「あぁ……?」
浅倉は呻きながら目を覚ます。最初に目に入ったのはやたらと眩しい装飾がされたシャンデリアと幾何学模様が施された白い天井であった。
目線を動かす。内装が豪華なレストランと思しき場所。自分が椅子に座っていることにも気付く。浅倉にとっては無縁且つ未知なる場所であった。
「目が覚めましたか?」
白いクロスが敷かれ、その上に花が飾られたテーブルを挟んで向こう側に穏やかな笑みを見せる壮年の紳士が座っている。その紳士を挟んで長髪の男──レオと派手な服装の女性──スマートレディが立っていた。スマートレディは浅倉の視線に気付くと手を振るが、浅倉は反応すらしなかった。それよりも村上の方に興味があったからだ。
浅倉は一目で村上の笑みが上辺だけものであると見抜く。まともではない環境の中で磨かれた直感が紳士の仮面の下には黒いものが蠢いているのが浅倉には分かった。そして同時に村上から危険なものも感じ取る。
「誰だ、お前は……?」
言った瞬間、浅倉は背後から殺気を浴びせられる。首だけ動かして後ろを見ると、スマートブレイン社内で襲って来たサングラスの男と黒髪の美女が居る。殺気は主に黒髪の美女の方が出していた。村上への無礼な態度が許せない様子だが、村上が手で制するとそれもあっさりと霧散する。
「自己紹介が遅れましたね。私はスマートブレインで社長を務めさせて頂いています、村上峡児という者です。初めまして、浅倉威さん」
村上の自己紹介に浅倉は僅かに目を見開き、口の端を吊り上げて禍々しさと嬉しさを混ぜ合わせた笑みを浮かべた。
「ほぉ……お前が社長か……やっと会えたなぁ……!」
「どうやら、私に用事があったようですね。丁度良かった。私も貴方に色々と話したいと思っていたので、貴方をここに連れて来たのです」
浅倉はもう一度室内を確認する。浅倉と村上、そして彼の部下以外の姿は見えない。警察を潜ませている訳でも無い。村上の言っていることは本当のようであった。
「ここまで誰にも気付かれずに貴方を運ぶには少し苦労をしましたよ。何せ、スマートブレイン社外には多くの警察の方々が待機していましたからね。そこであのときの爆発を利用させてもらいました。貴方には申し訳ないと思っていますが、あの爆発は貴方の仕業にしてそれに乗じて逃亡したということにさせて貰いました」
「はっ……今更罪状が一つ増えたところで関係無い……」
「そうですか。流石は……というのは少し違いますね」
浅倉の犯罪歴に新たな罪状が加わっても痛くも痒くもない。黒に何を塗っても黒であることに変わりないのだ。
「それで? 話は何だ? さっさと話せ」
とっとと本題に入れと催促し出す浅倉。一度は落ち着いていたイライラが再発し始める。
「そうですね。そうなると──」
村上は横目を向ける。そのタイミングでワゴンを押した女性の給仕が現れる。ワゴンの上には鉄板の上で爆ぜるような音を立てる厚みのあるステーキが置かれてあった。
そのステーキは浅倉の前に置かれる。
「ほぉ……」
「食事がてらにしましょう。浅倉さん、どうぞ召し上がって下さい」
脱獄後の浅倉の食事はハッキリと言ってまともなものではない。草陰などに潜んでいるトカゲや蛇、カエルなどを焼いて食べるという原始人とさほど変わらない、取り敢えず腹を満たす為だけのものであった。
ここに来てちゃんと調理されたまともな食事。流石の浅倉もこれには苛立ちも引っ込む。
「……悪くないな」
浅倉はニッと笑うと配膳されていたフォークをステーキへ突き刺す。そして、ナイフで食べやすいサイズにカットすることなくそのまま齧り付いた。
焼き立ての熱さに怯むことなくステーキを頬張り、咀嚼し、呑み込む。
「おぉ……」
味が気に入ったのかそのまま続けて食べる。
マナーの欠片も無い実に浅倉らしい食事の仕方であった。品が無い。しかし、不思議と美味そうに見える豪快な食べっぷりである。
400gのステーキが瞬く間に無くなっていくので村上は食べ切る前に浅倉へ訊く。
「お代わりはどうしますか?」
「あぁ、くれ」
「分かりました」
村上は給仕の方を見る。
「君、お代わりを持って来てあげなさい、至急」
頭を下げながら了承すると給仕は急いで厨房の方へ向かう。
浅倉はステーキを食べ終わると鉄板の上で熱せられているニンジンなどの付け合わせの野菜を次々とフォークで刺し、まとめて口の中へ放り込むとステーキと一緒に運ばれてきたスープで一気に流し込む。今日日ここまで粗野な食事の仕方を見たことがないので逆に感心してしまいそうになる。ある意味では浅倉とはどのような人物かを体現したような食事であった。
少しして追加のステーキが運ばれてきた。テーブルに置かれると浅倉は即座に喰らい付く。急いで焼いた為か十分な火が通っていないレアであり、喰らった断面からは血が滴る。浅倉は焼き加減など気にせずに食す。寧ろ、一枚目よりも美味そうに食べているように見えた。
生肉を出されても平然と食べてしまいそうだ、とこの場にいる全員が思ってしまう。
二枚目もすぐに平らげてしまったところにすかさず三枚目の鉄板が置かれる。三枚目のステーキも吞み込むように食べて浅倉はようやくフォークを離した。
「満足していただけましたか?」
「あぁ……お前は食わないのか……?」
「……そのつもりだったのですが気が変わりました」
食事をしながらと言っておいて村上の前には一品たりとも料理が配膳されていない。浅倉があまりに速く食べてしまったせいで完全にタイミングを逃してしまっていた。仕方がないので本題に入ることにする。
「貴方は何故我が社へ乗り込んできたのですか? 脱獄囚という危険な立場にも関わらず」
「デルタのガキについて知る為だ」
デルタのベルトを所持しているのは現在一人しかいない。オルフェノクの中でも最強クラスの実力者でありラッキー・クローバーの一人である北崎だ。
「デルタのガキ、ですか……」
村上はわざと含みを持たせた言い方をする。浅倉から情報を引き出す為に。
「あぁ……奴との戦いは愉しかったが決着がついていない……!」
「……その為だけに貴方はスマートブレインに? そもそも何故その子供と我々が関わりを持っていると思ったのですか?」
「奴はお前のところのマークが付いたケースを持っていたからなぁ。社長にでも聞けば何か分かると思ったからだ」
あまりに単純な理由と目的。そして、命知らずの無謀な行動に全員内心で呆れ果てていた。しかし、その行動はちゃんと正解に繋がっているので腹立たしさも感じる。
「──成程。それが目的でしたか」
「あのときは少し驚いた……神崎のデッキ以外のライダーに変身出来る奴が居たとはなぁ……」
「神崎? ライダー?」
知らない単語が出て来た。神崎は人名、ライダーは浅倉が変身した姿だと予想が付く。そうなると神崎という存在が浅倉にあの力を与えたのだと結び付く。
「その神崎という人物が貴方にあのデッキを与えたのですか……?」
「その前にこっちの質問に答えろ」
浅倉はいつの間にかナイフを手に取り、切っ先を村上へ向けていた。
「デルタのガキは何処だ……!?」
「北崎さんですか……」
「ほぉ……? 北崎という名前なのか……?」
村上はあっさりと北崎の名を出した。出し惜しむよりもここで敢えて出して浅倉から情報を聞き出す為の交渉に使った方が有意義と判断したからだ。
「あの人は自由な人ですからね……今も何処かでフラフラと彷徨っているかもしれません」
「なら探し出して連れて来い……!」
浅倉の声が徐々に熱を帯びてくる。苛立ちが募り始めていた。
すると、背後から伸びてきた手が浅倉の肩を掴む。
「それ以上無礼を働いたらどうなるか分かっているな?」
黒髪の美女が顔に紋様を浮かばせながら指先を浅倉の肩に食い込ませる。その気になればいつでも握り潰せる程であった。
「どうなるんだ?」
痛みに臆することなく薄ら笑いすら浮かべて浅倉は挑発する。
「デッキも無い癖に粋がるな……!」
「何?」
言われて浅倉はジャケットに触れる。そこにあるべき感触は無かった。
『探し物はこれかい?』
レオは浅倉のカードデッキをひらひらと振りながら見せる。
「その声……お前、あの白い奴だな……?」
『正解』
牙を剝くように笑う浅倉にレオも同質の笑みを返す。
「はぁーい。皆さん、そこまでー。まだ社長と浅倉君の話は終わっていませんよー?」
張り詰めた空気を壊すスマートレディの作ったような声。浅倉は一瞬虚を衝かれた表情となる。スマートレディがあまりに馴染みの無いタイプだからだ。スマートレディに窘められ黒髪の美女は不機嫌になりながらも手を離し、レオも肩を竦めた後に笑みを消した。
「浅倉君。もう少しだけ社長の話を聞きましょう? 浅倉君にとって決して悪い話じゃないですよー?」
浅倉は手に持っていたナイフをくるりと回してテーブルへ突き立て、放す。
「……いいだろう。あとお前、それ以上話すな。耳障りだ。お前の喋り方はイライラする……!」
「はぁい!」
面と向かってかなり酷く言われてもスマートレディは一切気にした様子は無く、言われた通りにそれ以降喋らなくなる。
場が一先ず落ち着くと村上は口を開く。
「北崎さんのことですが……貴方と会わせることは可能です」
「ほぉ……?」
「ただし、条件があります」
「……何だ?」
「可能な限り貴方が知っていることを教えて欲しいのです」
村上は浅倉に取引を持ち掛けた。村上の行為は仲間を売るということに等しい。だが、そう思われても仕方がないくらいに彼の持つ情報は魅力的であった。同時に北崎ならば浅倉に出会ってもどうにかするだろうという信用もある。
「……何が訊きたい?」
浅倉は一応訊く態度を見せる。
「聞けば貴方は姿が映る物、大まかに言えば鏡のような物を伝って移動が出来るとか?」
「ミラーワールドを通っただけだ」
ミラーワールドという言葉に村上たちは一瞬ざわめく。鏡の世界、そんな絵本やファンタジーの中にしか存在しないものが実在すると知ればその反応もおかしくはない。
とはいえ村上も部下から聞かされた話を全く信じなかった訳ではない。その証拠にこのレストランの窓全てに厚手のカーテンが敷かれており、反射物が徹底的に取り除かれていた。
「ミラーワールド……それがどのような世界か詳しく説明出来ますか?」
「知らん。知りたければ神崎にでも聞け」
浅倉に冷たく一蹴されたが、村上にとっては想定内の答えであった。寧ろ、浅倉が詳細を説明出来たら逆に驚いていただろう。
(神崎……その人物について詳しく調べる必要がありますね……)
重要なカギとなる人物で間違いない。
「こっちからも質問させろ」
「──何でしょう?」
「そこの奴らとあのビルで戦った奴ら──オルフェノクだったか? オルフェノクってのは何だ?」
「ほう? オルフェノクをご存知でしたか?」
「前に始末した奴が言っていた」
説明するかどうか村上は一瞬考えたが、浅倉を不機嫌にさせて話をこじらせるのは面倒であり、名がバレている以上隠すのも不自然なので説明することにした。
「オルフェノクとは人間が進化した新たな種族ですよ」
「進化だと……?」
考えもしなかったことなのか浅倉は僅かに目を丸くする。
「死を体験した者が極めて低い確率の中で覚醒することで人はオルフェノクに生まれ変わるのです」
「死んで蘇るのか……羨ましい話だな」
「羨ましいですか?」
「あぁ……死んだ後も戦えるなんて最高だっ……!」
口が裂けたような獰猛な笑み。皮肉ではなく本心から言っているのが伝わる。
浅倉に話していないが、オルフェノクは死ぬことで覚醒する以外に既にオルフェノクとして覚醒した者が人間に自身の力を注ぎ込むことでオルフェノクに覚醒させるという方法がある。それは『使徒再生』と名付けられていた。
根拠のない話だが、村上は浅倉に使徒再生を行えばオルフェノクに覚醒すると直感していた。同時に
「後は──うん?」
気を取り直して話を続けようとしたとき、先程の女給仕が呼んでもいないのにやってくる。ワゴンの上にトレイに乗せた水差しを運んできた。
呼んでもいないのに来たことを注意しようとしたとき、女給仕は突然水差しの水をトレイに掛けるという奇行に走る。
意味不明な行動に戸惑う村上たちであったが、次なる行動は村上たちを驚愕させた。
女給仕は浅倉と同じカードデッキを取り出した。色が異なる茶色のカードデッキには鳥らしき紋章がある。
水が張ったトレイは鏡の役目を果たし、それにカードデッキを翳す。女給仕の腹部に金のVバックルが装着された。
「……変身」
虚ろな声が呟きながらカードデッキが装填される。
虚像が重なり合い、黄金の羽根が広がった。
ブラウンカラーの装甲が胸、脚に付けられ、両肩には翼を模した金色のショルダーアーマー。猛禽類を彷彿させる仮面には複数のスリットが入っている。
変身前の女給仕は150センチ程度だが、変身後は200センチ程に伸びており明らかに体格が女性から男性のものへと変化していた。
黄金のライダーは腕を組み、無言で浅倉たちを凝視する。そして、村上たちの誰かが動く前に片手を突き出す。舞っていた黄金の羽根が自在に動き、周囲のものを切り裂く。その中には厚手のカーテンもあり、大きな裂け目が出来て窓ガラスが露わになる。
誰もが黄金のライダーの注目する中で浅倉だけは気付いていた──
「来てたのか……」
──窓ガラスに映るコートを着た幽鬼のような男を。
「神崎」
浅倉がペラペラと喋り過ぎたかもしれませんが、お腹いっぱいだから口が軽くなったと思ってください。
そして、四人目ライダーであるオーディンの参戦となります。特定の変身者を持たないのでこういうことも可能かな、という登場をさせました。