湧きあがる歓声、冷めやらぬ興奮…アザゼル杯の熱狂はすさまじいが、この日はいつも以上の盛り上がりが会場内に蔓延していた。試合の組み合わせを踏まえれば、それは当然のことだろう。
一方は先の戦いでテロ対策チームとして大きく貢献し、ずば抜けた実力者をメンバーとして持つ。グレモリー家の次期当主にして魔王サーゼクス・ルシファーの妹、リアス・グレモリーだ。
対するは、同じく先の戦いでは強力な邪龍を打倒した活躍をして、その実力は各地に轟く。伝説の二天龍でありルシファーの血を引き継ぐ男、ヴァ―リ・ルシファー。
この2人の対戦は冥界どころか、全世界が注目しているといっても過言では無かった。そして世界に貢献した実力者同士の対戦というだけでなく、あるひとりの人物による繋がりが興味をさらに掻き立てた。白龍皇のライバルである赤龍帝…兵藤一誠は元グレモリー眷属でリアスの恋人ということもあり、その点で人々の好奇心を刺激するのだ。
その当該の人物であるが、スタジアムの入り口周辺に立っており、会場外周に設置されている巨大モニターに目を向けていた。
「うーん…やっぱり生で見たかったな」
一誠は誰にも聞こえないような小声で不満を呟く。現在、会場周辺には一誠率いるチームに加えて、幾瀬のチームと何人かの協力者がレイヴェル考案の配置で警備に当たっていた。死神タナトス一派の襲撃が続いていたが、今回の1戦に彼らが狙いをつけているという情報が入った。不確定ながらも襲撃はここ最近繰り返されていたため、警戒するに越したことは無い。一誠としては大切な仲間を守るためだし、愛する人と最大のライバルの試合に水を差すという行為自体は言語道断だ。そのため独自に警護を行っており、この情報を提供してくれた幾瀬も弟分の戦いを邪魔させまいと協力を買って出た。
「しかし兄貴も協力してくれれば…」
「それは仕方ないですよ。お兄様はお仕事もありますから」
ぽろりとこぼれた独り言に、レイヴェルが対応する。今回の警備について、一誠は自分たちのチームだけでやるつもりであったが、兄だけには報告して協力を打診した。
しかし彼は上層部の護衛もあるため、不確定な襲撃情報だけでは一誠たちと共に会場周辺を護衛することは不可能という返事を受けていた。ただし本当に死神が来たという情報があれば、対処する名目ですぐに飛んでくるという約束は取りつけているのだが。
そもそも彼の兄がいなかろうが、この状況を簡単に突破するのは至難の業だろう。少し前に朱乃の応援で来ていた姫島朱雀と出会ったのだが、彼女を筆頭に五大宗家の現当主も協力してくれることとなった。幾瀬が事情を説明したようで、彼女たちもやる気を起こしていた。
赤龍帝チームに加え、強力な神滅具と実力者が揃う刃狗のチーム、さらに五大宗家の現当主たちと並みの一派が突破できるようなメンバーが守りを固めていた。これに正規の警備もいるのだから、よほど大きな事件でも対応できるだろう。
「それでも油断は禁物です。相手は強力な死神一派ですから」
レイヴェルは神妙な面持ちで言い切る。今回の配置やチームの編成は彼女が考案しており、スタジアム周辺にそれぞれ散らばっていた。
彼女の並々ならぬ気迫は、一誠もよく理解していた。
「私は…小猫さんと黒歌様の戦いを守りますわ。それはリアス様たちの戦いを守ることと同義でして…仲間の大事な試合を死守します」
「レイヴェル、友達を守る戦いってのは最高に緊張して、最高にやりがいのあるものだぜ?俺が燃え滾る戦いのひとつだ」
「はい!小猫さんは私が守ります!」
レイヴェルの想いに胸を打たれた反面、彼女のやる気の半分でも兄に求めたい感情を一誠は抱いた。しかしいちいち気にしている暇もない。モニターではストラーダとゴグマゴグがぶつかり合うという力強い試合展開がなされる一方で、彼の耳につけているインカムから仲間の報告が聞こえる。どうやら情報は本当であったようだ。
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今回の試合はボード・コラップス。シンプルな総当たり集団戦のルールであるが、広大なフィールドが時間経過で徐々に端から崩れ落ちていくものだ。
すでに各メンバーがフィールド各地に散らばっており、激戦を繰り広げていた。東側では朱乃とリントが、当代の沙悟浄と猪八戒にルフェイを加えた3人と相対している。前線では祐斗とストラーダの剣士コンビが美猴、アーサー、ゴクマゴクの3人がぶつかり合っており、そこを突破したヴァ―リとフェンリルがリアス、ギャスパー、クロウ・クルワッハと戦っている。ヴァ―リがクロウ・クルワッハと、リアスとギャスパーがフェンリルの相手をしているものの、互いのリーダーが近くで戦っている以上、この試合は想像よりも早く終わるかもしれない。
そんな中、塔城小猫はフィールド西側にある繁華街を走っていた。感知できる彼女をひとりにして遊撃に回らせたのは、相手の搦め手を抑えるため、本人の希望、仲間たちからの気遣いといくらでも理由をつけられた。
体力には自信がある。この程度でばてるようなヤワな鍛え方もしていない。それなのに全身の筋肉が強張るような感覚が拭えず、心臓の音が耳に響くような緊張感が拭えなかった。間もなく彼女が待ち望んでいる相手と向き合う時が来ると、本能的に察せられた。
「来たわね、白音」
ちょうど交差点に差し掛かる辺り、姉の黒歌の姿が目に付いた。足を止めてゆっくりと呼吸する。この試合が決まった瞬間から、何度も思い出してきた。どんな時でも自分を守ってきた姉、両親の記憶が無いからこそ母代わりとなっていた姉、あの日までは自分にとって温かく一番身近な存在であった。
しかし主を手にかけて、血まみれになった姉の姿は忘れようにも忘れられない。赤と黒の混じった狂気の姿、鼻をつく鉄の匂い、荒い息遣い…猫又の力を解放した姉は小猫にとって恐怖そのものであった。
それから多くの悪魔に問い詰められ、心身ともに憔悴していき、気づいたら温かい思い出はすっかり冷めて涙に濡れるものへと変わり果てていた。
「あの時のこと、拭い去れないでしょうね。でも、ぶつけたいのよね?」
黒歌の声はいつもの気まぐれな雰囲気は無く、単調に感じられた。それでもズバリと想いを当てていく。
しかし小猫は動揺した様子も見せずに、ぐっと力を入れて拳を握る。あの記憶は拭いきれない。それでも心の傷を癒やし埋めてくれる仲間たちに出会えた。だからこそ過去にも再び向き合える。自分がもっと強ければどうにかできたかもしれない後悔とも。
「…弱いままだった自分を超えます。超えさせてください」
「…いいわ。お姉ちゃんが胸を貸してあげるにゃん」
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リアスとヴァ―リの試合が白熱する一方、会場近くでも戦いが繰り広げられていた。小猫と黒歌を狙う死神の集団に対して、一誠と幾瀬のチームが防衛戦を行っていた。実力においては一誠たちが間違いなく圧倒しているものの、敵の多さには手を焼いていた。そのため、いざという時にレイヴェルがデュリオやサイラオーグに援護の打診も行っている。
そんな中、真紅の鎧を身につける兵藤一誠は今回の首謀者であるタナトスと対峙していた。部下の死神をとにかく倒していけば、かならず親玉であるタナトスが出てくると踏んでいた。そこで相手が現れた瞬間に、以前ロキ対策として行った転移魔法陣をぶつけて、強制的に自分がいる会場から離れた荒野へと転移させた。しかも一誠の近くにはロスヴァイセとビナー・レスザンがおり、彼女たちによって結界も作られている。この結界は一誠が倒されなければ破れることは無いため、強制的にタナトスを封じ込めた。
《なかなかに小賢しい術だ…》
「どうしてこんなことをしたのです」
《理由はひとつではない。まずは後天的な超越者の研究資料を露見しないように潰しておきたかった》
「それならば俺たちに任せてくれても良かったのにそうしなかった。その研究が知れ渡る以上に都合が悪いってことがあったってことだよな」
《ハーデス様が知る前に潰しておきたかった》
禍々しいオーラを放つ刃を構えながら答えるタナトスに、一誠は驚きと疑問が入り混じった表情をする。それを見て察したかのように相手は言葉を続けた。
《悪魔の陣営と同じことよ。こちらも一枚岩ではない。私は私なりの冥府の未来を思い描いているということだ。研究に携わった者もすべて始末せねばならない。ハーデス様に情報が渡らぬようにな》
「試合の…小猫ちゃんと黒歌の邪魔はさせないさ」
一誠も拳を握りなおして構える。わかっていたことだが、話し合いは意味をなさなかったようだ。
その姿にタナトスはドクロの仮面の下でほくそ笑む。まるで彼の臨戦を歓迎しているようであった。
《もうひとつの理由…それはごく単純なことだ。我が同志、プルートは白龍皇に敗北した。しかし堪能したはずだ。神に力が届く天龍を。私とてそれを味わいたいと思っただけのこと。歴代最強とされる赤龍帝の力を。死の神に力を見せてくれ、全力の兵藤一誠をな》
そのセリフを皮切りに2人の戦いが始まる。一誠が早々に魔力の弾を撃ち込んでいくが、タナトスはそれを残像が見えるほどのスピードで回避していく。すぐに標準を定めなおし再び撃ち込むが、命中しても相手はまったく歯牙にもかけずに大鎌を構えていた。
お返しとばかりにタナトスは鎌を大きく振る。一誠は回避するも、その一撃は地面を大きくえぐり荒野に傷跡を残していった。それがタナトスのずば抜けた力量を一誠に実感させた。
そこで戦法を切り替えて得意の肉弾戦を仕掛ける。一気に距離を詰めると、拳を連続で打ち込んでいくが、すぐに手ごたえが無いことを感じた。
《甘い》
いつの間にか後ろへと回っていたタナトスは再び鎌を振り下ろそうとする。残像を掴まされたことに気づいた一誠であったが、すぐに背中のキャノン砲を向けて相手をわずかに怯ませる。一瞬の隙をついて身体を回転させながら、今度は左腕からアスカロンの刃を生みだした。今度は『透過』の能力も付与しているため、ダメージは期待できた。
しかし相手も命中すればマズいことを悟ったようですぐに後方に飛びのくが、むしろそれこそが一誠にとって好機であった。
上空へと一気に飛び上がると、背中に収納されていたキャノン砲を展開させる。
「クリムゾンブラスタァァァァァッッ!!」
一誠の叫びに呼応するように赤いオーラの砲撃が降り注いでいく。まともに命中すればかなりのダメージが見込める威力のはずであった。
しかし相手は最高峰の死神のひとり。またもやそのスピードで攻撃を回避するどころか、あっという間に背後へと回っていた。
振り下ろされる大鎌をアスカロンの刃で受け止めるも、この鍔迫り合いにタナトスは不敵に笑った。
《なるほど、強い。だが、この手合わせで分かったはずだ。その姿のままでは勝てないとな》
タナトスの指摘は、この短時間で一誠もよく理解していた。このままではいたずらに体力を消耗するだけで勝ち筋が見えなかった。そうなれば制限時間付きとはいえ龍神化で一気に勝負を持っていくべきだろう。
そんな考えを巡らせている一方で、タナトスはちらりとロスヴァイセやビナーへと視線を向ける。一誠との一騎打ちでは援護をしてくる様子は無かったが、絶対とは言い切れない。それに研究の始末という目的をないがしろにするつもりも無く、この結界への対応も必要であった。
《この戦いは期待できる。ゆえに、こういった策を取らせてもらおう》
タナトスは懐から魔法陣の描かれた紙を取り出すと空中に放り投げる。そこから禍々しい霧が噴き出していくと、死神がひとり現れた。いや本当に死神なのか一誠たちは確証が持てなかった。ドクロの仮面や黒いローブこそ着ているものの、仮面の奥に瞳の光は感じられず、ぼろぼろに擦り切れたローブから見える腕や脚は黒い煙が身体を形成しているようなものであった。
《私は赤龍帝を相手する。他の2人は任せたぞ》
《グルルルルッ…!》
獣が呻くような鳴き声を発した謎の死神は、ロスヴァイセに向かって走り出す。結界の維持をしなければならない彼女はすぐに対応していくつかの属性魔法を放つが、軽快な動きで攻撃を避けていった。一誠が援護しようとするも、目の前のタナトスから感じられる圧倒的なプレッシャーが、わずかな気の逸らしも許さなかった。
「そうはさせません」
ビナーが間に入るように立ち塞がると、右手に魔力を展開させて刃のようにした状態で謎の死神へと攻撃を仕掛ける。対して相手は爪が鋭利になっていくと腕を大きく振り、ビナーの身体を引き裂こうとした。鋭い爪の一撃をビナーは魔力で形成した刃で防ぐと、もう片方の手から死神の腹部に魔力の塊を撃ち込んだ。彼女ほどの実力者による一撃は並大抵でなく、それを至近距離から受けたものだから死神は後方へと吹き飛んでいく。タナトスの横へと着地するが、動物のように四肢を地面へと下ろしていた。
「ッ!?」
敵の様子を確認する間もなく、ビナーは苦悶の表情を浮かべる。右腕に焼けるような感覚が走り、確認してみると先ほど攻撃を防いだ箇所を中心に死神を形作っている黒い煙のようなものがへばりついていた。身につけていた服の袖は焼かれていき、皮膚は黒ずんでいく。腕を振ってもそれは取れず、焼けるような痛みを与えていた。
「ビナーさん!」
「大丈夫です…それよりも自分のことに集中してください…!」
ロスヴァイセの声に、ビナーは静かに答える。この程度の痛みはいくらでも乗り越えてきたが、このまま戦い続けるには戦法の変更する必要性を感じられた。それにしてもタナトスにまだこういった手札があることに、3人とも強い警戒を抱いていた。
《グウオオオッッッ!》
謎の死神は雄たけびを上げると同時に、さらに見た目が変化していく。手を足の爪はさらに鋭利になっていき、前腕には鎌のような刃が飛び出していく。さらに背中からは翼のようなものが飛び出してきており、もはや死神の服装をしただけの怪物にしか見えなかった。
《両方の目的を遂げさせてもらおう。かかってこい、赤龍帝》
淡々と告げるタナトスであったが、いまいち一誠としては冷静さを欠いていた。あの謎の死神も一筋縄でいかない以上、ビナーやロスヴァイセを放っておいて、このままタナトスに集中しても大丈夫だろうか。とはいえ、タナトスの実力がずば抜けているゆえに、今の状態で戦い続けても勝機は見えない。
「妙な力を感知したと思えば…」
次の一手を迷っているところ、今度はビナーの隣にいきなり魔法陣が展開される。光と同時に兵藤大一が現れた。静かに呟く兄の言葉に安堵を抱きつつ、一誠はタナトスから目を逸らさずに声を張り上げる。
「兄貴、遅い!」
「これでも急いだ方だわ!だいたい死神が現れてからすぐに向かって、さっきまで他のところで戦っていたんだよ!レイヴェルからここへの場所と緊急用の魔法陣を渡してもらってなければ、どうなっていたことやら…。グレ───じゃなくて、ビナーさん動かないでください」
ぶつぶつと文句を言いながらも、大一は錨を取り出してその切っ先をビナーの黒い煙へと触れていく。間もなくその黒い煙は霧散していき、彼女の皮膚も元通りになっていった。
これには仲間たちはもちろんのこと、タナトスも疑問を抱いていた。この存在の攻撃をあっさりと対応されるとは思ってもみなかった。
《…何者だ?》
「兵藤大一。ルシファー眷属であんたらの計画をくい止めに来た」
《そういえば冥府に赤龍帝の血縁が来ていたようだったな。貴様がそうか》
『まーた赤龍帝のおまけ扱いか!今に見てろ、死神め!』
荒々しくシャドウが文句を垂れるが、この戦況で一誠もいちいち反応するつもりは無かった。
「兄貴、そっちの変な死神を頼む!」
「元よりそのつもりだ。もっともそいつは死神じゃないだろうが。まさか回収されていたとはな…」
その呟きに、タナトスはわずかに警戒を強める。彼の口ぶりから、この存在の出自を察しているのは間違いないだろう。その事実は油断ならない相手と断じるのに十分な理由であった。
一方で、大一も龍人状態へと身体を変化させると、警戒を強めつつ一誠、ビナー、ロスヴァイセに連絡する。
『それと報告だ。ここに転移する直前に、南側の方で死神たちの増援があった。タナトスを封じるためにこの場所に転移したようだが、裏を返せば一誠たちもここに釘付けにされたってことだからな』
「このタイミングでそんな重要なこと言うか!?サイラオーグさんたちの増援は───」
『間に合わないが警備の悪魔たちには知らせた』
《舐めないでもらおう。私の部下たちはその程度でやられるほどヤワではない》
これには一誠も否定しきれないものがあった。護衛の悪魔が弱いわけではないが、今回の死神の襲撃は実力に加えて数も多く、並みの悪魔では完全に抑えきれる保証は無かった。突如の襲撃で試合が中断されるようなことは避けたかったし、被害が出ることなど言語道断だ。
『もちろん、死神を侮ったことは無い。だから俺も相応の準備はしてきた』
同時刻、アザゼル杯会場の南の街中から攻めようとする死神の援軍は、地面から隆起した岩の壁に足止めを食らっていた。避けようとすれば周辺の岩からパイルバンカーのように岩のとげが突き出して進行を止めたし、なんとか避けて行っても閃光のように動く魔力に叩きのめされていった。
「いやはや数が多い。さすがは武闘派の死神タナトスの部下たち。実力も数も揃えてきましたね。厄介この上ない」
死神の集団を前にして、銀髪の悪魔はローブを脱ぎ去りながら口元に笑みを浮かべる。発言の内容とは裏腹に、飄々とした態度を崩さずどこか楽しんでいる雰囲気すら感じられた。
同時に岩の壁には人の顔が出来ており、気怠そうな目で眼下の死神たちを見つめていた。
「しかし我々が相手であるのが運の尽き。私が姉上に認めてもらう糧になってもらいましょう」
「口数の多い奴だ」
ユーグリット・ルキフグスとギガンが死神の集団と相対していた。
じゃあ、こいつらにも頑張ってもらいましょう。