原作と違って主人公たちはそこまで介入していません。
リアスとヴァ―リ、両チームの戦いに歓声が沸き上がる。若い身体に戻ったストラーダはアーサーたちを圧倒し、当代の沙悟浄と猪八戒はルフェイと組んで噂に違わぬ実力で朱乃たちを押し返していく。戦いが白熱するほどに観客たちは興奮で声を上げるのであった。
そんな中、小猫は白音モードとなり周辺を警戒する。観客の盛り上がりとは反対に、妙に静かな空気が彼女を包んでいた。息遣いや心臓の音が聞こえ、瓦礫などが崩れて戦塵が舞う状況ではさらに強い緊張感を与えた。
(…来た)
ほんのわずかに聞こえた風を切る音と向かってくる魔力を感知した小猫は、滑らかな身のこなしで鋭い風の斬撃を避けていく。
同時に火車を複数展開すると、斬撃の出所に向かって突撃させていく。浄化の炎による攻撃の威力は折り紙付きであり、相手が避けるのは必然であった。それを予測していた小猫は、戦塵の中から大きく飛び上がった相手に合わせて同じようにジャンプし、痛烈な飛び蹴りを叩きこんだ。相手はそのまま下方へと吹き飛んでいく。地面には激突せずにひらりと受け身を取りつつ着地するが、苦しそうに蹴りを受けた腹部を撫でていた。
「つッ…!今のは効いたわ…」
「…効いてくれないと困ります」
「言うようになったにゃ」
淡々と答える小猫とは対照的に、黒歌は感心したように答える。すでに幾分か時間は経過しており、ルールもあって場所を移動しながら戦い続けている。そのたびにフィールドの倒壊具合や仙術の練度を踏まえると、妹の実力を強く実感した。自分が修行をつけてきたとはいえ、未熟と思っていた妹の成長には素直に感嘆していた。そして同時に一種の驚きも抱いていた。
「仙術を上手く扱うには平常心が大切…そういう意味では冷静ね。正直、戦いになるか心配だったけど」
「…死神の件ですか」
察したように小猫は呟く。突然の襲撃、顔も覚えていない両親の問題、今後の冥界の未来に影響するかもしれない事実がいきなり目の当たりとなった。さらにタナトス一行がこの試合に目をつけていることを2人とも耳に挟んでいた。
「あんなに大事だったんだもの。気持ちが落ち着かないのは当然じゃない?」
黒歌の問いに、小猫は静かに首を振る。同時に拳を強く握り構えなおした。
「…たしかに不安でしたよ。でもそれを引きずって姉様との戦いを疎かにしたくありません。そうならないように親友が、仲間が、先輩が請け負ってくれると約束してくれたんです」
心が傷ついても癒し、隙間を埋めてくれる特別な人たち…そんな人たちがこの試合を守り通すと約束してくれた。特に親友のレイヴェルが懸命に計画を立ててくれたのは知っているし、数日前に大一と修行した際に彼が本気で守ると言葉にして約束した。普遍的なことであるが、彼女にとっては何よりも安寧をもたらすものであった。
「この試合に全力で挑む、私は大好きな人たちにそう信じられています。だから私も同じくらい信じるだけです」
きっぱりと言い切る小猫に魔力や気力がみなぎっていく。すでに時間はそれなりに経過しているにも関わらず、揺るぎない様子で力を引き出していた。
もはやちょっとした動揺で仙術を上手く扱えないような妹の姿はなく、黒歌はふっと笑みをこぼす。
「…本当に強くなって、お姉ちゃんも嬉しいにゃ♪」
「ふざけるのも大概にしてください。そっちはまだ本気を出していないでしょう」
小猫の指摘に、黒歌はきょとんとした表情になる。その言葉を飲み込むのに数秒かかったような静寂が流れ、間もなく彼女は問いただす。
「私が?」
「ええ、そうです。たしかに仙術の練度や身のこなしは流石です。でも違う。姉様はもっと強いことを知っています」
ここまでの戦いで黒歌が本気でいないことを小猫は悟った。実力は並みの悪魔よりもたしかに上ではあるが、彼女の本気はもっと強いはずであった。仙術の威力は現在の自分でも十分に対応できるものであった上に、幻術や時空間に干渉する術の類を使ってこない。わずかではあるが、攻撃の軌道や流れにもズレがあり、それを感知できないほど姉が戦闘においてずさんだとは思えなかった。
「買い被りすぎね。白音が前よりも遥かに強くなっただけでしょう?」
「…そっくり返しますよ。たしかに私は強くなりました。でもそれゆえに相手の力量もしっかりとわかるようになったと思っています。だから仙術の練度は姉様の方が上であることも」
小猫の周囲に火車が展開され、彼女と共に姉へと向かっていく。黒歌の方は幾重にも防御魔法陣を展開するもあっさり突破されていき、妹からの格闘を受け流していた。小猫が強力な拳打を撃ち込もうとするのに対し、黒歌の表情には余裕がなかった。
「どういうつもりです?死神の件で心配になっているんですか。私は乗り越えられたのに、姉様は先輩たちを信用しきれなかったんですか」
「…違う」
「それともやっぱり本気を出せないほど私は弱いですか」
「それは…私は…!」
「私は姉様を超えたいのに、あなたはそれに応えてくれないんですか」
「私は!」
黒歌は正面に防御魔法陣を展開するが、小猫の拳はそれをものともせずに突き破り、その余波で後方へと吹き飛ばす。なんとか体勢を整えて着地した黒歌であったが、肩で息をしており追い詰められているような状態に見えた。
「…なんでだろうね。覚悟は決めていたつもりにゃん。お姉ちゃんとして、あんたの全力を受け入れるって」
黒歌は自嘲気味にため息をつく。どれだけ心の支えになる仲間や相手ができても、彼女には妹を愛する感情がくさびのように心へと突き刺さっていた。温かい感情であるはずなのに、彼女にとっては恐怖を与えてしまった後悔として残っていた。
自分らしくない、それを彼女もよく理解していた。もっと気ままで奔放で自由な野良猫であったはずだ。妹への愛情を直接伝えたり出来たはずだ。
だが死神の一件で、自分がいかに妹を傷つけてしまったのかを改めて認識した。彼女を守るために猫又の力を目の当たりにさせたこと、去年の夏には安心できる仲間たちから無理やりにも引きはがそうとしたこと…それらが自責感として強くのしかかってきた。
さらに小猫が大一に惹かれていることも気がかりであった。自分と違って馬が合い、安心を与えて怖がらせることの無い男、小猫が求めていたのはそういう兄だったのだろう。そんな男に気がついたら黒歌自身まで甘い感情を抱き、居心地の良さを感じていた。
それによって自分が妹の安らぎに近づいていることに気づくと、それがまた彼女の頭を悩ませる。気づけば黒歌は妹への愛情と自責の念、己の幸せとそれを持ってはいけないという考えが複雑に混ざり合い、結果的に無意識に全力を出すことにブレーキをかけていた。
やがて黒歌は疲れたように言葉をこぼしていく。
「…ごめんね、白音。私はそんなに強くないの。あんたにやったことをずっと後悔したり、そんな資格無いのにあんたが好きな人のこと気になったり…」
このように妹に対して謝罪と弱みを伝えたのは初めてだろう。もっとも黒歌にとっては、もはや抱えきれなくなって本音をこぼしたようなところであったため、小猫がどういった反応をするかは想像つかなかった。
そして小猫はゆっくりと息を吐き、姉をハッキリ見据えて微笑む。
「…やっと姉様の本音を聞けた気がします。私はそれが何よりも嬉しいですよ。だって姉様とも笑えるようになりたいですから」
「白音…」
「私は負けるつもりはありません。この試合も恋も全部…だから全力で来てください」
ただの言葉であるが、それは間違いなく黒歌の心に温かいものをもたらしていた。自分が思う以上に妹は強くなっている、それを目の当たりにしたことで実感した。妹はとっくに自分を受け入れる覚悟と準備をしていたのだと。
「…ありがとう、白音。だったらお姉ちゃんも…応えるにゃ」
黒歌がパチンと指を鳴らすと、複数に分身していく。さらに全員が手の平に魔力と気を入り混ぜた塊を作り出しており、それらが一斉に小猫に向けて撃ちだされた。
「これくらいは…」
炎の範囲を広げた火車のひとつを盾代わりにして、向かってくる攻撃を防いでいく。だが防いだ瞬間、たしかにこれまでの黒歌の攻撃と比べると雲泥の差であることを悟った。素早く他の火車もかき集めて丁寧に攻撃を防いでいく。
同時に探知を行って、本体を探し当てようとするが…。
「いない…!?」
たしかに自分の目の前で展開した幻術であったはずなのに、感知しても存在を感じられない。少なくとも目の前にいる黒歌は全て幻術であることは間違いなかった。すぐに感知の範囲を広げようとするが…。
「ちょっと油断したかしら?」
いたずらっぽい声と共に、後方に現れた黒歌は闘気を纏った拳を小猫に振り下ろす。防御が間に合わなかった小猫はまともに受けて、今度は彼女の方が地面へと叩きつけられることとなった。
黒歌は幻術を使うと同時に、短いながらも空間をいじって己の居場所と小猫の後方の空間を入れ替えていた。その結果、正面からの一斉攻撃に気を取られていた小猫はあっさりと後ろを取られて攻撃を受けることとなった。
「ほらほら、これで終わりじゃないでしょう?」
さらに黒歌は黒い火車を展開させていく。対して小猫も自身の火車で迎え撃とうとするも、その威力は姉の方が勝っており砕かれていった。加えて、先ほどの同様の攻撃も展開しており、手数においても圧倒的な違いを見せてきた。
(強い…!これが姉様の本気…!)
黒歌の才能や経験は自分を遥かに勝っている、それを小猫も理解していた。理解していたがその実力を真正面から受けると、改めて感嘆する想いであった。仙術の練度、幻術、時空間を操る術、闘気をコントロールすれば格闘戦までこなせる。その現実を知るほどに、彼女は口元に笑みを浮かべる。たしかに姉が本気を出して自分と向き合っていることに、一種の喜びすら抱いていた。
ゆえに勝ちたい。本気の姉に勝って、今度こそ弱い自分を超えて姉と対等に笑い合いたい。
向かってくる攻撃を、右に飛び、左に身体を逸らし、近場の建物や瓦礫を足場代わりにして回避していく。姉よりも勝っている持ち前の運動量でカバーしていった。とはいえ、純粋な仙術の勝負では才能豊富で、自分以上に修行経験のある黒歌の方が強いのは疑いようもない。
「…だったら!」
小猫は白音モードを解除すると、いつもの小柄な姿で闘気を高め始める。黒歌に勝利するにはフィジカルと体術を最大限に活用するしかなかった。
だが黒歌もそれに気づいて全く対応を取らないはずがない。両手を合わせると再び魔力と気を混ぜ込んだ塊を生みだすが、その大きさは先ほどの十倍以上はある規模であった。
「さあ、白音。これをかわせるかにゃ!」
放たれた攻撃は地面に立つ小猫へと向かっていく。その大きさから下手に回避しても余波で吹き飛ばされるだろうし、それを狙うかのように黒歌の周りには火車が展開されていた。そもそもこの大きさから完全な回避は不可能にも思えた。
この危機的状況にも関わらず、小猫の心は異常なほど落ち着いていた。自然と一体になることを意識し、自身の気は嵐の前の静けさを思わせるほどであった。心臓の音が聞こえる、吸い込む空気の熱気が分かる、向かってくる攻撃の気の流れが見える…。
「…あとちょっと」
さらなる力を引き出した新たな段階に向かっていることを、小猫は本能的に悟っていた。だがその前に黒歌の攻撃は自身を飲み込むだろう。ならばこの攻撃を打ち砕くにはどうしたらよいか、向かってきた時から彼女は気づいていた。
世界を回ってきた経験豊富の姉であるが、小猫自身も様々な経験を積んできた。特に強敵たちの戦いでは学ぶことも多く、それが彼女に一種の自信と対応を確立させていた。向かってくる攻撃は見た目の割には、気が水流のように滑らかかつ激しい動きで作られている。かつて対峙したサメの魔物が使っていた水の攻撃のような流れで…。
小猫は拳に気を纏わせると、向かってくる魔力と気の塊に鋭い正拳を放つ。真正面ではなく中心から少し下方にずれた箇所、そこに自身の気も流し込むと攻撃の気もずれてあっという間に霧散した。
着地した黒歌は嬉しそうに声を上げる。
「攻撃自体の気を見極めて、弱いところを狙ってそこから気を乱して無力化…やるじゃない。でもまだまだ攻撃は続くわよ」
「…ええ、でもそろそろ勝たせてもらいます」
静かに答えた小猫であったが、同時に彼女の力が爆発的に上がった。彼女の尾っぽが姉の超える3本となり、全身に闘気がみなぎっていく。瞳は金色となっており、本物の猫のような印象を与えた。
土壇場でのパワーアップに黒歌も驚くが、すぐに火車を使って攻撃を仕掛けていく。
しかし小猫は目にも止まらぬ速さで迫る火車を回避していく。黒歌の火車も相当なスピードであるが、それすらもたやすく超えるほど彼女の速度は強化されていた。
もはや音すらも置き去りにしたと錯覚させるような速度で小猫は黒歌の懐へと入ると、痛烈な拳の一撃を打ち込んだ。
一瞬、時間が止まったような静かな空気が流れるが、間もなく黒歌は咳き込み震える身体で目の前の妹を抱きしめた。
「…本当に強くなったわ、白音…実力も心も…私がいなくてもいいくらい…」
「…私は姉様と笑いたいと言ったでしょう。私にはあなたが必要なんです。あなたが私を心配してくれるくらいに。だから…姉妹としてこれからもお願いします」
「ありがとう…白音…」
そのつぶやきと共に黒歌はゲームリタイヤの光に包まれて消えていった。姉妹の涙をハッキリと見た観客は誰もいなかった。
だんだんと24巻分も終わりに近づいてきましたね…。