兵藤大一が大学生になってからすでに1月以上経過していた。勉強に周りの評判、これまでとは違った手続きに加え、悪魔の仕事とあまりに多忙だ。彼にとって大学生活はあまりにも目まぐるしく、仮に今の段階で感想を聞かれると、「よくわからない」の回答が発せられるのは間違いないだろう。
この日の昼頃、彼は学区内のベンチで缶コーヒーを片手に大学ノートに目を通していた。ロスヴァイセから新たに借りた魔法書の内容を書き写した1冊であり、傍から見れば講義の復習をしているようにしか見えないため、大学内でもこの方法は重宝している。
しかしどうも集中が続かない。その原因は至極単純で、先ほどから彼の相棒が頭の中でぶつぶつと呟いていたからであった。
『傷顔…傷顔…』
(シャドウ、うるさいぞ。この前言われたことをまだ引きずっているのか?)
『当たり前だろ!赤龍帝に紅髪の殲滅姫、雷光の巫女とか威厳たっぷりの異名が立ち並ぶ中、なんで大一の二つ名が見たまんまなんだよ!格落ち感が半端ないじゃないか!』
(まあ、拍はつかないな)
ここ最近の大一の仕事は、裏で奇妙な動きをしているはぐれ悪魔や禍の団残党などの討伐が主であった。持ち前の感知能力、日頃の特訓とテロリストを相手に戦った経験から培われた実力、そしてアザゼル杯に参加していないことによるフットワークの軽さとこの仕事にはピッタリな人材とされており、実際にそれに見合った成果を出していた。
そして数か月前に命を落としかけた際に、彼の中に宿っていた龍が命を懸けて完全に融合した際に、その左半身は酷い傷でも負ったかのように変化した。眼も相棒である龍と同じようなものであり、1度見れば忘れないような風体になったのは間違いなかった。
その見た目と実績を通して、裏の人物たちから「傷顔」という奇妙な異名がつけられることになったが、シャドウはどうもそれが気に食わないようであった。もっとも彼の不満には、例のごとく神滅具持ちへの嫉妬も絡んでいるのだが。
『一方で赤龍帝は上級悪魔だからって地下オフィスや別のバトルフィールドを用意してもらえるわ、バックアップも充実しているやら…贔屓だ!チクショー!』
(お前、不穏になると一誠や神滅具持ちへの嫉妬を言うのをそろそろ止めてくれないか?俺もさすがに疲れる)
『事実を言って何が悪い!いくら成りたての上級悪魔だからって、支援の行き届きようが桁違いだろうに!』
上級悪魔となった一誠は王として眷属を率いて悪魔の仕事を行い始めていた。現在はリアスが管轄している縄張りの3分の1近くを担当しており、兵藤家近くにあるビルの地下にあるオフィスで仕事をしていた。堕天使が裏で買い上げたものを譲り受けたらしい。
なかなか多忙であると聞いているが、レイヴェルのずば抜けたマネジメント能力が活かされており、人手の方も幾人か新たに加わったメンバーもいるため充実しているようであった。また眷属にはならずとも、アザゼル杯のチームメイトとしてかなりの人物が期待されている噂まであった。
シャドウの不満はこのまま続きそうな雰囲気があったが、大一は淡々と反応する。
(あいつが頑張ってきたことや成し遂げたことは事実だし、英雄として評価されるのも当然のこと。それについて根強い支援が介入するのも当然じゃないか)
『でもよぉ…』
(そもそも本来であれば、下級悪魔などから長い時間をかけて仕事を覚えていくのが当たり前なのに、あいつはそういう準備期間も無かったんだ。支援は多いし、受けられる援助は全て貰うのも当然だろう)
赤龍帝として一誠が成し遂げたことは後世にも残るレベルなのは間違いない。しかもいまだに伸びしろを持ち、ものすごい速度で駆けあがっていく。それを兄として間近に見てきた大一にとっては嫉妬する気持ちも湧かなかった。
『チッ!大一は兄だから甘いんだよ。僕みたいに、いや僕以上にひねくれた考えをしているのはいっぱいいるぜ。だいたいこうでも言わないと、負けている気分がして嫌なんだよ』
(おいおい、シャドウ。勘違いするなよ。俺はその上であいつを越してやるつもりだ。兄貴が弟に負けっぱなしでいるわけにもいかないからな)
頭の中なのに、きっぱりと歯切れのよい声の雰囲気があった。一誠は英雄として期待を寄せられている、それは覆しようもない事実だ。
しかしそれを理由として、大一は兄として弟に敗北を感じるつもりはさらさら無かった。弟と敵対するわけではないが、いずれ彼を超える実力を持って勝利する野心が胸に灯っていた。
『どんどんディオーグに似てくるな』
(あそこまでギラギラしてねえよ)
『むしろそれくらいの野心は欲しいよ。いわゆる肉食系だ。じゃんじゃか慕う女を増やしていけ』
(なんでそんな話になるんだよ…)
『ちょっとでもいいから赤龍帝への優越感が欲しいんだよ!ハーレムへの覚悟を決めているんだから、それくらい頑張れよ!』
(俺の悪魔としてのハーレムは見境なしってわけじゃねえよ!)
「やっと見つけた」
かつての相棒を思い出すような発言から、気がつけば言い合いにまで発展する中、彼の耳に馴染み深い声が届く。
顔を上げると、リアス・グレモリーと姫島朱乃がいつの間にか近くまで来ていた。
「私たちに気づかないなんて、シャドウと話していたのかしら」
「…まったくその通りですよ。それよりも2人はどうしてここに?」
「取っている講義の教授が体調不良で休講になりましたの。時間もあるから一緒にお昼でもと思って」
リアスと朱乃、2人とも高校では「駒王学園の2大お姉様」と呼ばれるほどトップクラスの人気を誇っており、それに納得できるほどずば抜けた美しい容姿と魅惑的な性格を持っていた。同級生として、かつての眷属として彼女たちを近くで見てきた大一としては、その魅力は変わっていなかった。それどころかより洗練された美しさを感じられ、大学でも早々に人気を集めることとなっている。高校時代の学生服とは違い、女子大生としての私服姿もその人気に拍車をかけている。
そんな2人を前にして、大一は無意識に顎を掻きながら答える。
「あー…俺と一緒で大丈夫かな」
「なによ、歯切れが悪いわね。大学生になったことで私たちとの関係は変わらないでしょう?」
「いやそんなことは微塵も思っていませんよ。しかし俺の見た目のこともあるし…」
リアスの不満はもっともであったが、大一の言い分には傍から見れば一定の理はあった。先ほどシャドウとの会話でも挙がった彼の左半身についてである。
何度か検査を重ねるうちに、この皮膚が魔力の類で変化するのが不可能であることが判明した。皮膚に塗る特殊なクリームの上から魔力を通して隠すこともできるが、馴染ませることに時間がかかる上に、どうも長時間かかると徐々に剥がれ落ちていくのであった。弟のように龍の気を散らして、元の姿に戻すこともできない。
そのため、今の彼は左目を誤魔化すためのカラーコンタクトと右腕の義手のみ装着しており、大きく変化した左半身には人目に晒していた。大切な相棒が命を懸けて救ってくれたことなので嫌悪感こそ無いものの、この見た目が他者に威圧感を与えることは承知していた。大学生になってからの忙しさにはこの見た目も関係している。
彼の返答に、リアスは露骨にため息をつき小さく首を振る。もはや態度だけで愚問であることを主張していた。
「本当に今さらね。仮に見た目が怪物になっても、私は付き合いをやめるつもりはないわよ」
「そもそも気にしていたら、私は大一といつまで経ってもデートのひとつすらできませんわ」
「今さらながら、いい仲間を持ったと感慨深くなるよ」
ここまで言われれば、大一も理屈をこねる理由はない。缶コーヒーの残りを一気に飲み込むと、ノートを手早く仕舞ってベンチから立ち上がった。
「というか、意外ね。あなたの友人だって受け入れてくれたのに、まだ気にしていたのは」
「ああ、大沢たちのことですか。もちろん嬉しかったですけど、やっぱり周囲から気にしたように何度も見られるのを経験するとちょっとは考えますよ」
この見た目で大学に来て大衆からの興味の視線にさらされるのは、覚悟していたとはいえむず痒い想いであった。同じ学年からはもちろん、上級生からも奇異な視線を受け続ければ、自然と立ち回りも気にしてしまう。それでも高校からの奇妙な友情を育んでいた友人たちは心配と同時に「その程度でお前への信用が変わるか!」と言って、引き続き関係が続くことになっていたが。
「私はあなたが一緒だとけっこう助かるんだけどね」
「どういうことです?」
「合コンとかそういうのを誘われづらくなるからよ。ソーナ達だってルガールと一緒にいて対策とかしているんだから」
「大一が一緒にいれば、弾除けになってくれますもの」
「相変わらず、2人はモテるなぁ」
「人気があるのは嫌じゃないの。でも私にはイッセーがいるんだから、余計なお世話になるのよ」
リアスはどこか誇らしげに肩をすくめる。去年から一誠に恋心を抱き、高校卒業時には将来を約束する告白を受けて承諾した。彼女にとってそれは今後の悪魔人生を照らす大きな要因であった。
それほど心をひとりの少年に向けていたが、同時にこの関係性は最終的に噂程度のものでしか高校では知られていなかった。そして大学生となった今、彼女の恋愛事情を知る者はさらに一握りとなっている。そうなれば彼女を狙ってアプローチをかける人物が多数現れるのもおかしくない。要するに、大学生になってからも彼女はモテており言い寄られる回数はむしろ増えていた。
「でも大学生になってから、リアスはイッセーくんと一緒にいる時間が減りましたわ。アーシアちゃんやゼノヴィアちゃんたちに、いろいろ追い越されるかもしれませんね」
「人が地味に気にしていること言わないでよ…」
朱乃の発言に、リアスはかくんと頭を垂れる。実際、彼女の言う通りリアスが一誠と共有する時間は減っていた。大学と高校の違いもあるのだが、同時にアザゼル杯でそれぞれ別チームと参加しているため、特訓の時なども必然的に分かれて行うことが増えていた。とはいえ、今でも一緒にベッドで寝ているし、2人だけの時間も過ごしている。それでも彼女としては内心の不安を見透かされたような発言に、大一は早々に助け舟として話題を切り替えた。
「一誠と言えば、アザゼル杯の調子も良さそうだな」
「ここ最近、連戦連勝ですものね」
「始まった時はちょっと心配だったが、今はかなり乗っている。バラキエルさんとのチームの勝利が皮きりかな」
アザゼル杯に「燚誠の赤龍帝」チームとして参加していた一誠達であったが、その進撃は多くの者たちが一目置いていた。いまだに神クラスのチームとは当たっていないものの、上級悪魔になって間もない彼がここまで連戦連勝であることを誰が予想しただろうか。いや多くの者たちが期待していただろう。それを彼は大衆の期待に沿うように見事に成し遂げていたのだ。
大会当初は勝手がわからずにつまづきかけたこともあったが、朱乃の父にして堕天使の副総督であるバラキエル率いる雷光チームに勝利してから、エンジンがかかったかのように勝ち上がっていった。
「本当に凄かったわ。父様に勝つなんて…イッセーくんのカッコよさにときめいちゃったもの」
狙ったかのような流し目と一緒にこぼされた朱乃の言葉に、半ばうなだれていたリアスも素早く頭を上げて反応する。
「あ、朱乃!冗談でもその言い方は誤解を招くわよ!」
「あらあら、どうかしらね」
「あなたねぇ…!大一も何か言いなさいよ!」
「そそそそそれくらいで動揺しませんって!こここここんなやり取り、いつものことでしょう」
『おうおう、ビビッてらぁ。僕の言葉は正しかっただろう?』
言葉の内容とは裏腹に、大一の声は震えておりそれに呼応するかのように中身が空になった缶を無意識に握りつぶしていた。同時にシャドウは自信満々に頭の中で主張する。
慣れ親しんだ親友2人の反応に、朱乃は嬉しそうに笑みを浮かべていた。
「うふふ、リアスも大一も可愛いわ。後輩にはこんなこと出来ないし、期待通りに反応してくれるもの」
「他の学生たちにとって、あなたのこういう一面を知らないのはある意味幸せかもね」
朱乃の相変わらずのサディスティック的な要素に、リアスは嘆息混じりに呟く。もはや日常的なやり取りであったが、時間的には空腹の方が優先されていた。
「もう、お昼にしましょう。まだ私、学食のメニューそこまで頼んだことないの。1年生終わるまでには全部制覇したいわ」
「リアスはそういうの気にしますものね。大一、変な誘いが来たときはお願いね」
「別に俺じゃなくても普通に断ればいい気もするが…まあ、変なことにはならない程度にはするよ」
大一の返答にリアスは満足げに笑う。これだけでも彼女が学内でいらない色目を使われていたことがうかがえた。
「上々ね。それと大一、今日の夕方って時間あるかしら?」
「午後の講義はひとつだけなので、それ以降であれば空いてますが」
「そう…ちょっとその辺りで手を貸してほしいのよ。後輩のためにね」
異名って難しいですよね。ということで、見たまんまになっています。