しかしやっぱり彼らの強さがいまいちわからない…。
南側に現れたタナトス一派は慎重に行動していた。先行した死神やタナトス本人が護衛たちの気を引いているうちに、守りが薄くなった方向からギリギリまで隠密行動を取り、会場に大きく近づいたところで数を揃えて一気に攻め込む。これが彼らの狙いであった。
しかし現実は会場までかなり距離がある状態で、2人の相手に足止めを受けていた。しかも前情報には無かった悪魔にだ。
「死はこの世のすべてに蔓延るもの。そのためか、死神の数は相当なものらしいですね」
「俺にはよくわからん。死神なんて『異界の地』にはいなかったしな」
岩壁から出ている男の言葉に、集団を率いていた死神がハッと思い出したかのように声を張り上げる。
《貴様ら、元クリフォトのメンバーだな!どうして我々の邪魔をする!》
彼の危惧はもっともであった。今回の襲撃はタナトス一派独自のものであり、彼らなりに冥府の安定を望んでいるものであった。ここ最近のハーデスの暴走の一端にはクリフォトも関わっている。それを踏まえれば、彼らの妨害を勘繰るのも当然のことであった。
《ハーデス様の差し金か、それともクリフォトの復活を考えているのか…》
「ほう…興味深い話ですね。たしかにリゼヴィム様はハーデスともコンタクトを取っていたようですが…ギガン、そのあたり知っていませんか?」
「俺が関わっていないのは、お前がよく知っているだろう」
「念のためですよ。念のため」
ふっと息を吐くように笑みをこぼすと、ユーグリットは軽く首を回す。ギガンの方も敵の前だというのに、どこか上の空のように視線を外しており、彼らの余裕しゃくしゃくな態度は死神としてもどこか不快に感じた。
「言っておきますが、ハーデスは関係ありませんよ。我々は別の目的で動いているだけです」
《現在の冥界政府に迎合したということか》
「まさか。そんな心づもりは微塵もありません。しかしここは通さないことで取引しているのでね。大人しく立ち去ってもらいましょう」
《それで納得するとでも?》
「思わないので、ここにいるんですよ」
《ならば、我々は貴様らを排除するまでだ!》
死神たちは一斉に大鎌を構えると、素早く振ってかまいたちのように斬撃を飛ばしていく。魂を刈り取る死神の鎌の攻撃は、誰であっても警戒を促すものであった。
この攻撃をユーグリットは防御魔法陣を展開しつつ軽い身のこなしで防御と回避を一緒くたに行ってしのいでいく。
一方でよそ見をしていたギガンは、岩壁ごと複数の斬撃がまともに当たったように見えるが…
「この程度」
死神の耳に声が届くと同時に、岩壁と地面の付け根辺りからギガンが現れる。岩と同調できる彼の能力では、繋がる箇所さえあれば直前に回避することなど容易であった。
もっとも、死神たちもいちいち驚いていることはしない。今度は地面を蹴り、高速で接近しようとする。今回の奇襲では大会の試合中ということで、どうしてもスピードが重要なものである。それもあって死神たちは、持ち前の素早さを存分に活かそうとした。
「だがここはすでに俺の領域だ。足場も土やコンクリートであるなら、俺にとって手足のように操れる」
ギガンは太い両腕を地面に突きさすと、上下に動かしていく。すると腕の動きに呼応するように地面が波打ち、死神たちの足を止めていった。走るどころか立つことすらも安定しない状況にドクロの仮面の下で苦虫を噛み潰したような表情をする。陸がままならないのであれば、空中へと目を向けるが…
「こういう時ほど動きが読みやすいものです」
いつの間にか上空に飛んでいたユーグリットは大きく翼を広げており、自身の周辺に魔力の球体を展開させていた。彼が指を鳴らすと同時に、魔力の塊は次々と動きを制限された死神たちへと向かっていき、容赦なくダメージを与えていく。
さらにこの攻撃によって戦塵が待って視界も悪くなると、今度は地面が棘のように隆起して死神たちを吹き飛ばしていく。
《舐めるな…!》
戦塵の中、ひとりの死神が大きく飛び上がる。狙いは上空にいるユーグリット。叩き落として、そのまま上空から彼らを超えていこうとしていた。
しかし飛び上がった彼の眼に入ったのは、先ほどの魔力の塊が空中にとどまって地面に向かって攻撃を放つ光景だけであった。
《どこにッ!?》
一瞬の疑問と同時に、下からの痛烈な蹴りが死神の顎を捉える。蹴り上げられた相手はそのまま受け身も取れずに地面へと落ちていくのであった。
「戦塵で視界が悪くなれば相応の警戒をこちらも取りますよ」
たった2人の悪魔を相手に死神たちは完全に足止めを食らっていた。噂には聞いていたが、世界を大きく混乱させたテロリストの幹部クラスだけあって、その実力は折り紙付きであることを肌で実感していた。
だからこそ腑に落ちない。これほどの実力とテロに走るような野心がある相手が、冥界政府に従い自分たちの邪魔をする理由が死神たちには分からなかった。
《なぜ…テロリストがこのようなことを…》
「だから取引ですよ。それ以上のことを話すつもりもありません。ただ我々にも目的があるので、それを果たすために必要なことをしているだけです」
巨大な岩の壁から再び岩の顔が現れる。そして前には大きく翼を羽ばたかせる悪魔の姿、敗戦の苦渋を舐めた相手とは思えないほどの貫禄が感じられた。
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オーフィスの力を一時的に解放させる龍神化は、グレートレッドの肉体を持つ一誠だからこそ使用できる禁断の力であった。それでも神にも匹敵する力のため、存在が崩壊しかねないデメリットがあり、オーフィスの調整を受けて龍神化の際と同じ鎧を制限時間付きで身につけるだけの疑似龍神化を習得した。疑似とうたわれているものの、その力は確かであり現在はタナトスを相手に凄まじい肉弾戦を繰り広げていた。空中で鎧を身につけた肉体による格闘と、最上級死神による大鎌が幾度となくぶつかっている。
「異性として惚れた女と、男として惚れたライバルの試合だ。俺は誰よりも楽しみにしていた。あんたを倒して憂いをすべて絶ち、そして試合を見に行く。それだけだッッ!」
一誠としては、特別な相手の試合を邪魔しようとしたことに憤りを感じており、戦闘心をたぎらせていた。
対するタナトスも昂りを抑えられずに笑みを浮かべる。彼のもうひとつの目的である赤龍帝の戦いに心を躍らせているのは明らかであった。
空中で凄まじい戦いが繰り広げられていく中、ロスヴァイセやビナーも結界を張ることに集中していた。この結界はタナトスを逃さないためのものであり、凄まじい戦いの近くではその余波も感じられるため、少しでも油断ならなかった。
《グルルアアアッッ!!》
同時に獣のように叫びながら黒い煙を吹き出す謎の死神が、再びロスヴァイセたちに狙いをつける。四肢で地を駆ける様子は動物のようであり、その素早さも目を見張るものであった。
ビナーは素早く魔力を溜めて構えるが、その前に大一が再び死神の前に立ちはだかった。
『だからお前の相手は…俺だろうが!』
彼女たちの前に飛び出てきた大一は黒影によって形成した錨を振る。謎の死神の爪による一撃と錨がぶつかり合い耳障りな金属音が響く中、黒影の右腕でもう1本の錨を掴んで追撃するように薙ぎ払った。後方へと大きく吹き飛んだ謎の死神はまったく息を乱さずに着地すると、狙いをつけるように大一たちを睨みつけた。
『厄介なものだ。技術は無いが、パワーが上がっている。硬度と重さをかなり上げないと』
「…大一くん、あの死神のことを知っているんですか?」
ロスヴァイセが不思議そうに問いかける。先ほどの発言やビナーの黒い煙のようなものを消したことを踏まえると、大一は獣のような謎の死神を知っているのは間違いなかった。その証拠に、今も錨に付着した煙に触れて消していた。アーシアのような回復の力を持っていないのに、このような芸当を行えるのはあの死神を知っているからだろう。
『あれは死神じゃありませんよ。ほんの数か月前、同じ力を持つ相手と戦いました。クリフォトにいた無角です』
「無角…何度か戦ったあの鎧武者ですね」
ディオーグが命を懸けて大一と融合を果たしたあの日、彼らが戦ったクリフォトのメンバーである鎧の入れ物に入った怨念…無角と同じ感覚を目の前の死神から感じていた。大一によって鎧ごとあの怨念は破壊したはずであったが…。
その疑問を解消するように、今度はビナーが話を続ける。
「死神が回収していたということですか?」
『でしょうね。そもそも死神はクリフォトと繋がっている節がありましたし。それに無角は自分のことを、死んでいった者たちの恨みなどが凝り固まった存在と言いました。死に関する冥府の者たちだからこそ、復活させられたんじゃないでしょうか』
実際、大一の予想は当たっていた。一部の死神たちがクリフォトの潜伏していた屋敷から、ほんのわずかに残っていた無角の鎧の破片を回収しており、それを元に怨念を終結させてひとつの戦力として蘇らせていた。死に関する冥府で行ったせいなのか、より強力な怨念となっているものの、同時に人格は完全に失われているため以前のように無角と呼んでいい存在なのかは甚だ疑問であったが。
《グルルルル…》
『獣みたいになっているな。だが対策はある。かつてお前の怨念を受けた俺だからこそな』
無角は死神のローブを動物の毛のように逆立てると、身体から黒い煙が噴き出した。煙は狼のような姿になると、分身として一斉に向かってきた。目の前の大一はもちろんのこと、後ろにいるビナーやロスヴァイセも狙っている。
この攻撃に対して、大一は背中からさらに複数の腕を形成すると、弾丸のように打ち出していく。怨念の分身体は縦横無尽に駆けていくが、彼の腕もシャドウのコントロールと併せて蛇のように追尾していく。間もなく相手の分身体を全て霧散させると同時に、今度は接近して錨を振っていく。無角の方も爪を鋭く変化させると、大鎌のように変化した腕で対抗してきた。
互いに両腕を振り、相手を打ち倒そうとする。無角は純粋な腕力と己のダメージをいとわない姿勢で向かってくるが、以前のような技術が無いところにつけ入る隙があった。
大一は相手が振り下ろしてきた左腕を錨で滑らせるようにして、爪の切っ先を逸らさせる。腕は地面に叩きつけられ、その隙を狙ってもう1本の錨を真横に振って相手の腰辺りを叩き切ろうとするが…
『くっ…!』
重い金属音が鳴ると同時に、無角の身体は錨を通さなかった。まるでダメージが入った様子も無く、これには大一もたじろいだ。
そして意向を返すかの如く、そのたじろいだ一瞬に無角が右腕で彼の頭部を強烈に殴りつけた。硬度を上げていたものの、鉄パイプで殴られたような衝撃にふらつきかける。それでも足を踏ん張ると、すぐに体勢を変えて無角の腹部に痛烈な蹴りを入れて、再び吹き飛ばした。
まるでダメージを感じていない無角はもがきながら起き上がり、その様子に大一は舌打ちをしながら足についている怨念を払っていく。あの身体自体が怨念の集合体であり、強靭な肉体を創っている。以前のように龍魔状態になって重力で押しつぶしても、実体がない怨念ではまた死神によって復活する可能性も捨てきれなかった。
『なるほど…使用はわかった。そろそろ決着を───』
しかし言葉を続ける前に、大一は訝しげに上空で戦う弟に目を向けた。疑似龍神化でも完全に押し切れないほどの相手に苦戦していた一誠から、魔力とは違う遠くにいながらも身近な感覚を抱くような不思議な力を感知していた。
この違和感に気づいたのは大一だけでは無かった。一誠と対峙するタナトスも目を細めて言及する。
《…貴公から、魂を3つ感じる。貴公と『赤い龍』ドライグと…もうひとりは誰だ?》
これには次の攻め手を考えていた一誠とドライグも怪訝そうにしており、大一の方は驚くように眉を上げる。感知能力も昔よりは遥かに上がったとはいえ、まさか魂まで感知できることには驚きであった。
もっともこの驚きをはるかに上回る声が、次の瞬間に頭に響くのであった。
【イッセー、じいちゃんだ】
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試合会場近くにある開発区画では商店街のビルなどが建設中であったが、現在は一誠のチームからゼノヴィア、イリナ、アーシア、エルメンヒルデ、さらにシトリー眷属のベンニーアと幾瀬のチームのメンバーが襲撃してきた死神を相手に戦いを繰り広げていた。
死神は100を超えるほどの軍勢であったが、戦況は明らかに防衛側が有利であった。聖剣の斬撃が大鎌ごと切り裂き、巨大な怪物が死神を食らっていく。さらにはラヴィニアの神滅具である「永遠の氷姫」が周囲を凍らせていき、相手を無力化していくのであった。
《お、おのれ…!》
「言ったはずです。ヴァーくんの試合を邪魔するあなたたちに容赦しないと」
彼女の隣にいる異形である氷の姫によって、死神は全身を凍らされていく。その後も援軍の死神は現れるものの、もはやこの戦いは掃討戦と言っても過言ではなかった。
「本当にすごいわね、刃狗チームの人たち!」
「いつかは試合で当たると思うと緊張しますわ…」
イリナがオートクレールで死神を斬りふせ、エルメンヒルデが展開させた防御魔法陣で攻撃を防ぎながらつぶやく。試合の映像でこそ何度か見たものの、その強さを目の当たりに見た「刃狗チーム」の実力は、彼女たちの気を引き締めるには充分であった。
「私たちも負けていられない、そうだろう!」
喝を入れるかの如く声を張り上げたゼノヴィアは、2本の聖剣から発生した聖なるオーラを撃ち出して、射線上の死神を蹴散らした。デュランダルとエクスカリバー、その破壊力は冥府の曲者たちを難なく倒していくのであった。そのまま気合いを入れなおして、さらに敵を倒そうとしていくが…
突如、上空から何かが落ちてきた。ズドンと音を上げて着地し、その衝撃で周辺には戦塵が巻き起こる。
あまりにも突然のことに、その場にいた全員が落ちてきた方向に目を向けた。間もなく戦塵が晴れると、背の高い男が立っていた。
「ふう、久しぶりにこんなことをしたぜ。このあたりに魔法陣を展開させられなかったとはいえ、古典的なやり方で登場しなきゃいけないとは」
男は何事もなかったかのように頭を掻くと、ぐっと身体を伸ばしていく。この戦いの場でいきなり現れていながら、あまりにもマイペースな態度に全員がポカンとしていた。腰には銃、背中には剣をそれぞれ2本ずつ携えており、武器だけ見ればエクソシストを思わせたが、黒いライダースジャケットに見合った荒々しい雰囲気は聖職者とは真逆な印象であった。何よりも男の背中からはコウモリのような翼が生えており、彼が悪魔であることは明白であった。
「そっちの援軍?」
「いえ、私たちは知りませんが…」
ラヴィニアの疑問に、近くにいたアーシアは首を横に振る。今回の防衛戦にあたり、彼のような味方に見覚えは無かったし、警備の悪魔にも見えなかった。
それでも悪魔であると理解した死神がひとり、素早く近づいてその首を取ろうと大鎌を構えた。
しかし死神の大きな一振りを男は見向きもせずに回避すると、そのまま腹部に蹴りを入れて吹き飛ばした。一連の動作にまるで興味が無さそうな悪魔は軽く周囲を見渡すと、ゼノヴィアとイリナに視線を向けて納得するように頷く。
「ハッハー…悪魔と天使で聖剣持ち、しかも感覚からしてかなりの名剣だろう。おい、そこの嬢ちゃんたち、ブルードって奴を知っているか?」
「ブルードって…大天使ハニエルのこと?」
面食らいながらも答えるイリナの言葉に、ゼノヴィアの脳裏には数か月前のことが蘇る。クリフォトに組み伏したかつての大天使、デュリオやグリゼルダと組んで倒したあの人物は、お世辞にも良い思い出とは言い難かった。わざわざ彼について言及する時点で、現れた男に警戒を抱くには充分だ。
剣を握りなおすゼノヴィアたちの一方で、反対側では死神のひとりが声を上げる。
《貴様、何者だ。我々の邪魔をするのであれば───》
言葉が続く前に、無慈悲な銃声が響き渡る。ゼノヴィアたちから視線を外さずに、男は死神の頭に銃弾を撃ち込んだのであった。
「お前らには興味がねえ。俺が相手したいのはそこの嬢ちゃんたちだ」
獲物を前にした獣のように舌なめずりしながら、男はもう片方の手にも銃を握る。もはや友好的に関わるのは難しく感じた。
同時に狙いが分かっていれば、対処もしやすい。ゼノヴィアは仲間たちに声をかける。
「他のみんなは死神たちを頼む。どうやらあいつは私たちを所望しているらしい。行くぞ、イリナ」
「任せて!私たちの実力を見せちゃうんだから!」
ゼノヴィアとイリナのコンビは剣を構える。その姿勢を見るだけで、男はギラギラとした闘争心をむき出しにしたように目を輝かせるのであった。
「そういうの好きだぜ。俺はベルディム。がっかりさせないでくれよ、聖剣使い」
久しぶりに聖剣コンビをピックアップするような気がします。
そういえば現在シノマスのコラボで、ゼノヴィアやイリナも出ていましたね。