まさかの逆プロポーズが大きな話題となった「燚誠の赤龍帝」チームと「天界の切り札」チームの対決は、わずかな点差でデュリオたちの勝利という結果に終わった。その試合内容は激しく、ラスト間際の一誠とデュリオによる全身全霊の殴り合いは、大会中でも名勝負として評判を得る。その一方で試合の結果は大会の記録という無機質な数字として残った。
この翌日、大一はグリゴリの研究施設に出向いていた。先日、コカビエルから得た「異界の魔力」の情報について会議に参加するためであった。かつての堕天使最高幹部による情報だけあって、その扱いは彼らの中でも大きなものであった。堕天使現総督シェムハザ、副総督バラキエルを筆頭に堕天使幹部のほとんどが参加していた。緊張の最中、大一は淡々と報告を口にするのであった。
「以上が、現時点で判明している『異界の魔力』の特性とコカビエルから得た情報です」
「まさかコカビエルも生きていたとはね。いやコキュートスに行ったのだから、実質的には死んだものなんだけどさ」
「べネムネ、その話は後でにしなさい」
薄紫色の長髪と鋭い切れ長の目が特徴的な女性堕天使の言葉に、シェムハザがたしなめる。見た目とは裏腹に軽そうな雰囲気を見せる堕天使幹部のべネムネが思い出していたのは、言葉以上の想いがあったのかもしれない。
シェムハザは大きくため息をつく。
「正直、彼が異界の魔力についてそこまで知っていたのは驚きですね。なぜ我々に報告しなかったのか…」
「そこまで知っているなら、尚のこと彼の研究が見つからないのが口惜しいのだ」
「まだどこにあるのかは、分からないんですね」
「というよりも、紛失した可能性が高いのだ。ほら、トライヘキサの時に」
同じく堕天使幹部である分厚い瓶底眼鏡をかけた男性のサハリエルが答える。各種術式作用を専門とする彼は、アザゼルに劣らぬほど研究気質な一面があった。
そんな彼の話ではトライヘキサが襲撃した際に、グリゴリの施設ごと吹き飛ばしたのではないだろうかということだ。実際、あまりにも見つからないため、堕天使幹部を筆頭にほとんどのメンバーが、同じように考えていた。
「一緒に研究していた人もいないんですか?」
「ほとんどひとりでやっていた上に、多少は噛んでいた部下たちも戦争とかでいなくなった人物がほとんどだ。わずかに知っている人物も『生命』の研究としか思っていない」
シェムハザが資料をパラパラとめくっていく。かつてコカビエルと研究したわずかな人員によって作成されたものであったが、生命の取り出し方、この力が赤龍帝や白龍皇付近に出やすいことが記されていたが、前者は神器の抜き取り方と同じものであり、後者はディオーグが強い龍を目印に念を飛ばしていたことを大一に話していた。要するに目新しいものは無かった。
シェムハザはちらりと期待するようにブロンド髪の男性堕天使を見るが、彼は小さく首を振る。
「これが全部だよ。最初にコカビエルが俺やアザゼルと一緒に行った研究もこの資料に入っている」
堕天使幹部のタミエルが答える。今でこそ営業担当ではあるが、コカビエルとアザゼルが行った共同研究に加わっていたらしい。彼が主導でこの資料を作ったようだが、この場で進展が無いのを改めて示すだけとなった。
会議に沈黙が流れそうになったところに、再び大一が話を続ける。先日、アーサーから受けたアドバイスに倣った意見を述べるのであった。
「コカビエルはあの地に住む者達に目をつけていました。クリフォトのメンバーであった者や私の命を救ったアリッサという人物は、経歴を調べるにはあまりにも情報がありません。そこで唯一名の知れた人物であった天使ハニエルの素性も洗っておきたいのですが」
「ハニエルか…懐かしい名前ね。私は苦手だったな」
「というか、堕天使全員そうだと思うのだ。ミカエルやラファエルのような天使の見本みたいな奴だったから、堕ちたメンバーとは合わないのだよ」
「そしてその割には過激な面もあったからね。天界にいるガブリエルやラジエルとかの方が詳しいと思うが、あそことも仲良かったのかは疑問だな」
次々と答えていく堕天使幹部の言葉に、大一は軽く頭を掻く。考えてみれば3大勢力の戦争の際に死んだと思われていた人物なのだ。堕天する前に交流があったとはいえ、その後も長い時間が経っていたのだから、「異界の地」へと消えた辺りの経歴はわからなくても当然であった。
そんな中、シェムハザが何かを思い出すように目を閉じながら言葉を紡ぐ。
「そういえば…大戦中は何度もある悪魔と戦っていた噂は聞きましたね」
「ある悪魔?」
「天界きっての実力者ハニエルが、ある悪魔と何度も戦っていた…あまりの激しい戦いに堕天使軍はその周辺は避けていたそうです」
「あったわね、そんな話。でも戦争の時はけっこうそういうのあったからなー」
「ちなみにその悪魔は誰だったんですか?」
「いや、そこまでは…。かなり昔ですし、私の記憶が正しければ家の名前も出ていなかったんですよね」
シェムハザの言葉には、魚の小骨が引っ掛かるような奇妙な感覚を与えた。昔の悪魔であれば、家柄はかなり重視されていたはずだ。高名な天使とそれほど激闘を繰り広げながら、名が広まっていないのには違和感を抱く。もっとも本当にただの実力ある野良悪魔の可能性もあるのだが。
大一が思考の渦に飛び込んでいる中、今度はバラキエルが特有の厳かな声で疑問を呈する。
「そもそもコカビエルは、ハニエルがあの地にいたことを知っていたのか?あの2人は反りが合わなかったはずだ。それなのに、どうして味方に引き入れられると踏んだのか…」
「バラキエルの言うように、コカビエルがどこまで異界の地に住む存在を把握していたかは疑問だな。それに本当に超越者クラスの実力者がいるのであれば、これまでこちらの世界に攻めてこなかったことや、クリフォトと手を組まなかったことも気になる要素だ」
話せば話すほど疑問が上がっていくこの状況で、ベネムネが不思議そうに対面に座る人物を見る。
「アルマロス、珍しく静かね。なんか変な物でも食べた?」
「うーむ、たしかに会議前に食べた和菓子はちょっと怪しかったが…」
鎧と兜、マントを身に着け、さらには無精ひげと眼帯というすさまじい恰好をした人物が、渋い表情で答える。堕天使幹部アルマロスは、日本特撮ヒーロー番組の悪役に憧れて、このような格好をしている。その見た目でありながらアンチマジックを専門としていたが、性格の方は豪快さと悪役になりきるノリの良さが特徴的であった。しかしこの会議ではここまで声を上げずにタミエルが作った資料を見ていた。
「なにか気になることでも?」
「いやこの『生命』を見つけて研究していた200年前辺りの時代なんだが、アンチマジックの研究でヨーロッパの方に何度か出向いて、コカビエルと一緒に行ったんだ。しかも彼の方から同行を求めてな」
「ヨーロッパ?しかも200年前?あれが聖剣にこだわるようになったのは、ストラーダがきっかけだろう。その時代なら、あいつはまだ聖剣にはのめり込んでいなかったはずだが」
「というか、アンチマジックなら聖剣関係じゃないわよね」
「確か悪魔や天使と戦うためにも、魔術関連については調べておきたいとかだったが…」
アルマロスの言葉に、幹部たちはそれぞれ記憶の糸をたどろうとしていく。コカビエルのような人物がそれだけでは終わらない、長年の信頼が奇妙な形で思考を形成していった。
しかしこれだけの情報では思い当たる節も無く、徐々に会議特有の行き詰まりを感じる空気感が広がっていく。
最終的に挙がった疑問を他勢力にも共有することで、この会議は幕を閉じるのであった。
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より疑問が増えて、なんともすっきりしない会議であったが、異界の地関連は絶対的に優先されるようなものでも無いことも事実であった。現時点で妙な動きをしているハーデスや、リゼヴィム達が連絡を取っていた異世界の存在の方がよっぽど危険なのだ。それを思えば実力があるとはいえ、すぐには仕掛けてこないような相手に多くの時間を割くわけにもいかない。
会議を終えた大一は、家に帰って茶でも飲んで一服したい気分であった。最高峰の堕天使に囲まれて会議というのは、やはり強い緊張感をもたらしていた。
しかし現在の彼の身体は、その想いとは裏腹に、グリゴリにある特訓用のフィールドにあった。広さはかなりの規模であり、グレモリー家の地下フィールドにも負けていない。聞けばトライヘキサからの被害もあり、神器の研究を兼ねたフィールドと統合されていた。
「引き受けてくれたことに感謝する」
「いえ、これくらいは」
バラキエルの深い声に、大一は短く応える。会議後、バラキエルからアザゼル杯の特訓として手合わせの打診を受けたため、このフィールドに来ていた。
もっともただ手合わせするだけとは思っていない。アザゼル杯の特訓でありながら、「雷光」チームのメンバーはおらず、フィールドには2人だけだ。誘ってきた時もどこかプレッシャーを感じるような重い雰囲気と、ごまかしできない不器用さが見受けられた。恋人の父親の並々ならぬ雰囲気に、大一の心には会議の時と別ベクトルで強い緊張が身体に鎮座していた。
「…手合わせについてだが、全力で来てほしい。キミの力を存分に見せてほしい」
「…わかりました」
バラキエルは堕天使のローブを取り去る。複数の黒い翼、鋼のような筋肉、圧倒的な魔力…歴戦の猛者であることを物語っている。同時に大一に向けられる鋭い眼光から、言葉通りのことを求めているのかは察せられた。
大一も手早くローブを脱ぐと右腕を黒影によって形成するが、その一瞬のところでバラキエルが光の槍を撃ち出してきた。
真っすぐに向かってくる槍に、大一は擬似防御魔法陣を生みだして正面から防ぐ。模擬戦とはいえ、よーいドンで始めるものではない。質実剛健なバラキエルがいきなり仕掛けてきたこと自体が、彼の本気を感じさせるものとなっていた。
手早く黒影による錨を2本生成すると、それを持って一気に距離を詰めていく。そのわずかな時間に龍人状態へと変化すると、硬度と重さを上げた錨を振り下ろす。
これに対してバラキエルはひらりと身をひるがえして回避する。さらに光の剣を一振り生みだすと、滑らかな剣捌きで攻めたてていく。
すぐに錨を持ち上げると、向かってくる刃を防いでいく。熟練の動きは、かつて対峙したコカビエルの攻撃を思い出させるようなものであった。後退を余儀なくされる大一に、バラキエルは手を止めずに光の剣を振っていく。
『なら…これだ!』
剣を錨で防いだ一瞬のところで、大一は口から魔力の塊を吐き出す。かつては牽制でも威力が足りないほどであったが、今となっては相手にダメージを与えるにも十分であった。
「甘い」
小さくつぶやいたバラキエルは首をかしげて、魔力を回避する。ほぼ同時に剣を持たない右腕に魔力で雷を纏い、大一の腹部へと拳と共に打ち込んだ。
魔力で硬度を上げたとはいえ、最高峰の堕天使の雷は身を焦がす感覚を走らせる。このまま後ろに飛んで勢いを殺すことも考えたが、壁との距離があまり無いため難しい。
そこで肩から生みだしたシャドウの拳で攻撃するが、バラキエルはこれも見切っているかのように顔をわずかに後ろに下げて避ける。そして光の剣を消すとシャドウの拳をつかみ、一気に後方へと投げ飛ばした。
『うおっ!?』
わずかに雷のダメージで着地にふらつく大一であったが、バラキエルは攻撃の手を休めない。いつの間にか、雷光の矢が何本もバラキエルの周囲に展開されており、彼が腕を向けると、一斉に襲いかかってきた。矢の雨に周辺には戦塵が舞い、周囲を曇らせた。
「どうした、兵藤大一!これで終わりか!」
バラキエルの叫びに呼応するかのように、辺りの戦塵が吹き飛んでいく。彼の視線の先には、背中に黒い腕を複数作り出し阿修羅のような姿で立っていた大一の姿であった。それぞれの腕に黒影で生成した錨を握っており、振り回した勢いで先陣を吹き飛ばしたのだろう。もっとも全身には切り傷がいたるところに刻まれており、受けた雷光の名残として傷から煙が出ていた。
そんな大一の姿を確認したバラキエルは目を細めて、再び雷光の矢を展開していく。合図と共に矢が向かってくるが、魔力を脚部に集中させた大一はジグザグに駆けていき、攻撃を避けていった。
『大一、龍魔状態だ!それならやれるはずだ!』
『その隙があればな』
龍魔状態に変化出来るものなら、すでに行っていた。しかしバラキエルの猛攻は、龍魔状態になる僅かな隙すらも埋めるように狙ってくる。実際、あの戦塵の中でもバラキエルの魔力が緩んでいないことに感知で気づいていた。下手に変化しようと思えば、そこを狙われるのは間違いない。
攻撃を避けつつ、大一は再び接近していく。6本の腕による接近戦は、傍から見れば簡単に捌けるものでは無く、それぞれの攻撃が重さを感じられる。
「その程度…!」
バラキエルは苦々しくつぶやくと、堕天使の翼を硬質化させて繭のように包まることで錨の攻撃を防ぐ。金属がぶつかり合うような音が響く中、間髪を入れずに強烈な雷光のパンチがまたもや大一の身体に命中した。
しかし今度は後ろのスペースも余裕があり、飛んで勢いを殺せると思ったが…。
『これは…!』
「吹き飛ばす!」
雷光はレーザービームのように伸びていき、大一の全身を焼き焦がしながら突き進んでいく。先ほどのように格闘の補助としてではなく、遠距離用の攻撃に切り替えていた。その結果、この雷光によってフィールドの後方の壁へと大一は叩きつけられる形になってしまった。その勢いで砕けた壁の破片が彼に降り注ぎ、再び戦塵がその周囲を覆った。
「なぜ…なぜこの程度なんだ…!」
攻撃を入れたバラキエルは失望したようにつぶやく。己の中にある期待が燃料となって消えていき、代わりに失望という炎が燃えていた。
アザゼル杯の特訓のためというのは、仮初の理由にすぎなかった。バラキエルの本心は、大一を見定めるためであった。
先日、バラキエルは彼の弟である兵藤一誠率いる「燚誠の赤龍帝」チームと戦った。凄まじい激闘であったが、勝利をもぎ取ったのは一誠達だ。その試合でバラキエルは一誠と一騎打ちもしており、その強さを目の当たりにした。
(彼は強かった…!)
拳の重さ、神器で発動した紅いオーラ、身に受けた攻撃全てが一誠の真っすぐな思いを体現した凄まじさであった。その強さを目の当たりにし、トライヘキサとの戦いに身を投じたアザゼルが感じたであろう彼への期待も理解できる。多くの者が彼に魅了され慕うことも、奇跡を起こすような不思議な温かさも…。
(だが兄であるキミはどうだ…)
それを実感するほどに、今度は兄である大一への不安が高まっていった。彼も決して弱くなかったが、正直に言うと安心できるほど絶対的に感じられなかった。傷だらけの見た目が、それを証明するように補強している。
当然、彼への不満は娘への心配に直結した。大一が朱乃を愛していることはよく知っている。そのために懸命に行動したことも、共に戦ってきたこともだ。理解していながらも心配がべったりと張りついてしまうのだ。
朱乃には辛い想いをさせてきた、その自負ゆえに彼女には幸せになって欲しいと心から願っているのは、父親として至極当然のことであった。
(キミが朱乃に…)
決定的であったのは、昨日の試合であった。逆プロポーズを受けた一誠は、それをしっかりと受け止めた。あれだけの男であれば、ハーレムを築いても彼女たちを愛せるだろう。そんな信頼が戦ったバラキエルの中にはあった。
大一も何人かの女性から好意を持たれていることは知っている。弟のように全員を愛せることは出来るのだろうか。朱乃の幸せを永遠に約束できるだろうか。彼女を悲しませないと保証できるだろうか。
「キミが朱乃に相応しいと…私は認めない」
本心が口から漏れ出る。自分を超えられないような実力、生真面目でありながらも頼りない脆弱な精神、王道とはかけ離れた不甲斐なさ…あらゆる面が認めることを納得させなかった。それこそかつて妻である朱璃を守れなかった時の自分のように…。
出来ることなら朱乃が惚れた男を認めたい。そんな想いもあったからこそ、今回は全力で手合わせすることで彼を見定めるつもりだった。アザゼル杯にも出場していない以上、こういった方法でしか彼を知ることができなかった。今となっては大会にチャレンジしないことも腑に落ちない。出場しない理由は知っているが、それも見通しの甘さを感じられた。
「どれだけ朱乃がキミを認めようとも、キミが朱乃を愛そうとも、それに足り得るほどの強さをキミは持っていない。肉体的にも、精神的にも、赤龍帝である弟のような強さを。朱乃には幸せになって欲しい…私と一緒にいる以上の幸せをだ!この程度で足踏みしているようなキミでは、その幸せを保証できるとは到底思えないんだ!」
バラキエルは雷光の槍を生みだし、力強く握りしめる。彼が壁にたたきつけられて戦塵に覆われた大一に向ける眼には、やりきれない切なさがにじんでいた。
間もなく戦塵が晴れると、そこには大一が立っていた。龍人状態は解除されていないが、いまだに身体には帯電しており、光の影響もあってか苦しそうに呼吸をしている。至るところからの出血と埃にまみれた顔は、ここ最近の彼の異名を表すかのような状態であった。
それでも視線を逸らさない大一から、神器による甲高い声が発せられた。
『わかっていないな、バラキエル』
多分、バラキエルは原作よりも心配していると思います。