ルシファー領土にいくつもあるビルのひとつ、そこには地下バトルフィールドがあった。規模はそれなりに大きいが、グレモリー城に備え付けられているものと比べるとやや小さい。以前はこのフィールドで、ルシファー眷属たちがお互いの実力を磨きあっていたが、今では使う人はめっきり減っていた。だからといって人がいないわけじゃない。この日は、2人の悪魔が模擬戦を行っていた。
『なんて数だ…!』
苦々しく呟きながら、龍人状態の大一はあらゆる方向から迫ってくる光弾を防いでいく。ただの魔力の塊ではあるが、ひとつひとつの密度は高く、それだけで相手の技量が窺えた。おまけに光弾が向かってくる速度も様々で感知も油断ならない。
上げた硬度と体重は維持しつつ、背中から生やした黒影の腕も含めた計6本にそれぞれ錨を持ち防いでいく。もう少し攻撃の規模が大きければ魔法陣でも防げたが、このサイズでは隙間を縫ってくるため、錨でちまちまと叩き落とすことしか出来なかった。
『よくもまあ、この数をここまで緻密にコントロールできるものだ。しかもずっと動き続けている。スタミナも尋常じゃないね』
『さすがに手厳しい』
戦塵によって周囲の視界が遮られていく中、間もなく背後から高速で迫っていく姿があった。感知で気づいていた大一は光弾を防ぎつつ振り返る。戦塵を突っ切ってきた相手は自身の手刀に魔力を集中させて鋭い剣のように形作り、彼の首元を狙っていた。すぐに察した大一は硬質化した錨の柄で刃を受け止める。たがいの得物がぶつかって金属音のような音が響いたところで、お互いに相手の顔をはっきり見る形となった。
「…この辺にしておきましょうか」
間もなく息を軽くふいて、ボディスーツ姿のグレイフィアは魔力を解除するのであった。
現在は一誠のチームで「女王」の「ビナー・レスザン」として活動しているグレイフィアは、大一と模擬戦をしていた。この日はグレモリー城の地下フィールドで一誠のチームとリアスのチーム合同で特訓をしていたが、彼女だけは別に行っていた。理由は聞いていないが、気まずさがあるのは想像に難くない。もっともグレイフィアはリアスに対して「一誠を魔王にする」と宣言しており、その後も顔は合わせているので今さらな気もするが。
「個人的にはさっさと別の『女王』を見つけてもらいたいですがね」
「私が弟のチームにいるのは不満ですか?」
「いえ、あなたが本気で一誠を魔王にしたいのは知っています。ただ支援するにしても、大会の『女王』ポジションである必要はないと思います。実質的な副官の立場ですから、正式な相手を見つけた方がいいでしょう」
続けようとした「あなたはサーゼクス様の『女王』なのですから」という言葉をぐっと飲みこんで、大一は再びスポーツドリンクを飲む。グレイフィアが一誠のチームに行くと聞いたとき、彼はその理由を深くは聞かなかった。ただ彼女は弟に並々ならぬ期待を寄せている。これまでの一誠の偉業を踏まえれば当然と思う反面、あそこまで入れ込むには理由もあると思っていた。ただ彼女はあくまでサーゼクスの夫で、ルシファー眷属の「女王」だ。今後もそこが大きく変化するとは思えない。ならば一誠は正式な眷属を早々に見つけた方が、今後の眷属体制にも活かせるのではないだろうか。そんな考えを大一は抱いていた。本音を言えば、グレイフィアにはサーゼクスが去り際に伝えたように、ミリキャスに集中してほしいというのもあったのだが。
グレイフィアは軽く咳払いすると、横目でちらりと視線を送る。
「それがロスヴァイセさんに弟のチームに行くようにお願いした人の言葉ですか」
「いや、それはえっと…」
「私なりに考えた上での行動ですし、それで他のことを疎かにするつもりはありませんよ。あなたの方こそ、無理はしないように」
くぎを刺すようなグレイフィアの指摘に、大一は困ったように頬を掻く。彼が冥界の裏方で粉骨砕身していることは知っている。彼女としてはいい加減に解放されていいと考えており、何度か会うたびにその旨を伝えていた。
「しかしこっちに残ったルシファー眷属として、責務は果たしたいのです」
「その気持ちはよくわかっていますよ。しかしサーゼクスの別れ際の言葉も守りなさい。これは同じ眷属としてのアドバイスです」
「わ、わかりました…」
もはやルシファー眷属としての定めなのか、彼もグレイフィアには逆らうことは出来なかった。いつぞや他のルシファー眷属が家に訪ねてきた際に、彼女に説教されていたことを思いだす。
「しかし状況が状況ですから…」
「例の正体不明の悪魔については警戒に越したことはありませんが…」
眉間にしわを寄せてグレイフィアは答える。先日、一誠たちが幾瀬から聞いた情報によると、多発している不審者について全て悪魔であることが判明した。それらは純血であり、旧ルシファーなどの古い悪魔たちと同じ魔力や肉体情報を有していたが、全員が出生歴なども不明な存在であった。これらの者たちの近くで死神が発見されたケースは多く、各勢力は冥府の関与を睨んでいた。ただし死神の中にはわざとらしく痕跡も残している場合もあり、それがこの問題を不可解にさせていた。
いずれにせよ、死神たちが小猫を狙った理由は明らかにならなかったが、リアスたちは小猫の過去を調べることが問題の解決に繋がると考えている。そこで鏡で映した関係者をさらに映し出せる雲外鏡という妖怪に協力を取り付けようとしていた。すでにそのあたりのパイプが強いソーナたちが動いている。
「ただ雲外鏡の一族はテロで当主が亡くなったため、後継者に協力をすぐに取り付けるのは難しいようですが…」
「まずは彼女の過去を洗うところからですか。私やサーゼクスも彼女を保護したものの経緯までは知らないので、あまり力になれないのが口惜しいです」
「…俺としては過去に重きは置いてませんよ」
大一はぼそりと呟く。小猫や黒歌の過去が壮絶なものであることは想像に難くない。それで彼女たちが苦い思いもあっただろうし、今回の事件にも繋がっているだろう。
だがそれだけではいけない。彼女の未来のために、どのように向き合っていくかが重要であった。もっとも朱乃とバラキエルの時は、まるで上手くいってなかったが。
「小猫や黒歌のためにも…出来る限りのことはしたいです」
「気負いすぎですよ。無茶をしてはどうにもなりません」
グレイフィアの鋭い指摘に、大一は申し訳なさそうに頭を掻く。ついさっきのアドバイスがまるで身に染みていない言動なのは間違いなかった。
しかし彼女は間もなく首を横に振りながら軽くため息をつく。
「…いや私がどうこう言える資格がないのはわかっていますよ。ユーグリットのことまで任せているような状況ですし」
「彼から打診を受けなければ行きませんので大丈夫ですよ」
「それが任せているように思うのです。どうも最近、あの子はあなたに連絡を入れることも増えているし、どういうつもりなんだか…」
グレイフィアは腕を組むと、考え込むように指で腕をトントンと叩く。弟が普通の生活を許されるようになってから、見張りと尋問の名目も兼ねて彼女は定期的に足を運んでいた。その際に、ユーグリットが大一を何度も呼んでいることを知った。
「そこまで入れ込む必要は無いですよ。あなたにはあなたの選択があるのですから」
「ありがとうございます、グレイフィアさん。でもこれは俺が勝手にやっていることですから」
「以前、私がお願いしたことを意識しているなら」
「それだけじゃありませんよ。俺はあいつとの戦いの中で誓ったんです。俺のやり方であいつを救い、少しでも悲しみを減らすことを」
「救う…ですか」
それはかつて自分が身動きが取れないときに、愛する夫の手紙を携えてきた彼に放った言葉であった。やはり彼は元来の責任感ゆえに縛られているのだろうか。
渋い表情で考え込むグレイフィアに対して、大一はぐっと身体を伸ばすと落ち着いた声で話しかける。
「どうします?模擬戦、もう少しやりましょうか?」
「…ええ、お願いします。私も仕上げておかなければならないので」
淡々と会話を交わす2人は再びフィールドへと向かっていく。まるで動じていない大一を見て、彼女は弟と会う必要性を強く感じるのであった。
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一方、一誠のチームとリアスのチームで特訓していたグレモリー城の地下フィールドでは事件が起こっていた。突如、大鎌を携えた死神の軍勢が現れたのだ。相手の狙いはやはり小猫であり、向かってきた死神を一誠たちは迎え撃つ。
怒り心頭で紅いオーラを纏いながら、リアスはリーダー格の死神を睨みつける。
「理由は…話してくれないのでしょうね?だからこそ、消滅する前にひとつだけ訊くわ。これはハーデスの思惑かしら?」
《それにだけは答えるように言われている。答えは否、これは最上級死神たるタナトス様の命令だ。ハーデス様の勅令ではない》
意外な人物の名前が出たことに一行は驚きと困惑の入り混じった表情になる。タナトスといえば、最古参かつ最高峰の実力を持つ死神だ。この一件について大元が彼であることに疑問を持ちつつも、それを考える暇もなく死神たちが小猫を狙って襲ってきた。相手の狙いが分かり切っている以上、小猫を囲むように陣形を組めば対処はしやすい。しかし数の多さと相当なスピード、加えて相手の魂を傷つける特殊な鎌の存在は厄介で油断ならない相手であることも事実であった。
《ええいっ!猫だッ!猫を狙えッ!》
大声でリーダー格の死神が指示を飛ばすが、一誠たちを崩せずに死神たちは苦戦を強いられていく。
さらに間もなくなにかを断ち切る音と同時に、リーダー格の死神が真っ二つに切り伏せられる事態が起こった。彼の背後には聖なる力が宿った長剣を担ぐヴァスコ・ストラーダが立っていた。
「ほう、これはこれは…」
たくさんのしわを刻んだ顔にまったく臆さない不敵な笑みを浮かべながら、ストラーダはこの状況を見渡していく。
これだけでも死神が怯むには充分だったのに、今度は一部の死神が巨大な腕で薙ぎ払われていったり、魔力で身体を真っ二つにされたり、地面に押しつぶされるように叩きつけられたりしていった。
「…なんだ、今日は死神を倒すのが練習だったのか?」
「そんなわけないでしょう。まったく、この城に侵入して襲撃とは許すわけにいきません」
『帰ってきて早々こんな状況とは…死神も動きが速い』
練習に遅れてやってきたクロウ・クルワッハと、戻ってきたグレイフィア、大一が死神の集団をなぎ倒していた。
リーダー格を失った上に、さらなる援軍の登場に死神たちは天井に展開した穴へと一斉に退却していく。ゼノヴィアとイリナが追撃をしようとするが、それをリアスが制止した。
「小猫を狙う相手は完全に分かったわ。これは大きいでしょうね。あとは理由を探るだけよ。ベンニーア」
ここ最近の死神たちの活発的な動きから一緒に行動していたベンニーアに、リアスは呼びかける。
「あなたのパイプ、使えるかしら?ソーナから一度なら冥府に繋げられる回線があると聞いたから」
《わかりやしたぜ。さすがに今回の一件はあっしも我慢の限界でさ。あまり多くは使いやせんが、いざというとき用の回線を開きますぜ》
こうして一行はベンニーアによって冥府に直接連絡を取ることとなった。
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冥界のグレモリー領で事件が起こる少し前、とある国の森林地帯には一種の結界が張られていた。都市部からは離れており、よほど大きな音があっても気づくことはありえないが、結界を張った人物は念を押していた。
その人物の目の前には黒いローブを纏った死神が力なくうなだれている。四肢を大きな針で近くの木に磔にされており、完全に意識を途切れさせていた。
「情報としてはこんなものね」
アリッサは汗もかいていないはずの額を拭う素振りをすると、手早く魔法陣を展開させて死神を消滅させる。
その後、何事も無かったように歩いていき、大量の木が倒れて開かれた場所まで移動した。
「そこそこ聞けたわよ。そっちは?」
「足りねえな。弱くはねえが、満足するには程遠い」
抑揚のない声でベルディムは答える。周辺一帯には胸を撃ち抜かれたり、身体を斬られたりして絶命した死神が50人以上は倒れており、彼はそのうちのひとつに座りながら酒瓶の中身を飲んでいた。
「この程度じゃ、勝利の美酒にもならねえ。もっとも安酒だからたかが知れているが。それで情報は?」
「結論から言えば、ハーデスとは別の思惑で動いている輩がいるわ。冥府の最高幹部のタナトスね。彼らはとある猫又を追っているらしいわ」
「なんだ?そいつらは強いのか?」
「あなたって基準が実力でしか考えられないの?いやそんなことはどうでもいいわ。とにかくその猫又がある研究の成果みたいなの。ハーデスはそれを欲しがっているみたいだけど、タナトスはその前に潰したがっているみたい」
「ハッハー、冥府のボスが実質的に裏切られているわけだ」
ベルディムはわざとらしい笑い声を上げながら、再び酒瓶を傾ける。まったく面白くないのは声の調子で明らかだった。もっとも勢力の裏切りが別に面白いことでもないのは、アリッサとしても同じ考えであった。それで自分たちに利益が出るとは思えない。
「それで実験の内容や猫又の素性はわかったのか?」
「まあね。そもそも猫又の方は私も知っていたし」
「あん?いろいろ外道な実験やっていた時に見つけたのか?」
「あなたに道がどうとか言われたくないわ。そうじゃなくて、例のテロ対策チームよ。あそこのグレモリー家の眷属と白龍皇の眷属にいる姉妹がそうなのよ」
ベルディムの目がギラリとした光を放ったように、アリッサは見えた。これほど欲望が分かりやすい悪魔もなかなかいないと思いつつ、彼女はさらに言葉を続けていく。
「あとはハーデスの研究の内容だけど、超越者関連のことみたい。後天的にそういう存在を作ろうとしているようね」
「ほほう…それは興味深いな」
薄い唇についた酒を舐めながら、ベルディムが答える。強者を求める渇望がドクンドクンと流れ出ている。だてに異界の地でも戦闘狂で名の通っている人物だけではある。それゆえの頼もしさはあるが、同時に呆れる思いもあった。
「さてこの後はどうする?冥府の奴らに吹っ掛けるか?」
「わざわざやる理由は無いわよ。ただあいつらがクリフォトと繋がっていたのであれば、いずれ私たちのことも狙うかもしれない。下手したらその研究だって持っているでしょうし。まあ、三大同盟だって似たようなものでしょうけど」
「やはり来る前に潰すか」
「だからやらないわよ!研究がどこまでいっているかの把握、それと他の勢力の動向も確認ね。文句はなし!」
再び口を開きかけたベルディムに、アリッサは力強く指をさして黙らせようとする。しかし彼はお構いなしといった様子で言葉を紡いだ。
「いやまずは飯が食いてえな」
「…じゃあ、行動はそれからで」
冥府は冥府でガタガタな印象です。