが出来る。そのとき覚えた怒りも哀しみも劣化しないまま。
そういった過去が香川を奮い立たせる。必ず未来へ繋げるという強い意思を燃え上がらせてくれる。
『変身!』
投げ上げたデッキをバックルに装填すると同時に全ての声が重なり、木霊する。
変身と同時にリュウガは水溜りを踏む。水の中に映し出される鏡面を通る中で視界が百八十度回転し、通り抜けると再び百八十度回転する。
水溜りを通じてミラーワールドへ渡ったリュウガは、流れる動作でカードをブラックドラグバイザーに挿す。
『SWORD VENT』
『GUARD VENT』
『STRIKE VENT』
ドラグセイバー、ドラグシールド、ドラグクローの完全武装。出し惜しみしないのは以前の戦いでオルタナティブの性能を知っており、ましてや今回は複数居る。舐めて掛かれる相手ではないと分かっているからだ。
リュウガは周囲を警戒する。相手が中々姿を現さない。
すると、けたたましいエンジンが聞こえて来た。音の方を見れば13人のオルタナティブたちが並び立っている。しかも、それぞれがバイクに跨っている。見た目は同じだが体型はバラバラ。オルタナティブ・ゼロの体型を基準とすれば頭一つ大きい者や逆に小さい者。大柄であったり細身であったりしている。
オルタナティブ・ゼロが跨っているのはサイコローグが変形したサイコローダーだが、他のオルタナティブたちが跨っているバイクはサイコローダーと若干違う。
フロント部分は共通だが車体は黒よりも銀色の割合が多く、どちらかと言えば丸みのあるボディであったサイコローダーとは異なり各部がシャープな作りになっていた。
リュウガは知らないだろうが、量産されたオルタナティブたちが乗っているバイクもまた香川とスマートブレインの技術が合わさって誕生したもの。サイコローグのデータとビークル技術のノウハウの結晶。
名称をサイコローダーⅡ。
オルタナティブ・ゼロはサイコローダーのアクセルを回し、自ら先頭に立ってリュウガへと突っ込んで行く。他のオルタナティブたちもそれに続いてサイコローダーⅡを発進させる。
リュウガはドラグクローを突き出し、先頭のオルタナティブ・ゼロを焼き尽くす為の黒炎を放った。だが、オルタナティブ・ゼロにとってそれは既に記憶した攻撃。リュウガが動いたときに既にハンドルを動かして射線状から移動していた。
一直線に伸びていくドラグクローの黒炎。しかし、オルタナティブ・ゼロは既に回避行動を終えており、後続のオルタナティブたちもオルタナティブ・ゼロの動きに倣って射線状から離れている。
初撃を全員に回避されたリュウガは舌打ちしながらも接近してくるオルタナティブ・ゼロたちに向け、ドラグセイバーを構える。
だが、ここでリュウガにとって少々予想外の事が起こった。
オルタナティブ・ゼロはそのまま突っ込むことはせず、間合いから外れてリュウガの横を通り抜けていく。
何の意図があって通り過ぎて行くのかリュウガには分からなかったが、全員が全員同じ行動をする訳ではなかった。
最後尾を走っていた十三番目のオルタナティブ──体付きからして変身者は女性と思われる──が真っ直ぐリュウガへと向かっていく。
統率が取れずに暴走したのか分からないが、リュウガは突っ込んで来るオルタナティブへドラグセイバーの刃先を向けた。
すると、数メートル手前でオルタナティブが行動を起こす。いきなりハンドルから手を離し、シート部分に立ったのだ。そして、そこから跳び上がり伸身宙返りをしながらリュウガの頭上を超えていく。
意表を衝かれたリュウガの視線は宙を舞うオルタナティブに目を奪われてしまう。その間にサイコローダーⅡに変化が起こっていることにも気付かない。
乗り手を失ったサイコローダーⅡは一人でに前輪を上げてウィリー走行を始める。シート部分が二つに割れて脚部になり、後輪が股の間を通過し九十度向きを変えて降りたたまれる。フロントフォーク部分も左右に離れて両腕へと変形。前輪は左腕に移動して盾のように固定される。
リュウガが気付いたときにはサイコローダーⅡは人型へと変形しており、加速と質量を合わせた金属の拳を彼の胸に打ち込んでいた。
「がはっ!」
その場で一回転して背中から地面に落ちるリュウガ。
これがサイコローダーⅡのもう一つの姿。正式名称可変型バリアブルビークル『サイコローグⅡ・タイプオートバジン』
スマートブレインが開発したバイクとロボットの形態に変形出来るバリアブルビークル──オートバジンに培養したサイコローグの細胞を埋め込むことで誕生した疑似ミラーモンスター。
オルタナティブは一体のミラーモンスターで複数のライダーと能力を共有するという特異性がある。しかし、サイコローグ一体では集団戦を挑む場合に他のオルタナティブたちに十分な戦力を回せない欠点が存在した。
それを補う為に造り出されたのが『サイコローグⅡ・タイプオートバジン』。疑似ミラーモンスターを各オルタナティブに付けることで戦力を常に一定にすることを可能とした。
リュウガを殴り抜けたサイコローグⅡ・タイプAは、先に降り立っていたオルタナティブの隣まで移動すると滑らかな動きで反転し、左腕の前輪側面をリュウガへ向ける。この前輪は盾としての機能と同時にガトリングガンも仕込まれている。
強烈な打撃を受けながらも立ち上がるリュウガ。その耳に入って来る変形音。
顔を上げた彼が見たのは、十二のガトリングガンが自分を狙う光景であった。
サイコローダーⅡ・タイプAの見た目は、オートバジンの顔がサイコローグの顔が付いて、銀色の割合が減った感じでイメージしてください。