時間は少しだけ遡って社長室。そこには四人の男女が集っていた。
ある人物の前で直立不動の姿勢をとっているのはサングラスの男と黒髪の美女。
彼らの前にある席──そこに座ることを許されているのは、スマートブレインのトップのみ。二人の前に座っている人物こそがスマートブレインの社長である村上峡児であった。
頭から足先まで一分の隙の無い身嗜み。異性を虜にすることも容易な甘いマスクだが、その眼光は並の者ならば委縮してしまう程に鋭い。普段は紳士的で温和な笑みで隠しているが、ここが社長室であること、そしてある報告を受けたことでその仮面も若干剥がれ掛けていた。
「あの浅倉威が……?」
「はぁい。社員の皆さん、パニックになっちゃっていますぅ!」
報告したのは村上の隣に立つ女性。スマートブレインのロゴが入った水色と黒の近未来を連想させる独特な服装をし、髪にもイメージカラーなのか一部を水色に染めている。
彼女はスマートレディと呼ばれ、スマートブレインのイメージガールであり、会社のCMや企業案内の表紙を飾ったり、また社長の秘書を務めるなどしている。色々と謎が多く彼女の本名を知る者すらほぼ居ない。
「皆さんー、一斉に会社の外に出ちゃったせいでお仕事もストップしてますぅ! 警察も呼ばれているみたいなので、たーいへん!」
幼児に向けるような作った口調。聞く者によっては酷く耳障りであろう。村上は特に気にしている様子は無いが、黒髪の美女は何も言わないが不快音でも聞いているかのように顔を露骨に顰めていた。
「しかし、脱獄囚が何故……?」
村上の疑問は尤もである。村上が知る限り、スマートブレインと浅倉との間に何の関係も無い。会社を相手に一個人が犯罪目的で来たとしてもリスクが大き過ぎる。
「うーん……私も悪い人が何を考えているのか分かりませーん! お姉さんは、良い人ですから!」
知っている者が聞けば失笑してしまうような白々しい台詞を吐くスマートレディ。
「──ですが、彼の命運もここで尽きます。よりによって我がスマートブレインに乗り込んで来るとは」
村上は浅倉の無謀さを笑う。スマートブレインには多くのオルフェノクたちが所属している。表向きは大企業であるが、その実態はオルフェノクの為の組織なのだ。
凶悪犯だろうとオルフェノクを相手にすればまず命は無い。村上は既に浅倉の目的や動向よりも始末した後の処理について考えていた。悪い意味で有名人なせいで色々と後処理が面倒なことが多い。
そのとき、スマートブレイン社を揺るがす振動と爆発音が聞こえてきた。
「まさか……」
村上の頭の中に二つの可能性が浮かぶ。一つは浅倉が爆弾の類を所持し、社内で爆発させたというもの。しかし、報告された内容では浅倉は丸腰だったとのこと。この可能性は低いと考えられる。
もう一つはこの爆発を起こしたのはスマートブレインに属するオルフェノクの仕業であり、そうせざるを得ない状況になってしまったという可能性である。生身の人間程度、オルフェノクなら赤子の手をひねるよりも簡単に始末出来る。だが、オルフェノクとしての能力を使用したとなる話が違ってくる。
ふと、浅倉にまつわる不可思議な話を村上は思い出した。浅倉が脱獄したとき、その脱獄方法が一切不明であったこと。立てこもり事件を起こし、警官たちによって逃げ道を完全に塞がれていたにも関わらず逃亡に成功したこと。
村上の直感が浅倉には何かがあると囁く。
「──貴方たち。行ってくれますか?」
サングラスの男と黒髪の美女に問うと二人は即座に頷く。彼らもまたレオと同じく村上個人に忠誠を誓っている部下。
「相手は所詮人間の犯罪者。上の上である貴方たちが遅れを取るとは思っていません……ですが、油断しないように」
癖でもある独自の評をしながら二人を送り出そうとする村上。
「お任せください」
黒髪の美女は自信に満ちた表情で頷くが──
「頑張って下さいねー」
「チッ!」
──スマートレディの応援に対しては空気が凍り付くような舌打ちをする。
サングラスの男は、勘弁してくれと言わんばかりに帽子を目深に被り、極力関わらないようにしていた。
スマートレディの性格や喋り方に対して快く思っていない者たちも確かに存在する。だが、その中でもこの黒髪の美女の態度は露骨というか隠そうともしない。地位として見れば村上の右腕のポジションにも関わらず。
性格が合わないこともそうだが、黒髪の美女は村上を敬愛を通り越して崇拝していた。故に村上の傍にいるスマートレディの存在が心から気に食わないのである。いずれはそのポジションを奪うという野心も持っている。
一方で舌打ちされたスマートレディの笑みは崩れない。至って余裕な表情を浮かべながら、サングラスの男と黒髪の美女に小さく手を振る。
「じゃあ、いってらっしゃい」
スマートレディの余裕を崩せないことを腹立たしそうに表情を歪めながらもそれ以上反抗的な真似をせず、サングラスの男と共に浅倉の許へ向かう。
「さて……」
二人を送り出した村上は暫しの間沈黙した。何かを考えている様子。やがて、結論を出すとスマートレディに声を掛ける。
「念の為ですが、レオに連絡を」
◇
「た、助かった……」
ゲッコーオルフェノクは床を這いながら新たにやって来たオルフェノクたちに心から安堵した。その実力から村上の直属に選ばれ、戦闘力ならばラッキー・クローバーにも引けをとらないと噂されている。
彼らならば王蛇を倒してくれると確信していた。
「どうなっている? 何が起こった? これは何だ?」
エラスモテリウムオルフェノクは、早口でゲッコーオルフェノクに状況を確認する。その手は未だにメタルゲラスの角を掴んでおり、上から押さえ付けながらミラーモンスターという未知なる生物を警戒していた。
「わ、分かりません! あ、浅倉がベルトで変身をして!」
「浅倉……? あれがか」
ここで浅倉と王蛇が同一人物であることを認識した。王蛇はまだ仰向けになっており、バットオルフェノクは銃口を向けながらいつでも撃てる構えをとる。
「気を付けて下さい! こいつらは、多分映る物から出て──」
そこまで言い掛けたとき、床から出現したベノスネーカーの上半身がゲッコーオルフェノクへと喰らい付く。
彼にとって不運だったのは、壊れたガラスの傍に偶然居てしまったこと。ミラーワールドから隙を狙っていたベノスネーカーにとっては格好の的であった。
「また化け物か」
エラスモテリウムオルフェノクは冷静な態度でゲッコーオルフェノクがベノスネーカーの毒牙の餌食になっている光景を見ていた。
一方でバットオルフェノクはゲッコーオルフェノクを救う為に王蛇へ向けていた銃をベノスネーカーへ向け、発砲。
銃弾の何発かはベノスネーカーへ命中し、ベノスネーカーはそれを嫌がるように身をくねらせるが捕らえた獲物は決して離さず、ミラーワールドへゲッコーオルフェノクごと入ってしまった。
「──成程、こういうことか」
鏡の中へ入り込むという非現実的な光景だが、実際に目の当たりにしてしまったら信じるしかない。
すると、エラスモテリウムオルフェノクの意識が逸れている内にメタルゲラスは角を掴んでいる手を払い除ける。そのまま反撃してくるかと思いきや、メタルゲラスは命令を果たしたと言わんばかりに近くにあったガラスの中へ飛び込んでミラーワールドへ帰還してしまった。
残されたのは王蛇だけ。しかし、バットオルフェノクとエラスモテリウムオルフェノクの視線が離れている内に王蛇は倒れながらも次なる手を打っていた。
『ADVENT』
反射物から飛び出してきたのはエビルダイバー。バットオルフェノクの死角から奇襲を仕掛けてきた。
死角。不意打ち。未知なる生物。通常ならば動揺し、攻撃を受けてもおかしくない。だが、バットオルフェノクはエビルダイバーが高速接近してきたことを目ではなく他の感覚で捉えると、体当たりを受ける前に跳躍。天井に逆さまに着地すると同時に二丁の拳銃でエビルダイバーを狙うが、弾丸が発射される前にエビルダイバーは反射物の中へ飛び込んで身を隠してしまった。
天井から降りたバットオルフェノクは感覚を研ぎ澄まし、エビルダイバーにいつでも対処出来るように構える。
バットオルフェノクがエビルダイバーに集中している間に王蛇は立ち上がり、ベノバイザーへエビルダイバーの紋章が入ったカードを装填──
「うっ」
──しようとした瞬間、発砲が響く。王蛇の手からカードが落ちる。バットオルフェノクはエビルダイバーに集中しているようで王蛇の動きも見ていたのだ。
王蛇のカードが何の効果があるのかをバットオルフェノクは知らない。しかし、何かが起こると察して右の銃で王蛇の手を撃ち、カードを落とさせた。
この瞬間、エビルダイバーがバットオルフェノクを襲う。だが、再び発砲音が鳴り、エビルダイバーが床に落下する。
バットオルフェノクは体勢を王蛇へ向けたままであったが、右腕下に左の銃を通し、腕を交差させるように構え直していた。一瞥もしていない気配と技術によるノールックで見事撃ち落としたのだ。
「当てが外れたな」
エラスモテリウムオルフェノクはいつの間にか王蛇へ接近しており、王蛇の顔面を容赦なく殴り付ける。
「ぐっ!?」
重厚な巨躯に見合った怪力の一撃。王蛇の体が床に叩き付けられるとバウンドして浮き上がる。そこへ前蹴りが打ち込まれ、王蛇は滑稽な程に軽々と蹴り飛ばされ、壁へ衝突する。
「ぁぁ……」
壁にもたれ掛かりながら王蛇は呻く。その様子にエラスモテリウムオルフェノクは不機嫌そうなオーラを出す。
「殺すつもりでやったが……頑丈だな」
王蛇の防御力はエラスモテリウムオルフェノクの想定以上であった。少なくともこれまでの彼女の相手だったら最初の一撃で絶命している。
しかし、全く効いていない訳ではなく壁から離れる王蛇の動きは緩慢であった。ダメージは膝に来ており、両足が震えを起こしている。
「はぁ……こんなに楽しいのに死ねるか……!」
弱っていく肉体とは裏腹にその声は生き生きとしている。このとき初めて王蛇の異常さの一端に触れる。スマートブレインに一人で乗り込んできた時点で頭がおかしいとは思っていたが、考えていた異常性とは大分異なるものであった。
王蛇はよろけながらも前に出る。そのとき、つま先が何かを蹴った。視線を落とすとジェリーフィッシュオルフェノクに投げつけたベノサーベルが転がっている。手放した武器を運良く拾い上げることが出来た王蛇は、受けたダメージなど関係ないといった様子でエラスモテリウムオルフェノクを全力で斬り付ける。
ベノサーベルがエラスモテリウムオルフェノクの肩に叩き付けられた。だが、エラスモテリウムオルフェノクは痛がる様子は全く無い。王蛇を頑丈だと言っていたが、自身もオルフェノクの中では屈指の防御力を誇っている。仮にラッキー・クローバーの北崎が相手だとしても真っ向から殴り合える自信が彼女にはあった。
お返しの拳が王蛇の腹を打つ。王蛇は呻きながらもエラスモテリウムオルフェノクの顔面をベノサーベルで打つ。反撃の拳が王蛇の顔面に命中するが、王蛇は最初から防御を捨てて殴り返す。
苛烈な殴り合いに発展する両者。攻撃力ならエラスモテリウムオルフェノクの方が上だが、王蛇は執念で食い下がる。
(こいつ……!)
そのしつこさにエラスモテリウムオルフェノクは内心舌打ちをする。これだけ殴っても倒れない相手は初めてであった。
「はっはぁ!」
王蛇は弱るどころか寧ろ昂っている。戦いに狂っている様にエラスモテリウムオルフェノクは嫌悪感しか覚えない。
いい加減にくたばれと思った矢先、閉ざされていたエレベーターが到着の音を鳴らす。
こんな状況下でエレベーターが使用されるなど普通のことではなく、王蛇たちはついエレベーターの方を見てしまう。
エレベーターが開くと同時に中から出て来たのは単眼の白い戦士──サイガ。
『やあ、諸君』
サイガは愛想良く挨拶をする。前の変身時に背負っていたフライングアタッカーを着けておらず、代わりに両手に操縦桿を装備していた。フライングアタッカーから切り離された操縦桿は、棍部分が青い刀身のトンファーエッジという一対の武器になっている。
サイガはトンファーエッジをクルクルと手遊びしながら王蛇へ歩み寄って来る。
「サイガ……!」
エラスモテリウムオルフェノクは思わずその名を呼んでしまう。彼女にとっては予想外の登場であり、同時にサイガを呼んだのは村上であるとすぐに察してショックを受ける。それは村上にとって最も信頼出来る者は誰かという証明であったからだ。
『君が浅倉威かい?』
「ああ……? 何を言っているのか分からん」
王蛇はそう言い捨てると矛先をエラスモテリウムオルフェノクからサイガへ向ける。
「来たんだったら、お前も戦えっ!」
振り下ろしのベノサーベルを片方のトンファーエッジで難無く受け止めるサイガ。王蛇は構わず二撃目を繰り出そうとするが──
「──あぁ?」
王蛇の体がガラスのように砕け、生身の浅倉へと戻ってしまう。変身限界時間を迎えてしまったのだ。
折角来たのに変身が解けて人間に戻った浅倉にサイガは一瞬驚いた後、失望した気分になる。
だが、その後の浅倉の行動は誰にとっても思いがけないものであった。
「おあああああっ!」
浅倉は床に落ちていた瓦礫を掴み上げ、生身で殴り掛かっていく。自暴自棄になっているのではない。自らの狂気に従って戦いを続けようとしているのだ。
「君は人間だけど──」
サイガは迫ってきた瓦礫をトンファーエッジの一閃で砕き──
「クレイジーだね」
──浅倉の後頭部に柄部分を叩き付け、意識を断つ。下手をすれば死んでもおかしくない一撃だが、サイガは何となくだが浅倉なら死なないと思っていた。
「……殺さないのか?」
気絶した浅倉を担ぎ上げたサイガにエラスモテリウムオルフェノクは不満そうに訊ねる。
「ボスからの命令さ。浅倉威と話がしたいんだって」
浅倉のスマートブレイン襲撃はこれで終了となります。
負けたけど結果的には一歩前進という感じです。