「どうしたんだい黙って? 散歩は会話も楽しまないと」
スワローオルフェノクの背後にピタリと張り付きながら飛行するサイガ。スワローオルフェノクが全速力で飛んでいるのに対し、サイガは余裕があり軽口まで言ってくる。
この時点でスワローオルフェノクは逃げ切れないことを悟った。サイガから逃れるには戦うしかない。
「くっ! 落ちろ!」
スワローオルフェノクの両足から青い炎のようなエネルギーが放たれると、それが物体化する。爪先からブレードが伸びた具足が装着されており、スワローオルフェノクは両翼を翻して背後目掛けてブレードで斬りかかる。
だが、その攻撃は空振りに終わった。
「どこを狙っているんだい?」
声は後ろから聞こえた。いつの間にかサイガが後ろへ回り込んでいる。
「ぬうっ!」
再び斬りかかるがやはりサイガはいない。
「ダンスの練習かい? 生憎、僕はパートナーにはなれないよ」
揶揄う声が背面から掛けられる。反応と速さがスワローオルフェノクと段違いであった。
「ふざけるなぁぁぁ!」
馬鹿にされることとサイガへの恐怖から余裕のない叫びを上げ、声の方へ滅茶苦茶に攻撃する。だが、その攻撃はどれも外れてしまった。
「はぁ……」
呆れた溜息が頭上から聞こえた。サイガは既にスワローオルフェノクよりも高い位置に移動している。
「結局君も──ただのオルフェノクか」
見下すような発言と共に飛行ユニット──フライングアタッカーに接続されてある左右の操縦桿を操作。フライングアタッカーの両サイドが可動して水平になる。
先端に付けられた銀の筒。それが銃口であると理解したときには、そこからコバルトブルーの光弾が左右一発ずつ発射されていた。
「ぎゃあっ!」
両翼が撃ち抜かれ、スワローオルフェノクは叫び声を上げた。命中箇所は綺麗な円形が作られており、穴の周囲は光弾のエネルギーにより青白い炎で燃えている。
飛行能力を失い空中でバランスを崩し始めるスワローオルフェノク。
「フリーフォールは好きかい?」
サイガは冗句と共にスワローオルフェノクの延髄に蹴りを打ち込んだ。
スワローオルフェノクは地面目掛けて勢い良く落下していき、急所を蹴られたせいで意識が半ば飛びかけていたせいもあり、体勢を立て直す暇も無く地面へ叩き付けられる。
スワローオルフェノクが落下したのは河川敷であった。時間も時間なだけに周囲には人気が全く無い。
「う、ぐ……」
スワローオルフェノクは半死半生で辛うじて生きていた。しかし、逃げる力は残されていない。
横たわるスワローオルフェノクの傍にサイガが降り立つ。
『楽しかったかい?』
質の悪い冗談を言いながらサイガはベルト──サイガドライバーに触れ、セットされてある携帯電話──サイガフォンを外す。
開いて『103』の番号とENTERキーを押して上部を真横に倒す。
『Single Mode』
アンテナに見立てたマズル。下部側面のトリガー。それだけでサイガフォンが既に携帯電話ではないことに気付くだろう。サイガフォンは光線銃フォンブラスターとなっていた。
動けないスワローオルフェノクへサイガはフォンブラスターを突き付けながら問う。
「同じオルフェノクとしてのよしみだ。遺言ぐらいなら聞いてあげるよ?」
慈悲としても見えるが、余裕から来る傲慢な態度にも写る。どちらが正しいのかはサイガにしか分からない。
「お、俺が……」
「うん?」
「俺が……死んでも……まだ……別の……誰かが……お前たちを……狙う……」
死に行く者が最期に残すのは呪詛。お前たちの未来に明るい光は無いという呪い。しかし、サイガはそれを笑って受け止める。
「それは良かった。退屈しなさそうだよ──グッバイ」
トリガーを引くとフォンブラスターから一筋の青い光線が発射され、スワローオルフェノクの眉間を撃ち抜く。
スワローオルフェノクの体は一瞬ビクリと跳ねた後、青い炎と共に灰と化す。
既にスワローオルフェノクから視線も興味も離れていたサイガは、フォンブラスターを元のサイガフォンへ戻す。その際に体が一瞬青く発光し、変身が解ける。
サイガフォンを操作し、ある番号に電話を掛ける。数コールの後に相手へ繋がった。
『はぁい。お姉さんですよー』
電話の向こう側から可愛さを作ったような女性の声が聞こえてくる。
「やあ、レディ。相変わらず可愛らしいね。仕事は終わったよ」
その声を気にすることなく普通に話を続ける。
『流石はレオ君ね。相変わらず仕事が速くて確実! お姉さん、拍手を送っちゃいます! パチパチパチ!』
口でパチパチと言うレディと呼ばれた女性。ここまで来ると馬鹿にしているように感じられるが青年──レオは笑顔でそれを受け止める。
「ありがとう、レディ。このまま帰ってボスに報告するよ」
『はぁい──あっ、ちょっと待ってくださいね』
電話から離れて誰かと会話している。レオが言ったボスと思しき人物と考えられる。
少し間を置いた後に電話から声が聞こえた。それは女性ではなく男性のもの。
『ご苦労様でした、レオ』
「やあ、ボス」
『今日はもう遅いので報告は明日受けとります。君はもうゆっくりと休んで下さい』
「そうかい? なら有難く休ませてもらうよ」
『君と君に与えたベルトは上の上。また活躍してくれることを期待していますよ』
「サンキュー、ボス。じゃあお休み」
レオはサイガフォンを切る。
レオがボスと呼び、そしてラッキー・クローバーの面々が出していた名の人物こそ──村上峡児。レオが忠誠を誓う人物である。社長という肩書きを持ち、レオが属している組織──スマートブレインの頂点に立っている。
ラッキー・クローバーもスマートブレインに属しているが、あくまで協力者という対等な立場。一方でレオは逆に村上個人にのみ絶対の忠誠を誓っている。ラッキー・クローバーの面々は強い力を持つ反面我が強い。時と場合によってはそれが依頼の邪魔になる。
その為、村上は自分の命令に絶対に従う部下を何名か持っている。レオはその中の一人であった。
レオはその中でも自分が最強であると自負しているが、彼らの忠誠心の高さは自分に匹敵すると評価している。
『──さて』
レオは夜空を見上げる。ここら辺りは建物や民家の明かりが少ないので星が良く見える。
サイガで一っ飛びすればすぐにスマートブレインが与えてくれたマンションにすぐに着くが、急ぐ理由も無いのでレオは夜空を眺めながら帰路へ着いた。
◇
昨日はデルタとの戦いで苛立ちを解消出来た浅倉。そんな今の彼はというと──
「あぁ……イライラする……!」
苛立ちのまま近くの壁に頭をぶつけていた。
晴れやかな気分も一日経てば元通りになってしまう。浅倉の抱える慢性的な苛立ちは病と変わらなかった。
ゴツゴツと一定の間隔で頭を打ち付ける浅倉。痛みを与えるか与えられない限り浅倉の苛立ちは緩和しない。
戦える相手も近くにいない。戦える場所を教えてくれる相手もいない。浅倉の苛立ちは積もり続ける。
浅倉は戦いを求める。それこそ昨日のデルタと行ったような戦いを。だが、浅倉は北崎の顔は知っているが名前は知らない。浅倉が知っているのはデルタという仮面ライダーと──そこまで思い返して浅倉はもう一つ情報があったことに気が付いた。
「行ってみるかぁ……」
数少ない手掛かりにより浅倉は目的を定める。
SMART BRAIN
日本屈指の大企業であり食品から医療、電子技術などの幅広い業種に事業展開している巨大複合企業である。まず一般人ならば知らない者はいないだろう。
スマートブレインはそれに相応しい高層ビルを本社としている。
それに務める者たちも男女共にキッチリとしたスーツ姿であり、身嗜みを整えてある。
だからこそ浮いてしまう。蛇柄のジャケットを着た、見るからに柄の悪そうな男──浅倉が。
誰もがその恰好に眉をひそめているが、それだけ。スマートブレイン本社に合わない異物なのは分かっているが、その内警備員が何とかするだろうと放置していた。
浅倉は周囲の視線など気にする素振りも見せず、スマートブレイン本社入り口前まで来る。
「ちょっと待ってください」
すんなりと入れる筈も無く、見るからに不審者の浅倉は警備員によって止められる。
「何だ?」
「ご用件は?」
「お前に言う必要があるのか?」
「生憎ですが、部外者──」
警備員が最後まで言う前に浅倉は警備員の両肩を掴む、上半身を下へ引っ張ると同時に膝で腹を突き上げる。
突然の暴力により蹲る警備員。浅倉は蹲っている警備員の横っ腹を手加減無しで蹴り飛ばす。
「俺をイラつかせるな……!」
嫌な音を立てて転がっていった警備員。白目を剥いて痙攣をしている。
浅倉の凶行に誰もが言葉を失ってしまった。真面目に生きている限りまず見る機会が無い本物の暴力に皆がショック状態になってしまう。
それは他の警備員も同じであり、同僚がやられたのを見て唖然としている。
浅倉は警備員の襟を掴んで頭突きを顔面に打ち込む。立て続けに三度打ち込んだ後、殴り飛ばして地面へ叩き伏せる。
この時点で周囲の人々の理解が現実に追い付く。反応は二通り。悲鳴を上げるか、浅倉から逃げるかのどちらかであった。
浅倉は男女の騒々しい声にイラつきながらもスマートブレイン社内へ入る。外の騒ぎに足を止めていた社員は、浅倉が入って来てギョッとした表情となる。
浅倉は真っ直ぐ受付に向かう。日頃から営業用の笑顔を浮かべている受付嬢も浅倉の前では笑顔など浮かべる余裕は無く、顔面蒼白となっていた。
「おい」
「ひぃ!」
浅倉から声を掛けられ、その受付嬢は声を裏返させる。周囲に助けを求めように視線を送るが、誰も目を合わせてくれない。
「社長はどこにいる?」
「あ、あの……」
浅倉の圧のせいで震え、喋ることが出来ない。
「どこだ?」
更に一歩踏み出し、受付カウンターに身を乗り出してくる。浅倉の顔が近付いてきたことで受付嬢は殆どパニック状態になっていた。
そのとき、騒ぎに駆け付けた警備員の一人が背後から浅倉を捕まえようとする。
一瞬灯る希望の光。
だが、浅倉はその動きを読んでいたのか横へ移動してあっさりとそれを回避。警備員はカウンターに突っ伏してしまう。
浅倉は警備員の頭を掴み──
「何処だっ!」
カウンターに顔面を叩き付ける。
「社長は何処だ!」
再び顔面を叩き付けられる警備員。
「言えっ! 何処だぁぁぁぁぁ!」
何度も何度も受付嬢の目の前で警備員がカウンターに叩き付けられる。持ち上げる度に警備員の顔は変形していき、血の赤と歯の白が飛び散っていく。
「しゃ、社長は! 社長室にっ!」
「どうやって行く!」
「そ、そこの、エレベーターで、さ、最上階に!」
場所と行く方法を聞き出すと警備員の頭から手を離す。警備員はカウンターに顔を付けたまま動かない。
「あれだな」
浅倉が離れると精神が限界を迎えたのか受付嬢は気絶してしまう。
恐怖と戸惑いに満ちた空気。そのとき、誰かが気付いてしまう。
「あ、あいつって……あ、あ、浅倉じゃないか?」
「浅倉……浅倉威っ!?」
「脱獄囚の!?」
そこから先は先程の比でないパニックが起こる。誰もが喚きながら我先にとスマートブレイン社の外へと逃げていく。蜂の巣をつついたようとは正にこれのこと。
妨げる者を押し退け、阻む者を罵り、逃げ遅れた者を見捨て、転倒した者を踏み付ける。浅倉によりスマートブレイン社内が地獄絵図と化す。
その絵図を作った浅倉は、一切興味を示さないまま社長室へ向かう為にエレベーターへと乗った。
◇
凶悪犯として悪名轟く脱獄囚浅倉が白昼堂々スマートブレインに乗り込んできた。晴天の霹靂のような報告であった。だが、決して悪ふざけではないことは上にも聞こえてくる騒ぎで分かる。
すぐに数名の者たちが浅倉を撃退する為にエレベーターへ向かっていた。何の為に社長に会おうとしているのか理解不能だが、決して浅倉などという犯罪者を社長室へ行かせないという強い意志の下で行動している。
エレベーターの階数が上がってきているのが見えた。社員の一人がすぐにボタンを押す。
「この階で浅倉を仕留める!」
強い殺意を示すと周りも同意とばかりに頷いた。
間もなくエレベーターが到着する。戦闘に立っていた男の顔に紋様が浮かぶ。それはあのヘッジホッグオルフェノクが変身前に見せたときと同じ現象であった。
オルフェノクたちが属するスマートブレインに乗り込んできた命知らずに報いを与えることに息巻く男。
エレベーターが到着し、扉が開く。
「浅──」
開くと同時にベノスネーカーが飛び出し、男の顔面に噛み付くと男をエレベーター内へと引き摺り込んでしまった。
突然のことに呆然としてしまう他の社員たち。すると、扉の陰から浅倉が出て来る。
「お、お前! あいつを何処にやった!?」
「何をした!? 何だったんだあれは!?」
社員たちが驚くのも無理も無い。それ程広くない筈のエレベーター内には浅倉しか居らず、先程の巨大な蛇も男の姿も見当たらない。
「さあな」
惚ける浅倉であったが、彼には見えていた。ミラーワールド内のエレベーターで男がベノスネーカーの毒液によって溶かされている様子が。
「そんなことよりお前ら……デルタを知っているか?」
社員たちの体が硬直するのが分かった。それだけで答えとしては十分。
「知っているか……当たりだったな」
浅倉は自らの勘が当たったことにほくそ笑む。
「知った所で生きて帰れると思うなっ!」
社員たちの顔に紋様が浮かび上がる。多対一の状況の中で──
「おまけも付いているのか……楽しくなってきたな……!」
──浅倉は寧ろ愉快そうに笑い、カードデッキを構えた。
次回、浅倉VSスマートブレイン