死神の襲撃から数日が経過したころ、一誠、リアス、朱乃、レイヴェルの4人はソーナと椿姫に案内された東北地方の山奥へと向かっていた。小猫の過去を知るために、雲外鏡を尋ねに行ったところだ。
一方で大一は真逆の関西方面へと足を伸ばし、返事のあった零のもとへと来ていた。
「つまり小猫殿が狙われているのは、タナトスの差し金ということですか」
「そうだな。どうもオルクスさんの言い方ではハーデスとは違う思惑があるらしい」
紅葉の言葉に、大一は頭を掻きながら答える。死神の襲撃後、家に戻った一行はベンニーアの協力を経て、彼女の父親で最上級死神のひとりオルクスに連絡を取った。冥府屈指の特別な死神であったが、穏健派である上に「ベンニーアたん」と呼ぶほど娘に対しては好感を持っていたこともあり、ハーデスとタナトスはそれぞれの目的で動いているという情報を得られた。どうも冥府も一枚岩ではないらしい。
「それで小猫殿や黒歌殿は大丈夫なのですか?襲撃があったら…」
「襲撃の対策に結界をさらに強固なものにしたし、冥界政府もこの事実を重く受け止めている。父さんや母さんが連れ去らわれないように、ロイガン・ベルフェゴールさんの眷属が護衛についてくれているしな。黒歌は…あいつ1回だけ帰ってきて以来、会っていないんだよな。どこかで身を隠しているのかもしれない」
「私たちからすればどうでもいい話だがな」
零は串団子をほおばりながら、剃刀のように鋭い声でつぶやく。不機嫌を隠さない主の様子に、紅葉は両手を上げて鎮めるようなジェスチャーと同時に言葉をかける。
「まあまあ零様。妖怪全体の問題になる可能性もあるのですから…」
「私からすればその可能性は低いと思える。仙術を使う妖怪などざらにいるのに、わざわざ危険を冒してまで猫又姉妹を狙うならば、今回の事件は彼女たちに絞ったものだろう。悪魔との関係も深いなら尚更だ」
大一がここに来てから零はずっと不機嫌であった。これまで何度か彼女と会ってきたため、その理由は容易に想像つく。大一は深々と頭を下げて、ハッキリと言葉を紡いだ。
「お時間を割いていただき本当にありがとうございます」
「それはここに来てからも聞いた」
「何度だってお礼はするつもりです。旧友の繋がりがあるとはいえ、三大同盟嫌いなあなたがこれほど協力してくださるのですから」
「自覚あるのが質悪い…。まったく参曲(まがり)もどうして悪魔にここまで協力できるのか…」
零の口から出てきた参曲という人物は猫妖怪の長老であり、定期的に小猫や黒歌を鍛えている妖怪であった。雲外鏡への協力を求めるにあたり、彼も一緒に説得に向かっていた。
扉を開けて入ってきたお歯黒べったりの菜種からお茶のお代わりを貰いつつ、零はだるそうに呟く。
「今の雲外鏡は規律を重んじるが、まだ若いという噂だ。参曲に説得されれば、どうせ協力するだろうよ」
「その言い方じゃ協力して欲しくないと言っているようなものですよ」
「菜種、私は三大同盟に権力が集中している現状が気に食わないだけだ。だいたい雲外鏡に頼らずとも、冥界政府に聞けばいくらでも出てきそうな情報だと思うがね」
「ナベリウスの本家の意向を無視してまで熱心かつ秘密裏に研究していたようです。しかもすでに誰かに接吸されて足跡もほとんど残っていませんでした」
「大一よ、それほど特異な研究を利己的な悪魔が本気で見過ごしていると思っているのか。少しでも甘い汁を吸おうと、噛んでいた連中はいただろうよ。お前、もう少し賢いと思っていたがね」
嫌味な言い方であったが、大一は怒りを感じなかった。零の言葉がきついことは今に始まったことでは無いし、曲がりなりにも相談に乗ってくれているのだから。もっともシャドウの方は頭の中で小さく舌打ちしていたが。
「察しが悪い男は女にも好かれんぞ。百鬼の坊主も取り引き込みとはいえ、吸血鬼との結婚など…。いや姫島の娘どもも節操を学ぶべきか…」
「ぬおっ!?零様が女性を語っている…!」
「私は女だ!」
驚く紅葉に、零は声を荒げる。憤慨したように湯飲みを傾けるが、近くにいた菜種は口角をピクピクとけいれんさせていたし、部屋の隅にある火鉢はゴトゴトと音を立てている。他の妖怪たちにとっても、屋敷の主の発言に内心笑いそうになっているのが明らかであった。
零は軽く咳払いをすると、再び大一へと視線を向ける。
「とにかく聞けば教えてもらえる、力を貸してもらえる、そういう態度は感心しない。ちょっとは自分から向き合うことや信頼を得る努力をするべきだろう」
「心得ています」
「口だけならいくらでも言える。そうだな…例えば、お前は紅葉がどうして神器を持っているのか不思議に思ったことは無いか?」
いきなり振られたことで紅葉は驚いた猫のように身体をびくりとさせ、大一の方は眉を上げて彼の方を見る。考えてみれば、神器は人間に宿る力だ。妖怪である彼が最初から持っているはずはない。そうなればどこからか受け継いだか、奪ったかが考えられるが…。
ここで小手先のごまかしなど無意味だと理解していたため、大一は静かに首を横に振る。
「わかりません。聞いたこともありませんでした」
「そうか。…紅葉、話すのはお前からすればいい。もちろん言いたくなければ、話す必要もない」
「いや別に隠すことではありませんし…昔、独り身の爺様にお豆腐を毎日届けていただけですよ。一つ目の私に優しく、しかも届けた豆腐を美味しい美味しいと食べてくれましてね。それで仲良くなって死に際を私が看取ったのですが、その人が神器を持っていまして結果的に私が受け継いだわけです。爺様もうすうす特別な力であると気づいていたようですが。いやはや厄介な物を渡されましたよ。まあ、爺様との時間は楽しかったですがね」
紅葉は淡々と自身の過去を話していく。戸惑いこそあるものの、それは話を振られたこと自体によるものであった。そこに苦い感情などは感じられない。神器で苦労していたことを、大一はよく知っている。それでもここまで言い切れることには、彼なりにこの思い出が特別なことを物語っていた。自分から寄り添い、向き合った結果、老人との縁を彼は紡いだわけだ。
大一はちらりと零を見る。彼女の値踏みするような視線が肌を撫でるようであった。
「私も炎駒と友好を築いたのは積み重ねがあったからこそ。仮にもあいつの弟子であるなら、己の振る舞いは意識するべきだ」
「…頑張ります」
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京都から戻ってきた約1時間後、一誠たちも戻ってきて雲外鏡によって得られた小猫たちの真実を一行に伝えた。雲外鏡が映し出したのは、小猫たちの父親にあたる人物であった。彼は後天的に超越者を作り出すという研究に勤しんでおり、その研究をルキフグス家と同様に旧ルシファーに仕えていたネビロス家に目をつけられた。そしてその研究成果を黒い髪飾りに隠し、小猫たちの母にあたる女性に渡したのだと言う。つまり小猫がいつも使っている髪飾りのことだ。
この話の後、小猫はリアスを経由してアジュカに髪飾りを貸すこととなった。
「いいのね?」
「問題ありませんリアス姉さまからいただいたスペアもたくさんありますから」
決意を込めた表情で頷く小猫であったが、髪飾りを受け取った際にリアスや一誠の眉根がピクリと動いたことに大一は気づいた。朱乃やレイヴェルもどこか微妙な表情を見せる。この一件について、なにかまだ話していないことでもあるのだろうか。深い考えに及ぶ前に、兵藤家に黒歌とルフェイが戻ってきた。連絡もつかなかったのでその理由を聞くと、ルフェイがげんなりした様子で答える。
「中国の…妖怪の世界のさらに奥まで行ってました」
詳しく聞くと、ヴァ―リの新たなチームメイトである現役の当代の沙悟浄、猪八戒の修業も兼ねて、牛魔王一派に殴り込みをしていたのだという。そのおかげなのか、黒歌は死神たちに目をつけられなかったようだ。
この荒ぶる行動に驚きつつ、同時に黒歌だけ1度戻ってきていたことを思いだす。あの時、黒歌は間違いなく妹を心配していたようだが、彼女にそれを言おうとするとほんの僅かに首を横に振り、なにかを訴えるように大一へ視線を送っていた。相変わらず彼女は妹への感情を隠したい、そんな想いが窺えるような気がした。
彼女はすぐに小猫へと向き直ると、頬を引っ張りながら訊く。
「まあ、大丈夫ね。安心したにゃん」
「…にゃら、ひっひゃらにゃいでくらひゃい」
妹の安否を確認した黒歌はパッと手を放す。姉妹のスキンシップではあるが、それすらも黒歌は本心を隠すように思えてしまった。
「黒歌、ちょっといいかしら」
「あらら、真剣なお話のようね」
この呼び出しにはリアスの声色だけで、黒歌も察した様子であった。
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「はあ!?じいちゃんに会った!?」
話し合いが、終わり各々がくつろいだ時間を過ごす頃、一誠の話を聞いてリビングでは大一の素っ頓狂な声が響く。これには同じ部屋に居た朱乃、アーシア、ゼノヴィアも物珍しそうに視線を向けるが、驚きが優先されて気づいていない大一に一誠は話を続けた。
「雲外鏡のところでちょっと繋いでもらったんだ。元気そうだったよ」
「元気そうだったって、もう亡くなっている相手に言うのも変だろうに…。というか、あっちも驚いただろう。孫が悪魔になっているなんて知ったら」
「いやむしろ仏の世界で赤龍帝の祖父として有名らしい。今じゃ、『おっぱいドラゴンの歌』を流しながら、極楽で踊っているんだって」
「ええ…何やっているんだよ、あの人…。だいたい極楽なのに、悪魔の所業で褒められるって…そもそも極楽行けたんだ…」
「兄貴、それは辛らつすぎるだろ!」
一誠のツッコミは、大一の耳にほとんど入っていなかった。彼からすれば露骨なスケベさで苦労と苦手意識が強い上に、弟関連で出来る限り関わりたくない「おっぱいドラゴン」にもハマっていると聞けば、敬遠したくなるのも当然であった。一誠は雲外鏡に繋いでもらえると聞いたときは懐かしさで胸がいっぱいになりかけたが、大一の場合は怪訝な想いがどうしても先行された。
「兄貴のことも話していたよ」
「変なことじゃないだろうな」
「朱乃さんを見ながら、あいつもおっぱいの良さが分かってきたかって」
「変なことだったよ、チクショウッ!」
大一は左手の拳で額を叩く。悪い意味で予想を裏切らない祖父に、内心の苛立ちを隠そうともしなかった。
彼の横では朱乃がいたずらっぽい笑顔を浮かべる。誰が見てもからかいを求めている表情だ。
「うふふ、ちょっと恥ずかしかったけど、おじいさまにもご挨拶できたのは良かったですわ。惜しむべきは、大一はあんなことやこんなことが好きだと伝えられなかったことね」
「あ、あんなこと…!どんなすごいことを…!」
「アーシア、勘違いするな。お前が想像しているようなことはないよ。後輩を煽るなって…」
少し頬を赤くさせながら大一は反応する。祖父のことで驚きはあっても、朱乃のからかいには相変わらず羞恥心が刺激された。
「それでじいちゃん、最後に俺に言ったことが『たくさんのおっぱいを揉み倒せ』と、自分の若い頃の武勇伝を語ろうとしたくらいだぜ?」
「だからあの人は苦手だったんだよ!」
「まあ、俺はちょっと誇らしいくらいだったけどな」
肩をすくめて答える一誠の姿に、大一はため息をつく。考えてみれば弟の並々ならぬ巨乳への興味は、祖父由来でもあるのだ。ある意味それで悪魔人生が豊かになった弟が尊敬するのも、学生時代の悩みの種となっていた兄が辟易するのも当然のことであった。
そんな兵藤兄弟のやり取りを見ていたゼノヴィアとアーシアは話し込む。
「イッセーの祖父か…この前も話題になっていたな」
「ということは、リアスお姉様はおじいさまにも挨拶をしたということになりますよね…」
「しかも胸まで祖父公認だぞ。婚約を約束した身とはいえ、このまま後手に回っていては…」
「ゼノヴィアさん…わ、私、心配になってきました…まだ私のお胸じゃ…」
「大丈夫だ、アーシア。これから私たちだって、もっと成長するはずだ!」
2人は互いに胸をわずかに見ながら、勇気づけるように手を握り合う。理由が理由なので微笑ましいというよりも、呆れとバカバカしさが入り混じったような光景であったが、一誠は頬を掻きながら口を開く。
「俺は約束した以上は、2人とも幸せにするつもりだぞ」
「イッセーさん…!」
「ふふっ…さすがは私とイリナのダブル告白を受けてくれただけはある…!」
気がつけばあっという間に甘い空気が展開されていく弟と後輩の様子に、大一はガシガシと頭を掻く。弟が2人に声をかける前に、彼女たちの胸を見てわずかに表情を崩していたことに気づかなければ、もっと素直に弟の言葉を肯定できただろう。
一方で朱乃はその光景に相変わらずの穏やかな笑顔を向けていた。
「あらあら、イッセーくんはすっかりハーレムを作っていますわ。きっと女の子たちを満足させてくれるんでしょうね」
「ハイハイ、俺だって行動に移すよ。でもその前に」
大一はするりと朱乃の肩に手をまわしリビングを出るように誘導する。当てつけのような甘えを汲んでくれたことに喜ぶ朱乃であったが、同時に彼の表情が神妙さを物語っていたため、不思議そうに眉を上げる。
「どうかしたの?」
「さっきの話、全部事情を言わなかったんだろう?」
声のトーンを落とした大一の言葉に、朱乃は心臓が打ち付けるような緊張を抱く。たしかに先ほどの仲間達への報告で、リアスは小猫たちの父親の件をかなり伏せていた。両親共同で超越者を生みだす研究をしていたと説明したが、実際は父親がその研究にかなり執着しており、母親が生んだ黒歌や小猫のことをほとんど覚えていなかった。その残酷な現実を、彼女に伝えることはさすがに憚られた。
「どうしてそう思ったの?」
「研究について話は出てきても、小猫たちの両親の人柄についてはほとんど言及がなかった。もちろん今回はそういう目的でないのは理解しているが、朱乃やリアスさんが行きながらまったく触れていないのは怪しいよ。大方、よほど子供に愛情を持っていなかったことが想像できる」
ほとんど正解を叩きだしていた回答に、朱乃は迷った。リアスたちと話し合って、黒歌にだけは真実を伝えることとしたが、彼にも言うべきだろうか。ほとんど核心を突いている彼に話したところで、そこまで問題はないだろう。しかしそれ自体が小猫を傷つけることになるような気もしたのだ。
考えあぐねる朱乃であったが、大一は落ち着いた声で話す。
「いや別に内容を知りたいわけじゃない。あくまでそういうことがあったという確認だ。そのうえで俺が彼女たちのために出来ることを全力でする」
「それって───」
「先輩、ちょっといいですか?」
朱乃が問いただそうとしたところに、小猫が少し遠慮がちに話しかける。
「どうした?」
「この前の約束をお願いします。試合前の特訓に付き合って欲しいんです。仙術関連ですし、試合前で姉さまに頼むわけにもいきませんから」
「わかった。いつものフィールドでやろう。朱乃、後でな」
「ええ。2人ともしっかり鍛えてね」
いい加減、オリ主も女性問題に向き合わなければいけませんね。