「あーあ……」
見上げた先には木々の枝が多くの葉が重なりながらもその隙間から空と太陽が見える。デルタは仰向けになりながら詰まらなそうにそれを眺めていた。
王蛇と大火力をぶつけ合った結果、爆発によって廃工場から少し離れた場所にある雑木林まで吹き飛ばされていた。デルタの傍には横転したジェットスライガーもある。爆風の衝撃はジェットスライガーを盾にして防いだおかげで軽傷で済んだ。
しかし、それよりも問題なのはデルタの心情である。
彼は自分の強さに揺るぎない自信を持っていた。どんな相手が来ようとも勝つ自信があったし、実際に勝ってきた。だが、今日少しだけその自信が揺るがされる。倒そうと思っていた王蛇が倒せなかった。これはデルタのプライドに深い傷を付ける。
今すぐにでも見つけて決着をつけたいところだが、デルタの耳には人々のざわめきと救急車や消防車のサイレンの音が聞こえていた。いくら人気の無い場所であっても大きな廃工場を完全に消し飛ばす程の爆発が起これば騒ぎになる。デルタとて人が集まる中で戦う気にはなれない。
デルタは仰向けの体勢のままベルトを外し、放り投げる。変身は解除され、少年の姿に戻った。
「やってくれるねぇ……」
声は平坦であったが、並々ならぬ激情を秘めているのは分かる。何故ならば少年を中心にして周囲の草木が灰となって崩れ始めたからだ。元々ある程度しか制御出来ない能力──というよりも現象に近いかもしれない──だが、少年の精神の猛りに反応して箍が外れており、地面を伝って周囲に能力の影響を及ぼしていた。このままいけば数分も待たずに雑木林は灰の更地に変わる。
徐に少年は体を起こす。普段通りのぼんやりとした表情になっていた。
「──まあいいか、次で」
少年はあっさりと切り替えた。元々、飽き性ですぐに興味が他へ移ってしまう性格によるものがあるが、彼にとってのある事実が尊大な自尊心を保たせる。
「まだ本気で戦ってないし」
幼稚な負け惜しみのように聞こえるかもしれないが、れっきとした事実である。少年にとってデルタのベルトは玩具。彼はまだ本当の力も姿も見せてはいない。
少年は立ち上がり、デルタのベルトを拾ってからフラフラと歩き出す。数歩進んだ後、不意に振り返った。
「──次は倒す」
本性を剥き出しにした低い声。視線を向けた先にいるかもしれない王蛇に向け、少年──北崎は再戦と打倒を宣言した。
偶然か、それとも本能で感じ取ったのか北崎が視線を向けた数百メートル先で王蛇が北崎と同じように大の字になって空を仰いでいた。
周囲は雑草が伸び放題になっており、それが王蛇の姿を隠す。
王蛇も爆風で吹っ飛ばされていたが、ジェノサイダーの背後に居たので衝撃を軽減させることが出来た。
姿が見えないジェノサイダーはというと、吹き飛ばされている最中に反射物に接触し、これ幸いにとミラーワールドへ戻ってしまっていた。契約者である王蛇のことを放って。
ミラーモンスターにも性格が存在しているが、王蛇と三体のミラーモンスターとの関係はハッキリ言って悪い。ベノスネーカーは狂暴な性格であり、王蛇に従うのはあくまで契約したから。メタルゲラスとエビルダイバーは本来の契約者を王蛇に殺害されているので殺意すら抱いている。今も何処かで潜みながら、王蛇が死ぬのを願っているかもしれない。
「あぁ……」
王蛇の体から粒子らしきものが煙のように立ち昇っていくとガラスが砕ける音と共に王蛇の意志とは関係無く変身が解除される。
浅倉の言うライダーは本来ミラーワールド内で戦う為に造られた。しかし、ミラーワールドは生者を拒む。ライダーの力を纏っていても制限時間が設けられており、それを過ぎれば消滅してしまう。
浅倉が現実世界でライダーの力を用いて戦ったのはこれが初めてだが、現実世界でも制限があることを初めて知る。これは、ライダーの力がミラーモンスターの力を借りているからであった。消滅することは無いが、制限時間を経過すれば強制的に変身解除が行われる。
だが、今の浅倉にとってはそんな事実などどうでもいいこと。
戦いを堪能出来た。それにより裡にあったイライラも全て吐き出すことができ、久々に爽快な気分であった。ライダー同士で戦う機会は何度かあったが、その度に邪魔が入るのが浅倉にとっても苛立ちを吐き出し切れない原因である。特にお節介で浅倉すら認める馬鹿な男には何度も邪魔をされた。
勝負の決着がつかなかったことに対して不満が無いと言えば嘘になるが、逆に言えばまた戦うことが出来るということ。どちらかが死ぬまで何度でも戦えばいい。
人や車が集まってくる気配がする。浅倉は凶悪そうな笑みを浮かべながらこの場から去ることにする。
下手に見つかって折角の気分を台無しにされたくない。
こうして浅倉と北崎の初戦は形だけ見れば引き分けという結果に終わった。しかし、両者の心情から察するにどちらの勝ちであるかは言うまでもない。
◇
バー・クローバー。店内に居るのは三人の男女。一人は北崎であり、何を考えているのか分からない表情で虚空を見上げている。
北崎から数席離れた位置に座り、詩集を読む青年。軽いパーマがかけられた頭髪に眼鏡を掛けた知的さと同時に神経質さを感じさせる彼の名は琢磨逸郎。
二人が掛けたカウンター席の向かい側に立つ妖艶な女性。バー・クローバーのオーナーでありバーテンダーも勤めている影山冴子。
三人はラッキー・クローバーと称される特別な地位に立つ存在である。もう一人、新参の澤田という青年がいるが今は不在であった。
「どうしたの? 北崎君。さっきからずっとその調子よ?」
ボーっとしている北崎に影山が声を掛ける。
「……冴子さん。北崎さんのあの態度は普段通りかと」
「そう? 何だか機嫌が悪そうに見えるのだけど」
様子を尋ねる冴子に琢磨は詩集を閉じて声を抑えて言う。確かに北崎は普段からぼんやりとした態度が目立つが、影山にはいつもと少し違って見えた。
「ちょっとねぇ……今日は少し不機嫌なんだぁ」
北崎が反応し、影山の目が正しかったことを肯定する。
「そうなの? 北崎君、何か嫌なことがあったの?」
「実はねぇ……今日、鏡の中の世界に行ったんだけど──」
北崎の突拍子も無いセリフに影山は目を丸くし、琢磨──」
「くふっ……! 鏡の世界って……ひっ!?」
思わず吹き出してしまった琢磨であったが、いつの間にか隣に座り、瞬きもせずに顔を覗き込んでいる北崎に気付いて短い悲鳴を上げてしまう。
「琢磨君……何が面白かったの……?」
「き、北崎さんが、きゅ、急に鏡の世界なんて言い出すから……」
「酷いなぁ……僕が嘘を吐いているって言うの……?」
「そ、そういう訳じゃ……」
「やだなぁ……僕の言うことが信じられないの……?」
北崎の顔がどんどん近付いてくる。琢磨はそれから逃れようと落ちそうになるぐらい椅子の端に移動する。
詰め寄る北崎。顔を蒼くして冷や汗をかく琢磨。これだけで二人の力関係が分かってしまう。
「し、信じない訳じゃないですが……もしかしたら、夢の中ことかもって……あがっ!?」
北崎はいきなり琢磨の頬を抓る。ペンチで絞られるような激痛もあるが、それよりも抓った箇所が灰になり零れ出していた。
「ひゃ、ひゃめてくらはい! ひ、ひ、ひはさきさんっ!」
「琢磨君が夢って言うから確かめているんだよぉ? 痛い? ねぇ? 痛い?」
自分では無く相手に痛みを与えて確認するという理不尽。北崎も分かっていて琢磨を虐めている。
「ひはいっ! ひはいっ! ひはいでふからっ!」
「北崎君。そこまでにしてあげたら? 私は北崎君の言うことを信じるわ。是非、聞かせて欲しいわ、鏡の世界のお話を」
見かねて影山が助け舟を出す。北崎は影山に言われてあっさりと指を放した。
「ほらぁ……冴子さんは僕のことを信じてくれた……ダメだよぉ、琢磨君。すぐに人を疑うのは」
「き、肝に銘じておきます……」
抓られた所を擦る琢磨。頬が灰色に変色しているのが痛々しく見えるが、逆に言えばそれだけで済んだということ。北崎がその気になれば人間一人一秒ぐらいで灰に出来る。そう考えれば琢磨という人物が只者でないことが分かる──そう見えないかもしれないが。
「鏡の世界、響きだけならロマンチックね。北崎君の話、村上君にも聞かせてあげたかったけど」
「そういえば……居ないね……」
村上と呼ばれる人物が不在なことに北崎は今更気付く。
「村上君は今日来る予定だったけどキャンセルになったの……どうやらスマートブレインにネズミが潜り込んでいて、それを退治にするのに忙しいみたい」
「へぇ……ネズミ……」
北崎は一旦琢磨から顔を離す。興味が影山の話題に惹かれつつある。
「……命知らずですね。スマートブレインをスパイするなんて」
気を取り直した琢磨がずれた眼鏡を掛け直しながら言うが、その指はまだ震えていた。
「スパイ退治か……何だか面白そう……」
北崎は薄っすらと笑みを浮かべ、興味の対象が完全にそちらへと移った。
「村上さんも水臭いですね。こういうときこそ我々ラッキー・クローバーの力を使うときでは?」
これ幸いにとスパイの話で話題を広げようとする。
「スマートブレイン内のことだし、バレないように内密に終わらせたいみたい。それに琢磨君も分かっているじゃない」
「はい?」
「私たちは村上君の部下じゃなくて協力者。村上君が私たちに協力を頼まない以上私たちは動く必要はないわ」
「それは……そうなんですが……」
琢磨は横目で北崎を見る。北崎は再び琢磨の顔を凝視していた。
「やだなぁ……琢磨君。琢磨君が余計なことを言ったせいでダメになっちゃったじゃないかぁ……」
「わ、私の責任じゃ──」
「ねぇ……代わりに何か面白いことをしてよ……ねぇ……」
琢磨を威圧する北崎。琢磨は完全に呑まれて声も出せない。
影山はやはり北崎の様子が少しおかしいと感じていた。いつも以上に琢磨へ絡んでいる気がする。
あの北崎の心情に大きく影響することが起こった。それがもし鏡の世界というものに関係があるとしたら。半信半疑の影山であったが、北崎の話に興味が強まる。
取り敢えず北崎の気が済むまで放っておき、後で話を聞くことに決めた。
琢磨は暫しの間、地獄のような時間を送ることが決定した。
◇
その男は大事な仕事を終え、足早に帰っていた。男は三十代前後の、探せば何処にでもいそうなこれといった特徴の無いスーツ姿のサラリーマンであった。
日が落ちてすっかり暗くなった道。人の通りが少なく民家も多くないので街灯も少ない。
暗い道を脇目も振らず、一定の歩幅で歩き続ける。
『やあ』
急に声を掛けられ、男は反射的に足を止める。振り返ると街灯が照らす光の向こう側に人影があった。
『急いでいるところ済まないが、君に用があるんだ』
若い声が英語で話し掛けて来る。ネイティブな発音からして外国人と思われた。
話し掛けられた男は黙ったままであった。
『あー……』
声の主は何か一人で納得したような声を出す。
「こっちの方が良かったかな?」
若干のイントネーションの違いは感じられるがちゃんと聞き取れるレベルの日本語を話し出す。男に英語が通じないと思ったのかもしれない。
「それで、君に話があるんだ」
影が一歩前に出ると上半身が街灯で浮かび上がる。歳は二十代前半。茶髪の長髪であり、黒のタンクトップを着て、首からドッグタグを下げている。流暢な英語を喋るが顔立ちが日本人とあまり変わらないことからアジア系の外国人の可能性が高い。
「……何でしょうか? 私は急いでいるんですが?」
「盗んだ情報を届ける為にかい?
男の目が見開かれる。
「お前、まさか……!」
「僕は君たちみたいな連中を掃除するのが仕事なんだ」
青年は笑いながらもう一歩前に出る。街灯の下に出ると全身が露わになる。下は膝下丈のハーフパンツを着用し、全体を見るとスポーツマンの印象を受ける。だが、男はそんなことよりも注目している物があった。
中央に接続部が設けられた銀色のベルト。両サイドにはコバルトブルーの装飾が施されている。
「何だ……それは……!? ベルトは……三本じゃなかったのか……!?」
「ああ。そこまで調べ上げていたのか……尚更生きて帰せないね」
すると、男の顔に紋様が浮かび上がり全身が変化する。
全体が丸みのあるフォルムをした燕に似た怪人──スワローオルフェノクと化すと両手を翼に変えて飛び立ち、逃げる。
「やっぱり、オルフェノクか……」
青年は笑い、一台の携帯電話を取り出す。折り畳まれたそれを開き、番号『315』を入力。
『ゲーム開始といこうか』
『Standing by』
携帯電話を閉じ、真上に放り投げて向き変えた後にキャッチする。
『変身!』
『Complete』
◇
スワローオルフェノクは飛ぶ。全速力で飛ぶ。あの追手から逃げ切れたのならスワローオルフェノクは大金を約束されていた。
死にたくはないし、金も欲しい。ただその一心で逃げる。
『それが全力かい?』
あり得ない声が頭上から聞こえた。スワローオルフェノクは恐怖に慄きながら顔を動かして背後を見る。
そこにはスワローオルフェノクと平行して飛んでいる白い魔人が居た。
丸みを帯びた白を基調とした全身の装甲。腕や肩、脚などに伸びるコバルトブルーのライン。胸部には桃に近い紫のコアが嵌め込まれており、それがコバルトブルーのラインで囲まれる。頭部にある複眼も紫であり、コバルトブルーのラインで覆われている。その形はギリシャ文字のΨに似ており、胸部も同様であった。
背部にはU字型の飛行用のユニットを装着しており、それが白光と白煙を出しながら飛翔する力を生む。
得意とする空へと逃げたのがスワローオルフェノクの最大の不運であった。
空こそが彼の独壇場。天の帝王である仮面ライダーサイガの領域である。
三人目のライダーであるサイガ登場回となります。英語が書けないので「」と『』の区別で勘弁して下さい。
レオに関してはかなりオリジナルな設定を入れていく予定です。