原作ではかなりスラッシュドッグも関わっていましたね。
翌日、大一は大学構内でノートにペンを走らせていた。天気が良く、風も無いため、外に置かれてあるテーブルを使って、講義の課題についてまとめていた。
しかしこの課題にどこまで向き合えているかは甚だ疑問であった。彼の頭の中では前日に気になった2つのことが、彼から勉学への集中力を削いでいた。
1点目はやはり小猫と黒歌のことであった。キッチンにいた2人は両親のことについて短く静かに話していたことを、一誠から聞いていた。昨日の後悔は間違っていなかったと思うのと同時に、彼女たちの心労をどうすれば軽減できるのかに考えを馳せていた。そもそも試合が近くて、2人とも気を張り詰めている状態なのは想像に難くない。昨日のプール開きでの様子にしろ、その後の会話にしろ、彼女たちには禍根を残すような戦いはしてほしくない。仲間として何が出来るかを考えるが…。
(いや、俺はそこまで出来た人間じゃない)
心の中で自嘲的に大一は呟く。一誠のように仲間への優しさからではなく、所詮は自分が見たくないから考えているにすぎない。そんな自己満足のお節介でも、あの姉妹のために出来ることはしたかった。自分に好意を寄せてくれたあの2人には…。
そして2点目は、チームメンバーについてであった。大一はアザゼル杯に参加していないため、すぐに考える必要は無いことだ。しかしリアスがストラーダをチームに加入させたことが、彼に強い衝撃を与えていた。さらに先日、一誠にはレーティングゲーム2位であったロイガン・ベルフェゴールがチーム入りを打診していたことも耳にしていた。彼女の眷属を臣下にすることも併せてだ。
(あの人の意見は正しかったんだろうな)
大一の脳裏に浮かんだのは、リュディガー・ローゼンクロイツからの助言であった。彼の目指すチームは、アザゼル杯に出場しているチームに勝てるようなメンバーであった。少なくともその実感を持てるような実力と信頼を兼ね備えたメンバーだ。リュディガーの言うように大会に出場すれば、知名度も上がって将来のメンバー候補となるような人物を探せただろうか。ユーグリットがからかうように立候補していたことまでもが、頭をかすめていた。
この2つの現実が、大一の頭を悩ませていた。いずれも彼にとっては重大な問題であり、引きずりやすい彼の性格には難題でもあった。相棒のシャドウも的確なアドバイスで彼の後押しもできず、どちらが大一を悩ませているかを気にするような始末だ。
「おい、大一!大一!」
「うーん…ん?なにかあったか?」
「お前な、そんなボケっとしていたら何もなくても声くらいかけるわ」
「勉強して会話に混ざっていないと思ったら、いつの間にかペンが止まっているんだものな」
同じテーブルを囲む大沢と飯高が呆れたように答える。同学年であり、以前は大一に突かかっていた彼らは、この場にいないものも含めてそこそこの友情関係を築けていた。少なくとも、彼らの中で大きく姿が変容した大一に驚きこそすれど、敬遠する者はいなかった。
大沢は大一が開いていた参考書「西洋の民俗学」を手に取り、怪訝そうに視線を向ける。
「別にお前がなんの科目を取るかは勝手だけどよ、グレモリーさんたちと同居していながら外国の文化や考え方を学ぶ必要あるのか?」
「いろいろな考え方を知りたいんだよ。そうすれば視野も広がって…あー…役立つかもしれないだろ?」
少し迷いながら大一は言葉を完結させる。大学では様々な国の文化関連を中心に講義を取っていた。友人からは学者や海外の仕事を目指しているのかと思われているが、実際のところは悪魔として生きていくにあたって、他種族の考え方を少しでも理解する助けになるように、まずは日本人として外国について学ぼうとしていた。もっともどこまで通用するかはわからないが。
「ぼんやりするくらいなら、お前もちょっとは同好会について考えてくれよ」
「大沢、その件は諦めようぜ。正直、オカルト研究部みたいなの作ろうとしたって、グレモリーさんたちとは熱量が違うんだからよ」
ぐっと言い張る大沢に、ため息交じりで飯高が反論する。彼らが考えていた…実際は大沢がほとんどであったが、同好会とはちょっとしたオカルト文化を調べるものであった。高校時代の一件を引きずっているのがわかりやすく、いまいち熱量が持ちきれずに結局は人数も集めきれずに申請を断念してしまった。
一方でリアスは「日本文化研究会」なるものを立ち上げており、彼女の日本への愛が全面的に活かされていた。
「だいたい、お前って陸上部の応援にも行っているんだろ?時間も無いじゃないか」
「うっ…それもそうだが…。でもよ、俺だってモテたいんだよ!大一も飯高もどうして彼女いるのに、どうして俺だけ!」
「いやー、なんというか面目ないな」
言葉とは裏腹なニヤニヤを隠しきれずに飯高は答える。駒王学園の文化祭で見事なたこ焼きを売りつくした彼であったが、その際に連絡交換した他校の女子との関係性は上手くいっているらしく、高校卒業前には付き合うこととなっていた。
彼のひょろっとした細い顔は満足そうな笑みに溢れていおり、大沢は憎々しげに宣言する。
「お前ら、合コンがあっても誘わねえからな!」
「むしろお前は行きすぎじゃないか?何度も行って、妙に人脈が広いまであるって聞いたぞ」
「本当にそういう行動力は見習いたい…。そうだ、ちょうど彼女の話題が出たところで聞きたいことがあるんだ。先生、質問いいですか!」
「誰が先生だよ…」
気おされた大一の突っ込みは無視され、飯高は熱量を保ったまま言葉を続ける。ただし雰囲気は一転して、どこか恥ずかしそうで遠慮がちに感じられた。
「いやー…まあ、なんというか…彼女と初めてを迎えるにはどうすればいいだろうかと…」
「俺に聞くなよ、そんなこと!」
「むしろお前以外に誰に聞けというんだ!あのエロい弟の兄で、女の子に囲まれている生活をして、めちゃくちゃ美人な彼女がいるお前だぞ!それ以外に選択肢があるか!」
「そうだそうだ!俺だって気になるぞ!ぶっちゃけ、姫島さんとどこまで行ったのか教えろ!」
2人とも心の中の情熱をそのまま出したかのように強く問い詰めていく。これには大一も反応に困り、言葉少なく応える。
「どこまでって変わらずだぞ…」
「ウソ言うな!あれほど美人かつエロい身体を、好き勝手できる立場なのに手を出してないはずがない!むしろ卒業して18歳超えたんだから、メンタル的なハードルも低くなっているはず!その手のことくらいしているだろ!」
「大一、頼むよ。俺もそろそろ彼女と一線超えたいんだ…なにかアドバイスを…」
「俺は純粋に気になるね!きっと姫島さんのことだから、あのおしとやかな雰囲気で甘えさせてくれるんだろうな…」
切実な雰囲気で頼み込む飯高とは対照的に、大沢は想像したのか夢見心地な顔になる。正直、大一としては「甘えさせてくれる」という単語には懐疑的であった。最近ではもっぱら彼女の方から甘えてくることが多かった。リアスのチームとヴァ―リのチームの試合が近いせいで緊張があるのか、それとも先日の宣言通りいよいよ我慢しなくなったのか、何かに理由をつけては身体的なボディタッチを求めてきた。
そんな彼女を知っているゆえに、友人の想像には変な笑いもこみ上げてくる。誤魔化すように咳ばらいをすると、理性を保つように穏やかに話を再開した。
「とにかくお前らに説明するようなことはない。だいたい俺は友人相手でもプライベートを切り売りするつもりもないからな」
「カーッ!その余裕な感じが腹立つぜ!俺らはいいけどよ、そのうち大学の先輩には目をつけられるかもしれないぞ。姫島さんたちの人気を甘く見てはいけないぜ」
「高校のころから思ったことは無いが、胸にとどめておくよ」
「やっぱり家…いやホテルやカラオケボックスも聞くし…でも勘繰られるかな…」
指摘する大沢の横で、飯高はぶつぶつとすっかり悩みこむ。なかなか奇妙な友人関係であったが、大一としては戦いの喧騒とは無縁でいられる大切な縁でもあった。
いよいよ安心感でふっと笑いがこぼれそうになるが、間もなく彼の携帯電話に入ったメールがそれを許さなかった。内容は、小猫が死神に襲われたというものであった。
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その日の夜、兵藤家のVIPルームにいつものメンバーは集合し、そこで事の顛末について聞いていた。生徒会の雑務であるゴミ拾いがあり、百鬼とミラーカ(エルメンヒルデの親友で百鬼とは将来の結婚も決まっている)の応援に同学年や眷属つながりで小猫やギャスパー、ベンニーアが出向いていた。その際にいきなり死神の一団が現れて、二手に分かれて巻こうとしたが、敵のほとんどが小猫に向かっていった。最終的にはベンニーアから応援を受けた一誠たちがたどり着くと、相手は撤退していったが、この事実に皆が驚きと疑問を感じていた。そもそも駒王町自体がテロ事件のせいで、結界などが強固になっている中、それをすり抜けて襲撃して来たのだ。かなりのリスクもあるはずだが、死神にとってそれほど小猫を狙うことが重要なのだろうか。
リアスはこのきな臭い事件について言葉をつむぐ。
「…死神の突然の襲撃は、サイラオーグたちが対応している事件も関係あったりするのかしらね」
現在、バアル領では出自不明の悪魔がたびたび暴れている話が上がっていた。サイラオーグがその鎮圧にあたっており、リアスの方にも注意を促していた。
一方で、転生天使にも教会内に不審者が出没しており、対応命令が下されていた。これら全ての事象が関係しているかは不明だが、何者かによる不穏な画策が予想される状況であった。
皆が渋い表情になっていく中、朱乃のもとに連絡用魔法陣が展開される。手早くメモを取ると、リアスに渡しながら話しかける。
「『刃狗』、鳶雄兄さ…幾瀬さんから、伝えたい情報があるようです。指定の場所を教えていただいたのですが…誰かこの住所をご存じでしょうか?」
彼女の親戚にあたる幾瀬から受けた情報の書かれたメモを皆が覗き込む。駒王町からはいくらか離れた場所であるが、大一には覚えがなかった。リアスや一誠も同じであり、何人かが首を横に振っていく中、ロスヴァイセがハッとしたように話す。
「…そのバー、オーディン様の付き添いで行った記憶があります。アザゼル先生に連れて行ってもらったのですが…多分、わかります」
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幾瀬の元には翌日の夜に一部のメンバー(一誠、リアス、レイヴェル、ロスヴァイセ)で行くことになり、この日はお開きとなった。自室へと戻った大一は、険しい顔で机の中を漁っていた。そんな彼の肩からはシャドウが眼をぎょろつかせながら、自分の意見を声高に述べていた。
『死神が猫又を襲うというのは、どうにも腑に落ちないね。神話体系でも関わり無いだろうに。仙術をコントロールするのであれば、他に狙われる妖怪も多いから狙いがよくわからないね。ならば家柄とか、そっち方面かもしれない。この出来事がもっと早く起きていれば、冥府に行った時にハーデスを問い詰められたかもしれないな』
「過ぎたことを言っても仕方ない。そもそもはぐらかされるだろうな。まずは出来ることをやろう」
小さい紙きれを見つけた大一は手近な筆ペンを掴んで、別のメモ帳でインクの切れが無いかを確かめながら答える。
小猫が狙われたことは、疑問と不安の両方を掻き立てた。他にグレモリー眷属がいる中で彼女を狙ったことは、立場的なことではなく種族や家系関連が予想される。そうなれば小猫と黒歌が今後も狙われることは容易に想像できた。
しかし彼女たちの家柄については、大一が知る由もない。本人たちがほとんど覚えていないような両親のことを根掘り葉掘り聞いても答えは出ないだろうし、襲われたことで緊張が高まっている状況で問いただすような不躾な言動を取るわけにもいかない。
ならば、知り合いで少しでも妖怪に詳しい相手に聞くことが最良だろう。そのように考えた大一は、京都に住む零や紅葉宛てに連絡の準備をした。間もなく妖怪関連で相談したい要件がある旨を紙に書くと、魔法を使って指先から小さな火を灯してその紙を燃やした。紙はあっという間に燃え尽きて、白い煙となって消えていった。
その後、今度は連絡用魔法陣が記された別の紙に魔力を込めていく。しかし応答は無かったため、仕方ないというように頷いてその紙を片づけた。
『返事来るかねぇ?』
「すぐには難しいかもな。それでもメッセージは残したから気づいてくれるだろう」
淡々と答えた大一はぐっと体を伸ばす。絡み合った思考が身体まで強張らせている気がした。
すると自室の扉が動く音と誰かが入ってきた気配がする。彼の部屋にノックもしないで入ってくる人物など、ここ最近では朱乃くらいしかいなかったため、彼女だと思っていたが…。
「…先輩、やること終わりましたか?」
「うおっ!どうした、小猫?」
「…そんなに驚かれるのは不服です」
不服を示すように目を細めながら、小猫は答える。彼女との付き合いも長いおかげで、不満を訴えていることはすぐにわかった。
「いや悪かった。いきなり部屋に入ってきたから驚いただけで…」
「朱乃さんの時もそんな感じなんですか?」
「あの人はもう当たり前になっているというか、それ以外のところで驚かされるな」
「…そうですか」
表情を変えずに彼女は大一のベッドに腰をかける。明らかにこの部屋に居座ろうとしている彼女に、大一はそのまま話を続ける。
「そうだ、小猫。怪我は無かったか?」
「…今さらですか。あれば、イッセー先輩たちが来てくれた際に言ってます」
「そう言って、無理していることもあるんだから心配するよ。いや何もないならそれでいいんだが」
「私は…大丈夫です」
小猫は一瞬出そうになった言葉を飲み込むように答えた。それには大一も気づいたが、先ほどの襲撃のおかげで不安になるのも当然だと思い追及はしなかった。
わずかに沈黙が流れるが、間もなく小猫が小さく深呼吸をすると、奮い起こすように訴えた。
「先輩、やっぱりちょっと心配です。どうして死神が私を狙ったのかとか、姉様のこととか…」
「いろいろあって受け止めきれない感じか?」
「そう…なんだと思います。だから…えっと…あ、試合前に特訓に付き合ってくれませんか。しっかりと仕上げて姉様との勝負に備えたいんです」
「…わかった」
大一は後輩の視線を受け止めながら静かに答える。彼女にとってそれは本音だろう。しかし全てではなかった。
決めることと揺れ動くことを繰り返す後輩を目の当たりにするほどに、彼女の力になることを改めて決意するのであった。
おそらく原作とは小猫の反応や心境がちょっと違うと思います。