D×D 外道の悪魔   作:水飴トンボ

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原作者が引いたらしいユーグリットですが、こっちでも情念は変わっていない印象…。


第20話 彼らの望み

「申し訳ありません、姉上。せっかく来てくださったのに、まだちゃんとした紅茶の葉も買えていないんです。他にも色々と…前よりは良くなったとはいえ、やはりまだまだ不便ですよ。砂糖やミルクはどうしますか?レモンとかもあれば良かったのですが」

「自分でやるのでけっこう」

 

 ユーグリットは紅茶のカップにティーパックを入れて熱いお湯を注いでいく。その間にも矢継ぎ早に話していくが、グレイフィアは短く答えるだけであった。姉のそっけない態度に、ユーグリットは不機嫌になった様子はまるで見られず、この訪問を歓迎していた。

 

「姉上から連絡があるたびに、胸が弾むような想いですよ。私に協力できることであれば尽力しましょう。もっとも死神の件は、前にも話した通りあまり情報らしいものは出せませんが」

「今日は公的なものではないわ。あなたと話をしに来たの」

 

 きっぱりと言い切る姉の声に、ユーグリットは笑みを崩さないものの眉を吊り上げた。彼女の声が明らかに物々しい雰囲気を表しており、言葉通りの内容として捉えることなど出来なかった。

 

「…私が姉上になにかしましたかね?ここに来てからは大人しくしていると思いますが」

「私ではなく、大一くんの方よ。彼をたびたび呼んでいるらしいけど、どういうつもり?」

 

 グレイフィアは不信感をあらわにしながら、弟を鋭く見つめる。ここ最近、ユーグリットが大一を呼び出していることを彼女は知っていた。先日の特訓の際には大一は気にしていないような態度であったものの、彼女としては弟が今後を期待できる若者を振り回しているようにしか見えなかった。

 

「彼にこれ以上、余計なしがらみを与えたくない。大一くんを振り回すのはやめなさい」

「ちょっと話し込んでいるだけですよ。仮にも私を倒し、今の暮らしを与えてくれた男と話したいと思うのはおかしくないでしょう?もちろん姉上には、それ以上の感謝を持っていますが」

「そういう話じゃないのよ。あなたの道楽に彼を付き合わせないことを約束しなさい」

「道楽ね…私からすれば、アザゼル杯で姉上が赤龍帝の『女王』をしているのよりもマシだと思いますが」

「それとは関係ないことよ」

「いやいや、私は真面目に言ってます」

 

 口元に浮かべた笑みは変わらないものの、ユーグリットの声は先ほどよりも鋭い雰囲気があった。それに気づかないようなグレイフィアでもなく、糸が張ったような空気感が部屋を満たすものの、ユーグリットの方はそれすらも楽しんでいるように見えた。

 

「ルキフグス家を裏切ってでも、あなたは義兄上と…サーゼクス・グレモリーと一緒になった。新たなルシファー眷属として戦ってきた。それなのに多少の繋がりがあるとはいえ、たかだか転生悪魔にあそこまで入れ込むのを納得しろと言う方が無理な話でしょう」

 

 チクリと刺すような嫌味っぽい言い方に、グレイフィアは小さくため息をつく。このような小言を聞いたのは1回や2回では済まない。彼が捕まってから、幾度も耳にしてきたものだ。

 グレイフィアは首を横に振ると、その瞳で弟の顔をハッキリと捉えた。

 

「彼を魔王にすることは、今後の冥界の、ひいては世界のためになると考えているわ。サーゼクスもそれを望んでいるはず」

「離れているのに、ずいぶんと確信的な言い方だ」

「あなたが思う以上に、私はサーゼクスと一緒にいたつもりよ」

 

 サーゼクス・ルシファーは兵藤一誠を魔王にしたい、それは間違いないと彼女は思っていた。妹を救い、常に期待を超えてくる義理の弟を夫は気に入っていただろう。それを眷属として、妻として目の当たりにしたのと同時に、グレイフィア自身も一誠は今後の冥界や世界に必要と確信しているゆえに、『女王』として参加していた。その想いは変わることは無いだろう。

 一方で対面に座るユーグリットは机に肘をついて、頭を手で支えていた。顔は下を向いており、姉の言葉を頭の中でじっくりと反芻させている。

 

「…私は思い出すんですよ。かつてサーゼクスと戦い、軽くあしらわれたこと、あなたが彼と結婚したこと…屈辱と嘆きに溺れたかつての日々を。そして今でもその想いは変わっていません。彼のことが憎くて仕方がない」

「だからあなたはリゼヴィムを擁立した」

「それだけじゃありません。模造品とはいえ、赤龍帝の力を手に入れました。『赤』になれば、もっと強くなれば…あなたに認められると…」

 

 絞り出すようにユーグリットは呟く。リゼヴィムの邪悪さに共感し、それを支持したのは事実だ。しかし本質的には、彼がもっとも求めたのは強く気高い姉の存在であった。彼女に認められること、彼女と共にいること、それを求め続けたのだ。

 

「それだけのことで…」

「それだけ…それだけなんですよ、姉上。ルシファーに仕えるルキフグス家として、あなたの弟として、変わっていく冥界に納得していませんし、今でも姉を敬愛しています。そして全てを奪ったサーゼクスも、かつての彼のように皆から…あなたから肯定される赤龍帝が憎いですよ」

 

 弟は変わっていない、グレイフィアはそれを目の当たりにしたような気がした。いや変わろうとしたのかもしれない。しかし彼はそれが出来なかった。結果的に心は砕かれて、狂気の道へと進んでいったのだろう。

 ゆっくりと顔を上げたユーグリットを見て、グレイフィアは少々驚いた。憎さを体現したような震える声色であったのに、彼はわずかに笑っていたのだ。

 

「姉上…こんな私は変わっていないと思いますか?」

「ッ!?」

 

 見透かしたような鋭い一言、それと同時に血がドクンと脈打つような緊張感が走る。それを誤魔化すかのように熱い紅茶を一口飲む。すぐに冷静さを取り戻すが、目の前の弟にここまで底知れなさを感じることは初めての経験であった。

 そんな姉の様子を気にせずに、ユーグリットは静かに言葉を続けていく。

 

「姉上は変わったんでしょうね。サーゼクスと一緒になり、彼の眷属として戦い、リアス・グレモリーや赤龍帝たちと関わり…私が知っているあなたとは変わったんでしょう。それに強くもなった。当時からあなたに劣っていると思ったことはありません。しかし長い年月が経ちました。過去のあなたよりも強くなっていると、今では確信していますよ」

「ユーグリット…」

「ですが、私が姉上を敬愛する気持ちは変わっていません。あなたに認められるために、自分のやり方でまた自由に進み続けるだけですよ」

 

 決意するかのように言い切ると、ユーグリットは紅茶のカップを優雅な手つきで持つ。まるでこの奇妙な空気感を楽しんでいるような余裕が彼にあった。

 

「そういう意味では兵藤大一に感謝しているんです。サーゼクスや赤龍帝に負けては、煮え切らずにここまで落ち着いてはいなかったでしょう。あの時の二の舞だ。しかし彼らよりも弱い大一だからこそ、未熟さを自覚し立ち直る時間も得られたのだから」

「同じルシファー眷属としてそういう言い方は聞き逃せないわ」

「褒めているんですよ。それに私なんかよりも、便利扱いしているのは冥界やあなたたちの方でしょう。ハッキリ言って、私は彼のことをそれなりに理解していると思いますけどね」

 

 弟の言動を目の当たりにして、不快感と疑念が彼女の中で渦巻く。どうも彼が紡ぐものは本音と思えなかったし、自分とのやり取りに対して様々な反応をして様子を窺っているだけにも見えた。

 しかし同時にどこか確固たる思いも感じられた。ルキフグス家に一緒にいた幼少期の頃や、捕まって間もない際の意気消沈の状態とはまた違った何かが…。

 

「あなたは何を望むの」

「だから言ったじゃないですか。私は私の方法で、あなたに認められたいだけですよ」

 

 弟の整った顔立ちに浮かぶ笑顔から感じられる不気味さを払うように、グレイフィアは再び紅茶を口にする。液体は熱いだけで、ほとんど風味を感じられなかった。

 

────────────────────────────────────────────

 

「素晴らしい!」

 

 何度も耳にしてきた単語に、少年はまったく笑顔になれなかった。この称賛は彼の特性に向けられており、少年の行いや努力に関係ないものだと理解していたからだ。そもそも称賛のたびに幾度となく苦痛を伴うのだから、喜ぶことなど出来るはずもない。

 物心ついた時から、少年はとある施設にいた。広く清潔で、静かな場所であった。それほどの施設にいるにもかかわらず、少年はやせ細っており、健康という言葉からは程遠いような雰囲気であった。強さが物をいう悪魔の世界ではあまりにも頼りない。

 しかし彼はこの研究所で重宝された。彼の皮膚は接触した魔力に拒否反応を起こすことなく、同化するという特別なものであった。その特異な体質に施設の…悪魔の研究者たちは歓喜した。

 少年はあらゆる実験を受けてきた。火や水、雷といった魔力を受けて身体の一部を同化させようとするもの、どれほどの攻撃に耐えられるかという耐久実験、数時間も培養液に浸かり身体の成分を調べるもの…お世辞にも人道的とは言えないものばかりだ。

 苦痛を伴う実験に、少年は何も言わなかった。かつては煮えたぎるような怒りを持っていたが、気がつけばその感情すら枯渇していた。

 いや、理由はあった。ただそれを自覚するのに長い時間を要しただけだ。少年に名前が無く数字で呼ばれていたこと、自分以外に同じ体質を持つ人物がいないことの疑問を胸に秘め、やっとのことで勇気を奮い起こした少年は、自身の出生について1度だけ訊いた。

 

「売られたんだよ。貧相な悪魔に」

 

 受けた答えを飲み込み、自身の心に昇華させて整理することにどれくらい時間が経ったのかはわからない。だがいつの間にか、少年の怒りはすっかり風化し、代わりに無力感が心を満たしていた。自分を売った人物が何者なのか、いつのことなのか、訊こうと思えばいくらでも訊けたはずなのに、少年の舌が動くことは無かった。

 月日が経って少年はすっかり大人へとなり、施設では多くのデータが収集されていく頃、少年は新たな実験を受けることになった。それは他勢力に勝つために強力な兵士を生みだすというものであった。とある兵器を参考にして、彼には肉体改造が行われた。無茶な改造を行っても、細胞は拒否することなく皮膚は適応していく。他勢力との戦争も起こり、彼の存在はひとつの切り札になるはずであった。

 だがその実験の終わりはあまりにもあっけなかった。施設が謎の爆発に追われたのだ。実験が失敗したのか、それとも何者かによる襲撃なのか、彼は真実を知らない。爆発の勢いで崖下に吹き飛ばされており、目を覚ましたのが研究所が消えてから数日後だったからだ。それでもほとんど傷が無かったのは、改造されて大きく変化した筋骨隆々の身体のおかげだろう。もっともそのおかげで顔も変わり、もはやかつての少年の影はまるで無かったが。

 そして彼は行く当てもなく彷徨い続けた。誰にも頼れず、己の身体だけを頼りに。そしてやがてたどり着いたのが…

 

「…ん」

 

 ひんやりとした空気が流れる独房で、ギガンは目を覚ます。どうやら少し眠り込んでいたようだ。別に疲労があったわけではない。四肢は鎖につながれており、この数か月間は碌に身体を動かせていないのだから。それでも改造された肉体は衰えることなく、筋肉ははちきれんばかりに盛り上がっていた。

 それにしても今になって、数百年前のことを思いだしたことに、男は疲れたようにため息をつく。自分でも死期が近いと走馬灯を見るのだろうか。

 命に未練はない。生きていることに意味を見出せなかったし、これから先も得られるとは思えない。死に対して心が躍るわけではないが、このしがらみを抜け出すことに少しばかりの安堵は得られる。とにかく冥界政府がさっさと自分の処分を決められることだけが、現在の望みでもあった。

 しかし間もなくその望みは塗り替えられることなった。

 

「…お前に言ったよな。2度と来るなって」

 

 無機質な声は響き、牢獄に入ってきた大一の耳に届く。しっかりと整えたスーツ姿はいかにも仕事をしに来たという様子であり、半分近く火傷を負ったような顔を持つ彼は生真面目な表情を崩さずにじっと見ていた。

 ギガンはそれが癪に障った。自分を打ち負かしたからではない。冥界の飼い犬であるこの男が情けをかけているのが気に食わなかった。枯れていたはずの怒りがふつふつと湧きあがっていく。

 

「俺はお前と顔を合わせたくない。それとも俺の処罰でも決まったか?死刑で終わらせてくれるか?」

「前にも言ったが、お前を死なせない」

「だったら、さっさとこの場から去れ。俺は貴様と話すことなどない」

「そっちにはなくても、俺にはある。お前を知る必要があるんだ」

 

 淡々と答える大一に、ギガンは鼻を鳴らす。薄っぺらい言葉だ。かつて自分をいじくりまわしてきた研究者が口にしてきたような軽薄さしか感じられなかった。

 

「『異界の地』についての情報か?それとも昔のことでも訊きに来たか?そして俺が話すとでも?」

「興味はあるが、お前は話さないだろう。それに俺がお前の過酷さを知ったところで、同情しかできない。変えられない過去よりも未来の話だ」

「未来も変わらん。テロ組織にいた俺は多くの罪を犯し、それを認める。ならば死刑にするか、それともこのまま幽閉かのいずれかだ」

 

 昔と同じだ。自分の未来に希望はなく、無機質な時間が流れるだけだろう。それでいいのだ。生きる道に選択肢が無く、テロを起こして冥界政府にとってゴミのような存在になった自分の末路などそんなものだ。

 

「それを決めるのはお前だ」

 

 大一は短く答えると、仕事用のカバンから1枚の紙を取り出す。そして四肢を鎖に繋がれ身動きできないギガンの顔前にそれを突き出した。

 

「さてビジネスの話だ」

 




次回あたり戦闘場面に入りたいと思います。
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